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東京インディとは何だったのか。シャムキャッツ、森は生きているのA&R柴崎祐二と語る

2026.11.2

#MUSIC

2026年9月、DAIZAWA RECORDS設立25周年企画の一環として、きのこ帝国の4タイトルがアナログリリースされた。また、11月には森は生きているの2アルバム、2027年1月にはシャムキャッツの3作品が、それぞれアナログリイシューされる。

いま何かと再注目の機運を感じる2010年代のバンドシーンについて、当時レコードレーベルのA&Rとしてその現場の只中にいた柴崎祐二と、若いリスナーだったTUDA、後追い世代の風間一慶が語り合う。座談会「What’s NiEW MUSIC」第20回。

東京インディは、はっぴいえんど〜渋谷系の系譜か

—以前の座談会の中で、風間さんから「最近の若いバンドたちが2000年代のバンドから影響を受けていて、その影響を公言している」というようなお話がありましたが、あらためて教えていただけますか?

風間:座布団忍者というバンドがいまして、彼らはだいたい2004〜5年ぐらいの生まれなのかな? いま大学を卒業するかしないかぐらいの世代のバンドなんですけれど、彼らにインタビューしたときに、森は生きているやceroのような「東京インディ」と言われるバンドから影響を受けた人たちが歴史の巡りとして出てきたこと、簡単に言ってしまえば、雰囲気的なところで東京の音楽をつかもうとしている人たちがいるということに、びっくりして。彼らもリアルタイムで(2010年代のバンドを聴いていたわけで)は全くないんですけれども、影響下にあるし、そうした彼らと世代の近い、wanbedとか二兆円のような面白いバンドが増えてきているんです。で、2000年生まれの僕自身も当時の空気感は知らないんですけど、森は生きているにコミットしていた柴崎さんは、こうした時代の巡りをどう感じているのか伺いたいです。

参考記事:【2026年上半期振り返り・音楽編①】Trooper Salute、座布団忍者らインディバンド活況
https://niewmedia.com/series/whatsniewmusic/2607016_edski_wrski/

柴崎:僕はP-VINE RECORDSというインディーズレーベルで7年ぐらい制作とか宣伝の仕事をやらさせてもらってたんですけど、メインに担当していたのが日本のインディーズの、いわゆる東京インディと言われるようなバンドたちだったんですね。シャムキャッツとか森は生きているとか。当時自分がヒーコラ言いながら制作していたものが、アナログが再発されて、わりと若い音楽好きの人たちが「待ってました」みたいな感じで盛り上がっているのを見ると、単純に新鮮な気持ちですね。年を取ったな、という感じです(笑)。

風間:リバイバルというより、正しい意味でその子どもたちが出てきたように感じているんですが、当時の東京インディは、渋谷系の子どもたち、みたいな感じだったんですか?

柴崎:マクロな視点で見るとそういう系譜は絶対ありますよね。東京とかその近郊在住の都市生活者たちが、ある意味ハイブリッドで洗練された、オルタナティブな音楽をやるという系譜というのは、ずっとあるわけですよ。古くは加山雄三とか、それこそはっぴいえんど、シティポップ、渋谷系、そのあとのサニーデイ・サービス、フォーキーブーム、キリンジに続く系譜というかね。でも当時の自分の感覚から言うと、特に渋谷系というのは目の上のたんこぶだったんです。「一緒にしないでくれ」と(笑)。みんな何かしら影響を受けてるはずなんですけど、その系譜に完全に収まりきらないぞという気持ちはどこかしらあったという記憶があります。

あとは、2000年代後半ぐらいまではどちらかと言うと、わりとストレートなロック、パンクに由来した鋭角的なノリの方が、インディシーンで覇権が強かったんですよ。下北でギターロックが流行ってたりとか、関西ゼロ世代とか。その中でceroとかが出てきたときに新鮮だったのは、もうちょっとしなやかな感じというか、フォークやソウルミュージックなりブラジル音楽なりのハイブリッドな感性みたいなものを持っていて。同時代には(Vampire Weekendなどの)ブルックリン系が流行っていましたし、そのような都市生活者のインディ音楽のあり方、しかも非メジャーでDIYの感性を一番大事にしていて、小さめのコミュニティー、スモールサークルオブフレンズでやっているというようなあり方が、2010年くらいに盛り上がり始めた。質問の答えに戻すと、渋谷系的なものからの系譜は確実にあると思うんですけど、当時そこの真ん中で右往左往していた身からすると、感覚としてはやっぱりアンチテーゼもあった気がします。

風間:なるほど。サニーデイはいま、ライブを4時間やる、みたいなことで、ますます話題を呼んでいますけど、東京インディのお兄さんというか、距離は遠くないし、最近のバンドとも同じ目線で聴かれている、すごく特殊な存在だなと。

柴崎:(サニーデイサービスの曽我部恵一が主宰する)ROSE RECORDSという存在が大きかったし、実際東京インディと近い人たちがROSEでリリースしていたこともあって、現在に至る曽我部さんの活動のあり方は、インディミュージシャンにとってある種の理想みたいなところはありますよね。東京インディ的な精神性の、超重要なルーツのひとつであるのは間違いないと思います。音楽的にも、日本語のフォークロックをインディやオルタナティブの美学と接合させるやり方は、サニーデイ・サービスが明らかに先駆で、いまでもそういうバンドは沢山いるわけじゃないですか。ある意味では「パラダイム」だとも思いますよ。

風間:さきほど、源流まで辿るとはっぴいえんどがいる、という話題が出ましたけど、そこについては?

柴崎:うん。極端なことを言ったら、2010年代の細野さんって東京インディだったんじゃないか、って思ってるくらいで(笑)。

風間:いい定義ですね!

柴崎:実際、例えばceroと早稲田大学で対バンしたとき(※2013年の『早稲田祭』)、我々の中で「きた!」という感じと、納得感がすごかったんです。もちろんあまりにも系譜づけてしまうと、当時はいい意味で猥雑ないろんな実践があったので——それこそ、どついたるねんとかもいたからね——そういうパンク的なものとか、いろんな表現が入ってきているので、あんまり系譜を単純化するのはよくないんだけど。でも、ベテランの人たちとも積極的に絡んでいく雰囲気はけっこうありましたね。

星野源も参加した2016年のライブのダイジェスト映像

Z世代にとっての、2010年代 / 東京インディ体験

風間:TUDAさんは僕と世代が近くて、どちらかというとクラブに足を運んでいるイメージが強いんですけど、東京インディとかその同世代のバンドは聴いていたんですか?

TUDA:私は東京に出てきたのが2016年で、その頃にはけっこう楽しんでましたね。シャムキャッツとか。ceroはもう少し前、高校生のときから慣れ親しんでいて、私は名古屋にいたんですけど、「LIVERARY」というメディア兼イベントもやっているみたいなところが、tofubeatsを呼んだり、HALFBYとかセカロイ(※)あたりの人たちを呼んだりしていたので、そういうイベントに足を運んだりしていました。あと、名古屋にMILKというハードコアバンドがいて、MILKが出るneco眠るのイベントに行ったりとかしてましたね。

※Second Royal Records:HALFBY、Homecomingsなどが所属する京都のインディレーベル。「東のカクバリズム、西のセカンドロイヤル」とも言われる。

柴崎:MILK最高ですよね。じゃあ『リゾームライブラリー』(※)とか行ってました?

※リゾームライブラリー:愛知県岡崎市の図書館を会場に開催されていた音楽フェスティバル

TUDA:『リゾームライブラリー』は行ってないんですけど、『森、道、市場』の初回は行きました。

柴崎:なるほど。東京インディと言うけど実は東京以外にもけっこうコネクションがあって、LIVERARY周辺のみなさんともすごく密でした。京都のセカロイも、大阪の「こんがりおんがく」周辺とも。今もそうだけど、みんなどこかでつながっているという感じでしたね。

風間:僕は2020年に東京に来たんですよ。TUDAさんとは4年離れてるんですけど。

柴崎:そんなに若いんだ! ちなみに、その微妙な何年の違いはけっこう重要で、と言うのは、2015年ぐらいにフェイズが変わった感じがあったんです。森は生きているが解散したり、非常に重要な存在だった昆虫キッズというバンドが活動を辞めてしまったということがあって、田中宗一郎さんがやっていた『The Sign Magazine』が、東京インディはいったん終わったのかもしれないというような象徴的な記事を出して。

柴崎:それぐらいまでは、牧歌的に小さなコミュニティーの側がビジネスの側を侵食していたところがあったんですね。そこから第2フェーズというか、個々人の事情もあって解散したり、違うライフステージに入っていく人たちがいたりする中で、YOGEE NEW WAVESとかnever young beachといった、僕の感覚からすると第2世代的な人たちが出てきた。彼らは本当に初手からめちゃめちゃクオリティーが高くて、どんどん会場の規模も上がっていって、人気者になっていって。

僕も2016年にP-VINEを辞めてるんですけど、なぜかって言うと、わりと自分のやれることはもう終わったな、A&Rとしては全てやりきったなという感じがあったんです。あとは、DIY的なシーンの、自分のような友達兼A&Rみたいな人の手から離れた先で、それぞれの展開があるんだろうなと思ったので。だから、2016年と2020年はぜんぜん雰囲気が違うと思いますよ。

TUDA:そうですね。そうだと思う。

風間:第2世代で一番大きいのはSuchmosというイメージがあります。

柴崎:そうかもしれない。ただシーン的には、Suchmosは神奈川の方から出てきたバンドで、その時に音楽ジャーナリズムがシティポップという言葉でceroとかと一緒にしたからよくわかんなくなっちゃったんだけど。

風間:出自というか、シーンとしては違う。

柴崎:そうなんです。

風間:それこそTUDAさんが大学生を過ごしたタイミングが、第2世代と重なりますよね?

TUDA:めちゃくちゃかぶってますね。SuchmosとかネバヤンとかD.A.N.とか、かなり共通言語として同級生の間であったものっていう感じがしますね。

柴崎:そうか、だからそういうのを聴いていた人たちが今活躍するようになって……いや、風間くんはリアルタイムでは聴いてないのか。

風間:そうなんですよ。ただ当時聴いていなくても、歴史の線が見えるから、辿る人が多いのではないかと。これはちょっと脱線する話なんですけど、僕は大学のとき軽音サークルにいたんですけど、いまだにThe Strokesの求心力がものすごかったんですね。それは、ロックの歴史を語るときに、ナラティブを描けるものが残る、ということな気もしていて。

柴崎:シーンやムーブメントの象徴だから。

風間:はい。1970年代後半にパンクが出てきて、グランジがあって……という教科書的な流れを辿っていくと、The Strokesぐらいまでは線で辿れる。けど、そこからは放散、細分化する。そこで、歴史に組み込みやすいものが残る。だから、東京インディがいまでもこうやって話題に上がるのは、東京インディがちゃんと歴史化に成功していたことが、いまになって証明されている、ということなんじゃないかと。

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