デビュー以来、欧米やアジア等、世界を股にかけて旺盛な活動を繰り広げてきたインディーロックバンドDYGL。オルタナロックやパンク、ガレージなどを基調にしながらも、インディーシーンの先端とも共鳴する入念な作品を積み重ねてきた彼らだが、このところ「ロックバンド」という形態が持つ根源的なパワーへと今一度立ち戻ったかのように、激しく、荒々しく、パッションに溢れた演奏を聴かせている。
パンク〜ポストパンク的な衝動に貫かれた2025年の前作『Who’s in the House?』から1年余りで届けられた新アルバム『All Tomorrows』は、そんな彼らの新局面を、よりラジカルな形で推し進めた、まさかのハードロック〜ブルースロック〜プログレ志向の強い一作となっている。この、予想だにしていなかった驚くべき変化の背景にあるものとは、一体何なのか。秋山信樹、下中洋介、加地洋太朗、嘉本康平の四人に話を訊いた。
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後光が差すギター。ちょっと笑えるけど、演奏は本気
―まず、強烈なインパクトのアートワークについて伺わせてください。1980年代のプログレメタルバンドのジャケみたいで、最初に見たときはかなり衝撃的でした。ド真ん中に後光が差すギターが浮かんでいて……昨今ではほぼ見ないデザインです(笑)。
秋山:ギターロック、バンドロックをやっているという意識は、初期からずっとあったんですけど、さすがにそれをアートワークで大々的に登場させるのは無意識的に避けてきたというか(笑)。ただ今回は、ギターをジャケットに描いたら面白いんじゃないか、という気持ちがありました。

秋山:よく言われている話ですけど、AIの時代になって、どんな音でも身体を介さず作れるようになってきたじゃないですか。でも、ギターっていうのは、ある空間の中で、身体で弾いた音がその場で目の前の人に届く。デジタルのデバイスを通さなくても直接届くということに、すごく安心感があるんですよね。そういうフィジカルなものの象徴としての「ギター」という意味もあります。
―このアートワークはどなたが手掛けているんでしょうか?
秋山:ジャック・イプチンという香港在住の友人のクリエイターに依頼して、色鉛筆で手描きしてもらいました。彼の作風にあわせて、最初はもっとパンクやハードコア寄りの、シャープで強いイメージを考えていたんですけど、あまりにかっこよくなりすぎると、ちょっと笑えなくなる気がして。今回は激しい音楽だけど、ユーモアのある作品にもしたかったんです。
―どこまで本気なのか、あるいは冗談なのか分からない感じがいいですね(笑)。
秋山:ですよね(笑)。
加地:友達に見せたら「めっちゃかっこいいじゃん(笑)」みたいな反応だったよ。
秋山:その「(笑)」も含めて、どこかで本当はこういうものが好きだった、と言ってくれている感じがするよね。
下中:片や僕なんかは、こういうものをずっと本当にかっこいいと思ってきた側の人間だから(笑)。でも、みんなが少し笑うという感覚も分かる。だから、ちょっと笑えるけど、それでも本気でかっこいいと思える、というバランスにしたかったんです。冷笑するんじゃなくて、あくまで演奏するという行為自体は本気。

DYGL(デイグロー)
2012年、大学のサークルで結成された4人組ロックバンド。メンバーは秋山信樹(Vo / Gt)、下中洋介(Gt)、加地洋太朗(Ba)、嘉本康平(Gt)。2017年、The Strokesのアルバート・ハモンド・ジュニアをプロデュースに迎えた1stアルバム『Say Goodbye to Memory Den』を発表。以降、中国やオーストラリア、ヨーロッパなど海外でも公演を重ねる。2025年に5thアルバム『Who’s in the House?』、2026年10月14日に6thアルバム『All Tomorrows』をリリース。同年10月から、ソウルを含む12都市13公演の『All Tomorrows TOUR 2026』を開催している。
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忘れていたものを取り戻すための「原点回帰」
―その本気の演奏にも驚きました。これまでのDYGLとはまた違う種類のエネルギーがあって、ハードロック的な要素が非常に前面に出ていますよね。どういう経緯で、ここまで思い切った変化が起きたんでしょうか。
秋山:いろんなことが繋がっているんですけど、直近の流れでいうと、前作の5枚目『Who’s in the House?』が大きかったですね。あの作品ではサポートドラマーのスズケン(鈴木健人)にも本格的に制作に入ってもらって、みんなでセッションをしながら曲を作ったんです。そういう作り方をアルバム全体でやったのは初めてでした。
―それまでは、ある程度デモを作ってから構築していく方法だったんでしょうか。
秋山:そうですね。ただ、もっと遡ると、結成したばかりの頃はセッションをやっていたんですよ。結成から1stアルバムまでは5年くらいあって、そのあいだはスタジオに入って、みんなで音を出す時間が長かった。だから、前作から今回にかけてのやり方は、ある種、昔に立ち返ったとも言えるんです。
嘉本:3枚目、4枚目と作って、コロナ禍を経てまたライブをちゃんとやるようになったというのも大きいと思います。演奏すること自体の感覚が、もう一度戻ってきたというか。
―いわゆる「原点回帰」的な感覚?
秋山:3rd、4thを経て、次に何をやるかというときに、「何か忘れていないか」という気持ちがあったんです。もう少し自分たちを解放したいというか。
ちょうどその頃、コロナ禍が落ち着いてきて、久しぶりにロンドンへ遊びに行ったんですね。そこでたまたま来英していたアメリカのバンドThe Gardenのライブを観たんですけど、これが本当に素晴らしくて。演奏がすごく身体的だし、お客さんも含めて会場全体がうごめいているような感じだった。
それを観て、自分が忘れていたものがある、というだけじゃなく、そもそも根本的な部分に気づいていなかったのかもしれないと思ったんです。
―でも、The Gardenの音楽性は、今回のDYGLの新作のようなハードロック的なものとも違いますよね。
秋山:全然違います。でも、あのライブを観たとき、本人たちが意識しているかどうかは別として、欧米のロックバンドの根っこにあるブルース的なものを感じたんです。
もともと、自分は2000年代以降のインディーロックを聴いて育ってきたので、ブルースっぽさが薄いものをかっこいいと感じてきたところがあるんですよね。当時のインディーロックには、そういう成分をなるべく取り除こうとする美意識があったと思うんです。

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避けては通らないインディーロックが削ってきたブルースの「臭み」。
―ポストパンク以降のオルタナティブロックの歴史というのは、ある意味で、ブルースロック〜ハードロック的なものの「臭み」からいかに距離を取るかという実践の歴史でもありますよね。
秋山:そうなんです。でも、考えてみれば、2000年以降のバンドだってLed ZeppelinやBlack Sabbathを知らないわけじゃないし、もっと根源的なものとして、消そうと思ってもどうしても残ってしまう部分があったはずなんですよ。一方で、自分たちがスタジオで何気なくセッションすると、けっこうブルージーになったり、ペンタトニックのフレーズが出てきたりする。それを、今までは無意識的に削っていた気がするんですけど、自然に出てくるものなら、むしろそのまま出してもいいんじゃないかと思うようになりました。

下中:昔から、誰かがスリーコードを弾き始めると、みんなでソロを回していくようなセッションは普通にやっていたんですよ。もちろん本格的なブルースミュージシャンから見れば「なんちゃって」ですけど(笑)。
でも、楽器を使って音楽をやっていくと、勝手にそういうものが出てくる。僕自身は、オルタナティブロックのルーツを考えれば、例えばニール・ヤングを避けては通れないと思うし、Black Sabbathも昔から大好きだった。初期のサバスなんて、ヘヴィメタルという言葉が定着する前のハードで重いブルースロックでもあるわけで。
―とはいえ、メンバー全員がそうした音楽を同じように通ってきたわけではないんですよね。
嘉本:僕はハードロックをそこまで通っていないですね。むしろDYGLとしては、意識的に避けていた気がします。今下中が話したみたいに、大学生の頃、セッションをしていると自然にそうなっちゃう瞬間があったんですけど、それをそのままバンドの曲にはしなかった。
加地:僕もどちらかといえば、もっと「漂白された」感じの音楽のほうが好きでしたね。ネオアコもすごく好きだったし。
秋山:加地くんが昔よく話していて覚えているのは、The Beatlesの“While My Guitar Gently Weeps”が好きじゃないという話ね(笑)。
加地:あの曲、ギターソロがちょっとくどく感じるんですよ(笑)。同じ時期のThe Beatlesでも、もっとポップにまとまっている曲は好きなんですけど。
マイナー調の音楽が全部嫌いというわけではないんですが、あまりに真正面から来られると、重たい荷物を背負って坂道をずっと上っているみたいな気分になってしまう。
―もしかすると、その感覚がある人もいるからこそ、今回の作品がハードロックの「形式」に回帰しただけの内容になるのを回避できているのかなと思ったりも。
嘉本:そうかもしれないですね。

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「バンド編成で、できるだけ大きなエネルギーを出そうとすると、結果的にあの頃の音楽に近づく」(下中)
―今回の曲は具体的にどうやって作っていったんでしょう。やっぱりギターのリフが先にあるんでしょうか。
下中:曲によるけど、やっぱり一番多いのは、誰かがリフを弾き始めて、そこに全員が乗っかっていく形ですね。しばらく同じテーマを続けていると、また別の誰かが新しいテーマを出して、みんながそっちに移っていく。元のテーマに戻ることもあるし、さらに別のものが生まれることもある。そういう10分くらいのセッションを録って、使えそうな部分を切り出して構成を作り直す。それを秋山が改めて曲にしていく、という流れです。
―完成形を想像してそこから逆算して作っているわけではない。
下中:そう。こういう音楽をクリックにきっちり合わせて、展開も全部整えて、音も完璧に録ってしまうと、あまり面白くないんじゃないかと思っていたんです。1980年代後半以降のメタルも好きで聴いてきたけど、整えすぎてもったいないなと感じることもあった。
Black Sabbathを筆頭に、それ以前の荒っぽいバンドの演奏のほうに惹かれるところがあって。例えば、Witchfinder Generalみたいなバンドを聴くと、こんなにプリミティブでもかっこいいんだ、と思うんですよね。だから、なるべく生っぽさを残したかった。

―たしかに、ある時期のドゥームメタル(※)を思わせる「自由さ」があるように感じます。
※ドゥームメタル:ヘヴィメタルのサブジャンルのひとつで、極端に遅いテンポ、低くチューニングされた重いギターリフ、そして破滅や絶望感を漂わせる暗く陰鬱な空気感が特徴
下中:かといって、あの当時の音楽を綿密に研究して、それを忠実にやろうとしたわけではないんです。バンドという編成の元で、できるだけ大きなエネルギーを出そうとすると、結果的にあの頃の音楽に近づくというか。
―しかし、今でこそ少し復権している感じがしますけど、特に2010年代って、ギターリフという存在がちょっと虐げられがちでしたよね。今回の作品は、それを思いっきり敷き詰めているからなんとも痛快です。
秋山:ギターリフへの風当たりの強さ、分かります(笑)。けど、元をたどると僕らはThe White Stripesなんかを昔から参考にしていたんですよね。Arctic Monkeysもそうですけど、2000年代のインディーロックにだってギターリフはたくさんあった。その一方で、1970年代のロックのあのリフの感じを古いと言って避けていたのは、考えてみると不思議なバイアスがかかっていたんだなと。今回は、その線引きがなくなった感覚がありました。
―1曲目の“Hyperfixation”なんて、冒頭からかなり意表を突かれます。もはやプログレの領域ですよね、これは。
秋山:最初からプログレをやろうと考えていたわけではないんですけどね(笑)。そもそも僕らが10代の頃は、プログレとかプログレメタルって「おじさんが好きな音楽」みたいなイメージもあって、それこそ避けてきた対象だった。だから、当時の自分たちにこのアルバムを聴かせたら、びっくりするでしょうね。
―一方で“All Tomorrows”には、Motörheadに通じるようなパンク的な突進力を感じたり……。
下中:あれも最初からMotörheadを目指したわけじゃなく、セッションでできて、後で聴いたら「これ、Motörheadみたいだね」となったんです。肉体的な快楽を求めて演奏すると、自然にああいう感じになる。
―“De Nada”も、今回の作品の大きなポイントですよね。DYGL以前のバンド名を冠した最初期からの曲が、ついにここにきて収録されたという。
秋山:今回のセッションで出てくるエネルギーと、あの頃の感覚が繋がっていると気づいて、「だったら、あの曲をもう一度やってみよう」という話になって。実はずっと、アレンジがまとまればいつか出したいと思っていた曲なんですよ。でも、何度もやってうまくいかなかったので、もう出せないかもしれないという雰囲気もあった。今回ようやく形になりました。

―“Breathing in Hell”のブギーのビートにも驚きました。グラムロックの、いわば少し猥雑な側面を思い出すというか。
秋山:特に日本のバンドだと、ああいうものを今真正面からやる人はあまりいないかもしれない。
加地:あの曲には、ちょっとTame Impalaの要素も入っている気がするね。
秋山:そうだね。Kasabianみたいなところも少しある。曲の中にいろんな表情があって、それがそのまま残っている。
―こういう複層的な音楽性だと、ギターが3本あることの意味がより鮮烈になってきそうですよね。どうやってプレイの住み分けをしているんでしょう。
秋山:住み分けに関しては長いこと苦労してきましたけど、今はだいぶ整理できてきたと思います。基本的には僕がバッキングにいて、下中がメロディーやリードを弾く。嘉本もリードを弾くことはあるけれど、それに加えてアンビエントな音やノイズみたいな、音響的なアプローチをしてくれる。状況によって、出たり引っ込んだりする感じですね。
下中:一方で、住み分けすぎても良くないと思うから、割とフレキシブルなところも残しつつ……。音が重なりすぎると思ったら、さっきまで弾いていた弦を弾かないようにするとか、ライブのその場で細かく変えることもあります。今でも試行錯誤していますね。
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日本やアジアは「つるつる」、アメリカは「ざらざら」?
―録音自体も、かなり生々しいですよね。録り方について教えてください。
秋山:前作と同じように、基本的に全員で同時に演奏しています。アンプはそれぞれ別のブースに置いて、音のかぶりはある程度抑えているんですけど、演奏そのものは一発録りです。クリックも使わない。歌だけは後から録って、必要があれば少しレイヤーを足す、という感じですね。

―レコーディングエンジニアのステファニー・ロザさんの仕事も重要ですね。端的に言って、こういう音楽の魅力をめちゃくちゃ理解している人の音だと思いました。
秋山:ステファニーとは、ロサンゼルスにいた頃からの繋がりなんです。2017〜18年くらいに、僕らがアメリカに何か月か滞在していた時期があって。そのときに遊びに行ったThe Smellというライブハウスで、PAをやっていたんですよ。最初は知識もほとんどなかったらしいんですけど、「やってみなよ」と機会を与えてくれる場所だったらしくて。そこで経験を積んで、さらにレコーディングを勉強するようになった。
―そうなんだ。そういうDIYなライブハウスの現場から始まった人だから、こういう音への理解度が高いのかしら。
秋山:そうなんです。僕らもその成長を見ていて、4枚目の頃にミックスを頼んでみたら、すごく良かった。それで5枚目、今回へと繋がっていったんです。パンクやロックの現場をたくさん知っているので、こちらがやりたい音楽の美学を、説明しすぎなくても分かってくれるというか。
下中:ステファニーは、どこかのフェスでスティーヴ・アルビニに会って、マイクの使い方なんかをいろいろ質問したこともあったらしいんです。ギターアンプに近づけたマイクだけじゃなく、少し離れたところにも立てて部屋の音を録るとか、自分なりに工夫していて、すごく研究熱心なんですよ。

秋山:もちろん日本のエンジニアにも素晴らしい人はたくさんいると思うんですけど、すごくきれいに整える技術と、雑味や生活の匂いがある音をちゃんと録る技術は、少し違う気がするんです。後者の感覚は、実際にああいうライブハウスで演奏を観て、お客さんがどう反応しているかを体験しないと、なかなか分かりづらいのかもしれない。
―録音場所は?
秋山:前作に続いて、ステファニーに日本へ来てもらいました。今回は小岩の広いスタジオで録ったんですが、普通のレコーディングスタジオに比べて、あまりデッドに作り込まれた空間じゃないんです。だからちゃんと部屋の音を鳴らせる。その広さや響きが音に出ている気がします。
―分かります。場所に結びついた音の説得力というのは確実にありますよね。
秋山:僕、街とか環境の違いを、「つるつる」と「ざらざら」の違いで考えることがあるんですよ(笑)。東京やアジアの新しい街には、建物もきれいで、つるつるしている場所が多い。でもアメリカでツアーを回ると、レンガや木の建物だったり、ざらざらした空間が残っていたりして、そこで古いロックやパンクが大きな音で鳴っている。その音が、驚くほど場所に合うんですよね。「だからみんなこの音楽が好きなのか」と思える瞬間があった。だから、今回の小岩のスタジオならしっくり来るんじゃないかという感覚があったんです。海外で演奏してきた経験がなかったら、こういう気づきは得られなかったかもしれません。
