2023年に結成され、インディーシーンにおいて瞬く間に独自の立ち位置を確立しつつある3ピースバンド・雪国。
スロウコアやインディーポップからの影響を感じさせる静謐なテンポ。空間に溶け込むようなファルセットボイス。そして、徹底的に無駄を削ぎ落としたシンプルかつ解像度の高いアンサンブル。彼らの音楽は、一聴すると極めて穏やかだが、その内側には聴く者の感情を静かに波立たせるような熱量が宿っている。
2025年の『フジロック(FUJI ROCK FESTIVAL)』での「ROOKIE A GO-GO」ステージへの出演やアジアツアーの成功など、結成からわずかな期間で目覚ましい飛躍を遂げる彼らが、8月に2nd EP『claras』をリリースした。
今回はメンバーの京英一(Vo / Gt)、大澤優貴(Ba)、木幡徹己(Dr)の3人に、彼らの音楽のルーツや、新たなレコーディングの裏側、そして彼ら自身が語る「エモーションの最大化」について、じっくりと話を訊いた。彼らが鳴らす「余白」には、いったい何が込められているのか。
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抑制ではなく発散。雪国が掲げる「エモーションの最大化」
─まずバンドのスタイルについて聞かせてください。現行のインディー系のバンドの中でも、音楽性としてかなりスローだし、ファルセットなどの高い声で歌うスタイルはどうやって完成したんですか?
京:一番最初はもう少し激しい曲もあったし、今ほどスローではなかったような気がするんです。でも、ライブを重ねていくうちに、自分たちが最も素直に演奏できる音楽がどういうものかが段々わかるようになってきて。その方向性が、どちらかというと静かでゆったりしたものの方が合ってるなっていうことに3人の中で気づいてきたんです。
─ライブをやってるうちに、自然と今のスタイルが合ってるなと感じていったんですね。
京:そうですね。もし一番最初からわかってたら、最初から今の音楽性でやってたと思う。最初は手探りだったので。

雪国(ゆきぐに)
2023年に結成、2003年生まれの3人で東京を拠点に活動するインディーロックバンド。2024年6月にリリースした1stアルバム『pothos』が注目を集め、『CDショップ大賞2025』で関東ブロック賞を受賞。インディーやオルタナティブ・ロックを軸に、フォークに影響を受けたメロディ、スロウコアやインディーポップ、エレクトロニカからのリズム感覚、さらにポストロックやアンビエントからの影響を取り込み、ベースからボーカルまで緻密に組み立てられたハーモニーを特徴とする。『FUJI ROCK FESTIVAL2025』の「ROOKIE A GO-GO」ステージに出演しただけでなく、中国3都市でのワンマンツアーも成功させた。2026年8月に2nd EP 『claras』をリリースし、初となる全国6都市ワンマンツアーの開催も決定。
─同世代の他のバンドと比べると、雪国には「エモーションを抑制しつつ感情を表現する」という美学がある気がします。皆さんのなかには、抑制している感覚はありますか?
木幡:音量を抑制したりとか、そういうことをした結果として音楽性がスローにはなってると思うんですけど、エモーショナルな部分を抑制しようっていう考えはないですね。
大澤:というか、なんならちゃんと発散している感覚があります。ライブとかでも、自分が生活の中ではたどり着くことができないような発散の仕方もできていて。僕らの音楽は、自分たちの体にとって自然な流れでそこまでいくように曲を作ってる感じがします。
京:エモーションって人によって違うと思うんですけど、僕たちにとっては僕たちの音楽こそが「エモーションの最大化」ではあるので。僕たちにとってのエモーションは、「激しい気持ち」ではなかったという感じですね。
─なるほど。その「エモさ」ってやりすぎるとダサくなるというか、自分の好きなものから離れてしまうと思っているんですけど、雪国の音楽を聴いていると、曖昧な部分はちゃんと曖昧なまま残しつつも、表現したい核となる部分は明確に伝わってくるんです。聴き手に自分たちの音楽を届ける上で、どのようなことを意識して試行錯誤されているのでしょうか?
京:僕たちは、音楽も歌詞も、偶然ではなく意図して抽象性や余白の部分を残すようにしてて。それが「曖昧さ」の部分なのかなっていうのと、人が元々きっぱりと区切られた存在じゃなく、曖昧な部分があるっていう考えが、素直に楽曲に出てるのもあるのかなと思いますね。
木幡:前作の『shion』までは、ずっと自分たちが一番気持ちいい演奏方法だったりとか、直感を頼りに曲を作っていた。でも、『shion』以降から、明確に自分たちが気持ちいい演奏をした時に「相手にちゃんと届く」っていう感覚がライブを通してわかってきたんです。だから、今作と前作では、より伝えようっていう意思が今までに比べたらあるのかなって思ってます。
大澤:自分たちをどんどん俯瞰するにつれて、ライブとかでも今まで言語化できてなかったものが言語化できるようになってきたんです。最近はセトリがライブの印象に関わるっていうことにも気づいて。まだ完全な最適解は見つけられてないですけど、そういうフェーズに移ってる感じはありますね。
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三者三様のルーツが交差した、バンド結成の背景
─皆さんは様々な音楽を聴いてきた中で、自分たちで曲を作って演奏するようになったきっかけは何だったのでしょうか?
京:もともと音楽がすごく好きだったので、自然と自分でも作りたいと思うようになりました。何か明確なきっかけや「このバンドを聴いて」というよりは、曲作りを実現しやすい環境があったからやってみて、それ以降うまくバンドが回っていったという感じですね。
─子どもの頃から音楽は好きだったんですか?
京:子どもの頃からピアノをやっていて、即興で曲を作って弾くような教室に通っていたので、曲を作るという視点は昔から自然に持っていました。あと、ジャズをやっていたのも大きいです。ジャズは即興音楽なので、常に作曲をし続けているような面がありますし。音楽を作るのが身近な環境だったのも相まって、自然な流れで曲を作り始めました。

─ジャズをやっていた時はピアノで?
京:そうですね。ピアノの音が好きなんです。
─でも結局、バンドをやる時はギターになったと。
京:目立ちたがり屋なので(笑)。一番注目されるっていうのもあるし、Mr.Childrenとかを友達から教えてもらって聴く中で、自然と歌うこともすごく好きになって。弾き語りとかをするようになり、バンドをやるならボーカルかなと自然に思うようになりました。
─ギターはいつ頃始めたんですか?
京:最初に触ったのは中学2年生くらいの時で、兄のギターを勝手に弾き始めたのがきっかけです。高校に入ってからはあまり弾いていなかったんですけど、コロナ禍の時期に弾き語りをするようになって色々な音楽を聴き始め、大学のサークルで本格的にやるようになりました。
─大澤さんはベースを担当されていますが、もともとピアノをやっていらしたんですよね?
大澤:幼稚園から小学校を卒業するくらいまで、ずっとクラシックピアノを習っていて。中学で一度音楽から離れたんですが、高校で軽音部に入ってベースを弾くようになり、そこで曲も作り始めて、高校生が出る東京都の大会に出たりもしてました。そのまま大学に入って、軽音サークルで2人と出会ったという流れです。

─木幡さんはどういう流れでドラムをやるようになったんですか?
木幡:小さい頃、親戚にジャズピアニストがいて、その人がメインではなく伴奏で支える側のピアニストだったんです。そのライブを観に行った時に「ドラマーかっこよくね?」と思って(笑)。それからドラムを始めて。
音楽としての芯が生まれたのは、中学の吹奏楽部でパーカッションを担当した時です。1年生でコンクールに出場して、レインスティックやサスペンデッドシンバルといった小物楽器を任されたんですが、当時演奏した『ノアの箱舟』で、全員でダイナミクスをつけてオーケストレーションを作り上げる気持ちよさに目覚めました。指揮者に向かって全員が真摯に曲に思いをぶつける状態がすごく良くて。
あとは元々和太鼓をやっていて、肉体的にビートを感じるのが好きだったこともあり、それが今の、アタックだけでなくボディ部分のニュアンスを活かす、オーケストラ的なドラムスタイルに繋がっていると思います。
─面白いですね。それが今の雪国の音楽性にすごく反映されているなと。
木幡:今喋りながら、自分でもどんどんそう思ってきました(笑)。
