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作家・小原晩の目で街を歩く。町田文学散歩でわかった、見過ごしていた日常の機微

2026.1.16

DESTINATION TOKYO TAMA

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あわただしい日常の中で、今いる場所から遠く離れることが難しいとき、文学は、日々見えている景色を変える手立ての一つ。

ベッドタウンとして知られ、多くの人が暮らす東京都・町田には、実は文学にゆかりのあるさまざまなスポットが点在する。そこで今回は、エッセイ『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著書で知られる作家の小原晩さんとともに、「文学散歩」というテーマで、町田市内の文学にまつわる場所を巡った。

普段から文学や言葉にまつわる場所を意識的に訪れることがあるという小原さん。街や人の、見過ごしてしまいそうな瞬間を軽妙に綴ってきた小原さんの目に、町田の街はどのように映ったのだろうか。

小原晩(おばら ばん)
作家。2022年初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版。2023年「小説すばる」に読切小説「発光しましょう」を発表し、話題になる。2024年9月に初の商業出版作品として『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(実業之日本社)が発売中。

まずは自然いっぱいの旧白洲邸武相荘で散策を

東京都の南多摩エリアに位置する町田市。隣り合う八王子市の出身ながら、これまで町田にはほとんど訪れたことがなかったという小原さんが、この日最初に足を運んだのは、かつて白洲次郎と白洲正子夫妻が暮らした旧白洲邸武相荘。

連合国軍占領下の日本で吉田茂の側近として活躍し、終戦後は東北電力の会長などを務めた実業家である次郎。そして、幼少時より能を習い、14歳で米国留学。独自の美意識が宿った文章が人気を博し、随筆家として読売文学賞を2度受賞した正子。そのスタイルや審美眼が注目されてきた2人が愛し、終の住処とした場所が武相荘だ。

敷地全体でおよそ2000坪の広さ。戦時中は次郎が農作業を行いながら暮らしていた

ミュージアムとして公開されている茅葺屋根の家屋は、もともと農家だったとのこと。2人が暮らしていた当時の家具などがほぼそのまま残されており、四季折々の変化を大切にしていた正子の意思に則って、邸内の展示は季節ごとに変更。吉田茂から譲られたというステッキなど、さまざまな由来を持つ品々がさりげなく置かれている。

ウイスキーのビンをカットしてウイスキーグラスにしたという
正子の書斎に釘付け

もともと木工作業場やお手伝いさんの作業場として使われていた場所を利用したレストランでは、正子の兄がシンガポールで覚えたレシピをもとにしたチキンカレーや、次郎が好んでいた親子丼などを食べることができる。

小原さんの視線の先にあるのは……
左には正子の肖像画、右には次郎の写真が……!

ミュージアムを見学したあとは、自然豊かな散策路を歩き、正子にゆかりのある作家の品が置かれたミュージアムショップへ。

ミュージアムショップでは、館長自ら焼いた食器も販売
オリジナルグッズも豊富
「花でも生けようかな」とアンティークの薬瓶を購入していた小原さん

「家の中に置かれている一つひとつのものが、今の自分が見ても古びていなくて、全部かっこよかったです。なかにはヴィトンのバッグとかもあるんだけど、高級なものだからというよりは、ちゃんと2人がいいと思ったものが集まっている感じが心地よかったです。次郎が自分のポートレートと一緒に正子に送った『君こそ僕の理想の源、究極の理想だ』という言葉もよかったですね。今の恋人たちも、良い近影とありったけの情熱を言葉にして送りあったらどうだろうと思いました。」

若き頃の2人と邂逅

地域密着で80年の書店・久美堂と、地域が生んだ作家

続いて訪れたのは、小田急線町田駅南口からすぐの場所にある書店、久美堂の本店。幅広い年代の客層を誇る久美堂は、常連客の多さが特徴で、町田の本店を中心に6店舗を展開。2025年12月に80周年を迎える。

「こんなふうに取り上げてもらえるのって嬉しいだろうな」と、町田にゆかりある作家の書籍を取り揃えた一角を見てつぶやく小原さん。

「町田から世に出ていく人は、我々にとっては地元の英雄です。だから活躍してくれると嬉しいし、そのために微力ながら絶対に応援します」。久美堂に40年勤めてきた執行役員の藤田さんがそう話すように、町田と本を愛する久美堂の心意気を感じる。

町田ゆかりの絵本作家を特集するコーナーも

「街の本屋さんが残っていることって重要ですよね。久美堂に老若男女が来るのは、きっと子どもの頃から町田で育った人が大人になっても通い続けているからだし、久美堂が長く続いているからこそ、本を読む習慣が世代を超えてつながっていくんだと思います。向かいのカラオケ屋さんのBGMが店の中まで聴こえてくるような、いい意味での緊張感のなさも、街の本屋さんならではという感じがしてよかったです。自分が久美堂について書くとしたら、カラオケ屋さんの選曲も込みで書くだろうなと思います」

著書『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が面出しされているのを発見

店員もなぜそこにあるのか知らないという、謎の提灯が店内にそびえ立つ

日頃から書店にはよく足を運ぶという小原さん。この日は白洲正子『鶴川日記』、三浦しをん『まほろ駅前番外地』、谷川俊太郎『からだに従う ベストエッセイ集』を購入。

「『鶴川日記』は、武相荘の展示で抜粋されていた正子の文章がよかったからもっと読んでみたいと思ったんです。さっき目にした場所に住んでいた人の文章だから実感を持って読める気がして、思い出の品としてもいいなって。『まほろ駅前番外地』は映画を観たんですけど、町田から着想を得ている小説なので、1冊持っておきたいなと。谷川俊太郎の本は、手にとってみたら、裏表紙に『楽しむことのできぬ精神はひよわだ』という言葉が書かれていて。今日みたいな散歩も、楽しもうとする気持ちが重要だということを思い出させてくれて、刺さりました」

人の生活が見える商店街は、散歩コースを面白くする一手

久美堂からほど近くにあるのは、1947年に開業した仲見世商店街。さきほど小原さんが購入した「まほろ駅前」シリーズにも「仲通り商店街」として登場し、映像化された際のロケ地にもなっている。

行列のできる小籠包店や、沖縄料理やタイ料理などの飲食店、アメリカントイを扱うお店、生活雑貨のお店など、さまざまな店舗が全長80mのコンパクトな商店街にぎゅっと並ぶ。「まぐろのお店 マルハチ」には、一口大にカットされたマグロの食べ歩きができる「マグロカップ」なども。

本マグロと中トロのミックスをいただく。新鮮で冷えている

デパートなどの商業施設が立ち並ぶ町田駅からすぐの場所にもかかわらず、ぐっと生活の雰囲気を漂わせる仲見世商店街を訪れて、町田をより身近に感じた様子だった小原さん。

「この場所に来るかどうかで、町田のイメージがだいぶ変わりますね。仲見世商店街がある町田とない町田とでは、大違いな気がします。これまでは町田について、新宿でもなく吉祥寺でもない、くらいの漠然としたイメージを持っていたけど、町田の解像度が上がりました。いつどんな人が通って、どんな人が働いていて……という、人の生活がしっかり見えた感じがします。商店街の入口の看板の雰囲気とかも絶妙で、町田に来たら行ってみた方がいい場所だなと思いました」

駅近にふらっと入れる市民文学館・ことばらんども

ことばらんどは、町田市内で暮らしていた作家、遠藤周作の遺族から資料が寄贈されたことがきっかけで開館した文学館。特徴的な名前は、公募によって小学生がつけた愛称が採用されたとのこと。その名の通り、年間を通じて「言葉」に関するさまざまな展示やイベントが、町田にまつわる作家の展示とともに行われており、これまでに浅野いにおや今日マチ子などの企画展も。小原さんも以前、トークイベントに出演したことがあるという。

館内はカラフルな窓もかわいらしい

取材時には、シンガーソングライター曽我部恵一の言葉を切り口にした展覧会『サニーデイ・サービス 曽我部恵一展 -Lovers of words-』と、町田にゆかりのある俳人、石川桂郎のミニ展示『没後50年 風狂の俳人 石川桂郎』が開催されていた(※)。

※『サニーデイ・サービス 曽我部恵一展 -Lovers of words-』は2025年12月21日まで、『没後50年 風狂の俳人 石川桂郎』は2026年1月18日まで開催

『サニーデイ・サービス 曽我部恵一展 -Lovers of words-』で曽我部の家を再現したブース

1階には喫茶スペースや絵本コーナーもあり、開かれた空気感のあるこの場所に小原さんは惹かれる部分があったのだそう。

「本に興味がない人も行ってみようと思えそうな空間や仕組みをつくろうとしているように思います。本があまり読まれなくなってきている中で、本に触れるきっかけは一つでも多い方がいいなと、私は思っているんです。この場所は子どもが文学に触れる機会にもなるだろうし、ここに来たことがなんとなく記憶に刻まれるのはきっと意味のあることですよね。私は文学を面白いと思っているから、1人でも多くの人に触れてほしいし、そういう機会が本が好きな人以外のためにもあることは、すごくいいなと思います」

町田ゆかりのイラストレーター・キンシオタニのイラストも随所にある

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