自身の著作が新たに商業出版されることになり、忙しい日々を過ごす小原晩をみらんが連れ出した先は、上野動物園。前日も多摩動物公園を訪れていたというみらんは、どうやら最近人よりも動物に会っているらしい。忙しい東京で暮らす2人は、動物園でこの日、意外にも自分と向き合う時間を過ごすことになった。
INDEX
たのしむ姿勢(from 小原晩)
前日の夜、「動物園たのしみだなあ」と思いながら眠りについた。
わたしは動物園だとか水族館だとか遊園地だとかが得意ではないがち、なのだけど(動物を見ている自分のリアクションを見られていると思ってしまうせいで、なんだかくるしくなってくる、とか、動物はどんな気持ちなのかな、とか、労働環境とか人間関係とかはどうなのかな、と思うととたんに暗くなってしまって人に迷惑をかけるから、などの理由から)あるとき、散歩コースに動物園やらがあったら、たしかにおもしろいだろうな、という気持ちが芽生えたのだった。
そして、今回は、その気持ちが芽生えてから、はじめての、動物園の機会であった。
なにより天気がよかった。冬のにおいのするひかり、さしまくり。それだけでうれしいというか、もう、やっと晴れた、やっと歩きやすい気温、やっと何も考えない時間、やっとはねやすめ、みたいな気持ち。5回目にして、今回ばかりはほんとうにほんとうのはねやすみなのかもしれない! そういうこころもちで、動物たちをみる。
平日の上野動物園には幼稚園だか保育園だかのこどもたちが波のように押し寄せて、はしゃいだり、泣いたり、行儀がよかったり、手をつないでいたり、スケッチしていたり、怒られたりしていて、「あの頃」を思い出す。へんにちぢこまったピースをしていたあの頃のことを思いだす。はしゃいでいるこどもたちの感じに、ひっぱられて、ありとあらゆるポーズをしたくなる。
たのしいだけの時間があってもいい、ということを、どうしていままでわからなかったのか、そしてきっとこれから先、またわからなくなるのだろう、ということにどう向き合ったらいいのか、わたしにはわからない……といつものくせで内にこもりそうになっている自分に気づく。気づけたので、すぐさまたのしいだけの時間に戻る。
一度やすんで、フランクフルトとビールを頼む。ケチャップとマスタードのかけ方をそれぞれ鑑賞して、うまいとか太いとかなんやかんやと言い合って、たのしい。ただたのしい。それからは青空の下、子供たちがお弁当を広げまくるのを眺めながら、3人で近況報告。なんでもないおしゃべり、たのしい! びっくりマークつけるほどたのしい。食べ終わり、立ち上がり、ゴミを捨てる。どっとつかれている、急に。写真家の菜々子ちゃんも同じようにちょっとぐったりしている。しかしみらんちゃんは見るところめっちゃ元気なままである。すばらしくって、ほほえましい。
アザラシを見ていたみらんちゃんに「晩ちゃんの好きそうな顔してる」と言われて近づいてみると、鼻をふんふんさせて、なんとも気の抜けた表情をしていて、うちぬかれる。
「よくああいう顔が好きだとわかったね」と言ったら「晩ちゃんに似てるもん。根っこの、怠惰さが」と言われて、わらう。アザラシみたいに見えてるならうれしいな。その後、みらんちゃんはハシビロコウ、菜々子ちゃんはペンギンぽいね、という話しになる。そんな話をしている頃にはかなり眠たくなっていて、「このまま布団にもぐり込みたいね」と菜々子ちゃんと話しているあいだにもみらんちゃんはどんどんと動物を見て回る。あんなに動き回るなら、ぜんぜんハシビロコウではないな、とこころのうちで思う。年下に言う言葉じゃないけど、これからもずっと元気でいてほしい。
世の中にはあらゆるポーズがあるけれど、わたしはダブルピースがいちばん好きだなあ。
やわらかな日(from みらん)
夏、やっぱりだいぶ暑くてきつかったなあと、振り返ったりできるくらいには秋になったので、動物園に行きたい。
はねやすめメンバーにその旨を伝えたら、晩ちゃんは「あ〜動物園とかいいじゃない。楽しそう」と言い、菜々子ちゃんは「楽しそう〜。ゴリラ!」とのことで、とても楽しみに当日を迎えた。
朝起きると、ほこりが瞬きみえるくらい部屋に光が差していてうれしくなる。それから、今日はなるべく明るい私で2人に会いたいと思う。気持ちをしっかり、身支度を済ませて、満員電車も乗りこなした。
いちばん最初に着いたのは私で、そのうち2人がほのぼの笑いながらやって来た。菜々子ちゃんの手には食べかけのおにぎりがあって、なんかもう、それは菜々子ちゃんのデフォルトなんだなと思う。菜々子ちゃんはいつも、けっこう空腹なのだ。今日もかわいい。2人ともかわいい。
入園ゲートにて、ひとりひとり違う柄のパスを受け取る。私はガラパゴスゾウガメ、晩ちゃんはクビワペッカリー3匹、菜々子ちゃんはアイアイ。そうそう、動物園パスって、この絶妙に、しっくりこないかんじが良いんだよ。
早速目の前にはパンダを見るための列があり、早速パンダ見たいな! と思う。けれど平日の朝10時でなんと30分待ち。はやる気持ちを30分も堪えるなんて無理なわけで、私たちはすっぱり諦め、園内マップを開く。
「ゴリラ!」とはしゃぐ菜々子ちゃんに従って、今いる西園から、いそっぷ橋を渡り、東園の隅を目指すことにする。
遠足日和ということで、あらゆる幼稚園児で賑わいをみせる上野動物園。きっちりと制服を着ている園児の腕の短さについて、頭のてっぺんにボンボンが付いている体操帽子の愉快さについて、それよりなにより、歩いているだけで気持ちがいいこの気候の素晴らしさについて、ぜんぶ喋り出したいような楽しさが込み上げる。こんな日が訪れてくれて良かったなあと、すでに感動していた。
思ったより長いいそっぷ橋を渡った先に、サル山をみる。テンション上がって、ちょいとダンス。
つづいてゾウ、そのさきにカワウソ、ふいにだいすきテナガザル!
拍手をおくったり、手を振ったりして、きゃー! と声を上げたら、案外自分の声だけ甲高く浮いて、我に戻って2人のほうを見ると、なんかにこにこしてる。いっかいっか。引き続き、思いのままはしゃいじゃお。
ゴリラの森まで来た。背中ばっかりだ。
知らないおばさんが晩ちゃんの横に入り、ゴリラ一頭一頭、なにやら説明してくれた。菜々子ちゃんのゴリラ熱をゆうに上回るゴリラ狂。へえーとか、はあーとか、頷きながらひとしきり聞いて、お別れをして、ゴリラおばさんだったねえと話し合う。ゴリラおばさんって、ステラおばさんみたいじゃんってゆるい突っ込みで盛り上がれるくらいには、私たちは動物園に慣れてきていたし、なんか食べたくなってきていた。
広場に行き、フランクフルトとポテトを買って丸いテーブルを囲む。晩ちゃんはビールも頼んだ。
ねえ晩ちゃん、ビールひと口いい? って聞いてみる。「いいよいいよお! そのつもりだったよお!」と言われる。見透かされていた。さらには、「なんならふた口あげるよ! フランクフルト食べてひと口、ポテト食べてもうひと口いきな!」って言われ、遠慮かまわずそうしてみたくなる。晩ちゃんって、一気に浮かれちゃうような提案がうまい。
それから太陽の下、3人で喋りまくる。晩ちゃんが「ほんとにさあー、まさしくはねやすめだよー」って椅子にもたれながら吐き出したとき、最近の苦労がぶわっと見えた。ほんとうによく、頑張ってるんだよなあ。こんな日が訪れてくれて良かったなあが、また押し寄せた。
よっこら立ち上がり、シロクマを見に行く。シロクマの大きさと、それゆえの孤高さ、みたいなものに興奮する。
シロクマは、与えられた敷地内を右往左往、のっそりのっそり動き続けている。見ているうちに、なんだかどんどん、冷めてきた。目の前には泳げるたっぷりの水もあるのに飛び込まず、右往左往して、もしかしてうつなのかな。ちょっとの時間考えてみるけど、シロクマの気持ちはぜんぜんわからない。わかるはずもなくて、あー生きてるとこんなことばっかだ、と思う。誰がなにを考えてるかなんてほんとわからない。けど、大事なこと、大事なのは、今、イメージして、寄り添ってみることができているこの心のちょっとした豊かさ、余白があることなのではないか。そんなことを思って、ずいぶん長いことシロクマを見た。ありがたい時間だった。
いそっぷ橋を渡って、西園に戻る。「いそっぷ橋、めっちゃ短く感じなかった?」と晩ちゃんが言う。うわ確かに。不思議だ。行きと帰りの不思議だ。
ちょっと疲れてきてたけど、はじめての上野動物園で、見たい動物は見るぞ、の気持ちはつづく。日差しはまだまだやわらかい。
ペンギンも、ハシビロコウも、キリンも、サイも、コビトカバも見た。私がずっと先頭で、振り返ったら2人が笑ってる景色も、何度も見た。
帰ろっかって言ったら安心したような顔つきになった2人へ、私が言い出すまで付き合ってくれてありがとう。
今日は明るい私で会うつもりが、明るいついでにかまってな私になっていたことに気付いて、あまかった! 私って、年下なんだな。
けれどほんとうに楽しかった。これを書いている今も、楽しいくらい。
みらん
1999年生まれのシンガーソングライター。
包容力のある歌声と可憐さと鋭さが共存したソングライティングが魅力。2020年に宅録で制作した1stアルバム『帆風』のリリース、その後多数作品をリリースする中、2022年に、曽我部恵一プロデュースのもと 監督:城定秀夫×脚本:今泉力哉、映画『愛なのに』の主題歌を制作し、2ndアルバム『Ducky』をリリース。その後、久米雄介(Special Favorite Music)をプロデューサーに迎え入れ「夏の僕にも」「レモンの木」「好きなように」を配信リリース、フジテレビ「Love music」でも取り上げられ、カルチャーメディアNiEWにて作家・小原晩と交換日記「窓辺に頬杖つきながら」を連載するなど更なる注目を集める中、新曲「天使のキス」を配信/7inchにてリリースした。2023年12月13日には新作アルバム『WATASHIBOSHI』をリリースする。
小原晩(おばらばん)
作家。2022年初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版。2023年「小説すばる」に読切小説「発光しましょう」を発表し、話題になる。 9月に初の商業出版作品として『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(実業之日本社)が11月14日発売予定、全国書店で予約受付中。