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ひきこもりから脱したハイバイ岩井秀人 演劇による精神看護の可能性を医療従事者と語る

2024.12.18

#STAGE

2012年に渋谷のPARCO劇場で岩井秀人が作 / 演出した『ヒッキー・ソトニデテミターノ』を観て、足早に帰宅したことを覚えている。劇中では、元ひきこもりの森田登美男が、ひきこもり支援団体のスタッフ「出張お兄さん」として、現在ひきこもっている人たちと関わっていく姿が描かれていた。舞台を観ながら、登場人物の考えていることが分かると感じたからこそ、私は「今は、ひきこもっていないだけだ」と思うようになった。ひきこもりから抜けて外に出れば全てを解決してくれるわけではない、ということを描いていたのも、その感覚を後押しした。

それから時が経ち、2020年の2月にSNSでたまたま、就労継続支援B型BaseCamp(以下BaseCamp)で『みんなのひきこもり』というイベントが開催されること、更にそれにはハイバイの岩井秀人がゲストとして来るということを知った。岩井自身のひきこもり体験そのものについて話を聞ける機会はあまりなかったため、すぐに申し込みのメールを送った。ひきこもり状態から抜けて何年も経っていたが、いつまたひきこもるか分からないと思い続けていた私にとって、岩井も含めてみんなでひきこもりについて考えるというそのイベントは、魅力的に感じられた。そして、そのイベントで初めて、「当事者研究」というものに触れた。自分の困りごとをオープンに話し、どうやって付き合っていったらいいのかを、みんなで演劇を使いながら研究していくBaseCampの「当事者研究」の形は、正直に言うととてもうらやましかった。

2024年の12月から始まる、ハイバイ20周年を記念した『て』の再演をもって、岩井はこの作品の演出を辞めるという。『て』は岩井が自分自身の家族を題材にした作品だ。「演劇は治療だった」と言う岩井にとって、『て』を作ったことにはどんな意味があったのか。また、岩井がBaseCampのイベントに参加したときに、「自分が演劇でやっていることと、同じようなことをやっている」と感じたというBaseCampの「当事者研究」がもたらすものは何なのか。BaseCampのスタッフであり、看護師でもある中島裕子を対談相手に迎え、「当事者研究」と演劇が交わることで生まれる効果について、話を聞いた。

「当事者研究」は悩みや生きづらさを共有する方法の1つ

ーまずは岩井さんと中島さんの出会いからお伺いしたいです。

岩井:僕は20年ぐらいひきこもりの話とか家族問題を扱った公演をやってきたけど、ひきこもりの話を劇場でやっているうちは、ひきこもりの当事者に一生観てもらえないなってことにあるとき気が付いたんですよ。それで慌ててXで「ひきこもりの話とかどこでもするので、呼んでください」と投稿して。そこで声をかけてくれたうちの1人が、BaseCampの中島さんだったと思う。

岩井秀人(いわい ひでと)
作家 / 演出家 / 俳優。2003年ハイバイ結成。東京であり東京でない小金井の持つ「大衆の流行やムーブメントを憧れつつ引いて眺める目線」を武器に、家族、ひきこもり、集団と個人、個人の自意識の渦、等々についての描写を続けている。2012年NHK BSドラマ『生むと生まれるそれからのこと』で『第30回向田邦子賞』、2013年舞台『ある女』で『第57回岸田國士戯曲賞』受賞。近年はプロデュース企画も積極的に行う一方で、ひきこもりや父親のDVなど岩井自身に起こってきたパーソナルの問題を題材にして劇作を続けてきた自身の作劇スタイルを発展させ、「参加者自身に起きたひっでー話を書き、演劇化する」企画『ワレワレのモロモロ』を全国各地、世代を超えて継続的に開催している。また、10代の4年間をひきこもって過ごした自身の経験をもとに、ひきこもりやDVなど社会問題に関する講演 / メディア活動や、支援団体との協力なども精力的に行っている。

中島:はい、そうだと思います。もともと岩井さんの作品も拝見していましたし、イベントでお話ししているのも聞いたことがあって、自分たちの活動と重なる部分があるなと思っていたんです。それで思い切って長文のメールを書きました。

岩井:メールを読んで、「なんだこの人たちは?」って気になったのでBaseCampでお話させてもらったんです。

―どんなことを話したんですか?

岩井:ひきこもりだったところから外に出て、自分の体験を題材にした演劇を始めたということですね。その時に、BaseCampにいるみんなの悩みだったり、生きづらいなと思っていることの共有の仕方として「当事者研究」を知りました。実際に見せてもらって、たしかに自分と同じようなことをやってるなと思ったんですよね。それがきっかけで、時々ワークショップをすることになりました。

ーどのような内容のワークショップをされているんですか?

岩井:今年は月1でワークショップをやらせてもらってますが、ずっと『ワレワレのモロモロ』(以下、『ワレモロ』)(※)をやっていました。そこにちょっと「当事者研究」も混ぜましたね。僕が「娘に無視されて傷ついた」みたいな話をして、それをみんなに演じてもらうみたいな。それにしても、ワークショップをやるよと言った時のBaseCampのみなさんの参加率は本当に高いですね。

※参加者が自分の身に起こった出来事を台本化して本人を中心に演じる企画。これまでに全国さまざまな場所のみならず、フランスなどにも呼ばれて実施してきた。

中島:みんな積極的に演じますね。

ーそもそもになりますが、「当事者研究」について中島さんにお聞きしてもよろしいですか?

中島:「当事者研究」は、精神保健福祉の分野から生まれた取り組みです。2001年、北海道浦河町にある、精神疾患を抱える方々の仕事や暮らしの場「浦河べてるの家」で始まりました。病気との付き合い方も含めた生活上の様々な苦労とかを、自分自身の研究者になったつもりで、仲間たちと一緒に、何が起こっているんだろうと「研究」するんです。研究の過程では、ホワイトボードを使ってイラストにしたり、実際に体を動かしてみたりすることもあります。(※)

※中島の取り組みは『精神看護 27巻6号 (2024年11月発行)』の「特集 身体を使った対話“演劇”がケアになる『劇にしてみよう!』習慣のススメ」にて詳しく紹介されている。

中島:難しいものに聞こえるかもしれないんですが、結構ささいな遊び心が大事なんです。〇〇療法というような、専門家が作ったものではなく、みんなが悩みを抱えながら試行錯誤する中で暮らしに役立てていくために生まれてきたものなので、手順ややり方は決まっていません。BaseCampでやっているのは、演劇要素が強めの「当事者研究」です。

中島裕子(なかしま ゆうこ)
就労継続支援B型BaseCampサービス管理責任者 / 看護師。BaseCamp:東京都豊島区千川駅のすぐそばにある就労継続支援B型の事業所。精神疾患などを抱えるメンバーが集い、自分たちの生活について語り合うことから創作や発信を行っている。

岩井が言う「演劇が治療につながる」ということの意味

ー岩井さんはBaseCampの「当事者研究」と自分も同じようなことをやっていると言っていましたが、そもそも岩井さんが自分の体験を演劇にし始めたきっかけは何だったんですか?

岩井:最初は自分の体験以外の話を思いつかないから、自分がひきこもっていた時のことを書くしかなかったんですよ。当時自分がひきこもっていたことをいろんな人に話す中で、「ひきこもっていたのにプロレスラーになりたかった」という話は、他人からすると面白いことだと分かっていて。だからそこの部分を取り出して演劇にしたのが旗揚げ作品となる『ヒッキー・カンクーントルネード』でした。ひきこもりから抜け出して8年くらい経っていたので、今思うとだいぶネタ化してましたね。

岩井:でも2008年に『て』をやった時は、自分の体験から2年か3年ぐらいしか経ってなかったんですよ。だから、兄とか父に対してまだむちゃくちゃ怒りがあって。それを自分の中で客観視するために、1周目は自分の目線で、2周目は母の目線で書いたんです。劇中では自分で母を演じたんですが、普通に母ちゃんの感情になるというか。自分の子どもたちが、全員で自分の母親の入った棺を持ち上げるシーンを見て、自然に号泣したんですよね。なんだこれ、とか思いながら。母の目線から当時を振り返ると、兄ちゃんに対する怒りとかはどこかに行っちゃって。あとそれを観たお客さんが、自分の過去の話をいきなりしてくることもあったんですよ。『て』がそういう「観客の過去の体験をダイレクトに呼び起こす装置」みたいになった時に、こういう風にやっていこうと思いました。

ー『TV Bros.』の連載で、「演劇は治療だった」と書かれていましたが、この治療という感覚は『て』の上演においてはどういうことなんでしょうか。

前々から、僕にとっての演劇が「お客さんに見てもらう」ということがあくまで結果であって、その過程で「自分と過去、自分と問題」というものを擦り合わせることにこそ意味があるということはわかっていたし、そのことが自分自身の精神の成熟というか、引きこもっていた4年間に使わずにふやけていた社会性を立ち上がらせるためのカウンセリングのような役割を担っていたことも明らかだった。

つまり、僕にとっての演劇は治療だった。

ただ、「自分の体験を演劇にする」ということだけを続けていた段階では、それはなんの説明もできない「単なる感覚」でしかなかったのだけど、「みんなの体験を演劇にする手助けをする」という「ワレワレのモロモロ」という演劇を作るようになってからは、明らかな治療効果のようなものを見つけられた。「参加者が自分の過去を他者と共有し、別の視点を見つけていく」様子をまざまざと見せつけられたからだ。

―『TV Bros.note版』つまり、僕にとっての演劇は治療だった──オープンダイアローグという精神療法について【岩井秀人 連載 3月号】

岩井:治療と言うと、固いけど。人って、自分の中で、過去の体験と感情を無意識に一緒にくっつけちゃって、今の自分の世界を見る時の判断に結びつけていたりするんです。例えば僕の場合だと、沈黙恐怖とか、ちょっとでも相手が無表情だとすごい不安になるとか。「いや、だって無表情だったから怖いよ」と僕は思うんですけど、他の人からすると、「無表情なだけでしょ」って感じなんですよね。

『て』を作り始めた時も、体験と感情がくっつきすぎていたんです。そこに母の視点を入れたことで、母の感情を知れただけじゃなくて、自分以外の感情を持っている人が無数にいて、自分の感情はそのうちの1個でしかないんだと思うようになれた。それでむちゃくちゃ軽くなったというか、自分で自分の感情だけに傷つけられ続ける必要はないんだな、と。

ー自分以外の感情が別に存在するというのを知ることで、例えば自分が持っていた荷物みたいなものがちょっとおりる感じですか?

岩井:みたいな感じ。あと怒っていたとしても、怒っていること自体が苦しいんじゃなくて、怒っている自分を責めるのが苦しかったりする気がしていて。未だに父親や兄を許せない自分を自分で1回しっかり認めることで、楽になることがある気がしますね。

ー岩井さんは『て』を作られたことで、自分の感情と少し距離を取ることができたんですね。中島さんがBaseCampでやられている「当事者研究」も参加者がそういった効果を感じている部分があるのでしょうか。

中島:そうですね。当事者研究の理念には、「“ひと”と“こと”をわける」や「“見つめる”から“眺める”へ」といった考え方があります。自分の出来事であっても、いったんそれを自分から切り離して、みんなで「研究」として眺めながら新しいものを生み出すことで、あたかも他人のことみたい・みんなのことみたいに感じる瞬間が生まれるんです。演劇的要素が加わることで、そういった瞬間がより生まれやすくなったと思っています。私たちは、日常のあれこれを当事者研究する中で、自然と演劇にたどり着きました。岩井さんは反対で、演劇作品を作る中で「これが他の人にも何か活かせるかも」と気付いたということかと思います。ルートは全然違うけれど、やっていることは重なるところがありますね。

演じることで、過去を他者の視点で見つめ直す

ー岩井さんは実際に『ワレモロ』のワークショップをやってみて、印象に残っていることはありますか?

岩井:参加者がそれぞれまず自分の体験を話すんですけど、自転車に乗っていたらバスと衝突してしまった人の話が印象的でした。バスの運転手さんが「警察に来てもらわなくちゃいけないから、お客さん全員降りてください」って乗客を降ろしたら、血まみれの自分に誰一人、同情する感じもなく、降りながら無言で自分を見ていたらしくて、それでその人は傷ついたという話で。

それを劇にして、無表情な乗客役をしていた人に「どういう気持ちだったの?」と聞いたら、「意外と平気そうだと思って見てた」と言ってて。それで話し合っているうちに、例えばその時に、むちゃくちゃ痛がって叫びまくっていたらどうだったんだろう、という話になったんです。本人は「いや、私それできないんですよ」と言っていたけど、試しにやってみたら、乗客役の人たちがみんな助けに行ったんですよ。本人は、助けを呼ぶという考えがそもそもなかったらしくて、めちゃくちゃ驚いてました。その時に、その人の過去の意味がガチャンって変わったと思ったんですよね。「みんなが私を責めてたわけじゃなくて、私の状態を知らなくて探ってただけだったんだ。」って。

中島:そういうことが頻発しますよね。

岩井:そうなんです。だからこういうワークショップはやった方がいいんだろうなと思いますね。

―演じることで、過去を他者の視点で見つめ直せるんですね。

岩井:ただ、わざわざ演劇でやらなくてもいいかもしれないとは何回も思ったことがあって。演劇は別に過去をもう1回見るためのものとも限らないし、「当事者研究」も、別に過去をもう1回見たり、演じたりする必要が本当にあるんだろうか、みたいなことを考えたことがあったんですよね。

ーそれは、演じないで話をするだけでも、良くなっていくのでは、ということでしょうか?

岩井:はい。もちろんそういうこともあると思うんです。でもやっぱり、「あなたの過去や、あなたに起きていることをみんなでなんとかしますよ」という姿勢が全面に出てしまうと、良くならなくちゃいけないというプレッシャーが生まれてしまう。治す者、治される者の関係というのは結構きついという感覚がありませんか?

中島:そうだと思います。劇にすると、一緒にやるみんながそれぞれ「誰かを治す」ではなく、「演じる」という別の目的に向かえるのがいいんだと思います。

岩井:結構大胆に演技してくれるんですよね(笑)。

ワークショップの様子(中島提供)

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