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身体性を感じる様々なアーティストが交差した『Crossing 2026』
ダンスはビートに対する自然な反応である。始まりを告げる4カウントに、足元から感じるドラムの低音に、空間に鳴り響くギターに、気づくと揺れてしまっている自分の身体。そんな、音楽の持つ身体への作用をむき出しに感じるのは、やはり生音が鳴っている場所だろう。そんな体験が忘れられないから、きっと僕たちはライブに通っている。
DYGLの自主企画イベント『DYGL presents Crossing 2026』は沖縄、大阪、名古屋、東京の4都市を巡り、ついに4月23日(木)、渋谷CLUB QUATTROでラストを迎えた。各地にてTexas 3000、テレビ大陸音頭、ZAZEN BOYS、kanekoayanoといったゲストを迎え、その「Crossing」の言葉通り、DYGLが自分たちと異なる個性を持つアーティストと交差することで、現在の立ち位置を浮かび上がらせる企画だと言える。
2025年は5thアルバム『Who’s in the House?』のリリースに加え『フジロック(FUJI ROCK FESTIVAL)』をはじめとした大型フェスの出演、海外での公演など、活動が精力的だったDYGL。先日、NiEWで実施したインタビューでも、秋山信樹(Vo / Gt)が「一番意識してる部分が身体性」と語っていたように、鳴らすジャンルや音は違えど、共通言語として身体性を感じる様々なアーティストが交差した『Crossing 2026』の開催は、今のDYGLのムードには必然的なものだったのかもしれない。そんな今回のツアーファイナル、kanekoayanoをゲストに迎えた東京公演の模様をレポートする。
今回のツアーを単なる対バンツアーとして読み解くだけではもったいない。DYGLがいま、どんな音楽と並び、どんな場所で鳴ろうとしているのか、身体をテーマに読み解く。
沈黙を震わせる音の塊。kanekoayanoが呼び覚ました身体の反応
今ツアーのラストとなった東京公演。ソールドアウトということもあり、開演30分前にはすでにフロアは人で溢れている。待ちきれんばかりの期待に詰まったライブは、共演のkanekoayanoが先攻という形で幕が上がった。
派手なSEもなく淡々と先にステージに立ったkanekoayanoのセットは、これからリリースを控える“ブルー”で始まる。音が鳴り出した瞬間に、空気は一気に大きく動くというわけではない。しかし、ざわめいていたフロアが熱気に包まれ、ゆっくりとボルテージが高まっていく。

続く“WALTZ”では、その感覚がよりはっきりとしていった。お互いを見ながら音のレイヤーを重ねていく林宏敏(Gt)とtakuyaiizuka(Ba)に合わせて、リズムが身体の重心を少しずつ移動させる。オーディエンスの肩や足元が自然に揺れ始めている。誰もが自分で意識してリズムを刻むというわけではなく、音が身体のある場所を少しずつ動かしていくような揺れ方だ。
“タオルケットは穏やかな”、“さびしくない”、“窓辺”と続く流れでは、彼女の歌が持つ親密さが、ライブハウスの密度の中でより強く立ち上がった。kanekoayanoの音楽は、しばしば日常や生活の手触りと結びつけて語られるが、彼女のライブの強度は、それだけでは説明できない。ここにあったのは身近な言葉ではなく、身体を通って発せられる声の切実さだ。
彼女の音楽は観客を強引に引っ張るものではない。けれど彼女の声は空間に放たれた瞬間、その場にいる人の身体の奥へスッと入り込んでくる。意味として言葉を受け取るより先に、声の震えや息づかい、音の輪郭が身体に触れるような感覚に近い。


“月明かり”に漂う孤独な光のような質感、“予感”が含む言葉にできない愛しさと不安。そうした曲が並ぶ中盤で、フロアは大きな熱狂とは別の集中に包まれていた。聴き入ることと、身体が揺れることが全く矛盾していない。むしろ、誰もがじっとステージを見つめながら、音に反応することに集中している。静けさのなかにもリズムがあり、余白のなかにも身体を動かす力がある。
後半、“かみつきたい”へ進むと、その内側に秘めていた揺れに少しずつ熱が差し込んでいく。声と言葉の距離が縮まり、音の輪郭が際立っていく。特筆すべきは、SEI NAGAHATA(Dr)による巧みなリズムの切り替えだ。踊りの原点ともいえる彼のビートが、バンド全体の温度を確実に引き上げ、kanekoayanoの歌に宿る「噛みつくような衝動」を引き出していく。柔らかい優しさの奥に潜むその衝動が、バンドサウンドと重なり合うことで、オーディエンスの身体はさらに深く音へと引き込まれていった。
“腕の中でしか眠れない猫のように”、“まだ問題ない”へと、終盤に向かうにつれて、歌は広がりを持って、より大きな空間へ開かれていく。しかし、どれほど音が開かれようとも、kanekoayanoのライブの本質、その核は、最後まで身体の内側にあった。声が胸の奥に残り、言葉が意味になる前の純粋な「震え」として刻まれる。セットリストを通して高まっていくその震えが、ラストの“アーケード”での爆発力へと繋がっていく。最後にDYGLへの感謝を伝えた彼女たちは、大きな歓声と拍手に包まれていた。
