2012年に渋谷のPARCO劇場で岩井秀人が作 / 演出した『ヒッキー・ソトニデテミターノ』を観て、足早に帰宅したことを覚えている。劇中では、元ひきこもりの森田登美男が、ひきこもり支援団体のスタッフ「出張お兄さん」として、現在ひきこもっている人たちと関わっていく姿が描かれていた。舞台を観ながら、登場人物の考えていることが分かると感じたからこそ、私は「今は、ひきこもっていないだけだ」と思うようになった。ひきこもりから抜けて外に出れば全てを解決してくれるわけではない、ということを描いていたのも、その感覚を後押しした。
それから時が経ち、2020年の2月にSNSでたまたま、就労継続支援B型BaseCamp(以下BaseCamp)で『みんなのひきこもり』というイベントが開催されること、更にそれにはハイバイの岩井秀人がゲストとして来るということを知った。岩井自身のひきこもり体験そのものについて話を聞ける機会はあまりなかったため、すぐに申し込みのメールを送った。ひきこもり状態から抜けて何年も経っていたが、いつまたひきこもるか分からないと思い続けていた私にとって、岩井も含めてみんなでひきこもりについて考えるというそのイベントは、魅力的に感じられた。そして、そのイベントで初めて、「当事者研究」というものに触れた。自分の困りごとをオープンに話し、どうやって付き合っていったらいいのかを、みんなで演劇を使いながら研究していくBaseCampの「当事者研究」の形は、正直に言うととてもうらやましかった。
2024年の12月から始まる、ハイバイ20周年を記念した『て』の再演をもって、岩井はこの作品の演出を辞めるという。『て』は岩井が自分自身の家族を題材にした作品だ。「演劇は治療だった」と言う岩井にとって、『て』を作ったことにはどんな意味があったのか。また、岩井がBaseCampのイベントに参加したときに、「自分が演劇でやっていることと、同じようなことをやっている」と感じたというBaseCampの「当事者研究」がもたらすものは何なのか。BaseCampのスタッフであり、看護師でもある中島裕子を対談相手に迎え、「当事者研究」と演劇が交わることで生まれる効果について、話を聞いた。
INDEX
「当事者研究」は悩みや生きづらさを共有する方法の1つ
ーまずは岩井さんと中島さんの出会いからお伺いしたいです。
岩井:僕は20年ぐらいひきこもりの話とか家族問題を扱った公演をやってきたけど、ひきこもりの話を劇場でやっているうちは、ひきこもりの当事者に一生観てもらえないなってことにあるとき気が付いたんですよ。それで慌ててXで「ひきこもりの話とかどこでもするので、呼んでください」と投稿して。そこで声をかけてくれたうちの1人が、BaseCampの中島さんだったと思う。
中島:はい、そうだと思います。もともと岩井さんの作品も拝見していましたし、イベントでお話ししているのも聞いたことがあって、自分たちの活動と重なる部分があるなと思っていたんです。それで思い切って長文のメールを書きました。
岩井:メールを読んで、「なんだこの人たちは?」って気になったのでBaseCampでお話させてもらったんです。
―どんなことを話したんですか?
岩井:ひきこもりだったところから外に出て、自分の体験を題材にした演劇を始めたということですね。その時に、BaseCampにいるみんなの悩みだったり、生きづらいなと思っていることの共有の仕方として「当事者研究」を知りました。実際に見せてもらって、たしかに自分と同じようなことをやってるなと思ったんですよね。それがきっかけで、時々ワークショップをすることになりました。
ーどのような内容のワークショップをされているんですか?
岩井:今年は月1でワークショップをやらせてもらってますが、ずっと『ワレワレのモロモロ』(以下、『ワレモロ』)(※)をやっていました。そこにちょっと「当事者研究」も混ぜましたね。僕が「娘に無視されて傷ついた」みたいな話をして、それをみんなに演じてもらうみたいな。それにしても、ワークショップをやるよと言った時のBaseCampのみなさんの参加率は本当に高いですね。
※参加者が自分の身に起こった出来事を台本化して本人を中心に演じる企画。これまでに全国さまざまな場所のみならず、フランスなどにも呼ばれて実施してきた。
中島:みんな積極的に演じますね。
ーそもそもになりますが、「当事者研究」について中島さんにお聞きしてもよろしいですか?
中島:「当事者研究」は、精神保健福祉の分野から生まれた取り組みです。2001年、北海道浦河町にある、精神疾患を抱える方々の仕事や暮らしの場「浦河べてるの家」で始まりました。病気との付き合い方も含めた生活上の様々な苦労とかを、自分自身の研究者になったつもりで、仲間たちと一緒に、何が起こっているんだろうと「研究」するんです。研究の過程では、ホワイトボードを使ってイラストにしたり、実際に体を動かしてみたりすることもあります。(※)
※中島の取り組みは『精神看護 27巻6号 (2024年11月発行)』の「特集 身体を使った対話“演劇”がケアになる『劇にしてみよう!』習慣のススメ」にて詳しく紹介されている。
中島:難しいものに聞こえるかもしれないんですが、結構ささいな遊び心が大事なんです。〇〇療法というような、専門家が作ったものではなく、みんなが悩みを抱えながら試行錯誤する中で暮らしに役立てていくために生まれてきたものなので、手順ややり方は決まっていません。BaseCampでやっているのは、演劇要素が強めの「当事者研究」です。