MONO NO AWARE、絶好調。新たに届けられた『Passion Tours』は、意気揚々と帆を進める4人による、肩の力の抜けた、風通しの良い作品だ。
「食」をコンセプトに据え、その巧みな描写力とパワフルなアンサンブルで絶賛を集めたアルバム『ザ・ビュッフェ』から約2年半。舞台演出ユニットのGROUPNを迎えた大規模公演『波止場大サーカス』や全国ツアーのみならず、アジア各国の音楽フェスティバルに招聘されるなど、MONO NO AWAREというバンドのキャラクターがいよいよ多くの人々の知るところとなった。
そんな中で放たれた『Passion Tours』では、装飾をできるだけ排した、まさに生のMONO NO AWAREの4人の姿を確認することができる。今作のコンセプトは「旅」。ただし、仰々しい看板のようなものはない。あるのは、レンタカーを借りて海まで小一時間走るくらいの気ままさだ。
取材で玉置周啓(Vo / Gt)は、今作の空気感を「行きたさ」や「兆し」といった言葉で喩えた。楽曲やポッドキャストで見せてきた観察眼を意図的に閉じてまで、約50分の音の波に揺れることを選んだ、その真意をいくつかの角度から探った。
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「僕ら的には、今こういうのがアツい」。ノリで撮った九十九里での一枚
─このプロフィール写真、素敵ですね。
玉置:そう、このノリね(笑)。本当は小見山(峻)さんと沖縄でのライブの後に撮る予定だったんですけど、台風の影響で合流できず、ライブから帰ってきてそのまま直行した九十九里の浜辺で撮った写真なんです。
色々考えたけど、その場のノリで小見山さんがカメラを取り出して撮った一枚がこれで。最後に撮った、本当に何も考えてない一枚。バイブスしかない。

MONO NO AWARE(モノノアワレ)
東京都八丈島出身の玉置周啓と加藤成順が、大学で竹田綾子、柳澤豊と出会う。FUJI ROCK FESTIVAL’16 “ROOKIE A GO-GO”に出演し、翌年の投票でメインステージに出演。2024年6月にリリースした5thアルバム『ザ・ビュッフェ』が〈APPLE VINEGAR -Music Award-〉の大賞を受賞。2026年10月21日に6thアルバム『Passion Tours』をリリース。
─『ザ・ビュッフェ』(2024年)を発表する前後から、MONO NO AWAREというバンドにおいて「ノリ」を重視する姿勢が顕著になっていったじゃないですか。このプロフィール写真はその象徴というか。
玉置:うん。僕ら的には、今こういうのがアツい。
─約2年半前に発表した『ザ・ビュッフェ』はバンドにとってのブレイクスルーとなり、今に至るまで実に充実した時間を過ごしたのではないかと。
玉置:そうですね……大きな変化としては、ライブにエネルギーが満ち溢れてきたんです。“同釜”がデカいと思うんです、あれをライブでやると、お客さんと自分たちが何も考えてない状態で接続できるというか。
歌詞に感動してもらうとか、良いメロディーを聴くとか、そういう話じゃなくて、ただ音が出ててお互いに楽しい。『ザ・ビュッフェ』以降はバンドからポジティブな波動が出てますね。
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前作の評価を引き継がず、音楽を逃げ場に戻す
─玉置さん自身から出てくる言葉も「ノリ」を重視したものに変わってきていますよね。「バイブス」とか「ポジティブな波動」とか。
玉置:あー、そうなってますね。メッセージ離れみたいなことを考えていて、それが大きいのかもしれません。
─メッセージ離れ?
玉置:『ザ・ビュッフェ』を作った時は「食」をテーマに色々なメッセージを込めていたけど、今回の『Passion Tours』はそもそも伝えたいことが特になかったんですよね。「旅」がコンセプトになっているけど、旅を通して伝えたいことがあるわけではなく、「旅の高揚感を取り戻そう!」みたいな目標がただあっただけで。

─なるほど。
玉置:というのも、なんか社会に対する、うーん……例を出そうとするだけで体調悪くなっちゃうというか、マジであんまり考えたくないんですよね。『ザ・ビュッフェ』を作った頃には社会に対する自分の反応が多分にあって、それを表現したい欲求も持っていたんです。でも、『Passion Tours』はもう、何も言うことがない。そこからスタートしてる。
─メッセージから離れたいというか、疲れたというか。
玉置:言うことがありすぎてホワイトアウトしちゃったんです。世界は問題だらけで、刺激だらけで、とても自分だけでは処理しきれない。誰を見たらいいのかもわからないし、どれがどの「氷山の一角」なのかもわからない。
そんな時にポッドキャストでTaiTanくん(※)が教えてくれた土門蘭の『ほんとうのことを書く練習』(ダイヤモンド社)とか、ちょっと前に出てた東浩紀の『平和と愚かさ』(ゲンロン)とかが繋がりはじめたんです。
※TaiTan:Dos Monosのラッパー。玉置とポッドキャスト『奇奇怪怪』のパーソナリティを務める。
玉置:つまり、見えなかったことについて考えはじめると、他者の要素が自分の中にどんどん増えていくじゃないですか。それは世界を知ることだと思うんですけど、同時に自分を駆動していたものを忘れてしまう。結果的に対応しなきゃいけない課題ばかりが乱立していくような感覚に気づいたんですよね。それってなんか……俺、向いてねぇなって。
多分ミスったんでしょうね、俺は。情報をのべつ幕なしにピックアップするような数年間を送ってしまった。それに『ザ・ビュッフェ』で評価していただいた部分を引き継いで、「メッセージをカマしていくぜ!」みたいなことを続けると、ただの器用貧乏になってしまう。だったら、もっと楽しいことをしたい。「自分が欲するものを出して、それが当たらなかったらやめよう」みたいな、そういうマインドになったんです。アルバムを作る前にもメンバーとよく話してました。「音楽って元々は逃げ場だったはずだよね?」みたいな。

─「MONO NO AWARE」という自分たちだけの逃げ場を作って、全員であえて考えない練習をしてみたくなったというか。
玉置:そう。でも喋れば喋るほど、結局考える方に向いていっちゃうんだけど(笑)。要はまぁ、物事のバランスを取りたいんです。MBTIも仲介者(INFP)だったし。表現系じゃなかったんですよね。MBTI自体、俺が自分で仲介者になるように調整しながら回答してる感じもする。
─仲介者のMBTI診断は「仲介者になろう」と調整しながら回答するから、必然的に仲介者になると(笑)。
玉置:絶対そう。てか、MBTIなんかやる時点で芸術家タイプじゃない(笑)。まぁつまり、自分が芸術家らしいのかどうかとか、そもそも社会に対してどう振る舞うべきなのかとか、それを全部忘れた状態で子供のような高揚感を取り戻すことがまず重要だったんですよね。何マスか戻って、自分の本当の気持ちみたいなものを確認した上で、そこから手が伸びる範囲に伸ばしていくっていう認識へと移行したい。だから、今回はただ単にノスタルジーに浸っているパートもあるというか。

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ノスタルジーを「劇薬」として遠ざけるのをやめた
─ローマのスペイン広場やタイのカオサンをはじめ、『Passion Tours』には具体的な地名がいくつも出てくるじゃないですか。
玉置:そう。“スリランカ”だけ土産話で、あとは実際に俺が行った場所です。
─しかも、相当前ですよね?
玉置:19歳の頃とかですね。
─それほど前の記憶を掘り起こしたのは、ノスタルジックな感覚からですか?
玉置:完全にそうです。ここ数年、「ノスタルジーは劇薬だ」っていうことを自分に言い聞かせながら生きてみたわけですよ。もっと現実を眼差さなきゃいけないし、過去に浸っていては仕方がないな、みたいな。それって「エモい」っていう言葉に感じる危機感に近いと思うんですよね。
でも……今は「『エモい』って大事だな」みたいな。エモさを遠ざけてる間に、エモがろうと思ってもエモがれなくなるんだろうなみたいな予感がありまして。だからこそ、バカみたいに好きなものに浸って、自分が気持ちよくなるためだけに音楽を作ってみたくなったんです。
─以前は「エモい」を自分の言葉に置き換えていたけれど、今は感じたまま「エモい」と言いたい。
玉置:まさにそう。今までの自分だったら「エモい」っていう言葉に過剰に反応して、自分なりに紐解いて「みなさんの思ってる『エモい』はこうなってます!」みたいに解説していた気がするんですよね。けど、「エモい」っていう言葉に含まれてる感情って多様すぎて、他では言い換えられない、ちょっとしたイデアみたいなものになってきてると思うんです。
だったら即座に「エモい」って言える状態であるべきなんじゃないかなって。自分が今大事にしたいのはそういうことで、アルバムを作っている間は「いきたさ」っていう言葉でチーム内に共有していたんですけど。
─「いきたさ」?
玉置:えっと、「wanna go」ですね。
─あぁ、「行きたさ」ですか。
玉置:例えば、『Passion Tours』は『パイナップル・ツアーズ』(※)(1992年)っていう沖縄の学生が撮った映画から採ってるんです。旅行代理店が小さな島を駆逐しに来るような、当時の沖縄の人たちの感情とかを反映させた作品で。ただ、とにかくカラグレ(カラーグレーディング)がすげぇ良くて。世界に抱かれていて、人間が信頼されている雰囲気があったんです。それで「ここ行きてぇな」って思って、アルバムのタイトルも決めたんです。
※『パイナップル・ツアーズ』:1992年公開。大学卒業後すぐの若手監督たちが沖縄の架空の離島を舞台にした3話オムニバス映画。
─今になってみれば、パッションはほとんど「エモい」の英訳というか。
玉置:確かに。最初は単にパッションフルーツから引っ張ってきたんですよ、八丈島でよく作ってるんで。でも、後から意味が付いていってね。作り終える頃には「ありがたい言葉だなぁ」なんて思いながら(笑)。
─ただ、『Passion Tours』というアルバムは落ち着いた曲が多いじゃないですか。アコースティックギターによる弾き語りの比重も増して、玉置さんの言葉遣いも平易になっている。いわゆる「ノリの良い音楽」とは少し違って聴こえます。
玉置:言葉についてはメロディーが浮かんだ時点で使われていた言葉を推敲せずに歌っているからこそ平易なんだと思います。来年には変わってるかもしれませんけど、推敲とかがバカらしくなったんですよ。『Passion Tours』は言葉と曲が癒着している気がする。逆に言うと、俺は仮歌だと平易な言葉しか出てこない(笑)。
─あぁ、なるほど。
玉置:要するに、「本当のことは平易なことなんだろうな」っていう感覚が今年はあったんですよね。もうちょっと穏やかな世の中だったら複雑な言葉で遊ぶ余地があったんですけど、今はそのゲームをやりたくない。それよりも平易な言葉の方が映えると思ったんです。最近聴いているのも夏目(知幸)くん(※)とか柴田聡子とかの、平易なボキャブラリーを活かしている曲ばかりで。
※夏目知幸:元シャムキャッツのボーカル・ギター。2020年のバンド解散後、Summer Eye名義で活動。
─そういえば『Passion Tours』には夏目さんがスペシャルサンクスとしてクレジットされていますよね。
玉置:そうそう。ブックレットの撮影でビーチパラソルを砂浜に差して撮影したかったんです。それが撮影の当日にAmazonから届かないということが判明し、「どうしよう……」ってチームで話していたところ、ちょうどインスタのDMで夏目くんから「ツアーめっちゃ回るな! いいね!」って届いて。
─ビーチパラソルを持っている人から!
玉置:で、夏目くんに「そうなんですよ。ところで傘を……」って頼んだらすぐにパラソルを貸してくれたんです。ついでに偽物のマンゴーみたいなのも貰ったし(笑)。だからCDのジュエルケースの裏には夏目くんのパラソルが写っているんです。
『Passion Tours』は、その夏目くんの雰囲気とかエピソードに集約されているというか、世界への信頼を丸ごと夏目くんが担保してくれた感じがしたんですよね。それ以降、夏目くんへのリスペクトが止まらないし、曲の聴こえ方すら変わるっていうか。インスタのストーリーズで流れてくるライブ映像も飛ばさずに見ちゃう(笑)。今、地球は夏目くんを中心に回ってるなって。

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「失敗しないようにすればするほど旅自体が全部つまらなくなってくる」(玉置)
─アルバムの中で「パッション」という単語が歌詞に登場するのは“ミサンガ”ですね。<パッション宿るのは結んだそのときさ>という、これは実体験ですか?
玉置:そうですね。『地球の歩き方』で絶対に書いてある「カツアゲに気をつけてね!」みたいなエピソードの曲なんですけど。ヒデトシ(詳細は“ミサンガ”の歌詞を参照)が取られたんです、4万円くらい。
─おぉ……。
玉置:泣きながら親にATMから国際送金してもらってね。最初にミサンガを結んでくれた、その、小さいクリロナ(※)みたいなやつがいて。
※クリロナ:サッカー選手クリスティアーノ・ロナウドの愛称。
─言わんとしていることはわかります(笑)。
玉置:あとは歌詞の通りなんですけど、要はスペイン広場でクリロナと仲良くなっている間にゆびきりげんまんに誘われて。で、その時はまだ友達だと思い込んでいたから、自然と小指を差し出したら、そこに赤・白・緑の糸をものすごいスピードで三つ編みされてですね、そのまま手首に巻いて、ミサンガの出来上がり。気づいたら周りを4人の男が取り囲んでいて、ユーロを請求されたという。めちゃくちゃ怖かったですよ、19歳の初海外ですからね。ヒデトシはもう腕まで掴まれちゃって、財布からお金が抜かれてた。
けど、それって最高に楽しかったなって。今になってみれば、ガイドブックに従ってクリロナの挨拶を拒んだりしなくてよかったなって本気で思ってるんです。「あいつ危ないやつだったよ」とか言いながら次のスポットで写真を撮って帰った日と、ミサンガを勝手に結ばれてカツアゲされた日とでは、後者の方が胸がときめくっていうか。俺の旅の基本として、「失敗しないようにすればするほど旅自体が全部つまらなくなってくる」っていう法則があるんです。
─次に続く“カオサン”でも<地元の人は行かないわ>と歌われているように、この2曲では典型的な観光客の姿が描かれているじゃないですか。穴場スポットや現地の方しか知らない場所に足を運ぶのではなく、あえてガイドブックどおりに振る舞う。それが新鮮で、旅そのものを楽しんでるように見えます。
玉置:あー、めっちゃ嬉しい。個人的にこの2曲がアルバムのサビですね。“カオサン”はYONLAPA(※1)との歌なんですよ。一緒にアジアを回るうちに仲良くなって、最後のライブをタイで終えた後に「これからどこ行くの?」って聞かれたんです。
玉置:その時、俺はカオサンに行く予定だったんですよね。というのも、20歳の頃に東南アジアを回っていて。それこそ沢木耕太郎が『深夜特急』(※2)でカオサンがいかに魅力的な場所であるかを説いたわけで、その描写に憧れて実際に行くわけじゃないですか。
※1YONLAPA:タイ・チェンマイのインディーポップバンド。
※2深夜特急:沢木耕太郎による日本の代表的な紀行小説。インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合バスを乗り継いでユーラシア大陸を単独で旅する物語
玉置:で、大人になってから沢木の話をすると、同じように盛り上がってくれる人と、「沢木なんて序の口だよね〜」っていう人に分かれるんです。「沢木節だけじゃ旅の魅力は語りきれないよね」みたいな論調もあるというか。
─バックパッカー根性というか、ある種のロマンがありますよね。
玉置:それが恥ずかしくなって、いつしかオススメの本リストから『深夜特急』が外れていくっていう(笑)。ただ、ここで一つ、あの頃の真っ直ぐに旅へと憧れてる状態の自分をちゃんと取り戻したくなったんです。ダサくていいから。それで「俺はカオサンに行くんだ」って、胸を張ってYONLAPAのメンバーに言ったんですよね。そうしたらため息をつかれて……ってか、なんか半笑いだったな。
─「え? マジでカオサン行くの?」みたいな(笑)。
玉置:そう(笑)。日本だったら竹下通りみたいな場所なのかな。ただ、“ミサンガ”もそうなんですけど、ベタさに戻りたいっていうことだったんですよね。そもそも、旅ってベタで良いというか、穴場とかを探し出すと現実から逃れられなくなってしまう。その穴場ゲームって永遠に続くんですよね、多分。例えばカオサンの人しか行かない穴場があって、そこに辿り着いたとしても、途端にカオサンという場所が観光に飽きた人たちに新たな価値を提示するために作った「スポット」でしかなくなってしまう。むしろ、本当にカオサンの人が行く場所は観光客とは分かち合えないという、その断絶が面白い。
そもそも、穴場を掘れば見つけられるって思い込むこと自体が間違っているような気もしていて。俺も八丈島に帰る度に行く場所は友達にも教えてなかったりするし。そういう各々の穴場はみんな絶対持ってるはずで、そこは不可侵のままにしておいて、テーマパーク的に与えられた場所を普通に観光することが今は良いかなって。

─さっきの「自分たちだけの逃げ場」とは逆に、誰でも行ける観光地のほうが今は歌にしがいがあるという。
玉置:そうなんです。観光地として向こうが見せたいものをこっちが客として見るということが、今は一番気持ちいい。ゲームが始まらないんですよね、それって。
─「お前、どこまで知ってる?」みたいなゲームを始めるより、普通にパッタイ食べてる方が楽しいし美味しい……みたいな。
玉置:そこまで戻りたかったんですよね。音楽を聴いている間は、一周目の観光地に行ってるみたいな、シンプルな喜びを感じてほしい。だからこそ、メンバーを説得してまでカオサンに行く理由が俺にはあったんです。

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「何かが動くかも」という予兆を、いちばん長く楽しむ
─“ミサンガ”や“カオサン”の前に遡ると、先行シングルでリリースされた“ハイライト”もアルバムの中で目立つ曲ですね。特に最後のギターソロは、言葉以上の迫力があるというか。
玉置:あのギターソロは(加藤)成順のためにあるというか、メンバーの中でも成順が感覚で生きてるって感じがしますね。それが俺は羨ましいわけです。
─“ハイライト”のソロパートは成順さんに丸々お任せした形なのでしょうか?
玉置:一発録りですよ。3テイクくらい録って、結果的に1テイク目になって。しかもその時は(小原)綾斗(Tempalay)とかイラストレーターのYUGO.とかが酒飲んだ帰りに何故かスタジオに来て。そこでもタバコ吸って酒飲んで……みたいな。
(柳澤)豊と竹田(綾子)は作業が終わって一緒に飲んでて、向こうのブースで成順が“ハイライト”のソロを弾いてるっていう。チョーキングが入ると綾斗が「イェーイ!」って叫んで(笑)。
その時のバイブスが良かったんですよね。バックのアコギとベースとドラムも別で一発録りしてたんですけど、それも尺とかを決めずに目を合わせながら「行けるとこまで行こうぜ」みたいなノリで。カマさなくていいし、難しいテクニックとか披露しなくていいから、とにかく気楽にやったんです。

─『Passion Tours』の歌詞を眺めてみると、所々でバンドという共同体を言い表すメタファーのようにも読める箇所が登場します。例えばアルバム冒頭の“恐竜を求めて”は、着想自体は劇団・南極の舞台『ホネホネ山の大動物』ですが、<報酬もなく / 年甲斐もなく / 恐竜を求めて>というクライマックスに至るまでの導線はバンドの活動にも通底するようなロマンに貫かれているというか。“ミサンガ”にも<結んだそのときが一番最高>という一節があって、まるで初期衝動を歌っているかのようで。
玉置:まさにそうですね。個人的には「兆し」を感じたいというか。
─「兆し」?
玉置:「何かが動くかも」みたいな予兆ですね、それが一番長く味わえる幸福の在り方だと思うんです。“恐竜を求めて”なら土を掘っている時間とか、“ミサンガ”なら結んでからほどけるまでの過程とか。旅にしてもそうで、海なんて入っちゃえば一瞬だけど、水着を買ったりして海のことを考える数分間まで楽しむことができたら、粘土みたいに時間を引き延ばすことができる。
─玉置さん自身のみならず、バンドという共同体にとっての「兆し」は、どのようなものなのでしょうか?
玉置:うーん、いくつかありますよね。チケットの売り上げが前より伸びてきていることも数字的な「兆し」だし、スタジオに入って新曲を合わせた時に、誰かがミスったけど「むしろこっちで良くね?」とか考えている時間とかは、バンドにとっての「兆し」が見えている状態だと思います。ただの作業ではない、実感が得られるというか。例えば“スリランカ”とかは、もう次のライブからアレンジが変わっていきそうな気がしているんです。
─“カオサン”以降の収録曲はトーンもゆったりしていて、ある意味でアレンジの余白が残されているように聴こえます。“シルビア”や“ねぐせ”などですね。
玉置:これ以上言葉を足したら、「旅とは何か」みたいなことを語り出しそうな雰囲気があったんですよね。それよりは、約50分の間、ただ何かの音が流れている時間を作りたかった。だから、後半はかなり取り留めがないと思う。「これで許される世の中になんねぇかな」みたいな気持ちもちょっと入ってます。このままだと大喜利のハイパーインフレに突入していくぞ……みたいな(笑)。

─時間がゆったり流れているように聴こえる遠因のひとつとして、『Passion Tours』は旅がコンセプトにあるのにもかかわらず記号的な要素が少ないですよね。例えば“カオサン”でタイ音楽の要素が入るわけでも、“バッキンガム”でブリットポップへのオマージュが捧げられるわけでもない。
玉置:そう、それも大喜利を避けるためで。“カオサン”をYONLAPAのメンバーに歌ってもらうとか、考えようによっては絡めることもできたけど、今回はちょっと違うというか。『Passion Tours』は個人的な空間として保ちたくて、流通を意識した言語を使用すると途端に濁りが発生すると思ったんです。不完全で評価されなくてもいいから、装飾する前の、生の自分を音楽にしたいなっていう欲求があったんですよね。
─挑戦作のように聴こえない挑戦作ですね、『Passion Tours』は。
玉置:挑戦作ですよ、怖いっす(笑)。「これって聴かれるのかな」みたいな。
─『Passion Tours』を“バッキンガム”で締めることにはどのような必然性があったのでしょうか?
玉置:バッキンガムはデモを作った時に出てきた言葉のままなんです。<色々あったけど>がアルバムの最後の歌詞としてハマったんですよね。俺めっちゃ好きなんですよ、<色々あったけど>って。ヤバくないですか?
─「宴もたけなわですが……」のような身軽さがありますね。
玉置:そうそう。なんか許される感じ。上司でも恋人でも、「まぁ、色々あったけどさ」って旅の終わりに言われたら、許される方のルートを進みはじめることが確定するというか、心が解放される空気感が広がっちゃう。そこには一貫性も最早必要なくて、<色々あったけど>という言葉があるだけで“バッキンガム”という曲自体がポジティブなものになるんです。
─しかも<肝心のことは忘れたよ>と続くわけで、手段と目的が“バッキンガム”の中では転倒していますよね。
玉置:そもそも実際にバッキンガム宮殿を見つけたのだって、落ちてる馬のうんこを追っかけていったからですからね(笑)。ただそこにデカい建物があって、後から調べてバッキンガム宮殿だったと気づいたんです。「旅ってこれで良いだろ」って思っちゃうんですよね、そういう時って。
