『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が7月24日(金)から公開されている。
イラストレーター・ナガノが2020年からSNS上で連載している漫画『ちいかわ』こと『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』。かわいらしいキャラクターたちの日常を描いたこの作品は幅広い層に受け入れられ、『めざましテレビ』(フジテレビ系)内でアニメが放送されている他、さまざまなコラボレーションやグッズが展開されるなど大人気コンテンツになっている。
だが、ちいかわは、ただかわいいだけではない。漫画「セイレーン編」のアニメーション映画化にあたる本作は、私たちにさまざまな問いを突きつける。この記事では、そうしたちいかわのダークな世界観について解説しながら、映画ならではの魅力にも触れていく。
※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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かわいいだけではない、シビアな世界観
『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』という正式名称の通り、小さくてかわいらしいキャラクターの織りなす日常を描いた『ちいかわ』。たとえ漫画やアニメを未見だったとしても、グッズの展開や各コラボレーションなど街中やインターネット上で見ない日がないほど関連するイラストがいたるところに遍在しており、圧倒的な人気を誇る作品だ。

主人公であるちいかわやその友達のハチワレ、うさぎといった愛らしいキャラクターたちが戯れる姿や、食べ物などのあるあるネタが繰り広げられる一方で、シビアな生活やダークな世界観が垣間見えるのも特徴だ。ちいかわたちは、「草むしり」や「討伐」といった労働によって生計を得て暮らしており、生活水準の格差も描かれる。この映画でも、ちいかわが「草むしり検定5級」と書かれたテキストを持っているショットが存在するが、そういった資格の存在や能力の差も示されている。現代社会と共通する厳しさが描かれている点も多くの人の共感を呼ぶ理由になっているのだろう。

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復讐の是非、仲間のための犠牲……答えの出ない問い
本作は、そうした厳しさや不条理が凝縮されたような原作エピソード「セイレーン編」を映像化した作品であり、ただかわいらしくほのぼのとしているだけでも、あるいはわかりやすい勧善懲悪の話でもない。生きていく上での選択の難しさを突きつける内容になっていると言えるだろう。

「カンタンな討伐で100倍の報酬」や「限定島ラーメンに限定スイーツ」などと書かれた「特別な島への招待」のチラシを目にし、島に行くことを決めたちいかわたち。島に到着すると歓迎を受け、リゾート地に来たかのように満喫し、島民たちと交流する。
しかしその夜、ちいかわたちは伝説の生物セイレーンと2匹の人魚に遭遇する。人魚の肉は永遠の命をもたらすという噂があり、セイレーンは人魚を食べた犯人を探すために島民を襲っているという。
つまり、本作が描くテーマのひとつは、復讐ないし報復は正当化されるのか? という問いだ。セイレーンは仲間を食べた島民たちに怒り、暗い海の底に沈めようとしている。永遠の命を手に入れた犯人を檻に入れてずっと閉じ込めようというのだ。島民たちはセイレーンに怯えながらも、これ以上仲間が襲われないように討伐を依頼する。犯人たちはそうした状況を知りつつも、周りには言い出せずにいる。

では、この復讐劇の元になった、人魚の肉を食べた犯人が悪いのかと言ったら、そうとは断定できないところがこの映画の肝になっている部分だろう。犯人はふとしたアクシデントで命の危機に瀕した仲間を救うために行動したのであり、その事故に無自覚に関わっていたのがセイレーンであることが明らかになるからだ。
友情ないし愛情のため、仲間のための犠牲は許されるのかといったテーマを突きつけながら、登場人物の誰かを悪と決めつけられない状況が提示される。さらには真相を知ったちいかわの選択も相まって、観客は簡単には答えの出ない問いを迫られることになる。このように、かわいらしいキャラクターたちがただただ戯れるだけではなく、それぞれの選択について思考させる物語になっているのだ。

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原作に忠実でありながら、映像作品ならではの魅力も
今作は、原作者のナガノが脚本を担当したのも相まってか、「映画向け」の大きな改変もなく、上記の「セイレーン編」のストーリーを丁寧になぞっていると言えるだろう。と同時に、映像作品としての美点、アニメーション映画ならではの演出も詰め込まれている。
原作を読んだ上で映画を見たときに、違いとしてまず気づくのはその背景だろう。ちいかわをはじめとしたキャラクターたちは非常に太い線で描かれているが、冒頭の海の描写から始まり、キャラクターたちの存在感を際立たせるかのように書き込まれた島や森、海といった細やかな背景が目に映る。いかにも夏のアニメ映画といった印象を抱かせるのはこの背景によるところが大きいと言える。
また、セイレーンの歌や人魚たちのコーラス、うさぎとモモンガがヒップホップ調のビートに乗せて歌うところなど、音楽や音が強調されたシーンは、言うまでもなく映像化の意義が見出せる点だろう。

特筆すべきは、島での最後の夜を過ごしたキャンプファイヤーのシーンだ。ここで登場人物たちが歌っているのは“今日の日はさようなら”だ。アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)でも使われていた曲であり、どこか不穏なイメージを抱く人もいるだろう。漫画原作でも数回用いられており、<いつまでも 絶えることなく 友達でいよう>という歌詞は、前述の通り、この物語が友情に起因したものであることを改めて示唆している。
この曲を背景にしながら、誰が人魚の肉を食べたのかを知ってしまったちいかわは、犯人たちを前にして言葉に詰まってしまう。おそらく犯人たちに自分と友人たちとの関係を重ね合わせてしまったのであろうちいかわは、結局は何も言えずに終わってしまう。

元々ちいかわは明瞭に言葉を発することがあまりなく、むしろハチワレなど他のキャラクターが代弁することが多いのだが、このシーンでは言葉を介した説明が徹底して省かれている。背後に流れる歌を含めた環境音、声にならない声、そして間。非言語的なコミュニケーションを主軸に観客にその心情の流れを読み取らせるような余白を持ったこのシーンは、まさに映画のハイライトだ。
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は原作が提示した不条理や選択の難しさを考えさせるストーリーをなぞりつつも、アニメーション映画ならではの魅力をもった作品だと言えるだろう。

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』

7月24日(金)より全国劇場にて公開中
監督:及川啓
原作:ナガノ
脚本:ナガノ
キャスト
ちいかわ:青木遥
ハチワレ:田中誠人
うさぎ:小澤亜李
モモンガ:井口裕香
くりまんじゅう:淺井孝行
ラッコ:内田雄馬
シーサー:島袋美由利
古本屋:春海百乃
島二郎:最上嗣生
セイレーン:鈴木みのり
ヒトハ:寺澤百花
フタバ:鈴代紗弓
人魚:大木咲絵子 七瀬彩夏 南雲希美
島民の代表:川上千尋
味噌漬けの島民:松岡美里 花宮初奈
なんか懐いてる「鳥」:木ノ瀬なつの
©ナガノ / 2026「映画ちいかわ」製作委員会