舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』が、10月9日(金)から11月3日(火・祝)にかけて、東京・池袋の東京芸術劇場とGLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉にて開催される。
同芸術祭は、2026年度より東京芸術劇場の舞台芸術部門芸術監督に就任した岡田利規がアーティスティックディレクターを担当。新たな芸術の創造や海外発信、人材育成をミッションに掲げ、国内外の多様な舞台芸術作品が上演される。プログラムは、演劇やダンスなどの「上演プログラム」、ワークショップやキャンプなどの「上演じゃないプログラム」、そして来場サポートを充実させた「ウェルカム体制」の3つのカテゴリーで構成されている。

上演プログラムでは、全13演目が披露される。ダンサー・振付家の捩子ぴじんと山口情報芸術センター(YCAM)がコラボレーションする『せいせいのせんせい』では、AIロボットの先生による授業を描き出す参加型パフォーマンスを上演。ジュンコエモトによる『真夜中に寂しくなったときに観たい演劇』は、悲劇や生きづらさに回収されることのないレズビアンの恋愛や生存、その美学を軸に展開される。そのほか、ドイツ語圏で注目を集める演出家のクリストファー・リューピングによる初来日公演『渇望』や、ダダルズの野外公演『よだれ観覧車』、テクノロジーを駆使した花形槙の『エルゴノミクス胚』などが揃う。
「上演じゃないプログラム」では、シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)との共催キャンプや、若手を招聘するレジデンシープログラムなどを実施。また「ウェルカム体制」として、音声ガイドやバリアフリー日本語字幕の提供、子どもと一緒に鑑賞できる託児サービスなどの来場サポートが用意されている。
さらに、岡田からのメッセージが公開された。
岡田利規(アーティスティックディレクター) コメント
ディレクターズ・メッセージ
「隕石はウェルカムする」この世界のありように大きく条件づけられて、わたしたちは生きている。そして、わたしたちの生の条件であるこの世界のいまのありようは、混乱を窮めている。
舞台芸術祭「秋の隕石」は、このことへの応答でありたい。この世界のありように応答せんとするあなたにとっての、ささやかにでも足しとなるような何かでありたい。隕石たちは、わたしたちの属する地域/文化/価値観の、文脈の外から飛来する。それら隕石たちとの邂逅は、わたしたちを触発する。わたしたちには、隕石との邂逅に触発されて変容するポテンシャルが具わっている。
そこで生じうる変容を、この世界のありようへの応答の一端であるとわたしは考える。ゆえにわたしはこの変容に、価値と可能性を見る。舞台芸術祭「秋の隕石」は、隕石たちをウェルカムする。同様に、隕石への関心たち、好奇心たちをウェルカムする。それら関心たち・好奇心たちの、隕石たちとの邂逅が起こるのを待望する。
だからわたしたち舞台芸術祭「秋の隕石」は、2026年も〈ウェルカム体制〉を敷く。隕石たちへのアクセスがなんらかの原因で阻害され、起き得たはずの遭遇が果たされない、ということが起こらないよう、できうるかぎりの〈ウェルカム体制〉でいく。会期にわたって「こどもあそびシアター」が開催され、子育て期にあるあなたの観劇をサポートする。音声ガイドや字幕の提供も、多くのプログラムで実施する。舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」は、捩子ぴじん+YCAM(山口情報芸術センター)による、子どもも楽しめる参加型パフォーマンス『せいせいのせんせい』で幕を開ける。AIロボットの〈せんせい〉の授業を受ける体裁をとる本作は、人間とは? 私とは? という根源的な問いに触れている。『せいせいのせんせい』は、それがあまりにも根源的であるがゆえに子どもじみた問いとしか見なせなくなってしまった大人たちのためのものでもある。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断を4年前に受けたダンスアーティスト・新井英夫に、舞台芸術祭「秋の隕石」は新作を委嘱した。新井と板坂記代子、山田衛子の三名からなるコレクティヴ・あぃたら えィの『さん まるだが だんころ 3~音と動きのパフォーマンス~』に立ち会うわたしたちの知覚と感性は、病状の進行にともなって更新され続ける新井の視座とダンスに導かれて、この世界に漂うかすかな揺らぎ・音・気配へとひらかれていくだろう。
エルヴィス・プレスリーの亡霊がシテである能。日本語以外の言語で演じられる能。それってキワモノか? 断じて違う。能という、高い汎用性を具えた〈ニッポンの〉パフォーミング・アーツのフォーマットが文化を越境して実践されるのも、そこから傑作が生まれるのも、じつに自然な成り行き。その紛れもないひとつの実例、シアター能楽の英語能『青い月のメンフィス(Blue Moon Over Memphis)』を、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」は紹介する。
昨年度に続けて、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]と舞台芸術祭「秋の隕石」がコラボレーションして、未来提案型キャンプを実施する。今年のタイトルは『フィクション←テクノロジー→想像力』である。演劇は、観客の想像力が関わることによってフィクションを成立させていく表現形式である。それを、デジタルテクノロジーによってどのように本質的に拡張しうるか? これは、隕石を孵化させるべく開かれる4日間のキャンプである。
レズビアンに向けて、レズビアンが表象される演劇。レズビアンの欲望が、レズビアンの享楽が、レズビアンの寂しさが、レズビアンの身体によって演じられる演劇。レズビアンであることが当然の前提として上演される演劇。江本純子はそのような演劇を欲した。そしてそれを自ら形にした。それがジュンコエモト『真夜中に寂しくなったときに観たい演劇』である。異性愛の価値観が圧倒的に支配するこの社会で、この演劇は、隕石にほかならない。
メキシコの現代史は、グローバルな新自由主義的プロセスがもたらしたメキシコの経済危機の常態化の歴史でもある。その影響に苦しむのは、その社会を生きる人びとにほかならない。生活と魂をどこまでも浸食してくる労働。この他人事とおもえないテーマを、アナカルシス・ラモス/ポルノトラフィコによる『オカンとカネ』は、ドキュメンタリー映画の手法と掛け合わされた現代演劇としてみずみずしく扱う。この60年にわたって就いてきた数々の職について語り、そのいくつかを舞台上で再現してみせるアナカルシスの実の母親・ホセフィナがたまらなくチャーミングだから、ぜひ見てほしい。
サラ・ケインの書いた言葉は、マーガレット・サッチャー時代の苛酷なイギリスを生きた傷ついた魂が遺したレガシーだ。そしてそれは、いまのわたしたちにこそ刺さってくる。クリストファー・リューピングの演出によって、サラ・ケイン『渇望(原題:Crave)』の、ストーリーを持たない断片的なテキストのスコアは、わたしたちの柔らかい心に痛みと慰撫のかけがえのない経験をもたらす上演となった。このベルリン・ドイツ座のレパートリーを、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」は招聘する。
ダダルズ・大石恵美は、強烈な異物性を帯びている。論理性の皮をかぶったナンセンスや飛躍に次ぐ飛躍で展開するテキストを書く大石は、自ら観客の前に、無防備な徒手空拳状態で立ち、それを語る。そして、問いかける。この社会の、わたしたちの、不条理を、欺瞞を、照射する。どこから見ても〈隕石〉である。舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」では、ダダルズ『よだれ観覧車』を、東京芸術劇場前のGLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉で上演する。この野外公演は、事件となるだろう。
いまだ男性中心主義のもと稼働するこの社会にあって“女性らしさ”もまた奨励され(=押しつけられ)続けている。この現実に苛立ちをおぼえるあなたの、その抵抗の意志を鼓舞する隕石として、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」はナディア・ブグレ『バーニング・ガールズ』を招く。コートジボワールの都市を生きるふたりの、燃えるような、毅然としたガールズが、男性的肉体の誇示のために踊られているダンスを男たちから奪取してバキバキにキメる。なお本作は、後述されるアヒェ・エンジニアリング・シアター『白い部屋』とあわせて、昨年度に続き山口遥子氏にキュレーションを依頼しプログラムされた、オブジェクトシアター作品で(も)ある。
虹組ファイツは、ゲイアイドルサークルである。2009年に「アイドルごっこ」をコンセプトに結成されて以来、現在にいたるまで17年にわたり、日本各地で旺盛に活動を続けている。この、長い活動の歴史を持つサークルの存在そのものが、すでにひとつの隕石である。舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」は虹組ファイツ『第11回 虹組学園 秋の大文化祭』をプログラムのひとつとし、彼らのプレゼンスをプレゼントしたい。
大きな吹き抜けを有する東京芸術劇場館内のアトリウムは、そこにいる人びとすべてに静粛さを要請することなどそもそも不可能な公共空間だ。そこ全体を会場にして、小さな音・沈黙、というコンセプトを前面に押し出した、一日限りの無料パフォーマンスを敢行する。山田和樹の指揮による音楽の演奏と、岡田利規の書き下ろすテキストの朗読からなる『静寂のガツンとした一撃』は、消えゆくものに知覚と想像力を向ける誘いともなるだろうし、この世界にあふれる無数の、届かない声、透明にさせられている存在のアナロジーともなるだろう。これは今年度から東京芸術劇場の音楽部門の芸術監督となった山田と、舞台芸術部門の芸術監督となった岡田のきわめて未知数な、初コラボレーションとなる。
昨年度の「秋の隕石2025東京」での公開実験及びその後のクリエーションを経て、今年の「秋の隕石2026東京」で花形 槙『エルゴノミクス胚』のフル・スケール公演が、いよいよ初演される。花形らパフォーマー数人の、椅子へと変態(メタモルフォーシス)しようという意志と欲望が、AIやモーションキャプチャといった最新テクノロジーの助太刀を得ながらまさに目の前で果たされんとする場に、わたしたち観客は立ち会うだろう。それは圧倒的な隕石みを帯びた、未知の体験となるだろう。
『リコーリング(ス)― シアトリカル・バージョン』は、沖縄の歴史や状況を多層に複雑なまま提示する映像作家・山城知佳子が手掛ける〈パフォーミングアーツ作品〉である。本作の主な構成要素となっているのは、戦争にまつわる記憶をテーマとする映像たちだが、そこには沖縄についてのもののみならず、東京やパラオで取材し撮影されたものも多く含まれている。それらが、音響やタイムラインの構成上のさまざまな趣向をともなって、劇場空間に配置される。記憶をめぐる思索を促す媒介そのものともいえるこの舞台芸術作品『リコーリング(ス)― シアトリカル・バージョン』を、わたしたち舞台芸術祭「秋の隕石」は、沖縄との非対称性においてもっとも象徴的な地・東京で開催される催しであることへの自覚とともに、紹介する。
1989年にサンクトペテルブルクで設立されたアヒェ・エンジニアリング・シアターのメンバーは、60歳を超えた現在もなおヨーロッパを拠点に精力的に活動する、オブジェクトシアター界のリビング・レジェンドたちである。彼らが30年以上前の若き日に創作した代表作『白い部屋』の上演を、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」はプログラムのひとつとした。ユーモアを引き連れて次から次へと溢れ出す詩情を、そのことがそのまま政治的な表現となってもいることへの感嘆とともに、堪能してほしい。
このような隕石たちを用意して、舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」は、隕石との邂逅を求めてやってこようとするあなたを、ベストを尽くしてウェルカムする。
photo: Usuyama Kikuko
舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』

名称:舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」
英語名称:Performing Arts Festival: Autumn Meteorite 2026 Tokyo
会期:2026年10月9日(金)~11月3日(火・祝)
会場:東京芸術劇場、GLOBAL RING THEATRE〈池袋西口公園野外劇場〉
主催:東京舞台芸術祭実委員会〔東京都、東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)〕
共催:豊島区
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(国際芸術交流))
独立行政法人⽇本芸術文化振興会
ゴールドスポンサー:アサヒグループジャパン株式会社
シルバースポンサー:東武鉄道株式会社、三菱地所株式会社
ブロンズスポンサー:株式会社イープラス、株式会社ローソンエンタテインメント(五十音順)
メディアパートナー:Tokyo Art Beat
プログラム数:上演プログラム13演目、上演じゃないプログラム4事業、ウェルカム体制(=来場サポートのこと)2事業
舞台芸術祭「秋の隕石2026東京」アーティスティック・ディレクター:岡⽥利規
事務局 事務局長:鈴⽊順子
事務局次長:久保裕司(東京都)、丸岡ひろみ
事務局運営:松谷はるな、⼩林尚美
舞台芸術祭「秋の隕⽯2026東京」制作:武⽥侑子、寺⽥ 凜、藤崎 悠、⼤塚侑子
舞台芸術祭「秋の隕⽯2026東京」アクセシビリティ:多⽥和代
PAB/Open Call Programs/都内演劇祭ネットワーク:藍原さほ子、福嶋芙美
広報:⽊下奈保子、金子晴菜
実務研修員:荒⽊萌⾥、橋本佑⽉
法務アドバイザー:福井健策、寺内康介、島佑規(⾻董通り法律事務所)
ドラマトゥルグ:山真樹子、羽鳥嘉郎
オブジェクトシアター キュレーター:山口遥子
アーティスティック・ディレクター補佐:関 あゆみ
広報ディレクション:松本花音(合同会社PUB)
広報:山本さくら、奥村圭二郎、長⽥ポンシリ・アリサ、甲斐美奈寿、佐藤 瞳、園⽥祥子
<アクセス>
東京芸術劇場 (東京都豊島区西池袋1-8-1)
JR・東京メトロ・東武東上線・西武池袋線
池袋駅西口より徒歩2分
駅地下通路2b出口直結
車でご来場の方は駐車場をご利用ください
