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その選曲が、映画をつくる

ソフィア・コッポラがエルヴィスの妻を描く『プリシラ』、その選曲を考える

2024.4.9

#MOVIE

©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023
©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

主人公の内面と共鳴する、巧みな選曲

効果的な音楽の使い方に定評のあるこれまでのコッポラ作品と同様、本作で流れる音楽も実に印象的なものだ。コッポラ自身と、公私共々パートナーシップを組むPhoenixのトーマス・マーズのセンスが遺憾なく発揮されており、本連載のテーマからも是非注目すべきものとなっている。

まず断っておくと、本作では、残念ながらエルヴィス・プレスリー・エンタープライズからの許諾が下りなかったとのことで、エルヴィス本人が歌う楽曲は一曲も使われていない(*)。しかし、それによってかえって絶妙な演出効果が発揮されているようにも感じる。観客は、圧倒的な求心力を持つエルヴィスの歌声の不在によって、ともすれば多くのファンが内在化してしまう「エルヴィスの物語」から離れ、あくまでプリシラの感情・プリシラの物語と同期することに誘われるのだ。同じように、本作において、エルヴィスのパフォーマンスがほとんど映し出されないということも注目に値する。本作におけるエルヴィスとは、絶対的なパフォーマンスで多くの人を圧倒するスターである以前に、ときに独善的で、弱さを抱えた一人の私人なのだ。

*変則的な例外として、映画後半にライブパフォーマーとして復活したエルヴィスのレパートリーが流れる箇所があるが、これは本人による録音ではなく、コッポラらによるオーダーに応えて「そっくりさん」達が再現したものだという。マニアなら聴き比べも楽しいだろう。よく知られているように、全米には彼のパフォーマンスを再現するミュージシャンが今もなお多く存在する。

©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

代わりに映画を彩るのが、(エルヴィス以外の)大量のポップミュージックだ。そのうちの多くを占めるのが、フランキー・アヴァロン、ブレンダ・リー、レイ・チャールズ、The Righteous Brothers、クインシー・ジョーンズ、The Shadows、The Ronettes、ティミ・ユーロ、フォンテラ・バス、スピーディ・ウェスト等、劇中の設定と同時期の1950年代から1960年代にかけてリリースされた楽曲の数々である。これらは、過去を舞台とした映画一般と同様、ひとつの演出装置として特定の時代のムードを運び込むための巧みな役割を担っている。

他方、これらの往年のヒット曲は、プリシラとエルヴィスの生活の様々なシーンとともに流されることで、プリシラの姿、内面と強く共鳴するサウンドとしても機能している。中でも、プリシラの初登場シーンに流れるフランキー・アヴァロンの“Venus”は重要だ。この曲は、劇中でプリシラのテーマソングとして様々なバージョンで変奏され、彼女の浮き沈む心象を繊細に表現していく。

ところでコッポラといえば、ときに時代考証を意図的に無視した実験的な選曲を得意としていることでも知られている。最もわかりやすい例は、2006年公開の『マリー・アントワネット』だろう。フランス王妃マリー・アントワネットの伝記映画である同作にも多くの楽曲が使用されているが、そこでコッポラが選んだのは、Siouxsie And The Banshees、Bow Wow Wow、Gang of Four、Adam & The Ants、The Cure等のニューウェーブ〜ポストパンク系、更にはThe StrokesやThe Radio Dept.等のインディーロック系の楽曲であった。

言うまでもなくマリー・アントワネットは18世紀の人物なので、当然ながら時代考証などはなから無視されているわけだが、アントワネット妃を一人の少女として描くことで固定されたイメージから解放し、現代のガーズカルチャーの美意識と接続しようとした同作が、何よりもそうした選曲によって力強い生命を得ているのは、実際にご覧になればすぐに分かる通りである。

コッポラは、こうした時代のズレが生じさせる異化作用を、本作『プリシラ』においても(『マリー・アントワネット』ほどあからさまではないにせよ)盛んに散りばめている。映画の冒頭から、注意して音楽に耳を傾けてほしい。

グレースランドの屋内を闊歩し目尻を跳ね上げたアイラインを引くプリシラの姿に重ねられるのは、アリス・コルトレーン(*)が1973年に発表したアルバムに収められている“Going Home”という楽曲だ。続いて、何やら1960年代風の楽曲が流れてくるが、これは、1980年に録音されたRamonesによるThe Ronettes“Baby I Love You”のカバーバージョンである。こうした例は、Tommy James & The Shondells、ファラオ・サンダース、ケイトリン・オーレリア・スミスの楽曲など、随所で聴かれる。中でも、Sonic Boomことピーター・ケンバーによるオルタナティブロックバンド、Spectrum、およびエレクトロニックミュージシャン、ダン・ディーコンによる2曲の異物ぶりはなかなかにインパクト大だ。期待感と不安がほとばしるプリシラの内面のうごめきが、その異物感ゆえにかえって見事に表現されており、コッポラ流選曲術の面目躍如というべきシーンとなっている。

*故アリス・コルトレーンも、かつては正統派のジャズファンから「夫ジョン・コルトレーンを支えた妻」として語られがちだった人物だったが、近年、一人の卓越した女性アーティストとして大々的に再評価されている。

繰り返すように、この映画はあくまで「プリシラから見たエルヴィスとの生活」を描き、そこで彼女が味わった様々な感情を観客と共有しようとしている。そしてその狙いは、様々な装置とともに、音楽によってこそ一層シャープさを増し、実際に絶大な効果を上げているといえるだろう。プリシラ自身が聴き、胸のうちに感じ、吐き出そうとしていた感情は、きっとこうしたサウンドと似た何かだったのではないだろうかと思わせてくれる音楽を選び配置すること……こう書くといかにも簡単そうに思われるかもしれないが、(かつてある映画の音楽の監修に携わった経験から言っても)実際にやろうとしてみると、音楽への深い理解力と細やかな神経が要求される作業である。

劇伴であろうと、実際に画面の中で鳴らされている(という設定の)レコードやラジオの音であろうと、あるいはまた、違う時代からやってきたサウンドであろうと、ある音楽が、彼女が見、身を置き、抱いた様々な風景や感情との絶ち難いコネクションを体現しているように鳴らされる。その音楽を彼女と共有することによって、私達観客もまた、彼女の感情と共鳴する体験に誘われていくのだ。

©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023
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