踊ってばかりの国が3年ぶりとなるフルアルバム『On the shore』を完成させた。サイケデリックなロックバンドとしてのベースはそのままに、近年はジャズのコード感、アンビエントな音像、緻密に構築されたリズムによる洗練されたアレンジメントが際立ち、そのうえで歌を泳がせる下津のボーカルもさらに素晴らしさを増している。『On the shore』=「渚にて」をタイトルに冠し、これまでも歌詞に散見されていた「海」に対する憧れと畏敬の念を同時に鳴らした本作は、バンドの真骨頂を示す作品だと言えるはずだ。
自主レーベル「FIVELATER」の設立からは早5年。2023年12月には日比谷野音での初ワンマンを成功させるなど、独立独歩の歩みを進めながら、幅広いリスナーを虜にし、「ライブが観たい」と思わせる踊ってばかりの国の存在は、やはりこの国のバンドシーンにおける一つの希望である。メンバー5人にアルバムの制作について語ってもらった。
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うたと3本のギター、ベース、ドラムで構成された東京で活動する5人組のサイケデリックロックンロールバンド。
幾度かのメンバーチェンジを挟みながらこれまでに9枚のフルアルバム、4枚のミニアルバムをリリースし、FUJI ROCKなどの大型フェスにも出演。中国でのワンマンライブや日比谷野音でのワンマンライブなどその活動の幅をどんどん広げていっている。
音楽に愛されてしまった5人が奏でる爆音でかつ繊細な楽曲は、古い米国の田舎町や英国の路地裏、日本の四季の美しさをも想起させ、眩しいほどの光で聴くものを包み込む。
これは正しくアップデートされたロックンロールの形。
“Boy”のアウトロでくるりの“ロックンロール”を歌った理由
―2023年12月に初の日比谷野音でのワンマンがあって、アルバムと同じ日に映像作品がリリースされます。僕も観に行っていて、めちゃめちゃいいライブだった記憶があるんですけど、ご本人たちとしてはいかがでしたか?
下津:12月にしてはめっちゃ暖かい日で、昼間はちょっとお花見気分というか、客席に布を広げてストレッチしてみたり、ゆるい感じだったんです。でもリハが始まったら急に「あ、野音やん!」みたいになって、そこからめっちゃ緊張して……気づいたら真冬に上裸になってました。

―アンコールで上裸になってましたよね(笑)。やっぱり野音に対する思い入れは強かったんですね。
下津:そうですね。YouTubeでフィッシュマンズやゆらゆら帝国の野音の映像を見ると、すごいオーラを放ってるので、そこの真ん中に立って音を出すのは光栄なことやなっていうのはずっとありました。
大久保:リハで音を鳴らした瞬間から他の会場と鳴り方が全然違って、魔力的なものを感じたりして、テンション上がってました。あと終わった後にしもっちゃん(下津)のお父さんから「今までで一番いいライブだった」って言われて、それもテンション上がりました。

下津:名前出すなって。また調子乗るから。
―お父さん来てたんですね。
下津:家族で来てました。「ええ景色見せてもろたわ!」って。
大久保:それにちょっと感動しました。
―いいですね。お父さんはよくライブを観に来るんですか?
下津:関西では僕よりフロア沸かしてます(笑)。
―あはは。個人的な思い出としては、ラストに演奏された“Boy”の最後でくるりの“ロックンロール”の一節を歌ったのがすごく印象的で。
下津:“Boy”のアウトロはめっちゃ長いじゃないですか? 言うたら半狂乱状態みたいなときやから、好きで気に入ってて、奥に染み込んでる言葉しか出てこんくなるというか。あれが思春期に頭に残ってた4行というか。
―<たった一かけらの勇気があれば ほんとうのやさしさがあれば あなたを思う本当の心があれば 僕はすべてを失えるんだ>。“Boy”の曲のテーマ的にも、自分の中の思春期性が引っ張り出されたと。
下津:そうですね。僕がロックンロールって概念に求めてるものがあの4行に全部詰まってて、格言やなと思ってますね。
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『moana』産みの苦しみを経て生まれた新作『On the shore』
―では新作の『On the shore』について聞かせてください。制作はどのようにスタートしましたか?
下津:最初に“ZION”を書いて、まだ手持ちの新曲が1曲だけの段階ですけど、既に「もう次はアルバムやろ」みたいな空気がうっすらありました。コンセプトを決めて曲を書き始めるとかはできなくて、いつもその期間に全員が生きた、写真のアルバムみたいになるんですけど、今まで一番コンセプトがまとまってる10曲が揃ったと思ってますね。テーマで言うと、2022年に出した『Paradise review』は街中で生きていて出てきたブルースだったんです。でも『On the shore』は海辺で気づいたことを、街で生きていくライフハックにするみたいなイメージがあるから、海辺のそばで録りたくて、前のアルバム『moana』と同じく伊豆スタジオで合宿やなって。
―かつてのサイケなロックバンドのイメージを引き継ぎつつ、近年はジャズやアンビエントの要素も強まっていて、その変化は丸山さんの存在が大きいイメージがあるのですが、実際いかがですか?
下津:コードを決めるのはここ2人(下津と丸山)で、丸ちゃんは僕がメジャーでバーンって弾いちゃうコードを分解する役割を担ってくれてるので、その感性が反映されてるとは思ってるっすね。タイキ(坂本)はタイキで今までにやったことがなくて、なおかつメロディに沿ったリズムを見つけてきてくれるし、それを大きく包んでる2人(谷山と大久保)みたいな、棲み分けがあって。今は全員どこで自分が機能しているのかをわかってるので、一概に下津がどうとか丸ちゃんがどうとか言うよりも、全員で変わってる感じはあります。そこが人間同士でやっている強みというか。
丸山:『Paradise review』や今回は自分の意見をあんまり言ってなくて。でも『moana』のときに言ったことをみんなが汲んでくれている感じはすごくします。

下津:『moana』の経験があって、肌感でわかるようになったというか。アレンジの組み立ては『moana』が一番時間がかかったんですけど、でもその経験がなかったら中途半端なアルバムを出すバンドになってたと思うし、産みの苦しみは必要なので、あのとき苦しんでよかったなと思いますね。
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口だけで音楽を作ろうとすると、結果的にいいものにならない
―タイキさんが「今までやってないこと」を提案してくれるという話でしたが、実際そういうアイデアを大切にしていると言えますか?
坂本:「今までやってなかったこと」みたいな探し方というよりは、自分の音楽的なブームとか、こういうふうにもアレンジできるかもとか、そのときの感じですかね。今回はちょっとトリッキーな拍子を入れたり、そういう提案が多かったかな。

下津:僕は結構“兄弟”にびっくりして、こんな手段あったんやって。最初は8ビートでもいけちゃいそうな曲やったんですけど、フォークシンガー寄りの下津からは絶対出ない崩し方になって。マジで助かってます(笑)。
―まさに“兄弟”はリズムの組み立てが緻密ですが、これも誰か1人が引っ張ったというよりは、みんなで実際に音を出しながら構築していった?
下津:「Aメロはこのノリで、サビはこのノリをちょっと膨らまして、2番でちょっと踊りやすくしよう」みたいなディスカッションもしながらですけど、全員が肌感で決めていったような気がします。口だけで音楽を作ろうとすると、結果的にいいものにならへんというか、過去にそういう経験があったので、落ち着いた環境で、みんなで実際に合わせていく方がいいっていうのはありますね。
―こういうポリリズムとかは現代ジャズの影響があったりもするのでしょうか?
丸山:ジャズはすごく好きだから、自然にそうなっちゃう部分もあるかもしれないけど、“兄弟”は最初ハウスっぽい感じにしたいなと思ってて。でも踊ってはロックバンドだから、最終的にはロックに帰結するつもりでやってます。
―確かに、ベースのミニマルなアプローチはハウスとかダンスミュージック寄りですね。谷山さんのフレーズはどのように決まっていったのでしょうか?
谷山:どうだったっけな……最初は普通に単音でルートを弾いていた気がするけど、いつの間にかああなってたような。きっかけは全然覚えてないです(笑)。

下津:あれよね、曲が組み上がってから、人前でできるくらいまで身にするのが難しかったっすね。「目隠しされてチャリンコ乗れるまでは」みたいな(笑)。
―2010年にリリースされた『グッバイ、ガールフレンド』の収録曲である“ムカデは死んでも毒を吐く”を再録したのはどういう経緯だったのでしょうか?
下津:昔の曲は恥ずかしくてあんまり振り返ったりしないんですけど、この曲は家で弾いててもグッとくるというか、今の時代にも当てはまってると思って。14年前の曲ですけど、「今も同じことでむかついてんねんな」というか、19歳の自分を裏切ってない安心感があったんですよね。でも当時のアレンジをそのままこのメンバーでやってしまうのはナンセンスだと思って……それは2、3年思ってたっすね。『moana』ぐらいから「ムカデやりたい」みたいにチラホラ言ってたんですけど、いいアレンジが思いつかなくて。でもある時、家でたまたまDADGADチューニングで遊んでたら「ムカデも(キーが)Dやし、いけるんちゃう?」みたいな感じで、あのリフが見つかって。この曲が一番ジャムってロックした曲というか、今回のアルバムで一番サイケ味がある曲やなと。アレンジ的にはBメロを作るのが大変でした。
谷山:拍が変だからね。
下津:リズムは歪んでいくのに、ギターはそのまま4拍子で刻むっていう。時々あるんですけど、ほんまにその部分はライブで来るたびにドキドキしてます(笑)。「耐えな! どっかしがみつくとこ探せ!」みたいな、丸太を探してる感覚になります。
―当時のガレージロック的なアプローチとは違うけど、ギターはかなり歪んでいて、たしかにこのアルバムの中ではサイケロックな側面を担っていますね。
大久保:アルバムの中で一番歪んでいるんで、楽しかったっすね。基本的にバッキングというよりはフレーズっぽい感じなんですけど、それが歌の邪魔をしないように、ミドルをできるだけ落として、ちょっとドンシャリ気味で音を作った感じですね。
丸山:僕も(大久保と)同じような感じで……昔のバンドみたいだなって(笑)。

下津:唯一この曲だけ丸ちゃんの音にエコーをかけていて、後半の方どっちがどっちを弾いてるかわからない。あのぐちゃぐちゃになっていく感覚がサイケで好きですね。エンジニアさんは「やりすぎですよ!」って言ってましたけど(笑)。
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歌詞が動いた瞬間にパッとギターが対応してくれる面白さ
―タイトル曲の“On the shore”もめちゃめちゃ名曲で。こういう4つ打ちのアプローチは踊ってばかりの国ではそんなに多くないですよね。
下津:初じゃないですかね。ここまで都会的なビートになることは。
―この曲も最初は弾き語りだと思うんですけど、なぜこういうアプローチに?
下津:この曲を書いたのはみんなで新潟のフェスに行ったときで、場所は海辺やったんですけど、冬やったんですよ。だからサンシャイン満開のカリフォルニアのビーチって感じの海じゃなくて、人々の暮らしがそこに吸い込まれているような暗さというか、重たさがあって。そのときの海の表情をコード感にしていて、だからこの暗くもなく、明るくもないところに落ち着いたんです。4つ打ちにしようと思ったのは僕じゃなかったと思います。「こういうのどう?」みたいなのはいつもタイキがセッションの中で言ってくれて、そこから膨らませてたかなと。
坂本:“ビー玉”とかもそうだけど、淡々としてて、ロウな冷たい感じのグルーヴとか質感をリズムで捉えるなら、どんな感じかなって。“On the shore”はそれこそハウスとかのイメージですかね。
下津:これは軽くしちゃうとめっちゃ軽い曲になっちゃうんで、重たいニュアンスを忘れないように気をつけました。このコードの響きに準ずるようなエフェクターの使い方、ディレイもまとわりつくような感じにするとか。軽快にもなりすぎず、踊れなくなることもなく、っていうのは結構難しかったです。ボーカルめっちゃ録り直しました。一番苦手な部門です(笑)。
―張り上げるでもグッと抑えるでもなく、その中間の難しさですよね。
下津:ウーピー・ゴールドバーグにいくか、ルー・リードにいくかですけど、これは東京のお兄ちゃんでおらなあかんから、それが大変でした。
―クールなんだけど優しい東京のお兄ちゃん、その感じよくわかります。ギターは不協和音を多用しつつ、でも最終的にはポップに着地しているのが素晴らしいです。
下津:印象的なギターのリフレインがあるんですけど、あれは<白南風の調べ>の「白南風」ちゃうかなと思って。歌詞が動いた瞬間にパッと対応してくれるという、踊ってばかりの国はそういう面白みもありますね。そういうときは2ちゃんねるの「キター!」みたいなやつが脳内で流れます(笑)。

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「海」はエスケーピズムの最果て
―アルバムタイトルが『On the shore』=「渚にて」で、タイトル曲だけではなく、他の曲にも海をモチーフにした歌詞が散見されます。海はこれまでも踊ってばかりの国の歌詞によく出てくるモチーフでしたけど、今回なぜこのタイトルにしたのでしょうか?
下津:僕はずっと街にいると、気持ちがパンパンになっちゃうんですよ。それで体調も悪くなってくる。でも海に行ったら速攻治るので、海は毒素を吸い出してくれるのかなとか思ったりして。それって僕なりのライフハックで、そのおすそ分けができたらな、くらいの気持ちなんですけど。
―最初にお父さんの話がありましたけど、たしかお父さんはサーフィンお好きなんですよね。
下津:また出た(笑)。
―でもそこも関係はありそうですよね。
下津:もちろん。小さいときに学校休んで2週間とか海行って、サーフィンしたりもして。そういう経験があると、大人になっても「しんどくなったら、海に帰ったらええ」みたいなところがあるので、こういう開き直った生き方ができているのも、父であり、海のおかげというか。でも僕のエスケーピズムの最果てがたまたま海やっただけで、これが登山の人もいたり、野球の人もいるはずで。街で喰らうことって人間として正常なことやと思うんですよ。口では言わないだけで、みんなそういうことが各々あると思うから、逃げてもいいんだよ的な精神で書いてます。

丸山:僕も海が好きだから、今の話はすごくわかります。
下津:ツアーで海に行っても最初に入水するのがこの2人(下津と丸山)っすね。テンション上がっちゃいがち(笑)。でもこのアルバムの曲じゃないですけど、踊っての海感が確立したのは『Paradise review』の“海が鳴ってる”って曲で。明るいけど重たいというか、そういうイメージがあの曲でみんな共有できたんちゃうかなって。
―海にはいろんな側面があって、心が安らぐみたいなことももちろん一つとしてはあるけど、その重さだったり、深さだったり、未知の恐ろしさもあって。
下津:命を奪うものでもあるし。
―そうですよね。だからこのアルバムには海のいろんな側面が曲に表れていて、それこそ命みたいなことで言うと、『On the shore』というタイトルには「彼岸」みたいなイメージもある気がして。踊っての歌詞にはずっと死生観も描かれていると思うし。
下津:深海って僕らが生身では絶対たどり着けない別世界なので、人間の小ささも思いますね。「彼岸」って言葉は当てはまってるかもしれない。

―今回最初の曲がインストなので、“兄弟”が実質的な1曲目になっていて。この曲については野音のMCで「友達が今年いっぱい死んだり、それでも前に進もうとする人がいたり、そういうのを見て書きました」と言っていましたよね。
下津:亡くなった人に向けてというよりも、残された友達に向けて書いてます。このアルバムは音像だけで言うと、最初は昼間の明るい印象で、最後に向かって夜が更けていくイメージで、“兄弟”は希望の曲にしたかったっすね。
―亡くなった人に思いを馳せてはいるけど、最終的には同じ時代を生きている人たちに向けて、<兄弟、そちらの調子はどうだい?>と呼び掛けている。
下津:はい、朝日がまた来ることを歌ってます。