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五十嵐耕平×太田達成 システムが取りこぼしてしまう偶然性を、拾い上げる映画作り

2024.9.5

#MOVIE

『べネチア国際映画祭 べニス・デイズ部門』日本映画初のオープニング作品に選ばれた、五十嵐耕平監督の最新作『SUPER HAPPY FOREVER』と、『ベルリン国際映画祭』をはじめ世界10以上の国際映画祭から招待された太田達成監督の初劇場公開作『石がある』。一方は海辺のリゾート地に遊びに来た友人たちが振り返る、かつて出会ったある人の記憶の話。もう一方は川で偶然出会った2人の、石をめぐる不思議な冒険物語。9月に公開されるこの2つの作品は、どちらも、旅先で偶然出会った人々が過ごす、奇跡のような時間を映し出した映画だ。

ともに東京藝術大学大学院の出身で、互いの作品にも協力し合う関係の2人。「映画を作るときに大切にしている部分は共有している」(五十嵐)と語るように、通じ合う部分の多い2人でいながら、それぞれの映画の放つ魅力は似ているようでまったく違う。どんなふうにこの2つの映画が生まれたのか、お互いの印象や、作品を見て驚いたことなどを語り合ううちに、それぞれの映画作りに対する姿勢とともに、現在の日本映画のありかたが徐々に見えてきた。

映画についてフラットに話せる。東京藝大大学院出身の2人

―五十嵐さんの『SUPER HAPPY FOREVER』には、太田さんが助監督として参加されていますが、まずはお二人が知り合われたきっかけを教えてください。

太田:もともとは東京藝大の大学院の先輩後輩です。僕が入学する直前に、五十嵐さんの卒業制作『息を殺して』(2014年)をユーロスペースで見て、こんな映画を撮れるんだ、と衝撃を受けたのが第一印象でした。

太田達成(おおた たつなり)
1989年宮城県出身。初短編『海外志向』で京都国際学生映画祭グランプリを受賞したのち、東京藝術大学大学院へ進学。修了作品『ブンデスリーガ』(2017年)がスペイン「FILMADRID」等に入選。最新作『石がある』が2024年9月6日から公開予定。

五十嵐:最初に話したのがいつか、全然覚えてないんだけど、大学院の喫煙所でちょくちょく見かけた気がするから、それで話すようになったのかな?

太田:それはちょっと覚えてないです(笑)。映画の現場に参加したのは、『SUPER HAPPY FOREVER』の前身となった『水魚之交』(2023年)が初めてで、五十嵐さんから助監督をやってくれないかと声をかけられました。

五十嵐:僕はいつも役割分担が完全にはっきりした、システム化された映画作りとは違う作り方をしています。だから助監督としての能力がどうこうより、太田君なら映画の中身についてなんでも相談できるし、フラットに話せる人だから、一緒にやってほしいと声をかけた気がします。

五十嵐耕平(いがらし こうへい)
1983年、静岡県生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域修了。『息を殺して』(2014年)が第67回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門に正式出品。ダミアン・マニヴェル監督(『若き詩人』『イサドラの子供たち』)と共同監督した日仏合作映画『泳ぎすぎた夜』(2017年)は、第74回ベネチア国際映画祭、第65回サン・セバスチャン国際映画祭など多くの映画祭に出品。最新作『SUPER HAPPY FOREVER』が2024年9月27日から公開予定。

―お二人は、それぞれお互いの作品を観てどのように感じましたか?

五十嵐:『石がある』の完成版を2022年の『東京フィルメックス』で観たときはずっと爆笑していました(笑)。特に加納土さんが川を渡ってきて小川あんさんと出会うところ。あの、想像を飛び越えてくる感じが、めちゃくちゃ怖いなと思うと同時にものすごくおもしろくて。そこからは、彼の所作とか表情とか、やることなすこと全部がおかしくて、最後まで笑って観てました。

―たしかに凄まじいシーンでしたよね(笑)。

五十嵐:本当に、あそこは完璧なショットだと思います。

『石がある』予告編
あらすじ:旅行代理店で働く主人公(小川あん)は、調査のために地方の村を訪れる。観光資源も見つからず手持ちぶさたで河原を歩いていると、水切りをする人物(加納土)と出会う。2人は、なくした石を探しながらぶらぶらと河原を歩き始める。

―おもしろいのは、どちらも旅先での奇跡のような偶然の出会いを描いた話ですよね。お互いの作品の共通点とか、人として自分に似ているなと感じることはありますか?

太田:なんとなく趣味が似ている印象はあるかな。『泳ぎすぎた夜』(2017年、五十嵐耕平とダミアン・マニヴェルの共同監督作品)が発表されたとき、僕もちょうど「雪の中を少年が歩く映画が撮りたいな」と思っていたんです。五十嵐さんには自分がやりたいことをいつも一歩先にやられちゃってるイメージがあります。

『泳ぎすぎた夜』予告編

五十嵐:けど似ているようで結局は全然違うって気もする。映画を作るときに大切にしている部分を共有しているなと思う半面、出来上がった映画を観るとやっぱり自分とは全然違うものを作っているなと思いました。

『SUPER HAPPY FOREVER』予告編
あらすじ:2023年8月19日。伊豆のとあるリゾートホテルへやってきた、幼馴染の佐野(佐野弘樹)と宮⽥(宮田佳典)。2人はホテルや海辺などの場所を巡りながら、かつて失くした赤い帽子を探し始める。ここは5年前、佐野が亡き妻・凪(山本奈衣瑠)と初めて出会い、恋に落ちた場所だった。

太田:たしかに。偶然に出会う場面1つとっても、僕はわりとダイレクトな出会いを描きたいなと思っていたけど、五十嵐さんはもう少しフィクションに寄りかかったうえで描いてますよね。大切にしていることは一緒だけど、寄りかかる木が違う。出発点は一緒で、そこからもっと映画のほうに振るのか、映画未然のものに収めようとするのか、の違いかな。

主人公を演じた小川あん / 『石がある』場面写真 ©️inasato

―どちらも「なくしもの」をめぐる物語でもありますよね。『SUPER HAPPY FOREVER』では、どこかでなくした帽子をずっと探していて、『石がある』では、川でなくしてしまった石を探しています。

五十嵐:最近人に言われて気づいたんですけど、僕はどうもずっと探しているらしいです。『息を殺して』では犬を探しているし、『泳ぎすぎた夜』ではお父さんの職場を探し歩いて、今回は赤い帽子を探していて。

佐野(佐野弘樹)が凪(山本奈衣瑠)に赤い帽子を被せる場面 / 『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

―「探す」行為がテーマとしてやりやすいんでしょうか?

五十嵐:自分では無意識なのでわからないんですけど、たぶん僕は映っていることと映っていないことに興味があるんだと思います。映画って基本、画面に映っている部分しか見えていないじゃないですか。でも実際はみんな、画面の外にあるものや出来事を想像して楽しんでるわけです。僕はその、映っていることと映っていないことをそれぞれどう捉えるか、に興味があるのかなと。

太田:僕は何かを「探す」話として考えたというより、実際に友人と石拾いをしていたときの体験をそのまま物語に落とし込んでいったんですよね。みんなで石拾いをしていたら、友人が川辺で石をなくしちゃって、それを探しにいったけど結局見つからなかった、その体験がすごくおもしろかったんです。

五十嵐:さきほどの話で言うと、『石がある』はもう「映ってるな」って映画だよね。「石があるな」っていう(笑)。

『石がある』場面写真 ©️inasato

映画に人柄が表れる。お互いの作品から見る、2人の様相

―一緒に映画作りもされたお二人は、それぞれ、相手をどういう人だと思いますか?

太田:僕が現場で一番いいなと思ったのは、五十嵐さんは本当によく食べてよく寝るってことですね。

五十嵐:(笑)。

太田:撮影中も、スタッフ、キャストの中で一番最初に寝るんです。自分は、撮影が終わった後は毎回、「明日の撮影どうしよう」って夜遅くまで悩むことが多いんですけど、五十嵐さんは「現場見ないとわかんないよ」ってごはん食べたらすぐに寝てた。それで朝は早く起きて、海が見えるウッドテラスであぐらをかいて脚本を読んでた。それがまた気持ちよさそうで、ああこれでいいんだって、見ていて衝撃でした。

五十嵐:撮影期間は、単純に疲れちゃうんですよ。僕の場合、毎回しっかりプランは練るけど、それを段取り通りに進めていくやりかたはしていなくて、その都度「ここはどうしよう、あれはどうなるかな」と考えながら撮影していくから、夜はへとへとになっちゃう。そうなったらもう何も考えられないから、夜は早めに寝て、早起きして散歩しながら考えたほうがいいかなって。

太田:疲れてるときは何も考えられないよ、っていうのは、映画作りに限らず、すべてにおいて勉強になりました。

左から、佐野、凪、宮田(宮田佳典) / 『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

―そういう五十嵐さんのありかたは、作品にも出ていたと思いますか?

太田:成立させるために無茶しているわけでもないし、なぜだか自然と撮影現場で良いアイデアが生まれる。そういったクールさは作品にも出ていたんじゃないでしょうか。

五十嵐:僕から見た太田君は「これってどう思う?」と聞くと、だいたい最初は「うーーん」って言ったまま答えない(笑)。きっとあらゆることに関して先入観がないんだと思うんですよね。だから何に対しても、その都度じっくり考える。それでしばらくして「これってこうなんじゃないですかね」って言い出したら、そのあとは絶対にその考えを曲げない。素直さと頑固さが同時にあるのが太田君なのかな。

『石がある』は完全にそういう映画だなと思う。映画を撮ってる人間としては、「2人の人物が出会って川を歩くだけ」の話をどう成立させるんだろうってつい疑問を抱いちゃうんだけど、「映画とは、こういうもの」「こういう物語を作らないといけない」って先入観が太田くんには全然ない。そのまっすぐさはすごいなって思う。

そこにあるものを信じて、ノンフィクションの空間をフィクションに取り込む

―脚本をどう書くか、場所をどう見つけるか、といった映画作りについての具体的な話は、普段されたりしますか?

五十嵐:そういう話はしたことがないと思う。一緒に歩きながら、何かの光景を見て「こういうのおもしろいよね」「あそこいいね」と言い合ったりするだけ。ロケハンの途中で寄ったお店の店員さんを見て「あの人のあの感じいいよね」とか。

太田:映画をどう作るかより、具体的な場所を見てなんとなく同意し合うって感じですよね。

―『石がある』のあの川はどうやって見つけたんですか?

太田:みんなで撮影場所を探したときに、一番歩きがいのあった川を選びました。撮影ではその川を実際に歩いて、今日はここまで来たから明日はここからあそこまで歩こう、って感じで、移動した道のりをそのまま撮りました。だから、プロットも全部、あの場所から生まれたと言えるかも。

主人公と川辺を歩く男性を演じた加納土 / 『石がある』場面写真 ©️inasato

―『SUPER HAPPY FOREVER』の舞台は「伊豆のとあるリゾート地」となっていますが、実際には伊豆や熱海のいろいろな場所で撮影されたそうですね。

五十嵐:はい。僕は場所が決まらないとプロットや脚本が確定できないので「ここにします」と決めて、そこから具体的なシーンを考えたり、実際の場所に合わせて場面をちょっと変更しようとか、そんな具合で脚本を書いていきました。

太田:話に合わせて無理に撮影場所を準備しようとすると、フィクションのレベルを上げなきゃいけないし、撮り方が大変になってしまうんですよね。

五十嵐:単純にめんどくさいというか創造的にならないよね。たとえば、実際には別々の場所にある廊下と部屋を同じホテルとして見せようとなると、背景に映る景色や角度がずれないように計算して撮らないといけない。そういうことに時間を使うよりも、もっと可能性のあることを考えて撮っていきたいとは思う。

もちろん同じ場所でも工夫をしないと撮れないことはあって、そういうときに太田君と話すのは楽なんです。そもそも空間に対する考え方が共有されているから、「ここはこう撮るしかないよね」とすぐに同意し合える。

太田:基本的に、そこにあるものをまず信じる、みたいな考え方が僕たちの中では共有されてるんでしょうね。場所でも人でも、なるべくそこにあるものを信じてやりたい。

『SUPER HAPPY FOREVER』は伊豆半島で撮影された / 『SUPER HAPPY FOREVER』場面写真©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz

太田:今の話で言うと、『SUPER HAPPY FOREVER』は背景が贅沢な映画だと思っています。俳優たちの後ろに、実際にそこに偶然居合わせた人たちや、海とか街がちゃんと映っている映画。

そういえば、現場でも五十嵐さんは背景に映るものを一番優先していましたよね。遠くに少年が走っているのを慌てて撮ろうとしたり。今回は今まで以上に、アンコントロールな背景が入ってきたように思うんですが、それって意識的にやったことなんですか?

五十嵐:劇映画というのは物語の設定自体がフィクションであろうと、画面に映っているのは現実に起きたことで、だからその現実は確実にこっち(フィクション)側に侵食してくるって感覚はすごくある。現実が映り込みすぎると、ときにフィクションとして成立すべきものに大きな穴を開けてしまう。でも僕はむしろ穴が開きまくってるほうが気持ちがいい。それこそが、現実とフィクションの間に何かが立ち上がる瞬間じゃないかと思うから。そうやって穴を開けていくものが、今回は、伊豆や熱海の海や街だったり、そこにいる人たちだったりしたのかもしれないですね。

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