『べネチア国際映画祭 べニス・デイズ部門』日本映画初のオープニング作品に選ばれた、五十嵐耕平監督の最新作『SUPER HAPPY FOREVER』と、『ベルリン国際映画祭』をはじめ世界10以上の国際映画祭から招待された太田達成監督の初劇場公開作『石がある』。一方は海辺のリゾート地に遊びに来た友人たちが振り返る、かつて出会ったある人の記憶の話。もう一方は川で偶然出会った2人の、石をめぐる不思議な冒険物語。9月に公開されるこの2つの作品は、どちらも、旅先で偶然出会った人々が過ごす、奇跡のような時間を映し出した映画だ。
ともに東京藝術大学大学院の出身で、互いの作品にも協力し合う関係の2人。「映画を作るときに大切にしている部分は共有している」(五十嵐)と語るように、通じ合う部分の多い2人でいながら、それぞれの映画の放つ魅力は似ているようでまったく違う。どんなふうにこの2つの映画が生まれたのか、お互いの印象や、作品を見て驚いたことなどを語り合ううちに、それぞれの映画作りに対する姿勢とともに、現在の日本映画のありかたが徐々に見えてきた。
INDEX
映画についてフラットに話せる。東京藝大大学院出身の2人
―五十嵐さんの『SUPER HAPPY FOREVER』には、太田さんが助監督として参加されていますが、まずはお二人が知り合われたきっかけを教えてください。
太田:もともとは東京藝大の大学院の先輩後輩です。僕が入学する直前に、五十嵐さんの卒業制作『息を殺して』(2014年)をユーロスペースで見て、こんな映画を撮れるんだ、と衝撃を受けたのが第一印象でした。
五十嵐:最初に話したのがいつか、全然覚えてないんだけど、大学院の喫煙所でちょくちょく見かけた気がするから、それで話すようになったのかな?
太田:それはちょっと覚えてないです(笑)。映画の現場に参加したのは、『SUPER HAPPY FOREVER』の前身となった『水魚之交』(2023年)が初めてで、五十嵐さんから助監督をやってくれないかと声をかけられました。
五十嵐:僕はいつも役割分担が完全にはっきりした、システム化された映画作りとは違う作り方をしています。だから助監督としての能力がどうこうより、太田君なら映画の中身についてなんでも相談できるし、フラットに話せる人だから、一緒にやってほしいと声をかけた気がします。
―お二人は、それぞれお互いの作品を観てどのように感じましたか?
五十嵐:『石がある』の完成版を2022年の『東京フィルメックス』で観たときはずっと爆笑していました(笑)。特に加納土さんが川を渡ってきて小川あんさんと出会うところ。あの、想像を飛び越えてくる感じが、めちゃくちゃ怖いなと思うと同時にものすごくおもしろくて。そこからは、彼の所作とか表情とか、やることなすこと全部がおかしくて、最後まで笑って観てました。
―たしかに凄まじいシーンでしたよね(笑)。
五十嵐:本当に、あそこは完璧なショットだと思います。
―おもしろいのは、どちらも旅先での奇跡のような偶然の出会いを描いた話ですよね。お互いの作品の共通点とか、人として自分に似ているなと感じることはありますか?
太田:なんとなく趣味が似ている印象はあるかな。『泳ぎすぎた夜』(2017年、五十嵐耕平とダミアン・マニヴェルの共同監督作品)が発表されたとき、僕もちょうど「雪の中を少年が歩く映画が撮りたいな」と思っていたんです。五十嵐さんには自分がやりたいことをいつも一歩先にやられちゃってるイメージがあります。
五十嵐:けど似ているようで結局は全然違うって気もする。映画を作るときに大切にしている部分を共有しているなと思う半面、出来上がった映画を観るとやっぱり自分とは全然違うものを作っているなと思いました。
太田:たしかに。偶然に出会う場面1つとっても、僕はわりとダイレクトな出会いを描きたいなと思っていたけど、五十嵐さんはもう少しフィクションに寄りかかったうえで描いてますよね。大切にしていることは一緒だけど、寄りかかる木が違う。出発点は一緒で、そこからもっと映画のほうに振るのか、映画未然のものに収めようとするのか、の違いかな。
―どちらも「なくしもの」をめぐる物語でもありますよね。『SUPER HAPPY FOREVER』では、どこかでなくした帽子をずっと探していて、『石がある』では、川でなくしてしまった石を探しています。
五十嵐:最近人に言われて気づいたんですけど、僕はどうもずっと探しているらしいです。『息を殺して』では犬を探しているし、『泳ぎすぎた夜』ではお父さんの職場を探し歩いて、今回は赤い帽子を探していて。
―「探す」行為がテーマとしてやりやすいんでしょうか?
五十嵐:自分では無意識なのでわからないんですけど、たぶん僕は映っていることと映っていないことに興味があるんだと思います。映画って基本、画面に映っている部分しか見えていないじゃないですか。でも実際はみんな、画面の外にあるものや出来事を想像して楽しんでるわけです。僕はその、映っていることと映っていないことをそれぞれどう捉えるか、に興味があるのかなと。
太田:僕は何かを「探す」話として考えたというより、実際に友人と石拾いをしていたときの体験をそのまま物語に落とし込んでいったんですよね。みんなで石拾いをしていたら、友人が川辺で石をなくしちゃって、それを探しにいったけど結局見つからなかった、その体験がすごくおもしろかったんです。
五十嵐:さきほどの話で言うと、『石がある』はもう「映ってるな」って映画だよね。「石があるな」っていう(笑)。