山口つばさによる『マンガ大賞2020』受賞の同名漫画を原作とする実写映画『ブルーピリオド』が8月9日(金)より公開中。同作の「この夏いちばん熱い映画」という公式の触れ込みは伊達ではない。美術をテーマにしながらも万人におすすめできる「王道スポ根映画」であり、甘さなんてない「青春の戦い」を描いた傑作だった。
INDEX
空虚な日常を過ごしていた少年が、藝大受験を志す物語
主人公の高校生・矢口八虎は、同級生たちと渋谷の街を出歩きサッカーの試合を見て騒ぐ日々を送っていたが、美術の授業の課題「私の好きな風景」で悩んだ末に「明け方の青い渋谷」を描いたことをきっかけに、美術に興味を持ち、のめりこんでいく。

そして、彼は「日本一受験倍率が高い学科」「東京大学よりも受かるのが難しい」とさえいわれる、東京藝術大学の絵画科の受験に挑む。現役生の倍率はなんと約200倍、受かるのは毎年5人ほどで、三浪、四浪は当たり前。しかも、自身の家の経済状況を考えると私立大学受験は厳しいため、彼は志望校を藝大に絞るしかなかった。
初めこそ八虎はソツなく器用に日々を過ごしている様が「いけすかない」、または「リア充」な印象さえ持つキャラクターだが、その内面では「空虚さ」を抱えている。そんな彼が、美術についてはズブの素人だったのにも関わらず、狭き門という言葉でも足りない超難関な受験に挑むというギャップが面白く、それこそが「王道スポ根もの」である理由だ。絵画を学ぶ過程での「知らない世界を覗き見る」感覚、現実にもあるとてつもなく厳しい受験の課題、クセの強いキャラクターの掛け合いそれぞれもエンターテイメントになっていた。

しかも八虎は、予告編でも聞けるように「俺はやっぱり天才にはなれない。だったら天才と見分けがつかなくなるまでやるしかない」「俺の絵で、全員殺す」とまで考えるようになる。努力と情熱がもはや「狂気」にさえ変わる様は危ういが、その狂気さえも「武器」にして、青春の全てをかけて挑む様は、大きな感動を呼ぶはずだ。
INDEX
高橋文哉が体現した、美しさと繊細さを併せ持つキャラクター
原作漫画およびテレビアニメ版から高い評価を得ていた『ブルーピリオド』だが、やはり実写映画ならではの魅力は、実力と人気を兼ね備えた若手俳優それぞれが全力で作品に挑み、今この時にしかない魅力を放っていることだ。
冒頭の軽薄そうな印象を覆す、美術の道を選び取る切実さと、一つひとつ学んでいく実直さ、そして狂気までを見事に伝えた主演の眞栄田郷敦。美術がただただ好きであることが自然に伝わる天真爛漫な先輩を演じた桜田ひより。いわゆる「陰キャ」寄りの天才で彼なりの苦悩も表出させる板垣李光人。それぞれが素晴らしいことを前提として、ここでは高橋文哉を推したい。


高橋文哉が演じるのは、女性的な容姿と服装をした少年・鮎川龍二(通称ユカ)。一度観たら忘れられない初登場時のインパクトもさることながら、その圧倒的な美しさで、実写化が特に難しいであろうキャラクターを完璧に体現していた。見た目だけでなく、普段はリアリストでひょうひょうとしているようで、その内面が繊細そのものであることも、その演技力でこの上なく見せきっていた。

高橋文哉は直近で映画『からかい上手の高木さん』では純朴で真面目な先生に扮しており、その演技の幅の広さにも驚かされた。今後は9月20日(金)公開の『あの人が消えた』、2025年春公開予定の『少年と犬』と、高橋文哉の主演映画が公開されるので、そちらも注目だ。
そのほかのキャストでは、薬師丸ひろ子と江口のり子が、主人公に大切なことを教える先生役として絶大な説得力を持たせていることも見逃せない。それは、この映画の撮影における、ベテラン俳優と若手俳優の関係とシンクロしていたのかもしれない。


INDEX
躍動感あふれる演出と、敬愛と愛情が伝わる脚本
本作は映像面でのクオリティーも申し分ない。萩原健太郎監督は『東京喰種 トーキョーグール』でも人気漫画の実写映画化を見事に成し遂げ、オリジナル作品の『サヨナラまでの30分』でもかけがえのない青春劇を撮り上げた実績がある。特に、序盤の「明け方の渋谷の街をイメージする」シーンと、終盤の受験シーンの躍動感溢れる演出で、その非凡さを感じられるはずだ。

さらに、脚本を手がけたのは数々のアニメ作品を手がけ絶賛されている吉田玲子。原作漫画を2時間以内の映画にまとめるための取捨選択は的確で、「才能」「努力」「夢」それぞれに誠実に向き合った物語としても過不足がない。テレビアニメ版『ブルーピリオド』でも同じく脚本を担当していたからこその作品への敬意と、キャラクターの愛情も大いに伝わる作劇がなされていた。
なお、萩原健太郎監督は、9月27日(金)公開の辻村深月の小説を原作とした実写映画『傲慢と善良』でもメガホンを取っている。さらに吉田玲子は、8月30日(金)公開のアニメ映画『きみの色』では、本作と通じる若者たちの青春劇でありつつも、良い意味で淡くて愛おしい物語を手がけているので、そちらもぜひチェックしてほしい。