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数字や流行でなく「ときめき」を信じて。大東まみが「いい子病」の過去を脱ぎ捨て語る

2026.10.14

大東まみ『交差点』

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AランチとBランチのどちらを食べたいのかさえ、わからなくなることがある。自分の気持ちを知り、それを信じることの難しさを、大東まみはそんな日常の一場面を挙げて語ってくれた。10月7日配信のEP『交差点』でメジャーデビューを迎えた彼女は、6か月連続リリースの締めくくりとなる表題曲に、「自分の中のときめきを信じて進む」決意を込めている。その決意は、いまも迷いの中にいる自分自身に向けられたものでもある。

大橋ちっぽけとの前回の対談では、他者を理解しようとすることについて話を聞いた。今回は、自分の心との向き合い方を入口に、新作に描かれた怒りや弱さ、そして聴き手との関係をたどる。ありのままを歌えるようになった彼女が、いま音楽を通して渡したいものとは。

人混みをうまく歩けるようになったのは、誰かの陰に隠れているから。

—まずは、メジャーデビュー作のタイトルにもなった“交差点”への思いから聞かせてください。

大東:去年の4月くらいにできた曲で、自分の思いがちゃんと書けたなと思って、ライブで歌い始めたんです。お客さんからも「この曲に勇気をもらいました」と言っていただくことが多くて、歌っていく中でどんどん大事な曲になっていきました。だから、6か月連続リリースの最後、メジャーデビューという大事なタイミングにこの曲を置きたいという気持ちがありました。

—制作の場で、知識や経験のある方を前にすると、自分の意見を言えなくなったり遠慮したりしてしまう。そんな悩みから生まれた曲だそうですね。

大東:レコーディングでは、プロデューサーでアレンジャーのトオミヨウさんと一緒に作っているんですけど、知らないことが多すぎて。例えばマイクを選ぶときに、「こっちはこういう傾向があるから、使ってみようか」という話になっても、自分には判断の基準がない。その状態で「私は絶対にこっちがいいです」と自信を持って言えないし、その前に、どう考えればいいのかすらわからなかったんですよね。

シンガーソングライターを名乗って、自分の名前で曲を出す以上、最終的な決断は自分でしないといけないと思っています。それを、自信を持ってできないことに、情けなさやかっこ悪さを感じていました。

大東まみ(だいとう まみ)
1999年生まれ、大阪府出身。高校時代に「歌で自分を表現する」女性シンガーに憧れ、大阪を拠点に活動をスタート。2024年1月、新たな挑戦を求めて上京。同年、J-WAVE「ギタージャンボリー」出演オーディションでグランプリを獲得し、両国国技館のステージへ。2025年3月には “miwaの日” 公認路上ライブ祭りに出演し、miwaと“ヒカリへ”を共演。同年4月に投稿した一発録り歌唱のショート動画が大きな話題となり、わずか半年で Instagramフォロワー3.7万人、TikTokフォロワー15万人を突破。9月には『Augusta Camp 2025』のオープニングアクトとしてぴあアリーナMMのステージに立つ。2026年、日本女子サッカーリーグ「なでしこリーグ」公式テーマソングを担当し、全国12チームのスタジアムで生演奏を披露。同年5月より6か月連続配信リリース&6か月連続ワンマンライブ『交差点』を展開。8月には『Augusta Camp 2026』に本編出演し、ステージ上で日本クラウンからのメジャーデビューを発表。翌日には『SUMMER SONIC 2026』に出演。2026年10月7日、メジャーデビュー 1st EP『交差点』をリリース。

—そうした思いが、交差点の風景と重なったのですね。

大東:渋谷の交差点を渡っていて、東京に出てきたばかりの頃より、うまく人混みを歩けるようになったな、と。なんでやろうと考えたら、前の人の陰にうまく入って歩いていることに気づいたんです。そうすればぶつからないし、前の人についていくだけでいい。

そうやって、誰かの指示通りに歩けば衝突はしないけど、前の人が歩いたところにしか行けない。それはいまの自分も同じやなって。自分が本当に行きたかった場所には行けないかもしれない。その風景と自分の状況が重なって、曲になりました。

ときめきを信じて進みたい気持ちと、「求められる自分であろう」と思ってしまう気持ち

—この曲は「自分の中のときめきを信じていようという決意表明でもある」ということですが、自分の道を選ぶ基準になる「ときめき」は、大東さんにとってどんな感覚ですか?

大東:結局、音楽が好きで始めたことなので、自分がいいと思うかどうかを基準にするしかないなと、だんだん思えるようになってきました。「あの人がこう言ったから」とか「これを書いたら、あの人はこう言うやろうな」と考えていると、キリがないんですよ。

だから曲を書く時は、誰の顔も思い浮かべないことを、いまは大切にしています。「私はこういうのが好きなんだよな」とか「このメロディーのあとに、こういう展開が来たらかっこいいかも」とか。音楽を聴いたり歌ったりする一人の人間として、純粋に音楽を楽しむときめきを確かめながら書きましたね。

—普段の生活でも、自分のときめきを信じることは大切にしていますか?

大東:大切にしたいんですけど……すごく難しいことやなとも感じていて。私は昔から、「求められる自分であろう」という意識が強かったんです。そうしないと誰にも愛してもらえないんじゃないかという孤独感があって、ありのままで受け入れてもらえる自信がなかった。だから、目の前の人はどんな言葉をかけてほしいんだろうと考えて、言葉を選んでしまうんです。

それを問題だとも思わずに20年くらい生きてきたので、もう癖になっていて。例えばAランチとBランチのどっちにするか、そんなシンプルなことでも、本当はどっちを食べたいのかわからなくなるんですよね。

だから、自分のときめきを信じて、その通りに生きるのは私にはすごく難しい。きっと、だからこそこういう曲を書いたんやと思います。いまも毎日そこは戦ってますね。誰かに言われたわけでもないのに、気づいたら好きじゃない方を選んでいた、ということがよくあります。

—その一方で、大阪から東京に出てくるのは大きな決断だったのではないですか? ときめきを信じて決めたことだった?

大東:あれはまさしく、ときめきに突き動かされた感じでした。大阪にいた頃、そのとき所属していた事務所との契約が終了して、「このまま音楽をやめたら、何が心残りになるだろう」と考えたんです。そこで「上京、まだしてないや」と思って。

誰かに勧められたわけでも、東京にあてがあったわけでもなくて、そっちの方がいい気がした。「いまはSNSもあるし、大阪でも音楽はできるから、どこにいても一緒だよ」といろんな方に言われたんですけど、そういう言葉が聞こえないくらいワクワクしていましたね。

—表題曲の“交差点”では、流れに逆らうことも、あえて流されてみることも肯定されています。

大東:そこの歌詞は、ある方からいただいたDMがきっかけでした。最初はワンコーラスしかできていなかったんですけど、自分で「これ、めっちゃいい」と思って、Instagramに弾き語り動画を載せたんです。その動画を見た方が、感想を送ってくださって。

社会人になった頃は納得できないことに抗っていたけど、疲れてしまって、最近はそういう気持ちに目をつぶるようになった。でも、この曲を聴いて、その気持ちを思い出した、という内容でした。読んでいて、そうなった自分を責めているのかなと感じましたね。

でも私は、「いつだって自分の思う道だけを行け」と伝えたかったわけじゃない。だからフルコーラスにする時は、流れに逆らわない選択も肯定できる歌詞を、少しでも入れたいと思って。

納得できないことに「違うだろう」と言うのも、そう思いながら涼しい顔をするのも、自分のためならどちらでもいい。その先にやりたいことがあるから、いまはこの選択をする、ということもあると思うんです。自分を守ったり、健やかに生きたりするための決断なら、何でもいい。そういう思いを込めました。

私はずっと窮屈だった――「周りが求める自分」でいることをやめ、自分をさらけ出す。

—そもそも音楽を始めた時は、どんなことを歌いたいと思っていたのですか?

大東:最初は、いまみたいにはっきりしていませんでした。きっかけは小学6年生の時に聴いたYUIさん。小柄で可愛らしい若い女性が、自分の思いを曲にして、一生懸命歌っている姿に衝撃を受けたんです。

その頃にはもう、私は「いい子病」にかかっていて。勉強が好きだったわけじゃないけど、勉強すれば親や先生に褒めてもらえる。それでしか自分の価値を見いだせなかったので、ありのままを歌うことがすごく新鮮だったんですよね。漠然とこの人に近づきたいと思って、父の部屋にあったアコギを弾き始めました。

高校生になって曲を作り始めた時も、とにかくYUIさんになりたい、という気持ちでした。でも何年か続けるうちに、大東まみが歌う理由は何だろうと考えるようになって。

—そこで、ご自身のどんな部分が見えてきましたか?

大東:私はずっと窮屈だったんだな、と気づきました。周りが求める自分であろうとし続けて、そういう自分を愛してもらえても、本当の自分が愛されている実感にはならない。だからずっと孤独だったんだなって。

だったら、かっこ悪さや弱さ、醜いところも隠さずに曲にしていこうと思ったんです。

で、ある時、以前の事務所時代からご一緒していたトオミヨウさんが、「人は完璧だから惹かれるんじゃなくて、欠けている部分や弱さを見た時に共感したり、好きになったりすると思う」と言ってくださったんです。それから、「大東さんは誰かに言われて書くより、自分でゼロから作って、すっと出してきた曲が一番いい」とも。そこに大東さんらしさがあるから、何度も書き直さず、好きに書いたらいい。その言葉はいまもすごく大事にしています。

—そうした変化は、歌い方にも影響しましたか?

大東:弱さや醜さを隠さずに書きたいという思いを持って上京したんですけど、その頃はもう、きれいな声できれいに歌うことしかできなくなっていて。上京後、初めての東京でのライブにいまのマネージャーさんが来ていて、そこから一緒にやっていくことになりました。スタジオで「悲しい時は悲しい顔をして、もっと感情を出して歌ってみたら」と言ってくれて。

やってみたら、すごくしっくりきたんです。「そういえば、もともとやりたかったのはこういうことやんな」って。それからは恐れず、自分のダサいところも全部出していこうという方向でやってきました。

—聴き手の反応にも変化はありましたか?

大東:前の歌い方の方が好きだった方や、離れてしまった方もいるかもしれません。でも、自分自身がその姿に納得していたので、「ライブの表現力が広がったね」とか、好意的な声がよく聞こえてきました。

自分をむき出しにして書いた曲を褒めてもらったり、「共感しました」「救われました」と言ってもらえたりすると、書いてよかったという気持ちに加えて、「音楽をやっていてよかった」「自分は自分でいてよかった」と思えたんですよね。受け入れてもらえたという実感があった。それは、自分をさらけ出して書けなかった頃には得られなかった感情でした。本当に、聴いてくれる人に救われてやってこられたなと思います。

—それも、先ほど話していた「あえて流されてみる」ことの一つだったのかもしれませんね。人の言葉を受け入れてみたことで、自分らしさを取り戻せたというか。

大東:確かにそうですね!

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