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【劇評】範宙遊泳『バナナの花は食べられる』―未来を変えようともがく外れ者たちの物語

2023.7.26

範宙遊泳『バナナの花は食べられる』

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演劇界の芥川賞『岸田國士戯曲賞』を受賞した範宙遊泳『バナナの花は食べられる』

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない。」

アメリカの小説家レイモンド・チャンドラーが生み出した探偵フィリップ・マーロウの言葉だ。だが、強く優しくあることは難しく、そうでなければ生きていけないのだとしたら世界はあまりに残酷だ。そこに救いはないのだろうか。

範宙遊泳『バナナの花は食べられる』(作・演出:山本卓卓)の主人公・穴蔵の腐ったバナナ(愛称:穴ちゃん)はマーロウに憧れ探偵事務所を開くのだが、その人物像はマーロウからは遠く隔っている。なにせ物語の冒頭で宣言されるように「33歳、独身、彼女なし、ゆえに当面結婚の見込みなし、アルコール中毒、ハウスダストアレルギー、ペットなし、友達なし、実家との連絡なし、マスク越しくしゃみしたらマスクの中ちょー臭い、へんな酸味のにおい一日とれない、趣味は想像力の活用、もといアダルトビデオウォッチング、仕事は個人事業主、もとい元詐欺師。前科一犯」である。だが穴ちゃんはそれでも「善良な人間を目指すべく這いつくばるクズ人間」たろうとする。

範宙遊泳『バナナの花は食べられる』初演舞台写真(2021年)

演劇界の芥川賞とも呼ばれる『岸田國士戯曲賞』。2022年にその第66回の受賞作として選ばれた『バナナの花は食べられる』は、そんな穴ちゃんが相棒と出会い、ときに衝突しながら探偵業をこなし、仲間を増やし、そして致命的な失敗と取り返しのつかない悲劇に至るまでを描いた作品だ。

穴ちゃん(埜本幸良)

物語は穴ちゃんがやがて相棒となる百三一桜(ひゃくさいさくら)と出会うところからはじまる。出会いの場はマッチングアプリ。百三一はそこで女性のふりをして男性ユーザーを引っ掛ける、いわゆるサクラの仕事をしていた。百三一からのメッセージを即座に「釣り」だと見抜き説教を送りつけ、ついでに相手を勝手に百三一桜と名づけた穴ちゃんはしかし、「これで美味いものでも食べてよ」と1万円を課金する。百三一は「いいカモだ」と笑いながらもそんな穴ちゃんのことが気になったのか「会えませんか? 男ですけど」とメッセージを送るのだった。

百三一桜(福原冠)

出会った当初はいまいち噛み合わず、「自覚あるけど底辺よね。俺ら」という百三一に対し「らをつけないでくれたまえらを」とひと括りにされることを拒絶してみせたりもする穴ちゃんだったが、いくつかの共通点が判明するに至って意気投合、ともに探偵事務所を開業することになる。そこに調査の過程で知り合ったセックスワーカーのレナちゃんが加わり、レナちゃんの元カレで売春の斡旋やドラッグの売買に関わっていた(しかしそれらの記憶を失っている)ミツオが加わりと、「俺ら」はひとりずつ増えていく。

レナちゃん(井神沙恵)
ミツオ(細谷貴宏)

舞台の上でしかできない方法で差し出される「祈り」

上演時間3時間という大作だが、軽妙なやりとりと探偵モノの連続ドラマのようにエピソードが連なっていく形式が観客に長さを感じさせない。しかし軽さはそうふるまわざるを得ない切実さと裏表だ。出会ったばかりのレナちゃんは穴ちゃんをドン・キホーテに喩えていた。風車を巨人だと思い込んで突進するドン・キホーテのように現実が見えていない、本人が真剣だからこそなおのこと滑稽でしかない男。だが、その滑稽な懸命さが見るものの心を打つ。

男(植田崇幸)

穴ちゃんのピュアな思いは百三一を変えレナちゃんを変えミツオを変えていく。外れ者たちがそれでも「人を救いたい」と行動を起こす様がグッとくるのは、どうしようもない現実を前に惑い続ける、ちっぽけで欠点だらけの私にもできることがあるのだと、人を救いたい、世界を変えたいと思っていいのだと肯定されているような心持ちになるからだ。そこにあるのは世界や人間への冷笑ではなく、真正面からその可能性を信じ存在を肯定する姿勢だ。

しかし、現実の重力は再び彼らを絡めとるだろう。「俺ら」は穴ちゃんが断酒会で知り合いその後に行方知れずになっていたアリサという女性を探し出し救おうとするのだが、彼らはそこで、背負った過去は、すでにそうある現実は変えることができないという残酷な、しかし当然の事実に直面することになる。マーロウの例の言葉が登場する小説のタイトルは『プレイバック』だった。過去を振り返り現実と対峙することなしには未来へと向かうことはできない。

アリサ(入手杏奈)

だからこれは、理想を掲げ、現実に打ちのめされ、それでもなお現実と向き合い、理想を現実のものにしようと、未来を変えようともがく外れ者たちの物語だ。物語の最後に訪れる奇跡は、「俺ら」の滑稽さを、そこに宿る真摯さを強く肯定する。その奇跡は同時に、フィクションから現実に向けられた祈りでもあるはずだ。その祈りは極めて演劇的なやり方で、舞台の上でしかできない方法で差し出される。だから是非とも劇場に足を運んでほしい。範宙遊泳『バナナの花は食べられる』は7月28日(金)からKAAT神奈川芸術劇場で再演され、その後、9月にかけていわき、豊岡、札幌の各市で上演される。現実は変えられない。だが未来はいかようにも描くことができるはずだ。

【演劇】範宙遊泳『バナナの花は食べられる』ダイジェスト

【通し稽古の様子を公開】範宙遊泳『バナナの花は食べられる』

範宙遊泳の劇作家・演出家の山本卓卓(撮影:雨宮透貴)

範宙遊泳(はんちゅうゆうえい)
2007年より、東京を拠点に活動する演劇集団。現実と物語の境界をみつめ、その行き来によりそれらの所在位置を問い直す。生と死、感覚と言葉、集団社会、家族、など物語のクリエイションはその都度興味を持った対象からスタートし、より遠くを目指し普遍的な「問い」へアクセスしてゆく。舞台上に投写した文字・写真・色・光・影などの要素と俳優を組み合わせた独自の演出と、観客の倫理観を揺さぶる強度ある脚本で、アジア諸国・北米での公演や共同制作も多数。『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。
公式サイト:https://www.hanchuyuei2017.com
公式Twitter:https://twitter.com/HANCHU_JAPAN
公式Instagram:https://www.instagram.com/hanchuyuei/

範宙遊泳『バナナの花は食べられる』

作・演出:山本卓卓
出演:埜本幸良、福原冠、井神沙恵、入手杏奈、植田崇幸、細谷貴宏

[横浜]7月28日(金)〜8月6日(日)
KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ

[いわき] 8月26日(土)・27日(日)
いわきアリオス 小劇場

[豊岡] 豊岡演劇祭2023
9月15日(金)〜17日(日)
芸術文化観光専門職大学 静思堂シアター

[札幌] 9月22日(金)・23日(土)
札幌文化芸術劇場 hitaru クリエイティブスタジオ

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