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その選曲が、映画をつくる

「私は何のために作られたの?」と問うているのは、映画『バービー』それ自体かもしれない

2023.8.8

#MOVIE

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

音楽ディレクター / 評論家の柴崎祐二が、映画の中のポップミュージックを読み解く連載「その選曲が、映画をつくる」。第4回は、マーゴット・ロビー主演『バービー』を取り上げる。

バービー人形をモチーフに、ジェンダーをはじめ種々の社会的なテーマに取り組んだ本作は、Netflixの諸作品とも通じるような、いかにも今日的なエンターテイメント作品といえる。マーク・ロンソンのプロデュースのもと、今を代表する豪華なミュージシャンが集結したサウンドトラックも大きな話題だ。

柴崎は、本作の社会問題への眼差しや音楽の優れた使用に一定の評価を示しつつも、それらが「目配せ」的な「記号」となっていることに疑義を呈する。それは、メタ的な手法が常套化し、イースターエッグの「考察」ゲーム化が加速している今日の映画全般、ひいてはポップカルチャー全般への、内省的な批判でもある。

※本記事には映画本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。

現代的な問題意識を色濃く反映した映画

歴史あるファッションドールの世界を実写化するという難題に挑んだ大作映画、『バービー』。公開前から大掛かりなプロモーションが展開され、米本国でも巨大なヒットを記録するなど、ここ最近の新作映画の中でも飛び抜けた話題作となっている。

監督 / 共同脚本をグレタ・ガーウィグが務め、主演兼製作にマーゴット・ロビー(バービー役)、助演にライアン・ゴズリング(バービーのボーイフレンド、ケン役)が名を連ねる本作は、子供用玩具としてのバービー像からは大胆に離れた、様々な意味で「大人向け」の内容となっている。

バービー人形の歴史は1959年に遡る。マテル社の共同設立者ルース・ハンドラーによって開発された初代バービー人形は、「トイドールといえば赤ん坊を模したもの」という玩具業界におけるそれまでの常識を打ち破る、ハイティーン女性の姿を形どったものだった。長身の体型やブロンドヘアなど、いかにも「理想的なアメリカ女性」らしいその姿は、革新的な玩具として評価を受けた一方で、旧弊なジェンダー規範や「女性らしさ」を流布 / 補強する存在として、度々批判の的となってきた。その後、時代とともに急速に多様化していったバービー人形の職業的バリエーションは、女性を主に私的領域(家庭)に縛りつけようとする旧来のジェンダー観=いわゆる「ドメスティックイデオロギー」に挑戦するものでもあった。加えて、「ブラックバービー」や「ヒスパニックバービー」、更には、世界各地域の民俗衣装をまとう「ドールズ・オブ・ザ・ワールド」シリーズも登場するなど、人種 / エスニシティ上の多様性も広げていき、いつしかバービーは、グローバル化時代における自律的な現代女性像を体現するアイコンとなっていった。

今作『バービー』も、当然ながらそうしたバービーの歴史を深く汲みながら、更により現代的な問題意識を色濃く反映した映画に仕上がっている。目立ったトピック挙げるだけでも、ロマンチックラブイデオロギー批判、家父長制的構造やトキシックマスキュリニティ批判、ジェンダーのパフォーマティヴィティ、現代人の実存的危機、メンタルヘルスの問題、更にはブルシットジョブ批判に至るまで、様々な社会的問題を射程に収め、それらへの対抗的意識が織り込まれているのがわかる。

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

「おとぎの国」の「古き良き」意匠

序盤の舞台となるのは、マーゴット・ロビー演じる「典型的なバービー」をはじめ様々なバービー達(と彼女達の「添え物」であるボーイフレンドのケン達)が暮らすおとぎの国「バービーランド」だ。パーティーやサーフィン、ドライブなど、連日夢のような暮らしが繰り広げられる中、ある日バービー(ロビー)はそれまで完璧だと信じていた自らの身体に異変を感じる。その原因を探るため、バービーとケン(ゴズリング)は人間の世界=「リアルワールド」へと向かうが、二人はそこでショッキングな「現実」を知り……というのがあらすじだ。

映画冒頭からまず目を引くのが、バービー達のファッションと、バービーランドの造形だろう。昔ながらのドールハウス(ドリームハウス)を思わせるピンク色をふんだんに使ったミッドセンチュリー風の美術やファッションは、1950年代から続く「古き良きアメリカ」のイメージを強調し、観客を「夢の国」の幻想へと誘う。

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

マーク・ロンソンお得意の「過去の音楽意匠の再調理」が冴えわたる

そして、音楽もまた、「あの頃」をデフォルメ的に演出する装置として縦横無尽に配置されている。サウンドトラックの共同制作を務めたのは、トッププロデューサー、マーク・ロンソンだ。現代的なダンスミュージックの中にノスタルジックな意匠を溶け込ませる手法を得意とする彼は、最新のサウンドとともにきらびやかなミュージカル映画の伝統へもオマージュを捧げる本作にとって、またとない適材といえる。

参加アーティストも実に豪華だ。デュア・リパ、サム・スミス、Lizzo、ビリー・アイリッシュ、GAYLE、PinkPantheress、Ava Max、ニッキー・ミナージュ&Ice Spice、Karol G、Tame Impala、HAIM等、ポップスから、R&B、レゲトン、ロックまで、多くのトップスターが顔を揃え、映画のために新曲を制作した。

それぞれ各アーティストの個性を反映した曲が目白押しだが、全体を通じてパーティーチューン、特にディスコ調の曲が目立っているのが面白い。映画のオープニングに使用されるLizzoの“Pink”、ダンスパーティーのシーンで流れるデュア・リパの“Dance The Night”、サム・スミスの“Man I Am”は、あからさまに1970年代後半〜1980年代初頭のディスコサウンドを参照している。作中でもそれらしき描写が見られるが、このあたり、どうやらディスコ映画の傑作『サタデー・ナイト・フィーバー』へのオマージュとなっているようだ。

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

こうした、即座に「〇〇風」というイメージを喚起させるような、ある種の「アイコン性」に寄った音楽の使い方というのは、MCU作品含め昨今の大作映画全般においてよくある手法だが、本作はそうした傾向を特に強く感じさせる。

例えば、Charli XCXの“Speed Drive”では、トニー・バジルの“Mickey”が引用されているし、Tame Impalaの“Journey to the Real World”は、同じくあからさまに1980年代のシンセポップ(Pet Shop Boys?)風だ。

こうした視点で最も強く興味を引かれるのが、ライアン・ゴズリングが歌う“I’m Just Ken”だ。バービーランドにおいてあくまでバービーの「添え物」でしかなかったケンが、人間社会の家父長制的構造を目にして男性としての「誇り」や「主体性」に「目覚めた」のちに歌われる曲で、作曲を務めたロンソンの十八番である過去の音楽意匠の再調理手法が冴えわたっている。明らかに時代遅れのパワーロックバラードである本曲は、ケンの「覚醒」の前時代的な滑稽さに対して嗤いを誘おうとしていると推察できるが、一方で、編曲などは如実にQUEEN風であることから、「男らしさ」への単純な揶揄と受け取るのをためらわせる、いかにも意味ありげなイースターエッグとなっている。

©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

加えて、サウンドトラックアルバムには収録されていないが重要な(?)役割を与えられている曲、Matchbox Twentyの“Push”にも注目したい。オルタナ系ポップロックを代表する同バンドが1997年にリリースしたこの曲は、マスキュリニティの権威性に覚醒したケンの「お気に入り」として紹介され、更には、(ゴズリングを含めた)ケン達がバービー達を口説くために(実はバービー達にそう仕向けられているとは知らず焚き火をうっとりと眺めながら)ギター片手に自己陶酔気味に弾き語るという、とかなり揶揄的な使われ方をしている。これには、実際のところ長年のアメリカンロックファンである筆者自身も苦笑と冷や汗を禁じ得なかった(一連のシークエンスでは、もう一つ「オルタナロック好き男性」の頬を痛打する尖ったジョークが炸裂する)。

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