数多くのドラマ人気ランキングで軒並み上位に輝いたTBS火曜ドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』が6月3日(火)よる10時から最終回を迎える。
先の記事で書いた通り、第5話までの前半では、主に結婚と育児の問題を扱った本作が、第6話以降の後半で大きく扱ったのは、夫婦や親子の問題だった。
新たに独身のバリキャリ女性や、要介護者を親に持つキャリアウーマン、専業主婦に恨みを持つシングルマザーなど、様々な背景を抱える人々を描く本作は、さながら“人生博覧会”として、多くの視聴者の想いを受け止めている。
意外性がありつつも、適材適所のキャスティングと演技も光った本作について、ドラマ映画ライターの古澤椋子がレビューする。
※本記事にはドラマの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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より幅広い「他者」と手を取り合うドラマ

「分かり合えなくても助け合える」
そんな教えを説き続けてくれた『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』が最終回を迎える。朱野帰子の同名小説を原作としながらも、ドラマの後半はオリジナル要素も豊富に盛り込み、原作から展開を変えているが、作品が伝えるメッセージは一貫している。後半では更に、単身者との関わり、夫婦関係、親子関係に焦点を当てていった。村上詩穂(多部未華子)にとっては、長野礼子(江口のりこ)や中谷達也(ディーン・フジオカ)ら子育て世帯同士が互いに助け合うよりも、単身という異なる生き方を選択している人、夫、妻、親など近すぎる関係の人と理解し合い、助け合う方が難しい。『対岸の家事』は、より幅広い「他者」と手を取り合うことに真摯に向き合っている。
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誰の足元にも開く「穴」に落ちないように

第6話では、礼子の元上司であり独身でバリキャリを貫く江崎陽子(片岡礼子)が、第7話では、詩穂の友人である坂上知美(田中美佐子)の娘であり独身で仕事に邁進するキャリアウーマン・里美(美村里江)が登場し、彼女たちの心にある、ままならない感情が描かれた。独身を貫き、仕事に邁進することを決めたのが自分であったとしても、会社や親から結婚・出産の圧力を受け続けるのは辛いものだ。自分と近い年齢の女性が結婚・出産しているのを見ると、勝手にプレッシャーを感じてしまう人もいるだろう。作中でも、陽子は良き後輩だった礼子に対して結婚・出産後に距離を感じてしまい、里美が出会った当初は詩穂を拒絶してしまう様子が描かれていた。
違う人生のフェーズにいる人に対しては、「あなたは私と違う」と線を引く方が簡単だ。自分の心も守れる。でも、本当にそれだけで良いのか。結婚をしていなくても、子育てをしていなくても、自分の生活が上手くこなせなくなる可能性は誰にでもある。里美が、母・知美の認知症による介護の必要に迫られ、働き方を変えなければならなくなったように、「穴」は誰の足元にも開くのだ。いざという時に手を取り合えるように、いつでも手が伸ばせるように、他者との間に線を引くのをやめる。『対岸の家事』は、「穴」に落ちなくても済むように導こうとしてくれるドラマだ。
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身近な夫婦と親子で手を取り合うための答え

第8話では中谷と樹里(島袋寛子)、第9話では詩穂と虎朗(一ノ瀬ワタル)の夫婦間におけるわだかまりも描かれた。中谷家と村上家では目指す家族の形が異なるにしろ、夫婦だからこそ自分のことを見てほしい、理解して欲しいのは同じ。一方で、中谷と詩穂には、自らが抱える大きすぎるトラウマは相手に理解してもらえないという諦めもあるのだろう。
『対岸の家事』で特徴的なのは、他人と分かり合おうとする時は自然と対話の流れになるのに対し、夫婦間では話し合いを避けるために逃げ出したり、誰かの助けを借りなければ相手の考えを理解出来なかったりするところだ。夫婦は、話し合わなくてもどちらかが我慢して揉め事を回避すれば、普通に生活が送れてしまう。決定的な何かが起きない限り、理解し合おうとする心境に至れない。そして、他人との間には設けられる建前がなく、感情的になってしまうために、誰か他の人の力がないと、上手く話し合いができない夫婦も少なくないだろう。

そして、さらに難しいのが親子関係だ。詩穂の中には専業主婦だった母の死をきっかけに家事を自分に丸投げした父・純也(緒形直人)を許せない気持ちが残り続け、中谷の中には幼い自分に手を上げた専業主婦の母・理恵(長野里美)への憎しみが残っている。二人の中に残るわだかまりは、大人になってから親と距離を取るという形で表現されていた。そこには、対話をしても分かり合えるはずがない、対話する価値もないという想いが見える。中谷が専業主婦を非難し、詩穂が専業主婦を選択したように、親の育て方が子の生き方に及ぼす影響は絶大だ。しかし、絶大にも関わらず、対話で解決できるとは限らない。現実でも、こうした深刻な問題に悩む人は多いだろう。最終話では、詩穂と純也、中谷と理恵の親子同士の対話が描かれるようだ。様々な立場の人々が手を取り合う姿を描いてきた『対岸の家事』は、親子の関係にどんな答えを提示するのだろうか。
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役の人生に寄り添う適材適所のキャスティングと演技

時代に即したテーマを扱う作品だけに、ついつい内容にばかり言及したくなってしまう本作だが、一つ一つのセリフを胸の奥まで響かせ、展開に説得力を持たせる上では、適材適所のキャスティングが効力を発揮したのは間違いないだろう。礼子、中谷、虎朗は、江口のりこ、ディーン・フジオカ、一ノ瀬ワタルと、見た目だけでも原作小説のイメージにぴったりのキャスティングだが、少し大袈裟に見える動きや喋り方の役へと調整されたことで、ふとした反応にどことなく愛らしさが滲み、それぞれが愛すべき生き生きとしたキャラクターになっている。
周囲の人々の心を解いていく詩穂は、多部未華子のゆったりとした話し方と優しい声色によって説得力が増し、一つ一つの言葉を視聴者に深く響かせることに成功している。特に第9話で、未婚の母であり、専業主婦である詩穂を恨んでいた白山はるか(織田梨沙)にかけた「赤ちゃんはただただ可愛くて、何の苦労もなく育てられる。そう思っていました。でも、妊娠したらつわりが酷くて、重いおなかが苦しくて。やっと赤ちゃんを産んだら、産んだその瞬間から、急にお母さんになることを求められる。育児がこんなに大変だなんて想像したこともなかった。今までの生活のための家事から赤ちゃんを生かすための、死なせないための家事になる」は、子育て中のあらゆる人に刺さるセリフで、子育ての大変さに共感しながら優しく労う言葉に涙を誘われた人もいるだろう。
キャスティングが素晴らしいのはメインキャストだけではなく、礼子の夫・量平を演じた川西賢志郎、中谷の妻・樹里を演じた島袋寛子、知美を演じた田中美佐子、里美を演じた美村里江など、書ききれないほど端から端までハマり役だった。どの俳優の芝居からも、役柄の生きる道を理解しようとし、寄り添いながら表現していることが伝わり、その裏には、「この作品を届けたい」という熱意も感じられた。小説の実写化における成功例と言えるだろう。
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背中を押す“お守り”のような家事ドラマの金字塔へ

『対岸の家事』が放送されているTBS火曜22時~の「火曜ドラマ」は、2014年から10年以上つづく歴史あるドラマ放送枠だ。特に、恋愛ドラマが放送されることが多く、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)や『カルテット』(2017年)をはじめ、さまざまな名作が放送されてきた。
近年では、『対岸の家事』と同じ朱野帰子の小説が原作の『わたし、定時で帰ります。』(2019年)や多部未華子主演の『私の家政夫ナギサさん』(2020年)、『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(2023年)、『西園寺さんは家事をしない』(2024年)など、恋愛だけにとどまらず仕事や家庭などを含めた女性の生き方全体に焦点を当てた作品が増えている。『対岸の家事』は、これまで火曜ドラマが描いてきた女性の生き方を作品の中心に置きながら、多様化した価値観にも触れていく“人生博覧会”のようなドラマだった。
令和時代の家庭の問題、生き方の選択を克明に描いた「家事ドラマ」の金字塔となった本作。これから先も、誰かの人生を支え、背中を押す“お守り”のようなドラマとして語り継がれることだろう。
『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』

TBSにて毎週火曜よる10時から放送中
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/taigannokaji_tbs/