「正解」や「意味」への過剰な欲求にはNOを突きつけて、ナンセンスな独自のポップソングを鳴らしながら、決して聴き手を突き放すのではなく、ともに踊ることで世の中の抑圧的なムードからの解放を企てる。ボーカル / ギターの江沼郁弥の呼びかけで結成されたDOGADOGAは、混沌の先に自由を見つめる4人組だ。
江沼に加え、ベースの藤原寛(ex.andymori)、ドラムの古市健太(plenty/のん & the tears of knight)、サックス / クラリネット / フルートの渡邊恭一によって、2023年に活動を開始。2024年に発表したファーストアルバム『CHAOS Z.P.G.』ではポストパンク、ジャズ、ラテン、アフロに歌謡曲も混ぜ合わせ、文字通りカオティックな音を鳴らしていたが、DAIZAWA RECORDSからのリリースとなった2025年のEP『あっ!』ではよりフィジカルなバンドサウンドを追求。今年8月にリリースされた“ぎゃあぎゃあ”、10月にリリースされた“バロウズの子守唄”という2作のシングルでは、ベースリフを軸により踊れるアンサンブルを作り上げてみせた。
今年江沼は古市を新メンバーに迎える形でplentyを再始動させ、現在は2つのバンドで活動しているが、「DOGADOGAがなかったら、plentyをもう一度やることもなかったかもしれない」という言葉にはとても重みがある。蒼の時代を通り過ぎて、30代の今だからこそ鳴らせるカウンターミュージック。DOGADOGAはまだまだ面白くなりそうだ。
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「plentyとDOGADOGAを『陰と陽』みたいに分けたくないなっていうのはあるんです」(江沼)

DOGADOGA(ドガ)
江沼郁弥(Vo / Gt)、藤原寛(Ba)、古市健太(Dr)、渡邊恭一(Sax / Cl / Fl)による4人組。2024年にファーストアルバム『CHAOS Z.P.G.』を発表し、2025年にDAIZAWA RECORDSへ移籍してEP『あっ!』をリリース。2026年8月に“ぎゃあぎゃあ”、10月に“バロウズの子守唄”と、2曲入りのデジタルシングルを2作配信する。11月17日に新代田FEVERでワンマンライブ「ドガの秘密のワンマンライブ2026」を開催。
ー7月にplentyの再始動ライブが開催されて、江沼(郁弥)くんと(古市)健太くんは現在DOGADOGAとplentyの2バンドで活動しています。plentyの再始動は周年などもきっかけになったそうですが、江沼くんはDOGADOGAで今の自分がやりたいことを追求できているからこそ、plentyとももう一度向き合うことができたのではないかなと。
江沼:おっしゃる通りですね。DOGADOGAをやってなかったら、そもそも「もう一回バンドをやろう」とは思わなかったかもしれないし、煩わしさの方が勝っちゃってたかもしれない。DOGADOGAはみんな精神的に自立してますし、煩わしさがないので、そこは大きかったかも。
ーplentyが解散して、しばらくはソロで活動をしてきたわけですが、DOGADOGAがなかったら、plentyの再始動もなかったかもしれない。
江沼:楽しく活動をする想像ができなかったと思います。「またあの辛い日々を過ごすのか」って。20代は苦しみながら音楽をやってたような気がするので……。もちろんいい思い出もあるんですけど、「もう一回バンドをやる気合いあるかな?」みたいなのが勝っちゃってたかもしれないですね。でもDOGADOGAをやり始めて、もっと気楽になったというか、前にplentyをやってたときはコミュニケーションがままならない時期もあったけど、信頼できる人がいれば任せたらいいし、口を出したかったら口を出せばいいし、すごく単純なことだったんだなと思いました。
ーDOGADOGAでは今のところコミュニケーションの難しさは感じない?
江沼:ないですね。個々のスキルもあるので、任せっぱなしにもできるし、「やっぱりこういうのがいいな」とか、思いつきにも対応してくれるし。僕ステージ上でイントロとか間奏の尺をよく間違えるんですけど、そのときの対応力とか、本当にほれぼれしますね。何事もなかったかのようにヒュッと2Aに入っていく。「奇跡の2A」って俺は呼んでるんですけど(笑)。

ー健太くんはDOGADOGAとplentyで意識の違いはありますか?
古市:そんなに変わらないかもしれないです。別にDOGADOGAだからどうとか、plentyだからどうとか、今のところまだないですね。お客さんの反応は結構違うんですけど、でも別にこっちがやることは一緒というか、演奏するだけだから、江沼さんが歌ってれば別にそれは同じで、そんなに変わらないかなと正直思います。
ー(藤原)寛くんはLINE CUBE SHIBUYAでplentyの復活ライブを観たそうですが、ひさびさのplentyはいかがでしたか?
藤原:最初は「固くない?」と思ったけど(笑)。でもすぐいい感じになりました。健太のドラムで観るのがね、いろんな意味で新鮮でもあり、すごく良かったですね。
ー以前はお互いplentyとandymoriとして活動していたわけですが、今や一緒にバンドをやっていて、もう一度plentyが始まるのは、きっと不思議な感じですよね。
藤原:そうですね。でも一緒にバンドをやるようになった時点でかなり不思議な感じでした。それこそ20代のときは結構フラストレーションというか……みんなそうだと思うんですけど、なんかイライラしながらやってたなって。
江沼:俺が? アンディが?
藤原:アンディがというか、自分が。なぜかとにかくイライラしてるっていう。
江沼:あるよねえ。理由なき反抗だよね。
藤原:なんであんなにカリカリしてたのかよくわからないですけど。
ーDOGADOGAのアルバムのリリースタイミングで江沼くんに取材をさせてもらったときに、「今はチャンネルを増やすのが楽しい」という話をしてくれて。昔は1個のチャンネルしかなくて、それがフラストレーションに繋がってたのかもしれないけど、今は自分の中にあるいろんな側面を複数のチャンネルで表現することができてる。江沼くんにとってplentyとDOGADOGAの両方で活動する意義はそういうことかなと。
江沼:そうですね、どちらもありがたい存在です。ただplentyとDOGADOGAを「陰と陽」みたいに分けたくないなっていうのはあるんですよね。それもつまんないというか、2つ場所があるだけで、結局制限してるだけな感じがするから。受け手がどう思うかはわからないけど、自分の中でそういう制限を設けたくないなっていうのはありますね。

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得体の知れないバンドへ。「それナシでしょ」を音楽的にアリにする
ー改めて、DOGADOGAの音楽性について聞かせてください。ファーストアルバムの時点では「ポストパンク」や「ノーウェイブ」といったキーワードがありましたが、そこからどう変化をしてきたと言えますか?
江沼:DOGADOGAを始めるにあたっては、直線的なリズムのポストパンクの影響が割と強かったかな。JAGATARAとかTalking Headsみたいなバンドの陽気さと、Joy Division的な冷たさの……融合っていうほど大それたことはしてないんだけど、おかしなことになったらいいなっていうのが最初。今もその感じはありつつですけど、最初のアルバムを作って、「こういうことがやりたいんだ」って思われただろうから、それをそのままやるのは嫌だなっていう、天邪鬼な部分もあるんですよね(笑)。
なので、前回のEP『あっ!』(2025年)からは音楽のジャンルよりも映像のジャンルでイメージを共有するというか、本当はすっごいグロテスクな内容なのに、すっごいにこやかに演奏してるような、(クウェンティン・)タランティーノの映画みたいなイメージの話をしたり。めっちゃ血が出てるけど、でもそれが虹色できれい、みたいな(笑)。そういうバンドになっていきたいなって。
ーアルバムのときはジャンル名やバンド名のリファレンスが出しやすかったけど、EP以降はそうじゃなくなってる感じがありますね。
江沼:別に根底から変えようっていう感じでもないし、最初からDOGADOGAが根っこみたいなものをちゃんと掴んでいたかっていうと、それもわからないから、もっと得体の知れないことをやれたらなって。DOGADOGAのライブはわりとにこやかに進行してるんですけど、自分はステージ上では前列から人を踏み潰すように歌ってたり……良くはないんだけど(笑)。そういう面白さがあったらいいなとは思う。
ー寛くんや健太くんはDOGADOGAの変化をどう感じていますか?
藤原:今回のシングルの曲たちは、絵が見える曲が多くなった感じがしますね。最初の頃よりも曲として風景が見えるというか。

古市:僕は始めたときからそんなに大きく何かが変わったとは思ってないです。音楽性とかはちょっとずつ変化してるから、最初に出たやつと今のやつを聴き比べると、「昔は結構コアなことをやってたな」とは思うんですけど、だからといってライブで曲を並べたときに、根本は全部一緒っていうか、違うことをやってるなとは思わない。単純に幅が広がって、間口が広がってる感じがして、もっと全然関係ないジャンルに行ってもDOGADOGAの音になりそうだなっていう気がして。

江沼:ミュージシャンの習性なのか、自分の習性なのか、コアに向かいすぎてしまう節があるなっていうのは、最初のアルバムを作って思ったんですよね。それはそれで健康的だし、必然だし、いいんですけど、1枚目を作ってみて、コアな部分のでかい穴を覗き込んでたら落っこちちゃった、みたいな節があったのかなって。
もちろんあのアルバムはすごく気に入ってるんですけど、少数派に立ち向かっていくことを美徳としない意識というか、DOGADOGAにはそういう可能性もあっていいのかなと。なので、ファーストの感じも踏まえながら、もうちょっと違うものが生み出せたらいいなっていう話はしましたね。前作の『あっ!』からそういう流れがあって、今回ももうちょっとそっちの方向でやりたいなって思ったんです。
ーDOGADOGAのサウンドを決定づけているのはサックス、クラリネット、フルートを担当する渡邊(恭一)さんの存在で、ジャズはもちろん、アルバムに「民族音楽」や「土着的」といったキーワードがあったのも、渡邊さんの存在が大きかったかなと。
渡邊:今回のシングルでいうと、“ライ麦畑でどーたらこーたら”では思いっきりブルーグラスみたいなフレーズを入れたりしてて。民族的かどうかはわからないけど、そういう自分の習性みたいなのは毎回入れちゃってますね。管楽器をやる人の中でも土着っぽいのをもともとやってる人は意外と少ないと思うので、せっかく自分がやるならそれがいいスパイスになればいいかなと思って。

ーDOGADOGAには歌謡曲っぽい雰囲気もあって、アルバムリリース時の江沼くんとの取材ではリファレンスとして、ザ・ドリフターズやザ・スパイダースといった名前が出たりもしたんですけど、バンドの中で一番若い健太くんからすると、DOGADOGAの持つ歌謡曲性をどう感じていますか?
古市:歌謡曲の影響を受けていないので、自分の中にないんですよ。聴いて「懐かしい」と感じることもないですし。僕がDOGADOGAの曲で歌謡曲を感じるのは“日没”ぐらいですね。
江沼:あれはめっちゃ意識したもんね。
江沼:“怒りをひやそう”のベースラインに関しては「ファズを踏んだザ・ドリフターズ」みたいな話をした(笑)。DOGADOGAでは「ナンセンスなことをやりたい」っていうのはあるんですよ。「それナシでしょ」みたいなことを音楽的にアリにしたいっていう、それはすっごいあるんです。
前回のEPだと“ハイティーン・ストップ”で〈飛んでいくのよ イスタンブール〉って歌ってて、「何それ?」みたいな(笑)。何でも冗談でケリがつくと思ってるような作り方というか、それをDOGADOGAでやりたい。音も歌詞も全部意味わからんけど、そういうのを清々しくやる。
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ベースがメインリフ。4曲を貫く、ループの魔力
ー8月に出た“ぎゃあぎゃあ”、10月に出た“バロウズの子守唄”についてはどういった青写真がありましたか?
江沼:今回はちゃんとしたデモじゃなくて、弾き語りを作って渡して、あとはメンバーに投げちゃった感じなので、その時点でこれまでと結構違いがあって。
古市:みんなでスタジオに2回ぐらい入って、各々が考えてきたやつを1回合わせてみて、すぐに「いいじゃん」みたいな感じ。もちろん、そこから修正はしましたけど。
ー江沼くん的には、今回の4曲に関して特にこれといった方向性があったわけではなく、今のDOGADOGAでやりたいものを自由に作ったらこれになった?
江沼:自分は自分の役割を全うしたというか、歌詞を先に書いて、主メロの骨格が骨太でバキッと真ん中にあって、「あとはよろしく」みたいな感じではありました。主メロに背骨が入ってる感じがするから、それがポップスっぽかったり、ロックっぽかったり、そういう印象に繋がってるのかな。

ー“ぎゃあぎゃあ”に関してはまずフルートのフレーズと音色が印象的で。一瞬「シンセかな?」とも思ったんですけど。
渡邊:一応吹いてはいます(笑)。あれは江沼氏のアイデアで、イメージはメロトロンみたいな感じ。フレーズが決まったのは結構ギリギリで。
江沼:ちょっと間抜けな感じがないとDOGADOGAっぽくないなと思って、ちゃんとしてないのがいいなって。オーストラリアのインディーズバンドみたいな感じ(笑)。
ー僕はちょっとMGMTの“Kids”を連想しました。
江沼:ああ、確かにあの感じあるかも。最後までシンセにするか悩んでて、シンセも薄く混ざってる?
渡邊:そう、そこはちょっとエンジニアの方がマジックを入れてるかもしれない。
ー抑制されたグルーヴの気持ちよさもありますが、リズム隊とはどんなやりとりがありましたか?
江沼:ベースの音符の長さを決めるまでは大変だった。
藤原:あれはちょっと頑張った。郁弥が特に鋭くてね。俺が割とルーズにやろうとしてたら、「ここはこの長さで、こっちはこの長さで」って。
江沼:今回“ぎゃあぎゃあ”もそうだし、全曲ベースがメインリフみたいな感じで。
藤原:そうね。ベースは特にちょっとブラックミュージックっぽいことをやったっていう。
ー“怒りをひやそう”を筆頭に、ループの気持ちよさがありますよね。
江沼:“ぎゃあぎゃあ”のイントロの不思議なフルートとかも、俺の中ではベースが主だったから、そこでナベさんが前に行き過ぎると、ベースが消えちゃうんですよね。だからリフを吹きそうなポジションでも、「いや、下にいる人が主なんだ」っていう、その不気味さをしっかり作っていて。前だったらギターもダビングして、一緒にリフを弾いたりしたけど、今回はもう付き添わない。
ーポストパンクやノーウェイブというより、ジャズやファンクの色が強くなって、Vulfpeckとかも連想しつつ、でもあそこまでミニマルではない、絶妙なラインだなと。
古市:それぞれにいろいろやってるんですよ。渡邊さんがリフを吹いてるかと思ったら、実は寛さんがめっちゃ弾いてる、みたいなのがあるから、僕やることないんです(笑)。そこで突然変なドラムが出てきてもしょうがないなと思って、あえて何もしないことを選びました。全部1小節を切り貼りしても大丈夫。
渡邊:でも“ぎゃあぎゃあ”のドラムだけでご飯三杯食える、みたいな感じあるよね。
古市:そっちに徹底して、同じことをずっとやり続けることを頑張ろうっていう。
江沼:ドラムだけ抜き出して聴いても、コンプのかかり具合とか、The Stone Rosesの2枚目みたいな要素があったり。基本的に自分はループミュージックが好きだし、「踊らせる」というDOGADOGAの基本理念は今も忘れずにあるので、ループの魔力というか、恐ろしさみたいなのは出したいなっていうのがありましたね。

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「何にでも答えがあるような、真実があるような、そういう風潮だけど、解釈があるだけの話」(江沼)
ーシングルの4曲の中で一番歌謡曲っぽいのは“バロウズの子守唄”かなと。
江沼:歌謡の意識はあんまりないかな。“バロウズの子守唄”と“ライ麦畑でどーたらこーたら”は「歌詞が書きたい」みたいなモードだったから。確かに、言われてみれば歌謡っぽいけど。
ー歌メロよりも、クラリネットがその色を出してるかも。
渡邊:そうですね。レコーディングでは歌謡曲の引っ張り方みたいなのを意識して、ちょっともたらせるというか、それは結構やったかな。
江沼:そう考えたら、あれも不思議な曲だね。
渡邊:MVの企画書に「スカっぽい」って書いてあって、「スカだっけ?」みたいな。
江沼:ジャンルで話すのは難しい。スカってBPMも関係しますよね。
ースカでもレゲエでもないBPMですよね。
江沼:そうそう。その辺も一応意識はしましたね。管楽器とスカは相性いいけど、わかりやすすぎる。でもレゲエをそのまんまやる度胸はないから、絶妙なところで歌い上げたい気持ちがあって。時代的に白黒はっきりつけたがるけど、スカとレゲエの間の無数のグラデーションの中を旅してみようかなって(笑)。
ー“バロウズの子守唄”と“ライ麦畑でどーたらこーたら”に関しては「歌詞が書きたい」というモードだったそうですが、どんなことを意識したのでしょうか?
江沼:「意味がなさそうである」みたいなことはずっと考えてるんですけど……今回で言うと、J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』も、ウィリアム・バロウズの『裸のランチ』も、僕はどっちも読んだことがなくて、なんとなくのイメージで書き出したんです。それを手法と呼ぶのかはわからないけど……それも昨今の風潮に対してというか。
ー「わかってないとダメ」みたいな風潮がありますよね。
江沼:それなんですよ。この間もSNSで「あなたにロックの何がわかるんだ?」みたいな論争が起きてて。別にどっちの味方っていうわけでもないんだけど、「専門で研究してる人くらいの知識量がないと語っちゃいけない」みたいなのがちょっと気持ち悪いなと思って。
「お茶に最近ハマってるんですよ」って言ったら、すぐに「どこ産の?」とか言われて、そんな話じゃなくて、「お茶がおいしい」っていう話がしたいのに。あの感じがすごい「生きづら!」と思って、そういうことを考えながら歌詞を書いてて。
ーよくわかります。
江沼:でもやっぱり“バロウズの子守唄”っていうタイトルを発表したら、「バロウズはこういう人だから、このタイトルはおかしい」みたいなことを言う人がいて。何にでも答えがあるような、真実があるような、そういう風潮だけど、別に「真実はなくて、解釈がある」っていうただそれだけの話なのに、すごい白黒はっきり、正義か悪かを分けようとしてくる。DOGADOGAとしてそういうことへの投げかけをやるのは結構面白いかなっていうのはあったんですよね。

ーDOGADOGAの歌詞は意味がありそうでなかったり、なさそうで実はあったり。白黒はっきりさせないことを意識的にやってる感じがありますもんね。
渡邊:「ミリしら」(「1ミリも知らない」の略)でやってみる、みたいなことだよね。
江沼:そうそう。知ってた方が楽しいっていうのはさ、そんなの当たり前じゃん。「ゴッホがどういう気持ちでこの絵を描いたか知ってた方が深く楽しめる」みたいなのは当たり前で、でも知らないことに対していちいち突っかかるのはどうなの? っていう。
渡邊:楽しく話したいだけなのかもしれないけど、突っかかる感じになっちゃうと、そこにいいコミュニケーションが生まれるのかとは思うよね。
江沼:音楽でもファッションでも何でもそうだけど、これにこだわってるとか、これにハマってるとかがすごく言いづらい。警察がそこら中にいるもん。
ーSNSに象徴される生きづらさとか抑圧に対して、DOGADOGAの音楽はそこからの解放を促すムードがあるように思います。それこそJAGATARAの江戸アケミじゃないけど、「自分の踊り方で踊ればいいんだよ」的なマインドが背景にあると思うし、“ぎゃあぎゃあ”や“バロウズの子守唄”の歌詞にしても、意味を求めすぎることからの解放を感じます。
江沼:説教したいわけではないんですけどね。やっぱり理由なき反抗っていう、そういうのは常にこう……違和感を抱えて生きてるタイプなので。反抗心が時々ちらっと出ちゃうんですよ。
ーちなみに、映画の『理由なき反抗』(1955年)は見ましたか?(笑)
江沼:見てないです(笑)。
