メインコンテンツまでスキップ
NEWS EVENT SPECIAL SERIES

深田晃司監督『ナギダイアリー』レビュー 松たか子と石橋静河の会話の中の「哲学」

2026.9.30

#MOVIE

9月25日に公開され話題となっている、深田晃司監督による松たか子主演映画『ナギダイアリー』。

『第79回カンヌ国際映画祭』コンペティション部門への正式出品でも世界的な注目を集めた本作を、ドラマライターの西森路代がレビューする。

自衛隊の訓練音と防災無線のラジオ。静かな町「ナギ」に溶け込む現代の気配

このところコンスタントに作品を発表している、深田晃司監督の新作『ナギダイアリー』は、2026年の『カンヌ映画祭』のコンペティション部門にも正式出品され、同年5月13日にワールドプレミア上映されたことでも話題となった。

物語は、ナギという町で、彫刻家をしている寄子(松たか子)の元に、弟の元妻で建築家の友梨(石橋静河)が、彫刻のモデルをするために訪ねてくるところから始まる。道に迷いかけていた彼女に声をかけたのは、高校生の圭太(藤原聖)。そして、彼の親友の春樹(川口和空)は、寄子の同級生の井口好浩(松山ケンイチ)の息子であった。

寄子

町の近くには自衛隊の駐屯地があり、映画の冒頭には自衛隊の車が何台も走り過ぎる。普段は静かな山間には、ときおり自衛隊の訓練の音が。寄子のアトリエでは防災無線のラジオ番組がかかっており、自衛隊での訓練の予定などを伝えている。

テレビの中からは、ロシアとウクライナのニュースが聞こえてくる。そのことがストーリーに直接的に作用するわけではないのだが、こうした描写があることで、これが現代の話なのだなと思わせるところがあった。

建築と彫刻。対照的な表現を志す「元義姉妹」の対話から滲む哲学

(画像左から)寄子、友梨

寄子と友梨の関係は不思議だ。友梨は寄子の弟と離婚しているのだからふたりが疎遠になっても不思議ではないのだが、現在になっても交流が続いているし、弟と別れた理由についても、寄子はかなり率直に聞く。

最近の、女性が女性と知り合って一緒に選挙運動を行ったり(『銀河の一票』(2026年))、女性と女性が知り合って亡くなるまでの数週間を密に過ごしたり(『急に具合が悪くなる』(2026年))する作品には良いものが多いが、本作も、主人公と、その弟の元妻という、なかなか関係を続けることのなさそうな2人が短い間ながら共同生活をしていく中に見える独特の良さがある。

寄子と友梨の会話は染みる。寄子の弟も友梨も建築家をしているのだが、友梨は結婚していた当時彼の作った建物を見て、ゆるぎない自信と歴史を感じていた。しかし自分にはそれがなく、ずっと誰かに合わせてサポートをしてきたことに気付く。その会話が、本当に我が事のように響いてきた。その後に友梨は、彫刻は建築と違い、権力や選択と無関係だと語る。

(画像左から)井口好浩、友梨

こうした会話は、誰と誰が出会ってこうなりましたーーという「エピソード」のような話ではなく、ひとつのエピソードからどのように感じて考えたかという、思想や哲学のような話になっていっているようで、非常に面白かった。

これは、同作と同じく『カンヌ映画祭』のコンペティション部門に選出され、最優秀女優賞を受賞した『急に具合が悪くなる』にも感じたことだ。

「孤独かもしれないけど、孤立はしていないと思う」――ただ生きて、そして消えていくことの強さ

寄子

この映画には、どこかいつも死がうっすらと存在している。防災ラジオからは町の人たちの訃報のニュースが流れてくるし、登場人物の周りにも亡くなった人がいて、皆がその思いを抱きながら生きている。当然そこには孤独があり、友梨は寄子の孤独を指摘する。

しかし、松たか子が演じる役に「孤独」が似合うのはなぜなのだろう。あまり人のことをいちいち気にしたり比べたりするようなところがないように見え、孤独をどこか、特別ではない、誰にでもあるものと達観しているように見えるからだろうか。

野木亜紀子脚本の一話完結ドラマ『スロウトレイン』(2025年)でも、松たか子演じる葉子は両親の残した鎌倉の家に暮らし、その妹も弟もそれぞれ家を出ていく。そして中年に差し掛かり、「さみしさ」とは何かを周囲に問う。最後に葉子は、「ただ生きて、小さな時間を過ごしています。そして、ひとつの命として消えていくのです」と語る。その姿は、本作の寄子ともどこか重なる。

寄子

芸術家の寄子が彫刻刀と金槌を持って木を切り出している姿には、どこか厳かさがある。そしてそのモデルとなる友梨との間にも、緊張感もある。しかし、そんな厳かさと緊張感を持ち、一人でもくもくと木を切り出しながらも、誰かと緩やかに繋がって生きているのだ。そして寄子は、自分の彫刻が「300年後とか、作者不詳とか言われちゃって、苔むしちゃって。いつか腐って土に帰る」ようなものになるといいなと語る。

誰かに権威を与えられなくとも、ただ生きて、そして消えていくということを知っているのは強い。友梨が、寄子に会いたかったのは寄子が孤独であるからだと言っていたが、私にもその気持ちがわかる気がした。そして寄子が言う、「孤独かもしれないけど、孤立はしていないと思う」という言葉が記憶に残った。

ウクライナやロシアのニュースをテレビのニュースから聞いたり、身近な誰かの死の記憶をまといながらも、恋愛したりしなかったり、誰かと誰かが家族になるといった劇的な関係性の変化が起こるわけでもなく、緩やかに関わりながら、希望がないわけでもなく、ただ結末に向かっていく。同作を見終わってしばらくしてから思い返すと、その感じが自分の中に決して軽い感触ではなく残っていて、映画体験としてはすごく不思議なものがあった。

映画『ナギダイアリー』

松たか子 石橋静河
川口和空 藤原聖 藤間爽子 水間ロン 申瑞季
松山ケンイチ

監督・脚本 深田晃司
製作:四宮隆史 エグゼクティブ・プロデューサー:大野二郎 Guillaume Morel Jossette Atayde Maria Sophia Atayde Marudo
プロデューサー:大野敦子 長井龍 角田道明 コ・プロデューサー:小山内照太郎 Carine Chichkowsky 陈思恩 佐藤央
撮影:四宮秀俊 照明:加藤大輝 録音:益子宏明 美術:大月由香里 彫刻:吉田愛美 
ヘアメイク:菅原美和子 スタイリスト:荒木里江 衣裳:渡部祥子 キャスティング:吉川威史 
助監督:鹿川裕史 制作担当:山村亘 編集:Sylvie Lager VFXプロデューサー:平野宏治 カラリスト:Sorawich Khunpinij 
音楽:李沛芩 リレコーディングミキサー:Olivier Goinard エンディングテーマ:イーノ・チェン
International Sales:mk2 Films
助成:Aide aux cinémas du monde – Centre national du cinéma et de l’image animée – Institut français,
文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会, White Light Studio, mk2 Films 後援:奈義町
製作:スターサンズ 八朔ラボ Survivance Momo Film Co. Nathan Studio ワンダーストラック 制作プロダクション:Lat-Lon
配給:スターサンズ
2026/日本、フランス、シンガポール、フィリピン/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/カラー/110分/映倫区分:G
© 2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.

【ストーリー】
近くの山から切り出される木でひとり彫刻を作る寄子。ある日、東京と台湾で建築家として活躍してきた友梨は、数日間の休暇をとって、別れた夫の姉・寄子のもとを訪れる。都会にはない「ナギ」での穏やかな生活。妻を亡くした寄子の幼なじみの好浩、そして息子の春樹とその親友の圭太――人々との出会いは、日常に小さな揺らぎをもたらしていく。やがて、彫刻のモデルを毎晩つとめるなかで寄子の知られざる喪失に触れ、友梨にも変化が起きていく。

RECOMMEND

NiEW’S PLAYLIST

編集部がオススメする音楽を随時更新中🆕

時代の機微に反応し、新しい選択肢を提示してくれるアーティストを紹介するプレイリスト「NiEW Best Music」。

有名無名やジャンル、国境を問わず、NiEW編集部がオススメする音楽を随時更新しています。

EVENTS