ベルギー出身のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の最新作『そして彼女たちは』が、全国で絶賛公開中だ。
『ロゼッタ』(1999年)、『ある子供』(2005年)でカンヌ国際映画祭パルム・ドール賞を受賞するなど、これまでに世界中で100以上の賞を獲得し、まさに名匠と呼ぶにふさわしいダルデンヌ兄弟。
第78回カンヌ国際映画祭では2度目となる脚本賞、エキュメニカル審査員賞を受賞し、アカデミー賞国際長編映画賞ベルギー代表作品にも選出された『そして彼女たちは』は、母子支援施設に暮らす5人の少女を描いた初の群像劇で、監督の新境地となりうる作品だ。
本稿では、ダルデンヌ兄弟の映画の特徴をまとめながら、本作のテーマと新しさについて探っていきたい。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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ダルデンヌ兄弟にとって初の群像劇
長年にわたって労働者階級の人々や社会的弱者に目を向けてきたダルデンヌ兄弟。失業、貧困、移民といったテーマを扱いながらも、作品のなかでなにかを声高に告発し断罪することはせず、主人公たちの選択や葛藤を映し出してきた。
手持ちカメラと自然光を用いたその手法は、しばしばドキュメンタリー的、リアリズムとも評される一方で、周到に準備された演出と入念なリハーサルによって物語が形作られていく。

とりわけ、母親とトレーラーハウスで暮らす少女を描き、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した『ロゼッタ』(1999年)は、ダルデンヌ兄弟のスタイルの極致とも言える映画だ。主人公の背中に張り付くようなカメラ、顔や身体の一部の極端なクローズアップと長回し。ロングショットはあまり用いず、背景の多くはボケている。劇伴も使用せず、フレームの中やその周囲で鳴っている音しか聞こえてこない。主人公とその視線をカメラが追いかけ続けることによって、主人公を取り囲むわずかな世界を追体験しながら、観客はその表情に浮かび上がる複雑な感情を常に覗き見ることになる。こうした手法はさまざまな映画作家に影響を与えてきた。
『そして彼女たちは』は、上記のようなスタイルを踏襲しながらも、過去作とは大きく変化している。本作は、母子支援施設で暮らす少女たちの再出発を描いた、ダルデンヌ兄弟にとって初の群像劇だからだ。1人ないし2人に焦点を当ててきたこれまでの代表作とは異なり、この映画では5人を主人公にし、若くして母親になった少女たちそれぞれの苦悩と決断を追いかける。

顔や身体に張り付くようなクローズアップ、長回し、劇伴を使わない手法は今作でも健在だが、1人の主人公とその周囲だけでなく、5人それぞれの生き方と人間関係が映し出される。それに加えて、支援施設の共有スペースや庭で食事をする場面など、必然的に複数の人物を一度に捉えたミディアムショットが増えており、新鮮に感じられる。
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正反対の決断、そのどちらにも寄り添う優しい眼差し
冒頭でダルデンヌ兄弟の作品は、何かを断罪することなく主人公の選択や葛藤を映し出してきたと述べた。本作でも、5人の若い母親たちが子供を育てるか手放すかという選択をする。苦境に立たされながらも導き出したそれぞれの答えは、場合によっては正反対でもあるのだが、この映画はそのすべてに寄り添い、受け止めているように思える。
特に注目したいのは、対照的な選択をするジェシカとアリアンヌだ。

2人ともシングルマザーになるが、ジェシカは苦しい経済事情の中でも子供を育てようとする。彼女は自分を養子に出した母親モルガーヌを探しており、なぜ自分を捨てたのかを聞き出す。
一方で、アリアンヌの母親ナタリーは一緒に孫を育てようとするものの、アリアンヌはそれを拒否し、子供を養子に出す決意をするのである。
『ロゼッタ』など過去作でも母と娘の関係が描かれていたが、ここでは主人公の少女たちとかつて同じ選択をした母親たち、その世代間にまたがる責任にも焦点を当てている。ジェシカは自らを捨てたモルガーヌとのつながりをなんとか見出した上で、自らの存在と決断を肯定しようとし、アリアンヌは母ナタリーの選択を断ち切ってちゃんとした家族を子供に与えたいと願い、養子縁組として養父母に預ける。

とりわけ印象深いのは、アリアンヌが赤ん坊を養子縁組に出す場面だ。養父母の車に子供を乗せた瞬間、アリアンヌの表情を追いかけていたカメラは、赤ん坊の顔を彼女の背中越しに捉える。そこに映るこれ以上ない満面の笑み。我が子の顔を見た彼女は居た堪れない表情で場を離れるが、その後、将来大きくなった子供に向けて手紙を書く。
最後に、学校に向かうであろうアリアンヌがバスに飛び乗り、そのまま画面の奥へと遠ざかっていく様子をゆっくりと映したショットは、彼女のあり方や複雑な感情、そしてこれからの行く末を優しく見守っているかのようだ。