シンガーソングライター、さらさの2枚目のアルバム『Golden Child』が、前作『Inner Ocean』から約1年8ヶ月ぶりにリリース。「ブルージーに生きろ」をテーマとして掲げて活動するさらさは、本作でも生身の悲しみや痛みを出発点にしながら、それを個人的な体験として留めずに、太陽や月、星、とりとめのない雲の流れや雨など、コントロールの効かない大きな自然のうねりやサイクルに接続するような感覚を歌う。一方で、本作においていっそう振り幅を広げたサウンドや、自身が手がけているアートワークは、都会的な乾いたポップさも漂わせる。それらのニュアンスが混じり合い、『Golden Child』はつくり上げられている。
ファッションやアートなどを、広く現代的な感受性を持ってまなざし、ステージ装飾やグッズに至るまで、「さらさ」としての表現の隅々まで目を行き届かせるプロデューサー的な視点と、神秘的なものや超越的なものを鋭敏に感じ取るセンサーを併せ持つ彼女の価値観は、どのように形成されたのだろうか。なかなか曲がつくれなかったという時期を経て制作された本作について、話を聞いた。
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1stアルバム『Inner Ocean』から曲づくりのマインドセットが変わった
─2作目のアルバムですが、つくってみていかがでしたか?
さらさ:まったく勝手がわからなかった1stアルバム『Inner Ocean』のときよりは、いい意味でプレッシャーを持ちながらできました。とはいえまだ2作目なので、模索した部分も大きかったですね。
─特にどんなところで模索しましたか?
さらさ:私にとって音楽は自然に近くて、自分の中から湧き出るものを一つひとつ掴んでいくような感覚なんです。だから、自分にはコントロールできない宇宙の流れみたいなもので曲ができないときがあって。お仕事だから曲はつくり続けなきゃいけないので、そのバランスをとることや感覚を掴むことに精一杯でした。
─前作のアルバム『Inner Ocean』のリリースが2022年の年末でしたね。
さらさ:その頃とは、曲づくりに対する気持ちがすごく変わってきました。もともとは歌うことが大好きで、ライブでステージに立っている自分をみんなに見てほしいという気持ちが強くて。カバーだと見てもらえないから、曲をつくろうというところから始まってるので、曲づくりは全然好きじゃなかったんです。
─歌いたいという気持ちが先だったんですね。
さらさ:だからステージに立つためには、曲づくりを好きにならなきゃっていう強迫観念があったんですけど、それだと続かないとも感じていて。でも2024年に入って突然ふと、すごく調子が良くなって。どうやら去年までが天中殺だったみたいです(笑)。2023年は全然曲をつくれていないんですけど、それも必要な時間だったのかなと。今年は曲をつくるのも楽しくなったし、いい曲をつくりたいって、純粋に思うようになりました。なので、今回は曲づくりに対するマインドが変わってからできた1作目ですね。
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1990年代後半のR&Bの要素がある日本のポップシーンが好き
─収録された楽曲はどんな順番でできあがっていったんですか?
さらさ:去年の10月に“f e e l d o w n”をリリースしているけれど、アルバムをつくることになってから最初にできた曲は“祝福”ですね。周りのスタッフも気に入ってくれて、この曲を形にしていったら、次のステップが見えるかもしれないと思えました。
─アルバムの核になっているような曲なんですね。
さらさ:これまでほとんどの曲をw.a.uのKota Matsukawaとつくってきたんですけど、今回のアルバムでは、今までのようなR&Bの要素がある曲に、プラスで挑戦してみたいことがあって、“祝福”ではかねてからチェックしていた西田修大さんにアレンジャーとしてお声がけさせていただきました。もともとは曲ごとに他の方とも一緒に作っていくつもりだったけど、西田さんと初めて会ったときにすごく盛り上がったんです。「出会ったな」と思っていたら、ディレクターも「全部西田くんでいいんじゃない」って。そこからスタートしているので、そういう意味でも、アルバムの核になっていると思います。
─今回挑戦してみたかったのは、どういう部分だったんですか?
さらさ:いいポップスを作りたいってことです。結局今までに近いテイストの曲も多くなったんですけど、そこが大きな違いでしたね。
─そう思ったのはどうしてでしょう?
さらさ:UAさんとかCHARAさんとかBONNIE PINKさんとか、1990年代後半のR&Bの要素がある日本のポップシーンがめちゃくちゃ好きで。楽曲のクリエイティブがすごく光っていたと思うんです。時代が持っていた特別な勢いやパワーなのかもしれないですけど、その感じを令和に再現できないかなと、今年の初めぐらいから強く思っていました。
─その時代のポップスはもともと聴いていたんですか?
さらさ:母親がUAさんやCHARAさんを聴いていて。ミュージシャンになってから、さらに憧れるようになりました。私は音楽も好きだけど、美術やファッションも好きだから、音楽だけじゃなく、カルチャーとして捉えてもらいたいという思いが初期からあるんです。キャッチーなのに尖ってる部分があって、クリエイティブも各々のキャラが確立しているし、スタイルにもちゃんと個性があるところが、私にはシンガーソングライターとして理想的です。
─取材場所に来て早々に、今日ヘアメイクとスタイリングを担当したお二人を、さらささんから紹介されましたけど、取材のときにアーティストの方からスタッフの方を紹介されたのって、少なくとも私は初めてで。
さらさ:え⁉︎ みんなそうじゃないんだ!
─それもあってクリエイティブ全般に目を配りたい人なんだなと思っていたんですけど、今のお話を聞いてやっぱりそうなんだなあと。アートワークやステージの装飾も自身で手がけていたり、グッズも素材にまでこだわりを持っていますよね。
さらさ:やっぱり自分がいいなと思う人にお願いしたいし、自分で選ばないと責任を取れないと思っていて。グッズに関しては、自分も買い物するとき、芯がある人にお金を払いたいから、そういうところでも信頼できると感じてもらえたらと思うんです。そもそも素材や装飾について考えるのが楽しいからやっているんですけどね。
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落ち込んだときに聴いてもらえたら、幸せ
─楽曲の話に戻ると、“祝福”はどういうきっかけでできた曲なんですか?
さらさ:去年一昨年と、身内や愛犬が亡くなったり、恋人と別れたりすることが続いたんです。もちろん悲しみは感じるけど、生きるってそういうことだし、悲しみの中でも幸福を感じたり、神秘的な色の空を見ると、いつもより感動して意味を感じちゃって、それを見逃したくないと思ったりするような感覚がテーマでした。
自分のワンマンライブのときに雨が降ると、来てくださった人に対して「祝福の雨ですね」ってよく言うんです。なので「祝福」って私には身近な言葉で、日常的な別れや誰かの死をその言葉に紐づけることは、自分にとってすごくしっくりきます。
─人生の中でのさまざまな別れの感覚が含まれているんですね。
さらさ:<私たちの死をここで許して>という歌詞を書きましたけど、恋人との別れって、目の前からいなくなるという意味で小さな死みたいなものだし、身近な人が亡くなると、なんでこんなに辛いのかなって不思議なんですけど、それでいいんだと思います。人生にいつか終わりが来ると思うと、私は救われるんです。いくら失敗しても、悲しいことがあっても、絶対に終わると思えば大丈夫だなって気負わずにいられます。
─この曲は、一曲の中で「僕」「私」「私たち」と主語が移り変わりますよね。さらささんの歌は全体にエゴみたいなものの存在が色濃くないと感じるのですが、ご自身の中で、歌において「私」の存在って、どういう位置づけですか。
さらさ:自分を救って、許して、受容してくれる、もう1人の自分や大きな存在のような感覚で曲を書いていることが多くて。本当に本当の「自分」の視点で曲を書くことは少ないですね。そういう意味では、主語や視点は多面的なのかもしれないです。
─悲しみや痛みって、乗り越えたり、忘れたり、なくした方がいいものと捉えられることが多いと思うんですけど、「ブルージーに生きろ」という言葉を掲げているように、さらささんの歌は悲しみや痛みを、ただそこにあるものとして認めようとする感覚があると感じるのですが、どのように培われたのですか?
さらさ:振り返ると、苦しくて先が見えなかった時期に手を差し伸べてくれる人がいて人生が変わったし、辛いときに考えていたことが、今の自分の思想を作ってくれていると感じて。ハワイの先住民族や、太極図のように、ネガティブとポジティブ、両方同じだけの質量があるから、バランスが取れているという考え方にも共感します。
さらさ:ネガティブなことを忘れたり考えないようにした方がいいと言う人の方が、ネガティブなことを重大に捉えすぎている可能性があるかもしれないですよね。誰にでも普通にあるものだから、そんなに気負わなくてもいいと曲の中で感じてもらえたらと思うし、自分でも忘れないように曲にしているところがあります。
─“予感”の中に、<この道は続く 誰にでも起こる>という歌詞がありますけど、このアルバムを通して聴いていて、「今私が特別に傷ついている」ことについてではなくて、「みんな当たり前に傷ついてる」ことが前提になっていると感じました。
さらさ:うん、みんな傷ついていますよね。私の曲は元気なときには、思い出してもらわなくてもよくて、落ち込んだ時に聴いてもらえたら、幸せだなと思います。