メディアアートのパイオニアとして知られるナムジュン・パイクの没後20年展が、7月19日(日)から11月23日(月・祝)まで、ワタリウム美術館で開催されている。『じゅげむ展』と題された同展を、アーティストでライターの中島晴矢がレポートする。
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テクノロジーとアートを結びつけた先駆者
ワタリウム美術館で『没後20年 ナムジュン・パイク|じゅげむ展』を観てきた。エントランスにはアンティークテレビで形成されたゲートが設置されている。足を運んでみて、そういえば10年前に没後10年展もここで観たことを思い出した。
もともと、ワタリウムは生前からパイクとの関係が深い美術館である。1978年に前身のギャルリー・ワタリでパイクの個展『ジョン・ケージに捧げる』を開催。1984年にヨーゼフ・ボイスとパイクの二人展も開催されている。1993年にはワタリウム美術館で個展『パイク地球論』が開催され、本展にも展示している『ケージの森 / 森の啓示』や『ロボットK-567』が出品された。さらに2016年に没後10年展として『2020年 笑っているのは誰?+?=??』が開かれ、今回で没後20年ということになる。
AIをはじめとするデジタル技術が進歩し、いわゆるメディアアートが多様に展開されている現在、ナムジュン・パイクはそのパイオニアとして改めて振り返るべきアーティストだ。テクノロジーとアートを最初期から結びつけ、実験的な作品の数々を制作してきた。そんなビデオアートの原点を見つめることで、今の状況に対する新たな視点も浮かぶのではないか。

1932年7月20日ソウル生まれ。日本で美学を、ドイツで音楽を学んだ後、1961年にフルクサスの活動に加わる。1963年より、TVやビデオなどのメディアを初めてアートに取り入れた「メディアアート」を創始し、テクノロジーと東洋の思想を融合させ、テレビと人間、テクノロジーと自然を対立させるのではなく、融合させるような作品を制作。1993年、第45回ヴェネチア・ビエンナーレにて金獅子賞を受賞。2006年1月29日マイアミの自宅にて逝去。
写真:「ケージの森 / 森の啓示」の前に立つナムジュン・パイク(1993年) / 撮影:坂田栄一郎
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森のなかに光る、いくつものブラウン管テレビ
念のためおさらいしておくと、ナムジュン・パイクは韓国出身のアーティスト。朝鮮戦争を避けて日本に移り、東京大学で学んだ後、ドイツへ渡って前衛音楽の世界に入る。そこでジョン・ケージらと出会いフルクサスに参加。やがてテレビやビデオという新しいメディアに目をつけた。「ビデオアートの父」と呼ばれるが、オブジェからインスタレーションまで、その媒体は多岐にわたる。
実際に今回の展示も、映像を観るというよりパイクの総合芸術を体験する感覚に近い。とにかく目玉は『ケージの森 / 森の啓示』の空間である。『TVガーデン』の手法を発展させた本作は、ワタリウムの内部に本物の森を作り上げた。床には一面ウッドチップが敷かれ、フェイクじゃないリアルな植物が植えられている。美術館のなかで生物を扱うのは苦労するはずだ。

そして、茂みのところどころにブラウン管テレビを多数配置。映っているのは、禅宗の寺を訪問した際に撮影されたビデオだったり、パフォーマンスやインタビューの記録動画だったりする。こうした「自然と人工」の共存がメディアアートのずっと夢見るユートピアだ。TOKYO NODEで開催中のトニー・アウスラーの個展でも、最後の部屋は映像で投影された自然界のインスタレーションだった。それらはまさに「デジタルネイチャー」(落合陽一)を体現する作品だろう。こうした情報環境のあり方を、パイクは先駆的に可視化して提示したアーティストだ。
あと話が逸れるかもしれないが、ビデオがサイケデリックなのもいい。そのドラッギーなビジョンからは、ヒッピー文化などに連なる、カウンターカルチャーとしてのPC文化を見てとることもできる。さらにそこに生命や宇宙、時間といった壮大な視点が加わり、ドローイングに描かれたようなスピリチュアルな世界が展開されるのだ。「禅」や「輪廻」も含めて、こういう東洋的な思想家の側面があるからパイクは奥深い。
