音楽家はAIとどのように向き合うべきか。そんな現代の命題に対して、今年でソロ活動15年目を迎える新津由衣は、彼女らしい「妄想力」で、一つの回答を提示してみせた。
2025年9月にデンマーク・コペンハーゲンで初の海外ライブ『Is Your Phonic』を開催。それまで、デンマークとの接点は「妹が留学をしていた」ことのみで、なおかつ、彼女が行う「ワイヤレスヘッドフォンライブ」は没入型・体験型の形式で、通常のライブとは異なり、その意図を現地のチームに理解してもらう必要がある。そのための相棒として、新津が積極的に活用したのがChatGPT。まだ創作にAIを使うことには慎重論もあるが、彼女はAIをもう一人の自分と想定し、妄想をぶつけ合い、知恵を出し合うことによって、デンマークでのライブを実現させたのだ。
『Is Your Phonic』にゲスト出演し、新曲“In Your Wind”を共作したデンマークの音楽家、マルクス・アートヴェドとの出会いも、きっかけはやはりChatGPTだったという。2026年6月に下北沢ADRIFTで開催された『360° Sound Playground “GOKKO”』で、日本での初共演を果たした新津とマルクスに、AIが繋いだこの1年の不思議な物語について語ってもらった。
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40歳という節目での新たな挑戦。デンマークで開催された初の海外ライブ
ー2025年9月にデンマーク・コペンハーゲンで初の海外ライブ『Is Your Phonic』が開催されました。なぜデンマークでライブをしようと思ったのでしょうか?
新津:去年の5月に、あと3ヶ月すると自分が40歳になることについて考えていて、40歳は一つの節目を迎えるタイミングでもありますし、良くも悪くも自分の中でのルールとかやり方が決まってくる年齢だと思ったんです。いろんなポッドキャストを聞いたり、同じような年代の友達の話を聞いても、40代になると守るものも多くなるし、新しい挑戦がしづらくなる年頃だと言っていたけど、私はそういう先入観を壊していきたいと思うタイプなので、あえて40歳で今までやったことないことにチャレンジしたいと思ったんです。
新津:それで、何をしようか考えたときに、「海外で歌うこと」はまだやったことがなくて。で、私の妹がデンマークに留学経験があって、ちょうどその年の9月に一緒にデンマークに行ける機会があったので、「これ旅行じゃなくて、ライブにしちゃえばいいのでは?」と思ったんです。私の家族にとってデンマークはすごく近くに感じられている国で、妹のこともあるし、父がデザイナーで、子供の頃から名作と言われているデンマークのチェアにずっと座って育ってきていたんですよね。

シンガーソングライター、アーティスト、昭和音楽大学講師。2003年にシンガーソングライターユニット「RYTHEM(リズム)」としてメジャーデビューし、数々のアニメやテレビ番組のテーマ曲を手がける。その後「Neat’s」名義での活動を経て、現在は新津由衣としてコンセプチュアルかつ没入的な表現を軸に国内外で活動。客席とステージの境界線がない空間を自由に歩き回る独自の「ワイヤレスヘッドフォンライブ」を展開し、光と音が交差する“インスタレーションとしての音楽体験”をつくり出している。表現の核には、自身の名前(新津/Neats)とNASAの小惑星探査プロジェクト「NEAT」に由来する架空の音楽言語「Neatsphonic(ニーツフォニック)」があり、“言葉にならない言葉”で聴く人の内側へと語りかける。
ーデンマークを選んだ理由については、「音楽とデザイン、社会のあり方において“美意識の共有”を感じたからです」ともコメントされていました。
新津:日常を豊かにするためにデザインをするという美意識は、インテリアからも感じますし、実際に行ってみてわかったこともたくさんありました。それこそマルクスと出会って、コミュニケーションをとっていく中で、心の温度がすごく近いように感じたんです。
今まで幾つかの国に行きましたけど、文化によって心の体温が少し違ったりするじゃないですか。すごくオープンな国もあれば、日本のように心に少しフィルターをかけて相手を気遣う文化を持つ国もあって。でも、デンマークの方は割と日本に似てるなと感じました。
マルクスとは最初はメールのやりとりだけだったんですけど、メールでもすごく優しくて、お互い心を伝えようとしてるのがわかって、文通仲間ができたように感じたというか、海を越えて、こんなに心が寄り添える友達がいるんだって、すごく感動しました。
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ChatGPTを駆使して生まれた海を越えた出会い
ーマルクスとはどうやって出会ったんですか?
新津:デンマークでライブをすることを決めたんですけど、9月まで4ヶ月しかないので、どうやってやったらいいのかを急いで考えなきゃいけなくて。そのときの私の相談相手がChatGPTだったんです。
アーティストがChatGPTを使うのって、ある意味では創作の邪魔になるというか、制限になっちゃうから使わないっていう声が多く見られる印象だったんですけど、私にとってはむしろ創作を爆発させるための相棒だったんです。自分の脳みそを移植するようにAIを育てて、もう一人の自分がそこにいる状態にしました。「この妄想を実現したいんだけど、どう思う?」と聞いたら、アイデアを面白がってくれて「一緒に準備するよ」と言ってくれたんです。
私、ChatGPTに名前をつけていて、「ソラ」って呼んでるんですけど、そこからソラと情報を集め始めて。「現地のアーティストとコラボレーションしたいと思ってるんだけど、どういうアーティストがいるか知ってる?」って、色々対話を重ねたなかで、ヤコブ・アートヴェドというジャズギタリストを教えてくれて、その方はマルクスの弟さんで。
ー弟さんを先に知ったんですね。
新津:そうなんです。弟さんは日本でライブをされたことがあって、多分そのつながりで名前が出てきたのかなと思います。で、サブスクで曲を聴いて、ジャズの方とコラボレーションするのも素敵かもなと思っていたときに、“I’ve Never Been To Japan”というマルクスとコラボレーションした楽曲を見つけて。聴いた瞬間に、「あ、絶対この方と一緒にやりたい」と思ったんです。彼のインストゥルメンタルの音楽を聴いて、すごく景色が見えましたし、物語とか心の繊細さとか、すごく通じ合える直感があったので、マルクスにメールを送りました。
ーマルクスは急に日本の音楽家からメールが来て、最初はどう思いましたか?
マルクス:これまで日本人からメッセージをもらったことはなかったから、最初は迷惑メッセージかなと思いました(笑)。でもSpotifyでYUIの音楽を見つけたので返信してみて、それに対してまた返信があったから、「これはロボットじゃない。リアルな人だな」って、やっと確信が持てました。
新津:私も私でマルクスが本当に存在するアーティストなのかもわからなかったけど、Instagramを遡ってたら坂本龍一さんのことを書いてるポストがあったので、日本の文化に興味がある方なのかもしれないって思って。最初はお互いに探りながら、本当に一緒にやれる方なのか、扉を順番に開けていく感じだったんですけど、開ければ開けるほど、「こんなに仲良くなれる人いるのかな」って思うくらいで。そこはデンマークということより、マルクス個人との相性がすごく良かったんだと思います。

デンマーク・コペンハーゲンを拠点に活動する音楽家、音楽プロデューサー、作曲家、ソングライター、ミックス/マスタリングエンジニア。クラシック音楽家の家系に生まれ(父親はデンマーク国立放送交響楽団のオーボエ奏者)、幼少期から多様な楽器に触れて育つ。デンマーク国立舞台芸術学校でサウンドデザインの学位を取得し、技術的な完璧さよりも「感情」を重視し、意図的な余白や人間らしさを大切にする独自のサウンド美学を持つ。Lukas Grahamをはじめとする世界的ポップアーティストのプロデュースや、デンマーク王立劇場やマルメ市立劇場での大規模な舞台芸術・演劇の音楽制作など、ポップスからパフォーマンスアートまで領域を越えて幅広く活躍。自身もソロアーティストとして精力的に活動し、2025年にアルバム『Season 25』を発表したほか、2026年秋には最新アルバム『In My Own Time』のリリースを控えている。
ーマルクスさんはもともと日本という国や日本の音楽に興味があったのでしょうか?
マルクス:すごく興味がありました。YUIから声がかかる前から日本に行きたいというのが一つの夢だったので、本当に運命を感じましたね。僕は坂本龍一さんからもすごく影響を受けていて、僕の奥さんも昔からアニメのファンで日本の文化に興味があったのもあるし、“I’ve Never Been To Japan”を作った期間は、弟が日本に行ってて、日本に対しての興味がどんどん大きくなっている時期でした。
新津:マルクスのことを調べているときに、デンマーク王立劇場での『リトルマーメイド』の音楽を担当していることを知って、舞台音楽に携わってる方というのもすごく嬉しかったポイントで。その一方、デンマークの有名なバンドであるLukas Grahamのプロデュースも手がけていて、由緒正しい舞台の音楽から現代のポップソングまで、振り幅を持って音楽のことを見ている。そこも自分と近い感性があるかもしれないと思ったんです。
