『ハッピーアワー』(2015年)、『ドライブ・マイ・カー』(2021年)『悪は存在しない』(2023年)などの作品が、国内外で高い評価を獲得し、映画ファンから圧倒的な支持を集める映画監督・濱口竜介。最新作『急に具合が悪くなる』は、『第79回カンヌ国際映画祭』でも話題となり、主演のヴィルジニー・エフィラと岡本多緒が揃って「最優秀女優賞」を獲得した。
そんな濱口監督の作品は、ときに長尺で、哲学的な会話を含むような作風ながら、不思議と観客を惹きつける「キャッチーさ」を内包している。その魅力の秘密はどこにあるのか?
最新作『急に具合が悪くなる』の公開を機に、彼のキャッチーさの秘密に迫った。インタビューで濱口が明かしたのは、シネフィル作家としての姿ではなく、「一人の観客」としての顔だった。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
INDEX
出発点は「映画を知らなかった頃の自分」。作家が見つめる、観客との距離感
―今回、『急に具合が悪くなる』の話の前に、濱口さんにお聞きしたかったことがあります。ご自身がしっくり来ない可能性もありますが、濱口さんの映画には「不思議なキャッチーさ」があると感じるんですよ。
濱口:不思議なキャッチーさ(笑)! それは、ありがとうございます。

1978年12月16日、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』が高い評価を得る。2015年、映像ワークショップに参加した演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』が、ロカルノなど国際映画祭で主要賞を受賞。『偶然と想像』(2021年)が『ベルリン国際映画祭』で「銀熊賞」(審査員大賞)受賞。『ドライブ・マイ・カー』(2021年)が『カンヌ国際映画祭』で「脚本賞」をはじめ4冠、『米アカデミー賞®』で「国際長編映画賞」を受賞。『悪は存在しない』(2024年)は『ヴェネチア国際映画祭』で「銀獅子賞」(審査員賞)を受賞、この受賞により『米アカデミー賞®』と世界三大映画祭すべてで主要賞受賞を果たした黒澤明以来2人目の日本人監督となる。最新作『急に具合が悪くなる』は、『第79回カンヌ国際映画祭』で「最優秀女優賞」を受賞。
―私がある場所で、「濱口さんの映画って、なんか不思議なキャッチーさがある」と、ポロっと言ったんです。そしたら、そこにいた知人たちが「すごいわかる」と、ひと盛り上がりしたことがあって。今回はその秘密を濱口さんに直接、伺ってみたいなと思いました。
濱口:キャッチーじゃなさそうなのにってことですね(笑)。
―そうです(笑)。『急に具合が悪くなる』も196分ですが、上映時間の長い作品も多く、かつ哲学的なセリフのやりとりが交わされたりする。世間の評価として、いわゆる「難解な作家の映画」と見られることも多いと思いますが、なぜか映画の世界に入っていきやすいというか、不思議と広く届く力がある。しかしそれは、いわゆるスペクタクルとは別のキャッチーさだと思うんです。
濱口:(イスに座り直しながら)たしかに、なんかあると思いますよ……自分自身も結局、一人の観客であるっていうのがまず大きいと思います。キャッチーなところがあると、どれだけ観るのが楽か、というのを経験として知っているので。もちろん映画をたくさん観ていくと、「こういうところもキャッチーなんだ」というように、細部のキャッチーさを発見できることもあるんです。でも、もちろんそういうふうに観る観客は多くはないので、一体どうやって多くの観客に「この映画の世界に入ってもらえるか」っていうのは、考えますね。
フリーの映画監督にとって、一本一本が勝負だから、というのもあると思います。一本、(興行的に)失敗をしたら、どうも次を撮らせてもらえるかはわからないものらしい。そういう状況もあるにはあるので、観客におもしろいと感じてもらえるかは当然、大事ですね。単に自分がやりたいことだけやっている、というわけでもない。

濱口:じゃあ、「これならいける」って思う瞬間はどこにあるのかと言うと……。さっきも言ったように一人の観客として、「これならいける……!」と自分自身が思える瞬間を、物語の素材を選択する際にひたすら繰り返している、という感じだと思います。
ある程度、映画に詳しくなり、映画を観る目が養われるようになったけれども、かつての自分は決してそうではなかったわけです。結局、そこが出発点であって、そこに戻って、「あの頃の自分にもわかるか」「楽しめるか」みたいな感覚は持っていると思いますね。
―「あの頃の自分」というのは。
濱口:映画について詳しく知らなかった頃の自分にも照らし合わせてわかるように、ということですかね。少なくとも単に「これがいいものである」とされているというだけの理由で、当時の自分が理解できなかったような作品を作ったら、その頃の自分に笑われるような感覚は持ってます。
―著書『他なる映画と 1』(著:濱口竜介 / 発行:インスクリプト / 2024年)も、いわゆる「わからない映画」を観ていて寝てしまった経験の話からはじまりますよね。その頃のご自身が体験として大きいということですね。
濱口:いやいや、寝ることは現在もガンガンありますから(笑)。むしろ40代になって昼食後に見るときとかは、必ず寝ると言ってもいい。
