MUSIC AWARDS JAPAN(以下MAJ)の第2回授賞式が6月13日(土)に開催された。「世界とつながり、音楽の未来を灯す」を理念に掲げ、日本の音楽を世界へ発信する国際音楽賞として始まったアワードである。しかし、2026年は昨年以上にさまざまな意見が渦巻いている。「ノミネートや受賞アーティストが一部に偏っているのではないか」「政治との距離感は適切なのか」——。それら一つひとつの意見には共感できるものが多い。だが、さまざまな議論が同時に噴出しているからこそ、かえって論点の所在が見えにくくなっているのも事実だ。そもそもMAJとは何を目指した賞なのか? 個別の賛否を論じる前に、まずはその前提から整理してみよう。
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音楽賞には「代表選抜型」と「発見型」がある
音楽賞にはさまざまな役割があるが、本稿では便宜上、大きく二つに分けて考えてみたい。一つは、その年や時代を代表する作品・アーティストを顕彰する「代表選抜型」の賞。もう一つは、まだ十分に知られていない価値を掘り起こし、社会へ提示する「発見型」の賞である。前者には、アメリカのグラミー賞やイギリスの BRIT Awards、韓国のMAMA AWARDSなどが挙げられる。これらの賞が重視するのは、その国や地域の音楽シーン全体を象徴する存在を選び、広く社会や世界へ提示することだ。一方、イギリスのMercury Prizeや韓国大衆音楽賞などは後者に属する。市場規模や知名度がまったく考慮されないわけではないが、重視されるのは、新しい表現や時代の兆候をいかに見出し、社会へ提示するかという視点だ。
実はここ10年ほど、メディアによる、この「発見型」の賞やアワードが増加傾向にある。ストリーミングサービスSpotifyによる「Early Noise」、音楽メディア『Rolling Stone』の「Future 25」や『Spincoaster』の「SPOTLIGHT」、よりインディペンデントの領域では「APPLE VINEGAR MUSIC AWARD」や「TOKYO ALTER MUSIC AWARD」、さらに「TuneCore Japan INDEPENDENT ARTIST 100」など、さまざまな形態の企画が増え続けているのだ。背景には、ストリーミング時代特有の環境変化があるだろう。かつては限られたメディアやレコードショップが「何を聴くべきか」を提示していた。しかし現在は、誰もが膨大な楽曲にアクセスできる一方で、「選択肢が多すぎて何を聴けばいいのか分からない」という状況も生まれている。その中で、メディアやキュレーター、アワードには、まだ十分に見出されていない価値を発見し社会へ提示することが求められるようになってきている。
そう考えると、MAJに対する物足りなさを指摘する声も、理解できなくはない。音楽好きのリスナーであれば特に、求めているのは「発見の興奮」だからだ。たとえば、日本のラップシーンは現在も次々と新たなスターが登場し、スタイルや価値観が更新され続けている。その中で、「最優秀ヒップホップ / ラップアーティスト賞」や「最優秀ヒップホップ / ラップ楽曲賞」をCreepy Nutsが2年連続で受賞したことに対し、「シーンの現在地を十分に反映しているのか」という疑問の声が多数あがった。こうした違和感は、「もっと新しい価値に光を当ててほしい」という期待のあらわれでもあるだろう。

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「今の日本の音楽」を提示するショーケースとしての成否
ただ、その不満をそのままMAJの欠点と考えてよいのだろうか。むしろそこには、異なる種類の音楽賞に対する期待が重なっているようにも見える。ここで改めて確認したいのは、MAJがどのような目的のもとで設計されているのかという点だ。実際、MAJの設立にあたってはグラミー賞が意識されており、主催側も「日本の音楽を世界へ発信する国際音楽賞」と位置づけている。そう考えると、この賞の中心にあるのは、新しい才能や価値を発見することよりも、日本の音楽シーン全体を国内外へ提示することにある。つまりMAJは、発見の機能を主軸とした賞というよりも、国際発信と産業振興を担うショーケースとして構想されているのだ。
同じく近い位置づけのBRIT AwardsやMAMA AWARDSは、いわば音楽版の万博である。この国・地域の音楽は今こうなっている。このようなアーティストがいて、このようなジャンルがあり、このような文化が育っている——。そうした全体像を国内外へ示すための、ショーケースだ。だからこそMAJを評価する際にまず問うべきなのは、「今の日本音楽をどのような物語として世界へ提示できたか」である。その点こそが、MAJというアワードの成否を測るための、最も重要な視点なのだろう。
その観点から見た際、MAJにはすでにいくつかの可能性が見え始めている。第一に、業界横断の合意形成。レコード会社、マネジメント、出版社、ライブ業界など、これまでそれぞれの論理で動いてきた日本の音楽産業が、「今の日本音楽」を共同で選び出す場をつくった意義は小さくないはずだ。第二に、日本の音楽をひとつのパッケージとして提示できる可能性。海外から見れば、藤井風、YOASOBI、Creepy Nuts、Adoといったアーティストから、演歌、ヒップホップ、ボカロ、アニメソングといったジャンルまで、それぞれが異なる文脈の中に存在している。MAJは、それらを「日本音楽」という大きな枠組みのもとで見せることができるかもしれない。第三に、海外メディアや海外リスナーにとっての入口になりうること。グラミー賞がアメリカ音楽への、MAMA AWARDSがK-POPへの窓口であるように、MAJもまた日本音楽への窓口となる可能性を秘めている。