混迷を極めた言動の数々によって、各方面からキャンセルの嵐に晒され続けるYe。その彼が、当初のスケジュールを大幅に後ろ倒しして2026年3月27日に解き放った最新作『BULLY』は、国内外で大きな話題を集めた。センセーショナルな言動や、それに対する世間の反応というノイズをもろともせず、圧倒的なサウンドの強度を追求した一作だ。
独自のサンプリングセンスが遺憾なく発揮された本作を、音楽ライターのhiwattがレビュー。彼の作品が図らずも持ってしまった意味性と、音楽的なイノベーションの不足を補って余りある「音の良さ」を、社会的・音楽的な文脈から掘り下げる。
INDEX
Yeの作品が明らかにした、人類の「BULLY」性
タイトルトラック“BULLY”は、『ザ・シンプソンズ』のいじめっ子キャラである、ネルソンの特徴的な笑い声から始まる。日本のアニメで例えるならば、ジャイアンの「ボエ〜」をサンプリングするようなものだが、そこには人間が持つピュアな暴力性や残虐性が内包されている。その発想元となったのは、Yeの息子であるセイント・ウエストが、一緒に遊んでいた子どもを蹴ったというエピソードなのだが、なぜ蹴ったのかとYeが尋ねると、セイントは「(相手が)弱いから」と答えたという。この普遍的なヒューマニティーは、子ども特有のものではなく、大人になったからといって減衰するものではない。誰しもが内に持ち続ける性質だ。Yeに関して言えば、プライベートなトラブルや、自身が抱えるとされる双極性障害の影響もあって、ときにその性質が表出しやすい人物であるのは間違いない。
もう手遅れだ、俺のシステムは暴走している
誰かをボコボコにしてやりたい気分だ
BULLY(いじめっ子)のように
(“BULLY”より)
それ故に2022年以降のナチズムを礼賛する言動や、『BULLY』初版をリリースした直後の、“HH”のリリースなど、到底肯定し難く、理解に苦しむあれやこれやがあった。そして、世界中から非難を受けることとなり、コラボレーション企業やスポンサーからもキャンセルされた。いや、され続けている。因果応報とはいえ、その報いは一個人が受けるにはあまりに大きい。中には受けて然るべき正当な罰とは言えないものだってある。ある種、Yeは世界中からBullyingを受け続けていると言える。皮肉にも、『BULLY』はYeの暴力性だけでなく、それが普遍的に人類が持ちうる性(さが)だと表象する結果になった。
奴らは俺がファンタジーを体現していることに腹を立てる
俺が本音を口にするたび、空に浮かぶ城がすべて崩れ落ちてくる
(“BULLY”より)
騒乱を経て、2025年11月にはニューヨークの教会でラビ(ユダヤ教の司祭)に懺悔し、2026年1月に『ウォール・ストリート・ジャーナル』の一面広告にて公式に謝罪。ようやく3月27日に『BULLY』の公式リリースとなったわけだが、赦しを得る道のりは長い。先日には、『Wireless Festival』のヘッドライナーとしての英国公演を問題視した英国政府が、Yeの入国拒否を発表し、ポーランド公演も中止、フランス公演も延期に。それでも、彼は誠意を示し続けている。今のところは。
誰もが皆、俺のエゴを抑え込むべきだと決めつける
でも俺は絶対に手放さない
すべてから目を背けて
(“BULLY”より)