もしや、世界の終わりはすぐそこまで来ているのではないか。日々緊迫する世界情勢、いつまでも終わらないどころか混迷を極める戦争と紛争、現実社会に飽き足らずオンラインでも対立を深める人々――。
映画『サンキュー、チャック』(原題:The Life of Chuck)は、稀代のストーリーテラーたちが、そんな時代に贈ってくれた「希望のしるし」と言えるのかもしれない。
未曾有の自然災害が地球を襲い、あらゆる通信手段が絶たれ、いよいよ人類最後の瞬間が迫るなか、街頭やテレビ、ラジオに謎の広告が突然現れた。
「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」
カメラに向かって微笑む男・チャックとは何者なのか、そして感謝の意味とは? 大スケールの「終末劇」が、登場人物たちのささやかな会話を通して解き明かされた先には、思いがけず優しいサプライズが待っている。
タイトルロールのチャック役は、『アベンジャーズ』シリーズのロキ役などで知られるトム・ヒドルストン。本作の脚本を一読し、「僕が長年信じてきたことや、俳優になった理由を表現しているような映画だ」と出演を快諾したという。
脚本への深い洞察に裏打ちされた、確かな演技力で知られる名優が、映画に込められたメッセージと役づくりのアプローチを語ってくれた。
※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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謎めいた物語に「宇宙」が広がる
原作は『IT / イット』シリーズで知られる巨匠スティーヴン・キング。ホラーの巨匠として知られるが、原作小説『チャックの数奇な人生(The Life of Chuck)』は『ショーシャンクの空に』(1994年)や『グリーンマイル』(1999年)などにも通じる優しく切ない一編だ。
監督は『ドクター・スリープ』(2019年)などでキング作品の映画化を手がけてきたマイク・フラナガン。2020年、コロナ禍の「本当に世界が終わりそうな感覚があった」さなかに原作を読んで心をつかまれ、「あの時代にふさわしく、現在や20年後にも必要な物語」だと確信して映画化を決めたという。
―脚本を読み、チャックという人物をどう演じようと考えましたか?
ヒドルストン:まずは何よりも、スティーヴン・キングとマイク・フラナガンが伝えようとしている、深い洞察に満ちたメッセージを理解したいと思いました。
人の魂には、それぞれの宇宙が広がっていて、そこには現実の絆もあれば、心の中にだけある大切な繋がりも息づいています。愛する人たちとの分かち合った記憶、好きな音楽や文学、芸術……そして、そこには希望や夢だけじゃなく、喪失感や痛みもしっかりと刻み込まれているんです。
チャックは、僕たちと何も変わらない、平凡な人生を送るごく普通の男です。でも、だからこそ彼もまたかけがえのない唯一無二の人間です。人生の広がり、複雑さなど、僕たち「一人ひとり」の生そのものを映し出しているような気がします。どんな人生も尊くて、儚い。だからこそ、愛する人たちと味わう喜びも、苦い経験も、そのすべてを同じように等しく祝福すること。それこそが、この映画のメッセージではないかと受け止めています。

1981 年、イギリス、ロンドン生まれ。『マイティ・ソー』の主人公ソーの弟ロキ役で爆発的な人気を獲得、ロキとして『アベンジャーズ』シリーズでも活躍する。ロキを主人公とした TV シリーズ「ロキ」では、製作総指揮も務める。2026 年末に公開予定の最新作『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』にも出演する。その他の主な出演作は、スティーヴン・スピルバーグ監督の『戦火の馬』、『ミッドナイト・イン・パリ』、ジム・ジャームッシュ監督の『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』、ギレルモ・デル・トロ監督の『クリムゾン・ピーク』、『アイ・ソー・ザ・ライト』、『ハイ・ライズ』、ゴールデン・グローブ賞を受賞し、エミー賞にノミネートされた「ナイト・マネジャー」、『キングコング:髑髏島の巨神』など。
劇中では、ヒドルストンを含む4人の俳優が「チャック」という存在を演じている。ヒドルストンが演じるのはその中年期で、フラナガン監督が「最も重要なシーンのひとつ」と呼ぶダンスシーンを演じるため、撮影前から6週間におよぶ特訓を積んだ。
―チャックを演じるうえで、もっとも大切にしていたことは?
ヒドルストン:僕が演じたチャックは、グレーのスーツにネクタイを締めた、いかにもおとなしそうな風貌の会計士です。ところが、会議に向かう途中、ストリートで演奏しているドラマーの前を通りかかると、突然ブリーフケースを置き、衝動に身を任せて踊り出してしまう。
それは誰かに言われたり、強制されるようなものではなく、心の底から湧き上がる純粋な喜びの表現なんです。だからこそ、この映画における自分の最大の役割は「踊ること」だと、最初から確信していました。

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コロナ禍から現在へ続く、終末のリアリティ
コロナ禍に始動した映画化のプロジェクトは、世界情勢がますます緊迫する2023年に本格始動し、同年に撮影が実施された。アメリカで劇場公開されたのは、さらに約2年後の2025年6月のことだ。
―撮影が終わったあとも、世界は激しく変化しています。この映画がいま観られることを、どのように感じていますか?
ヒドルストン:そうですね……とりわけ映画の第3章が、観てくださる皆さんの心に深く響いているな、と肌で感じています。世界の終わりのような状況なのに、驚くほど日常的で、ゆるやかな時間が流れていく。そんな日々に、人々はなんとか向き合おうとしているんですよね。
あらゆる気候災害や内紛に見舞われ、テクノロジーが機能を停止する。この物語がこれほど共感を呼ぶのは、コロナ禍のパンデミックを経て、誰もが孤立感や「社会生活が停止する感覚」を実際に経験したからだと思うんです。それに、今まさに世界中が大きな不安に包まれていて、深い分断も生まれている。だからこそ、この作品がより一層、切実に響くのではないでしょうか。
映画の第3章では、高校教師のマーティー(キウェテル・イジョフォー)が、看護師の元妻フェリシア(カレン・ギラン)とともに、異変が続く終末の世界で最後の時間を過ごす。ヒドルストンは、この決して明るくはない物語によって「希望」を語ろうとしている。
ヒドルストン:痛みや喪失、悲しみ、そして明日がどうなるのかわからない不安――そういったネガティブな感情も含めて、すべてが「生きる」ということ、つまり人生の一部なんです。この映画を通して、それが伝わることを願っています。そして、もちろん、喜びもまた、間違いなく「生きる」ことの一部です。痛みも喜びも、はじめから人生に組み込まれているもので、どちらか片方だけを避けて生きていくことなんて、誰にもできないんですよね。

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「終わり」に見える希望
―この時代に、ヒドルストンさん自身は「死」や「終末」をどのように捉えていますか。
ヒドルストン:実は……病的だと思われたくないのですが、僕はいつも死について考えています。死を考えるたび、自分のなかに「生への感謝」が湧き上がってくるんです。生きることは楽しく、祝福されるべきものであり、生への本能は輝かしく、常に信じて従うべきものだと思えます。
それは、「誰かとつながりたい、分かち合いたい、祝福したい」という欲求や、「人生の広がりや複雑さをまるごと理解したい」という好奇心。この命が終わるとき、こうした体験もすべて終わるのだとわかっているからです。
―「終わり」を意識することで、「生」への捉え方も変わるということですね。
ヒドルストン:ええ。もちろん、人生は非常に困難なものになりえますし、実際にその通りです。でも、その事実を受け入れること自体が、きっと安心や励ましになるはずなんですよね。
今回、チャックの人生を演じたことで、僕は深く学びました。「自分の人生には、愛するものがたくさんあるんだ」と気づいたんです。愛する人がたくさんいて、大好きなこともたくさんある。だからどんなに困難でも、生きることは魅力的で、死ぬよりもずっと素晴らしい。自分の人生を「生きるに値するもの」にしてくれるすべてのものに感謝したいと思うんです。

『サンキュー、チャック』(原題:The Life of Chuck)

出演:トム・ヒドルストン、キウェテル・イジョフォー、カレン・ギラン、ジェイコブ・トレンブレイ、マーク・ハミル
監督・脚本:マイク・フラナガン『ドクター・スリープ』
原作:スティーヴン・キング配給:ギャガ、松竹
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