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なにかがおかしい、森美術館『ロン・ミュエク』展。違和感を身体で感じる鑑賞体験

2026.5.20

#ART

ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005 年、所蔵:カルティエ現代美術財団 / 展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館、2026 年)
ロン・ミュエク『マス』(2016-2017 年)所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018 年フェルトン遺贈、展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館、2026 年

展示室に入った瞬間、なにかがおかしい。

目の前にいる「人間」が、人間のサイズではない。小さすぎる、あるいは大きすぎる。その違和感に、身体が自ずと反応する。そう、ロン・ミュエクの彫刻は、視覚だけでなく、鑑賞者の身体感覚に触れてくるのだ。

東京・六本木ヒルズの森美術館で開幕した『ロン・ミュエク』展。1958年オーストラリア生まれ、現在はイギリスを拠点に活動する現代アーティストの回顧展だ。十和田市現代美術館にある4メートルを超える巨大な女性像『スタンディング・ウーマン』の作者といえば、思い出す人もいるかもしれない。

約18年ぶりとなる日本での大規模個展――それがこのタイミング、この2026年に開かれることは偶然ではないように思う。生成AIが言葉も画像も瞬時に生み出し、スクリーン越しの体験が当たり前になった今だからこそ、「身体が先に反応する」という体験は特別な意味を持つ。そんな全身がざわつく展覧会の模様をレポートする。

日本初公開の6作品を含む 、約18年ぶりの大規模個展

最初の展示室に入った瞬間に感じる「あれ?」という感覚を、ぜひ、みなさんに味わっていただきたいと思う。

ロン・ミュエク『枝を持つ女』(2009年) / 所蔵:カルティエ現代美術財団 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

入ってすぐ、小さな女性像が大量の木の枝を持ち上げている。髪は無造作に束ねられ、腕には枝に引っ掛けたような傷がみられる。

なぜ服をきていないのだろう。なぜこんな体勢なのだろう。違和感の正体はそれだけではない。実際の人間よりかなり小さいこの像は、どこか可愛らしい。おとぎ話のワンシーンのようにも見える。

ロン・ミュエク『枝を持つ女』(2009年) / 所蔵:カルティエ現代美術財団(※『ロン・ミュエク』韓国国立現代美術館ソウル館(2025年)での展示風景 / 撮影:ナム・キヨン / 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館)

そして突如現れる巨大な中年の女性。ベッドに横たわり、右手を頬に当て、どこか宙をぼんやりと見つめている。

ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年) / 所蔵:カルティエ現代美術財団 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

広々とした空間に、ぽつりぽつりと置かれた人物像。作品との距離が妙に遠い。近づこうとすると、足音が響く。立ち止まると空間が急に静かになる。美術館の展示というより、なにか儀式のための空間のようだ。

展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

カルティエ現代美術財団と森美術館の共催で、パリ、ミラノ、ソウルに続く巡回展となる本展には、寡作で知られるミュエク作品のなかから11点もの作品が来日し、うち6作品が日本初公開となる。

人形作家からキャリアをスタートさせたミュエクは、映像・広告の世界で活躍した後、30代でアートの世界に身を投じる。それまでに培った技術を活かし、リアルすぎるほどリアルな人物像の彫刻で、イギリスのYBAムーブメントのなかで頭角を現した。

その作品は、一見すると本物のようにリアルでありながら、どこか非現実的な違和感がつきまとう。現代アートは前提知識がないと楽しめないと思われがちだが、彼の作品はむしろ直感的に感じる力のほうが試されているようにすら思う。

スケールがずれると、視点が変わる。違和感を強調させるサイズ表現の妙

スケールのずれ、不気味なほどのリアリティ――その違和感の正体を探っていこう。

巨大な像『イン・ベッド』の前では、自分は立っているのに、横たわる女性の横顔が視線の高さにあるという、不思議な感覚に襲われる。ベッドに横たわり、右手を頬に当てて虚空を見つめる。それ自体はよくある場面のはずなのに、極めて非日常的だ。

ロン・ミュエク『イン・ベッド』(2005年) / 所蔵:カルティエ現代美術財団(※『ロン・ミュエク』韓国国立現代美術館ソウル館(2025年)での展示風景 / 撮影:ナム・キヨン / 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館)

気づけば、自分は小さなものとして、その女性を見上げることになる。その視点は部屋に迷い込んだ虫のものかもしれないし、母親のそばに寄り添う乳児のものかもしれない。

例えば自分がこの女性の子供だとしたら、視線の合わない、どこか物思いにふける母親にどう感じるだろうか。そこにいるのは、安心できる存在だろうか。このように、視点が変わることによって、女性像は全く異なる意味を帯びてくる。

ロン・ミュエク『買い物中の女』(2013年) / 所蔵:タデウス・ロパック(ロンドン・パリ・ザルツブルク・ミラノ・ソウル)/ 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

今度は等身大より少し小さな女性像を見下ろす。

両手にビニールの買い物袋を提げ、コートの前をぴったりと留め、子供を前に抱いた『買い物中の女』は、少しだけロールアップしたタイトなジーンズと、メンズライクな革靴がなんともリアルだ。

前に抱えた子供は、女性を見上げているが、女性は真っ直ぐ前を見ている。その目は虚ろで、何か遠い場所を見ているようにも見える。二人の視線が重なることはない。

ロン・ミュエク『買い物中の女』(2013年) / 所蔵:タデウス・ロパック(ロンドン・パリ・ザルツブルク・ミラノ・ソウル)(※『ロン・ミュエク』韓国国立現代美術館ソウル館(2025年)での展示風景 / 撮影:ナム・キヨン / 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館)

日常のワンシーンを切り取ったようなこの像は、街から切り離されて小さくなったことで、どこか孤独やあるいは生きづらさをより強く滲ませているように見える。等身大で街に溶け込んでいるときには気づくことのなかった、日常のなかの「なんとなく」の違和感が、今、私たちの目の前にあらわになる。

カップルに感じる違和感の正体――360°から鑑賞したい作品群

ミュエクは、人形師の家系出身で、TVや映画の特殊造形を生業にしてきた背景がある。本物のようなリアリティを持ちながら、何かおかしいと感じさせる彼の作品は、人形師ならではの視点から「人体」を写し取ったものでもある。

本展で、後ろからも見てみることをお勧めしたい作品がある。『若いカップル』、高さは90cmほどの二人の像だ。

ロン・ミュエク『若いカップル』(2013年) / 所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)/ 展示風景『ロン・ミュエク』韓国国立現代美術館ソウル館、2025 年 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

カジュアルな服装の若い男女が、肩を寄せ合って、何かをささやきあっているように見える。ありふれた、見慣れた光景のはずだが、それでもどこか「なんかおかしい」という感覚がつきまとう。

像の後ろに回ってみると、その不穏な雰囲気の理由がわかる。男性が女性の右手を掴んでいるのだ。

ロン・ミュエク『若いカップル』(2013年) / 所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)/ 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

こうした、親密そうに見える人たちが裏で抱える「何か」は、私たちの日常にも隠れているのかもしれない。「『なんかおかしい』の感覚を研ぎ澄ませ」とアーティストが警鐘を鳴らしているかのようだ。

ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年) / 個人蔵 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

『エンジェル』は1997年に制作された、ロン・ミュエクの初期の作品だ。小さな中年の男性が大きな翼を広げて、使い古した台座に腰掛けている。肘をついて、うつむき加減の男性は、少し疲れているようにも、なにかを心配しているようにも見える。疲れた中年の天使――なんだか他人事とは思えない。

ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年) / 個人蔵 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

ひげやしわ、毛の流れまで驚くほどリアルに表現された像は、本物の天使がいるとしたら、実はこんな風なのかもしれない、と思わされる。 翼を広げた後ろ姿は、どこか寂しげでもある。

ロン・ミュエク『エンジェル』(1997年) / 個人蔵 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

個性を喪失させられた頭蓋骨の彫刻の集積。「ちょっと嫌」さと対峙する鑑賞体験

本展で最大の作品が、100個の頭蓋骨からなる大規模なインスタレーション『マス』だ。森美術館の空間のために再構成されたサイトスペシフィックな作品で、今回の個展の目玉といえるだろう。

ロン・ミュエク『マス』(2016〜2017年) / 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

展示室いっぱいに広がる大きな頭蓋骨は、見る者に強烈な印象を残す。鑑賞者は、頭蓋骨の彫刻が無造作に積み重ねられた道を進んでいく。

ロン・ミュエク『マス』(2016〜2017年) / 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026

よく見ると頭蓋骨は一つひとつ異なってる。歯の本数が違ったり、ひびが入っていたり。一人の人間としての個性を感じる頭蓋骨も、積み重ねられると一人ひとりの存在感は薄れていく。無数の巨大な頭蓋骨の前で、集団の中に個人が消えていくような感覚を覚える。

ロン・ミュエク『マス』(2016〜2017年) / 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

頭蓋骨というモチーフをアーティストは以下のように捉えている。

人間の頭蓋骨は多義的な物体である。
私たちがすぐにそれだとわかる、力強く鮮烈なアイコン。
見慣れたものでありながら奇異でもあり、
私たちは拒絶しつつも、同時に惹きつけられる。
無意識のうちに私たちは注意を向けてしまうのである。

「ロン・ミュエク」展覧会カタログ、2026年、美術出版社

変わっていて面白いだけの展覧会ではない。むしろ、「ちょっと嫌だな」という感情が湧き上がる。ロン・ミュエクの作品は、私たちが日常のなかに押し込めているちょっとしんどい感情を、ありありと映し出す。そして、生や死、思春期の戸惑い、孤独や暴力――そうした私たちが目をそらしがちなテーマと対峙するきっかけを与えてくれるのだ。

ロン・ミュエク『マス』(2016〜2017年) / 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 / 展示風景『ロン・ミュエク』森美術館、2026年

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