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子供も美術ファンも楽しい『エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし』レポ

2026.5.8

#ART

世界でいちばん愛される青虫、その作者の大回顧展

おそらく世界中でいちばん愛されているイモムシ・毛虫の類は、エリック・カール作の絵本『はらぺこあおむし』の「あいつ」だろう。日常でリアルに青虫を見かけたら多くの人はギャッとなるというのに、あの『はらぺこあおむし』くんの愛されっぷりときたらすごい。ムニムニとした緑色のボディを見かけると、子どもも大人も、つい優しい目で見守ってしまうのである。ふしぎだ。

2026年の春から夏にかけて、東京都現代美術館ではそんな『はらぺこあおむし』をはじめとする絵本の作者=エリック・カールの大規模展覧会、『エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし』が開催されている。会場には絵本27冊分もの原画や、過去最多となる12点のダミーブック(構想段階で作られる絵コンテのようなもの)、画家のグラフィックデザイナー時代の作品など約180点が集結。この記事では、会場のワクワクするような雰囲気と、その見どころについてレポートしていこう。

『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

『はらぺこあおむし』の知られざる「変遷」にびっくり

全4章のうち、はじめの第1章は丸ごと『はらぺこあおむし』にあてられている。絵本の全ページの原画が展示されているので、お気に入りのページを生の色彩で堪能してみてほしい。画像は、筆者が子どもの頃大好きだった『どようび』のページだ。左端のチョコレートケーキがあまりに美味しそうで、いつまでも眺めていた記憶が鮮明に蘇る。(ちなみに、鑑賞後にミュージアムショップでこの食べ物柄のエコバッグが販売されているのを発見して歓喜の中で購入するのだが、それはおよそ90分後の話だ。)

左:エリック・カール『はらぺこあおむし』『どようび、あおむしの たべたものは なんでしょう。』(1987年 /エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

左:エリック・カール『はらぺこあおむし』『ちっぽけだった あおむしは、ほら、こんなに おおきくて ふとっちょに なったのです。』(1987年 /エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

キャプションをよく見ていくと、原画の中には1969年版のものと1987年版のものがある。どちらも味があるが、初版である1969年版では色がくすみ、紙を貼り合わせた接着剤が黄色く変色してしまっているのがわかる。解説によれば、エリック・カールは初版から18年後の再版の際、長期保存に適した画材で全ての原画を制作し直しているのだという。やっぱり絵本は目くるめく色彩が命。画家がいかに色の鮮度を大事にしていたのかが伝わってくるエピソードである。そしてその「リマスター作業」のおかげで、会場では絵本で見ていたイメージ通り、いやそれ以上のビビッドな色を楽しむことができるのだ。

エリック・カール『はらぺこあおむし』サイン付き初版本(1969年 / エリック・カール絵本美術館 / ワールド・パブリッシング・カンパニー刊) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

こちらは『はらぺこあおむし』の貴重な初版本の展示。あおむしの表情を判別するのが難しいほど、画面が暗いと感じないだろうか。1960年代当時は、印刷技術の制約で原画の持つ鮮やかさを再現することは不可能だったのだという。

エリック・カール『はらぺこあおむし』『「あっ ちょうちょ!」あおむしが きれいな ちょうに なりました』別案 (1987年 /エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

完成版の絵本と微妙に違うバージョンの作品、いわばボツ案も観られる。『はらぺこあおむし』のラストを飾る華やかな蝶の見開きページは、実際の絵本では羽の色合いがよりシンプルに明るくなっているし、中心の体の部分も黄色だ。この別案だと、あおむしが食べてきた色とりどりの食物を全てごちゃ混ぜにしたような、サイケデリックさが際立つ姿となっている(そしてちょっと怖い)。祝祭感あふれる採用バージョンの魅力を再認識しつつ、こちらの羽模様も清濁合わせ飲んだ(?)大人っぽい感じがしていいな……と思ってしまった。

エリック・カール『はらぺこあおむし』の原案となったダミーブック『みみずのウィリーのいっしゅうかん』(複製 / 1969年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

会場奥に展示されている初期案のダミーブックは衝撃的なので、ぜひ手に取って鑑賞を。『はらぺこあおむし』は構想当初、青虫ではなくミミズの話だったらしい。ミミズは変態しない。そう、なんとミミズがたくさん食べてただ太るだけという、身も蓋もない話だったのだ。エリック・カールが担当編集者と話し合う中でミミズがボツになり、代わりに青虫という存在を閃いたことで、全世界で愛され続けるこの成長物語が誕生したのである。まるまると太ってしまった緑色のミミズもまぁ、可愛いといえば可愛いけれど……。

『パパ、お月さまとって!』の幻想的な世界へ

『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

第2章から第3章では、エリック・カールの生み出した数々の絵本の原画やダミーブックが惜しみなく展示されていく。特筆すべきは、これも非常に人気の高い『パパ、お月さまとって!』のセクションだろう。全てが夜の時間帯に展開する物語らしく、展示空間全体が青い光で満たされている。さらに、壁いっぱいを使った月のフォトスポットでは記念撮影も可能だ。

メディア向け内覧会では、『パパ、お月さまとって!』セクションに特別にはらぺこあおむしくんも登場。エリック・カール2大人気作品の夢のコラボレーションの実現に、報道陣から絶え間ないシャッター音が降り注いだ。
エリック・カール『パパ、お月さまとって!』『おおきくなりました。』(1986年 /エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

ここで注目したいのは、なんといってもダミーブックのお月さまの表情である。採用された原画(右)では灰色のグラデーションで曖昧に表現されているものが、ダミーブック(左奥)では、はにかんだような困り笑顔がくっきりと描かれている。まるで『ちびまる子ちゃん』にでも出てきそうな親しみやすい表情に、「お月さま、こんな表情してたんだ……」と思わずつられ笑いしてしまった。

ご存知でしたか? ほかにもあるエリック・カールの名作たち

エリック・カール『いちばんのなかよしさん』『ふたりで おいかけっこを して』『ひみつを ひそひそ はなすように なったら』(2013年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

第2章では、日本初公開となる『いちばんのなかよしさん』の原画も要チェックだ。『いちばんのなかよしさん』は、大好きだった幼馴染の女の子と離れ離れになってしまった少年が、彼女に会うため野を越え山を越え冒険する、というストレートな愛情表現の物語。エリック・カール自身が6歳の頃にアメリカからドイツへ移住し、仲良しの幼馴染と引き裂かれてしまったという体験がベースとなっているのだそうだ。その後のエリック少年はといえば、移住したナチス政権下のドイツで抑圧にまみれた灰色の青春時代を過ごすことになる。明るく躍動的に描かれた『いちばんのなかよしさん』の少年少女には、自由だったアメリカでの幼少期を懐かしむ画家の想いが込められているようだ。なお絵本の発行後、地元新聞社の計らいでふたりは現実でも感動の再会を果たした……という素敵な後日談も添えられているので、解説パネルをお見逃しなく。

左:エリック・カール『だんまり こおろぎ』表紙(1990年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

また、数々の原画を目にする中で個人的に一番驚いたのは、『だんまり こおろぎ』の色彩の豊かさだった。正直言って子どもの頃、虫が苦手な筆者は、黒い虫が主役であるこの絵本を直視できなかった。けれど改めて美術館で出会ったこおろぎは、青や紫やライムグリーンを体全体に纏い、想像していたよりもずっと美しかった。もしかしたら、これまで自分がちゃんと見れていなかっただけで、愛をもって見つめれば生き物ってなんでも美しいのかもしれない? と、苦手意識が少しだけ揺らいだ気がする。これがアートのすごいところである。

ちなみにエリック・カール作品では、「The Very…」で始まる英語タイトルを持つ虫の物語が『はらぺこあおむし』を含めて5つ存在する。本展ではその5作品すべての原画が展示されており、彼の描く虫の世界をたっぷり堪能できるようになっている。

グラフィックデザイナーとしての仕事や、日本との関わり。知られざる一面に触れる展示も

右:エリック・カール 演劇ポスター『ガラスの動物園』(複製 / 1952年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

展示室を進んでいくと、エリック・カールが絵本作家としてデビューする前に、グラフィックデザイナーとして活躍していた頃の作品も観ることができる。右側の作品はテネシー・ウィリアムズの戯曲『ガラスの動物園』の舞台用ポスター。主人公の姉と思われる人物の、臆病で傷つきやすいキャラクターがダイレクトに伝わってくるデザインだ。エリック・カールといえば、着色した薄紙を切り貼りするコラージュ技法の作家、というイメージが強いけれど、本展ではシルクスクリーンやクレヨン画など、ほかの技法で描かれた作品にも出会えるのが面白いポイントである。

右から:エリック・カール『ありえない!』『ネズミよ ありえない だろ?』『ありゃま! しんぶんによると『ねんりょうぶそくがしんこく』』(2015年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

2015年作の『ありえない!』はエリック・カールにとって最後の絵本となった作品。『The Nonsense Show』という原題が示す通り、ナンセンスで皮肉に満ちた画面が次から次へと展開する異色の絵本である。会場では、猫に首輪をつけて散歩させるネズミや、燃料不足のため人力で歩くタクシー……などの愉快な原画を観ることができる。特に、エッサホイサと人力で歩くタクシーには忍び笑いを抑えられなかった。中東情勢の緊迫によって原油価格の高騰がリアルに話題になっているいま、他人事のような顔をしてタイヤの無いタクシーに乗っている人物の姿は、図らずも痛烈な社会風刺となって大人の心に突き刺さる。『はらぺこあおむし』のようなハートフル一色の展覧会を想像していた筆者にとって、新鮮な裏切りだった。

なお『ありえない!』は、シュルレアリスムの画家マグリット(と、自身の担当編集者)に捧げられた作品なのだそう。エリック・カールと西洋美術の巨匠の関わりについては、他にもドイツ表現主義の画家フランツ・マルクや、濃い輪郭線がトレードマークのフランスの画家フェルナン・レジェなどからの影響が示唆されている。アートファンならそこに注目して鑑賞を進めるのも興味深いだろう。

左から:エリック・カール『がんばって』『ありがとう』『だいすき』(2011年 / エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

知られざるもうひとつの一面は、エリック・カールと日本との関わりである。頑張って、ありがとう、大好き、と記されたコラージュ作品たちは、2011年の東日本大震災で被災した子どもたちに寄付するためのチャリティーオークション用に制作されたものだ。積極的に来日を重ねる親日家だったというエリック・カール。でもそれは単純に日本で彼の絵本が人気だから、というだけの理由ではないようだ。そこには、絵本を重要視し、多くの「絵本専門の美術館」を有する日本文化へのリスペクトがあった(実は、世界初の絵本専門美術館は「いわさきちひろ美術館(現ちひろ美術館・東京)」。絵本特化のミュージアムがこれだけ存在する国は世界的にレアである)。氏の度々の来日と見学を経て、2002年にめでたくアメリカ初の絵本美術館である「エリック・カール絵本美術館」が誕生したのだという。日本がエリック・カールに感銘を与えるほどの絵本大国だったとは……。これは筆者も知らなかった。

画家のアトリエをちょっと覗き見

最後の第4章では、エリック・カールのアトリエを再現した展示が待っている。コラージュ用の薄紙を着色するために、ハケや筆のほか、スポンジやカーペットの切れ端なんかも使われていたらしい。あの独特の色ムラはそんな身近なアイテムで生み出されていたのか、と驚きである。無造作に置かれたカミソリの刃は、着色後の紙を狙い通りの形に切り抜くためのもの。持ち手とか無いんだ? と、これまた驚きである。

エリック・カールの制作道具(エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年
エリック・カールの制作用の靴(エリック・カール絵本美術館) / 『エリック・カール展』展示風景 / 東京都現代美術館 / 2026年

画家が制作時に着用していた靴やスモックの実物も展示されている。制作用シューズが革靴というのがなんともオシャレだ。

展示のラストには映像コーナーがあり、エリック・カール自身による『はらぺこあおむし(英語原文)』の朗読と、コラージュの制作現場に密着した記録映像を観ることができる。とりわけ後者は、老エリック・カールのお茶目な語りも相まって非常に見応えがある。明るい「you can do it!」の言葉で締めくくられる映像を観て、このアーティストは本当に、子どもたちや見る人を元気づけ、励ますのが好きなのだな……としみじみ感じた。

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