世界には大きく分けて二種類の人間が存在する。昨日着た服と今日着る服が同じでも何ら問題がない人間と、ぎゅうぎゅうのクローゼットの前で頭を抱え、電車を乗り過ごしてまでも「今日の自分」を探し出して全身を包もうとする人間だ。そういう意味では、ん・フェニというアーティストは、身に纏うファッションのみならず、自身のアイデアや声すらも日夜その様相を変えている。つまり、特定の型に収まることなく、あくまで総体的な概念として「ん・フェニ」という一つの像を描くのだ。しかも、自分の腕のみで。
さしづめ、直近のん・フェニ像は最新作『tiered skirt』に刻まれているようだ。2022年に発表したコンプリートアルバム『N’s PAST RECORD』がファンクにパンク、さらにサーフロックと縦横無尽な作品集だったのに対し、『tiered skirt』はヘヴィなシューゲイザーを下敷きにした楽曲が並ぶようにひとまず聴こえる。しかしそれは一側面でしかなく、過去の囚われていた「可愛い」というイメージとの和解やトレンドとの距離感、そしてリアリストゆえの闘争精神など、非常に多くの感傷が込められた一枚となっている。
ん・フェニとは何者か。わからない。ただ、奔放な振る舞いと実直なキャラクターの隙間に見える圧倒的な「個」によってリスナーがエンパワーメントされるということに関しては、疑う余地がないだろう。陽だまりの中で是永日和が撮影した写真の数々と共に、『tiered skirt』のゆらめきを追って欲しい。
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ナメられたくない。でも好きなものは好きでいたい
─まず『tiered skirt』というタイトルに決めた経緯について教えてください。
ん・フェニ:そもそも、今回のアルバムはコンセプチュアルではないんです。シングルで出していた曲をギュッとまとめて、あとは新録したものを足したんですよね。なのでそれぞれの楽曲が混ざらないままに折り重なってるイメージから『tiered skirt』と名付けました。今日もちょうど穿いています。

ドリームロック、オルタナティブロックを軸とした楽曲をバンドスタイルで制作し、ライブ活動を行うソロ・アーティスト。「味の素×北欧、暮らしの道具店コラボWeb CMひとりごとエプロン」や「ABEMA Prime」EDテーマに楽曲が起用される。セルフプロデュースで活動しており、ビジュアルデザインや映像制作を自身でプロデュースしているほか、他アーティストへの楽曲提供なども行っている。主にバンドスタイルでライブ活動を展開。
─前回のインタビューではアーティストとして活動するまでの半生を主に話されていましたよね。その中で「可愛い」というイメージに回収されないように振る舞っていた過去のことも回顧されていましたが、今回『tiered skirt』というモチーフを持ち出したのは心情の変化があったのではないかと。
ん・フェニ:そうですね。「可愛い」にはどこかナメられてる感じというか……幼なくて見下されているようなニュアンスがあると思っていて、数年前は避けていたんです。一方で、普通にフリルとかリボンとかってシンプルに心惹かれるじゃないですか。それはさっき私が言った「可愛い」とは別だとは思うんですけど、いくら自分が別だと思っていても受け止められ方はコントロールできない。だから遠ざけていたんです。
ただ、今の自分の周りには凄いクリエイターさんたちがたくさんいるんです。みんな素敵なギャルで、各々の「可愛い」を自由にやっているんですよね。自分もそれによって解き放たれるというか、心理的安全性みたいなものを感じるんです。例えば「下着ってめっちゃ可愛いじゃん!」って私がヴィンテージ下着の良さをアピールしても、以前までの環境だったら性的な要素だけ切り取られてしまって、絶対にわかってもらえなかったと思うんです。ただ、今の環境なら同い年の女の子に「めっちゃいいよね!」って共感してもらえるんじゃないかと。

─先行シングルの“なにかいいことあるといいな”を発表した際には「最近“可愛い”を解禁してる中でも過去一可愛くなってしまった。棘とか毒じゃなくて、鈍器を振りかざすような部分にもしっかり気づいて欲しい」とコメントしていましたよね。
ん・フェニ:“なにかいいことあるといいな”はキーも関係していると思います。私は声が定まらないタイプで、ポッドキャストでも毎回声が違うんですよ(笑)。逆に言うと色々な歌声を出せるんですよね。例えば、この曲では私のぶりっ子としての声が出ていて。
─なるほど。
ん・フェニ:ずっとデメリットだと思っていたんです、声が定まらないって。ボーカルってドーンとカッコいい声が出るのが良いというか。今回“FRIENDS”でフューチャリングしたpavilionはまさにそういうかっこよさのあるバンドだと思うんですよね。
でも、ある時気づいたんですけど、例えば私が好きな吉澤嘉代子さんとかも声がとても変わる人なんだって。可愛いと思ったら、いきなり力強い音が出るみたいな。とても勉強させてもらいましたし、声を素材として入れる発想を貰いました。

─ん・フェニさんは声と同様にビジュアルも変化しているというか、一貫していないという一貫性がありますよね(笑)。こういうインタビューだと「あなたのアイデンティティはなんですか?」みたいな話に落ち着きがちなんですが、ん・フェニさんはそういうものとは無縁のアーティストという印象で。
ん・フェニ:一貫性はないです(笑)。何でも好きになっちゃうんですよね。多分、私って記憶喪失タイプなんだと思います。アイデンティティなるものを全て忘れたまま生きているのかも。
─なるほど。今のアーティスト写真は天使がモチーフとなっていますよね。ヘヴィなサウンドに天使という、ある意味でトレンド感のあるものというか……。
ん・フェニ:そう、天使爆流行りですよね! みんな「天使とシューゲイザー」みたいな……。最近「どんな曲聴いてますか?」ってInstagramで聞いてみたんですよ。100人くらい答えてくれて、それを全部聴いてみたんですけど、もう天使とか天国のモチーフがとにかく多くて。アパレルの展示会に行っても大きな羽がいっぱいありますし。
─わかります。
ん・フェニ:私も魅力的に感じて取り入れてはいるんですけど。テレビ一強の時代じゃなくなって、トップオブトップのものが生まれにくい時代に、色んな要素が組み合わさった結果として天使系が流行っているというか。私もドリーミーという軸で音楽をやっているだけで、シューゲイザーオンリーでやっているわけじゃないんですよ。

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リスナーは信頼できる友達。“TOFU MENTAL(怒)”では怒りをギャルズとシェア
─とはいえ、4年前に発表したコンプリートアルバム『N’s PAST RECORD』がバラエティ豊かなアレンジだったのに対して、『tiered skirt』はヘヴィなサウンドの比重が増した印象です。これはここ数年で聞いている作品の影響でしょうか?
ん・フェニ:そうかもしれません。それと、今回のアルバムでは”Merry”と“日々”を除いて作詞作曲だけじゃなくて編曲も担当させてもらったんです。そういう意味で前のアルバムよりも統一感はあると思います。どういう音が作りたくて何が譲れないとか、少し衝突してしまっても自分のソロプロジェクトであることを手放さずに最後まで作りました。
─今作だと、“Merry”が前作に引き続き収録されていますね。
ん・フェニ:“Merry”は本当に最初の頃に作った曲なんです。当時は音楽性がバラバラだった中で、初めてしっくりきた曲なんですよね。その後も色んな音楽に浮気してきたんですけど、帰ってくるべきところに帰ってきたというか(笑)。
あと、この曲を聴いた周りの人が、歌詞をエロいものとして解釈していて。私はそんなつもりじゃなかったんですけど、結果的に新しく作ったMVもそのイメージに寄ったものになったんです。さっきの心理的安全性の話に通じるというか、「んー、そういう意味じゃないんだけどな」という自分もいたんですけど、守られた子どもっぽい存在じゃなくて一人の人間として当たり前な姿でもあるのかなと思うと、それも許せるようになったというか。
─その点に関しては受け入れたんですね。
ん・フェニ:私は結構孤独な人間なんで、人が言ってくれたことにすぐ嬉しくなっちゃうんですよ(笑)。あと、最終的な成果物に対しては譲れないんですけど、ほかの人の意見を全く聞きたくない! ということではないんです。

─0から1を生み出すことを強烈に信じているわけではないと。
ん・フェニ:そうです。それと「こう見られたい」っていうのをボンって出すだけじゃなくて、プラスアルファで説明したくなるんですよ。自主企画の時の会場BGMも、自分で言わないと伝わらない文脈を表現しようと思って自分で選んだんですよね。
─(プレイリストを見ながら)the brilliant green、beabadoobee……納得です。
ん・フェニ:ただ手の内を明かしたいだけなのかもしれないですけど、こういう風に「どうやって伝えるか?」みたいなことを考えているんです。Alvvaysとかセイント・ヴィンセントも好きだし、アジアの100人くらいしかリスナーのいないバンドも好きだったりする。タイのワドファちゃんとかも「もうワドファしか世界におらん!」ってくらいセンスに共感できて(笑)。ただ、それで私がどうなりたいのかとかは全然わからないし、「なんでアーティストしてんの?」とかもぽやぽやしてるというか。
─ん・フェニさん自身はどのような対象に向けて歌いかけているのでしょうか?
ん・フェニ:曲によって違うんですよね。例えば“なにかいいことあるといいな”は同世代に共感してほしいです。季節の移り変わりに「クローゼットに着る服ないわ」とか「うわ、あの子新作買ってるじゃん」とか思ったり。その中でリスナーは自分と同じ考え方の友達みたいな感じで、「え、これわかるっしょ?」みたいに信頼しているというか。

─わかります、例えばアルバムでも“TOFU MENTAL(怒)”は共感度が高いというか。
ん・フェニ:そうですね。なんか、嫌なことがあった時って「死にたい」と「殺したい」っていう感情のどちらかに分かれがちじゃないですか? でも、“TOFU MENTAL(怒)”では負けないために戦いたくて。自分だけじゃなくて、もし友達が嫌なことをされたり、変な男に泣かされていたら、「ギャルズたち、いくよ!」って一緒に戦いに行く。そういう曲になってます(笑)。
それと、このアルバムを作るにあたって過酷なスケジュールの下で自分が鬼のようになってしまって。その影響で当時イライラしたものをアウトプットしたんですけど、最終的にはシリアスというよりファニーな感じにしたかったんですよね。私っていつもイライラしてるんですけど、いつもイライラしてる人は好きじゃないんです。だから顔文字とかも歌詞に書いたし、ピー音とか動物の鳴き声も入れてます。
I’m ぴーking angry!!!!!!
笑ってやりすごしそうになってた
I’m ワンking angry!!!!!!
But I have a very soft cheap TOFU MENTAL
Ah (T . T) ずるいヤツが金を持って行く
Ah (T A T) ぶつかられた This morning
“TOFU MENTAL(怒)”より
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揺らいだとしても、今が常に本当の自分。「ただ自分でいればOK」という個人主義の哲学
─その点においても前作からの作風の変化が読み取れるというか、怒り方にバリエーションが生まれたような気もします。怒ってはいるんだけど、その感情の届け方が幅広いというか。“ラウドおじいちゃん”はその典型例だと思うんです。
ん・フェニ:アハハ(笑)。年末年始に実家へ帰ったら家族から色々言われたんですよ、「あのことでしょ?」って。
─え、実話なんですか?
ん・フェニ:はい、亡くなったおじいちゃんのことを歌ったんです。ある年の正月に、こたつでいとこたちとおじいちゃんといたら、酔っ払って「ウコンの力」をぶちまけられたんですよ(笑)。小学生の時の記憶なんですけど、それが伝説すぎて家族間で語り継がれてるんですよね。
─それで<栄養ドリンク酸っぱかったかな 孫の顔にブーshit飛ばして>という歌詞に。
ん・フェニ:おばあちゃんを置いて車で帰ったこともあったし、「いま何年生?」って会うたびに聞いてくるし。これはリアルですね。ビジュアルとかSNSを見て私の曲を聴くとギャップがあるらしいですけど、私ってファンタジーというよりリアリストなんですよ。

─前回のインタビューでは「キラキラした部分だけを見せているエンタメが嫌い」と仰っていましたね。
ん・フェニ:そうですね、人間として汚い面も見せたくなっちゃうタイプなんです。“i’m so sorry”とかも歌詞だけ見ると暗いし、ずっと謝ってる普段の自分が出ているというか。口癖みたいに「すみません」って言ってるんですよ(苦笑)。そういうバッドなマインドのループに入った時の歌ですね。
─赤裸々という点では、アルバムの中でも終盤の“i will not be your girlfriend”は自伝的な内容となっています。
ん・フェニ:前からあったデモをこのタイミングで残すことにしたんです。東京がそもそも好きで、電車で実家の方面とか行くたびに「ここを抜け出して良かったな」とは思ったりするんですよ。そういう実感はありますけど、自伝ではないかもしれません。本当に幼い頃のことなんて思い出したくはないというか。
─ただ、ロックと結婚した(<I got married to rock music when I was 15>)という一節はロマンチックですよね。
ん・フェニ:言ったらカッコいいかなって(笑)。
─(笑)。
ん・フェニ:私、そんなにカッコよくないです。
─何も信じられなくなりそうです(笑)。ただ、『tiered skirt』には「今見えているものが全て」という肯定感があるというか、オリジナルかどうかは関係なく、ただ自分でいればOKなんだっていう、個人主義的な哲学を感じるんですよ。アルバムの中で色々なものが揺れ動くんですけど、ん・フェニさんの圧倒的な個性がそれによって際立つというか。象徴的な曲として、ラストの“BRING YOU BACK TO LIGHT”ではまさにガラッと声が変わりますよね。
ん・フェニ:そうですね、この曲のテイストは、「ん・フェニ」というアーティストのど真ん中ではないけどアルバムの中でなら出せると思いました。ストリングスから始まって、The Maríasみたいな⾼級感のあるサウンドを目指す……。こういう方向性は私みたいな予算の少ないインディーズではあんまりやっている人はいないと思います。
例えば泥臭いロックとかローファイベッドルームポップだったら、写真にざらついたエフェクトをかけるように音も歪ませて、多少のことは色々誤魔化しが効くけど、洗練された高級感あるジャンルをやりたかったら、演奏が上手であってほしいしカッコつけ切らないといけなくて、滑ったら恥ずかしい思いをする。だから予算が無いうちは予算内でクオリティが確保できることをすることが多いけど、私は今回そこをはみ出して挑戦しました。すべてがうまく行ったわけではないけど、とにかく今の自分なりにアウトプットしましたね。
ん・フェニ:わかる人が聞いたら、セイント・ヴィンセントが好きなんだねと思われるかもしれない。でも私としてはThe Maríasやビリー・アイリッシュ、平沢進とか色々なものを参考にしてるし、それだけじゃ無いです。そもそも「学ぶ」とは「真似ぶ」が語源であるように、真似することは当たり前ですよね。少数派のうちはパクリだと叩かれますが、競技人口が増えればそれは文化になりジャンルになります。よく「誰が⼀番最初に思いついたか」で議論になりますけど、それは予算や発表の場がある人が優先的に取り組めるだけで、本当は誰が最初かなんて分からないと思います。私は自分が参考にされることも嬉しいですし、大好きなスタッフさんの仕事が増えたら嬉しいからクレジットも隠さないです。
─腹が据わっていますね。
ん・フェニ:だからとにかく予算が欲しいんです。やりたいことはめちゃくちゃ具体的にあるし、イメージボードもすぐ出せるし、演出も曲もビジュアルも湯水のように出るんです。それに、今まで頑張ってくれた人たちにお返しがしたい。ちゃんと正当なギャラを払って、「この作品を作った影にはこんな人がいます」って、自分の影響力を還元したいんですよね。なのでいつかはチャリティーもやりたいんです。私に期待してくれている人にお返ししたいですね。

ん・フェニ FULL ALBUM『tiered skirt』

CD+8P 蛇腹BOOKLET / 3,000 (+TAX)
【CD INDEX】
M01. mє iη үσυя ∂яєαм
M02. Merry -band ver-
M03. i’m so sorry
M04. SPARK SPARK
M05. TOFU MENTAL(怒)
M06. なにかいいことあるといいな
M07. ラウドおじいちゃん
M08. FRIENDS feat. pavilion
M09. i will not be your girlfriend
M10. 日々
M11. BRING YOU BACK TO LIGHT