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NEWS EVENT SPECIAL SERIES
Stronger Than Pride

カメラマン桑島智輝との対話。共通言語のなさが生むコミュニケーションの深さ

2024.9.26

#MUSIC

加藤が「自分自身」を探る本連載、記念すべき初回ゲストはカメラマンの桑島智輝。終始和やかなムードで進んだトーク・セッションはしかし、たがいの感覚をすり合わせるような繊細さと、ルーズで心地良いユーモアにあふれるものだった。

じつに1時間45分にわたって繰り広げられた、奥ゆかしい二人の交流をどうぞ。

なかなか距離が縮まらない、2人の奥ゆかしい関係。

―まずお2人の馴れ初めから伺ってもいいですか。

桑島:2016年とかかな、スタイリストの入山(浩章)君がZINEを作る企画があったんですよ。スタイリストがバンドマンをスタイリングする企画。僕はスタイリストの森川雅代さんから企画に誘われて。それで、そのバンドマンがNOT WONKだったっていう。

加藤:六本木のスタジオに行って、バカ高いモジャモジャの服とか着て。

桑島:モジャモジャの服からどんどん毛玉とか出てきて、これ大丈夫かみたいな(笑)。

その時の写真

加藤:それが最初の出会いですよね。で、その入山さんのZINEの発刊イベントが渋谷WWWであって、桑島さんが観にきてくれたんですよ。

桑島:当時出てたアルバムを聴いて、あーカッコいいなーみたいな感じで観に行って。で、その次に恵比寿・LIQUIDROOMのライブに行ったんですよ。そこで“Down the Valley”を聴いて。あれドンドンドンドンって4つ打ちから始まるじゃないですか。俺4つ打ちがすげえ好きなんで、何じゃこりゃ、すげーかっこいいって思って(笑)。それで、写真撮らせてもらいたくてツアーについてったんです。

加藤:札幌、大阪、小倉、福岡、東京の全部に来てくれた。

桑島:最初が札幌のBessie Hallだ。もうずっとNOT WONKの写真撮ってる佐藤くんもいるのにカメラマンとして行くのは、なんかスイマセン! みたいな感じだったんですけど。自分自身、ライブ写真もそんなにガッツリ撮ったことはないし。でも好きだから前の方で撮れるの嬉しいみたいな。

桑島智輝(くわじま ともき)
商業カメラマン、写真家。1978年、岡山県生まれ。2002年、武蔵野美術大学を卒業し、鎌田拳太郎に師事。2004年に独立。2010年、株式会社 QWAGATA設立。

―そのツアーで印象的な思い出などはありますか。

加藤:あのときはほとんどしゃべってないんですよね、楽屋が一緒だったぐらいで。

桑島:本番前に話しかけるのもアレかな、みたいな。写真のセレクトもわかんなくて、顔見えてた方がいいのかなとか(笑)。で、苫小牧のELLCUBEでやった『YOUR NAME』ってイベントのとき、それまで撮った写真をファンジンという体で出したんですよ。

桑島が当時撮影したNOT WONKのライブ写真

―写真を撮りたくてツアーに同行したってところから関係が始まってるんですね。でも、自分から売り込んだわりにはかなり奥ゆかしい。

桑島:けっこう人見知りをしてしまうので。知らない人ばっかだしみんな年下だし、俺の行動大丈夫かなとか(笑)。

加藤:俺、桑島さんは東京生まれ東京育ちのバキッとしてる人だと思ってて。LINEはするけど現場で会ってもそんな喋んないし。いっつも来てくれてんだから飯とかご馳走しないと悪いよなとかメンバーと話してたんですけど、でもあの人って居酒屋の飯とか食えんのかな? って(笑)。

桑島:そういう認識のされ方なんですよ。

加藤:フライドポテトとか食わねーだろみたいな(笑)。

加藤修平(かとう しゅうへい)
NOT WONK/SADFRANK。1994年苫小牧市生まれ、苫小牧市在住の音楽家。2010年、高校在学中にロックバンドNOT WONKを結成。2015年より計4枚のアルバムをKiliKiliVilla、エイベックス・エンターテインメントからリリース。またソロプロジェクトSADFRANKとしても2022年にアルバムをリリース。多くの作品で自らアートディレクションを担当している。

桑島:でも、そういうバイアスがかかってるのもわかってるから。歩み寄りたいけど、自分のトゲが相手に刺さったらどうしよう的な。

加藤:で、大阪・十三のFANDANGOでライブやった後、思いきって「もしよかったら今日、飯とかどすか?」って誘ったんですよ。

桑島:こっち的にはキター! だよね(笑)。

加藤:で、寿司居酒屋みたいなとこに行って。下駄で寿司が出てくるとこだったんだけど、4人で食うと絶対何個か余るんで、ジャンケンで勝った奴が寿司を食べるっていうのをやって。

桑島:寿司レクって呼んでるんですけどね。

加藤:その寿司レクのおかげで一気に仲が深まったという。しかも桑島さんめちゃくちゃジャンケン弱くて、おもてなしするつもりが俺らばっかり食ってて(笑)。

桑島:でも僕が勝って、マグロとかイクラとかばっか食ってたらマジ寒いじゃないですか。だから、負けるごとに、あ、よかった~って(笑)。

―奥ゆかしいですね。

加藤:奥ゆかしい始まり(笑)。

「高校のときに電気グルーヴのコピーバンドやってたんですよ」(桑島)

―桑島さんは音楽家に惚れ込んで写真を撮るというのは初めての経験だったんですよね。

桑島:商業写真を中心にやってきたんで、自発的に作品を撮るっていうのはあんまりやってこなかったんですよ。だからすごく楽しかったんですよね、100%マジで撮りたいものを撮れるのって幸せだなぁって。しかも超好きなバンドのライブを最前線で観れるワケじゃないですか。

加藤:それからもかなりの頻度でライブを撮ってくれて、苫小牧にも来てくれて。

―桑島さんから見た苫小牧の印象はいかがでしたか。

桑島:言い方は悪いんですけど、さびれちゃってる部分に惹かれたんですよ。俺、地元が岡山なんですけど、岡山は綺麗に整理されちゃってるんですよね。北海道は雪降るじゃないですか、それでメンテナンスしてる余裕がないというか、ある種の自然的なところに惹かれましたね。

―岡山にいた頃はライブハウスとか行ってました?

桑島:俺、高校のときに電気グルーヴのコピーバンドやってたんですよ。「中国人」ってバンドで、メンバーが僕と、サカモトリュウイチって奴と、土建屋の息子の3人で。対バンがジュディマリ、ピストルズ、ルナシー、電気っていうコピバンイベントがあって、土建屋の息子とピストルズのベースのヤツがめちゃくちゃ仲悪くて、毎回一触即発だった。

加藤:電気とピストルズが喧嘩(笑)。

―これは一度加藤くんに聞いてみたかったんですけど、環境と音楽ってどのくらい関係あると思います? たとえば北海道のバンドだと北海道っぽいとかよく言われたりするじゃないですか。

加藤:正直よくわかんないですよね。北海道って無茶苦茶広いじゃないですか、ブッチャーズ(bloodthirsty butchers)の吉村さんっぽいとか言われても、あの人見てるの日本海だけど俺太平洋なんだよな、みたいな。でも山形のフェス行ったとき、ブッチャーズのドラムの小松さんにライブ終わった後、吉村さんみたいだったって言われて。この人に言われるんだったらまぁしょうがねーかみたいな(笑)。

「丸1年、白浜くんの追っかけをやってました。ひとりで高校生パンクバンドの追っかけをする高校生」(加藤)

―いろんなところで話してると思うんですが、加藤くんがバンドを始めたいきさつを聞かせてもらってもいいですか。

加藤:俺、もともと野球をずっとやってて、2個上の兄貴が野球特待生とかで、とにかく兄貴がすごいねって感じだったんですよ。だからどこ行っても弟扱いでウンザリしてたんです。野球やめたすぎて、自分の膝をバットで小突いてた時期とかありました(笑)。怪我すれば練習に行かなくていいと思って。でも痛いからそんなに強く叩けなくて、コツコツコツコツ(笑)。

桑島:その辺が中学生っぽくていいね(笑)。

加藤:で、中3の8月に引退するんですけど、取り柄も趣味もないし、とりあえず勉強だけはしておこうと思って苫小牧の進学校目指して。で、親にもそこで野球やるわ! とか言って。野球やることがカルマみたいになってたんですよね。

加藤:あと5個上の兄貴が置いていったベースがあったんで、それで黒夢とか弾いたり、同級生とモンパチの曲を家で練習したり。で、友達に誘われて、ベースのうまい先輩の家に習いに行ったとき、違う高校の先輩に「今度俺のライブあるから来なよ」って言われて、中学校の卒業式直後ぐらいに初めてELLCUBEに行ったんです。それに白浜くんっていう、俺に音楽を全部教えてくれた人のバンドも出てて、高校生のバンドで大人がめっちゃ盛り上がるっていうジャイアントキリングみたいなことが起きてて。すげーって思いながらちっちゃくなって見てたら、白浜くんがフロアに降りてきて、客を掻き分けて俺に抱きついてきて……それで「バンドやります!」みたいな気持ちになるっていう。

―そこからロックに開眼したワケですね。

加藤:そっから丸1年、白浜くんの追っかけをやってました。ひとりで高校生パンクバンドの追っかけをする高校生。当時は白浜イズムみたいなのがヤバすぎて、女の子としゃべってるところとか白浜くんに見られんの恥ずかしかったんですよ(笑)。学校では普通に喋ったりしてたけど、白浜くんといるときは謎の硬派を貫いてた(笑)。で、ずっと追っかけしてたんだけど、高1の11月ぐらいに苫小牧のバンドだけでイベントをやる日があったんすよ。それ観に行ったときに、俺もマジでバンドやんないとって思って、それでNOT WONKを始めて。

桑島:バンド名はどっから出てきたの?

加藤:「NOT」が最初にあったらいいねってずっと話してて。で、辞書をバーって開いて見てたら「W」の欄に「WONK」があって。「WONK」ってガリ勉みたいな意味なんだけど、これいいじゃんって。勉強ばっかしてガリ勉みたいな、自分のそういうのが全部嫌だったんで。それでNOT WONK、これだわって。それが高校1年生、2010年12月。

―桑島さんがカメラ始めたのっていつ頃なんですか。

桑島:カメラ自体は高校からなんですけど、そもそも僕、なんで上京したかっていうと、竹中直人になろうと思ってたんですよ。竹中さんって俳優も舞台もやってたし、深夜枠でお笑いもやってたし、映画も撮ってたんですよね。で、『東京日和』を高校時代に観に行って大号泣して、これはもう竹中直人になるしかねーと思って。

それで、竹中さんが通ってた多摩美術大学に行きたかったんだけど、多摩美はデッサンがあるから難しいなと。でも調べたら、武蔵美はデッサンできなくても入れるところがあるってわかって、それで一浪して入学したんです。最初は俳優になりたかったんですよ。でも目立ちたがり屋の引っ込み思案なんで、本番が超弱いんですよ(笑)。

―生来の奥ゆかしさが。

桑島:結局続けてたんだけどダメで、そうこうしてる間に卒業しなきゃってなって。で、1990年代、雑誌がすごく元気だったんですね。『H』とか『SWITCH』とか『STUDIO VOICE』とかのカルチャー誌のすげーカッコいい写真を見まくってたから、そういうのに憧れて写真撮ってて、で就職どうしようってときに、カメラマンとかいいかもって思って……気づいたらここにいるっていう(笑)。

創作を通しての交流

―ここ2人はサシで遊ぶことあるんですか。

加藤:神保町と浅草で飲んだときと、あと苫小牧か。桑島さんに苫小牧来てもらって、『FAHDAY』のメインビジュアルの撮影をやったんですよ。

『FAHDAY』メインビジュアル

桑島:2日目の途中ぐらいから加藤くんと合流して一緒に飲んだんだよね。『FAHDAY』のオファーはすげー嬉しかったんですけど、オーダーが「桑島さんが苫小牧でぶっ壊したいものを撮ってください!」っていう(笑)。撮影したのが1月で、ちょうど僕が離婚したばっかりでめちゃくちゃ落ちてたんですよ。だから内容が暗くて(笑)。

加藤:僕は兼ドライバーみたいな感じで、ただ2人で黙々と写真を撮ってったんですけど、最後の日に山道を走ってたらトンビが一箇所にたかってて、なんだろうと思ったら鹿の死体があったんですよ。氷点下だから腐ってなくて、すごい綺麗な状態で残ってて。で、桑島さんが熱心に撮ってたんですけど、これ絶対『FAHDAY』で使えないだろうなって思いながら見てた(笑)。

桑島:具体的なものは写ってるけど、なんでそれを撮ったのか分からないものって結局抽象だと思うんですよ。だから壁のシミとか、ヒビとか、これ何ですか? ってものをずっと撮ったんですよね。

―メインビジュアルのオーダーもそうだけど、加藤くんって結構コンセプチュアルですよね。イベントにしてもアートワークにしても、これはこういう意図があるからこうするみたいなのが毎回明確な気がする。

加藤:行き当たりばったりみたいなトライ&エラーがあんまり好きじゃなくて。今回はこれをやろうってときに、1から10まで説明できるロジックを立てるんですよ。音楽を作るときもそうで、これとこれを混ぜたらこうなるみたいな。「もしこの時代にこれがあったらこのリバーブは絶対デジタルじゃないからこういう質感になるはずだ」とか、「このプロジェクトにこれぐらいの予算があったらこういう音になる」とか、そういう実験の前段みたいなのを考えて、そしてやってみる。結果的に「違いました」だったりするんだけど、僕はその場合「違いました」っていう状態で出すことにしてます。最初に立てた自分の仮説を翻して、結果が通ったことにはしないようにするっていう自分ルールがあって。

桑島:アルバム作ろうと思って曲作るじゃん。そこでこぼれていく曲とかあるの?

加藤:結構ありますよ。この曲たぶん凄い良い曲になるけど今はできないな、みたいな。『dimen』なんかはそういう曲でしか構成されてなくて、新しく作った曲はあんまないんです。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/7jFjo6QaBGyv4l6DYz3l9U?si=vBihZl2tTiyU3yEagykA0g

加藤:カケラみたいなのはボイスメモにいっぱい入ってて、だから掛け合わせを考えるって感じですね。これを自分がやって面白くするとしたら何なんだろうなー、っていう。でも変なことやりまっせ! みたいなのは好きじゃない。実験っぽいフリージャズ的なキメを入れたりとか、ダンスっぽい解釈でやってますっていって単に4つ打ちなだけだったりとか。そうするとどんどん選択肢が減っていって、「普通に歌うとかっていま一番誰もやってなくない?」って思ったり。そういうスキマ産業的な作曲をしてますね。

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