Netflixの配信作品のなかでも、史上ナンバーワンの視聴数を記録している、世界的大ヒットドラマシリーズ『イカゲーム』。全世界が待ち望んだそのシーズン2が、12月26日(木)についにリリースされた。
イ・ジョンジェ演じる主人公ソン・ギフンと、子どもの遊びを題材とした命がけのサバイバルゲームを主催する謎の組織との対立が描かれるとともに、ゲームの敗者に待っている残酷な展開なども、シーズン2では、もちろん用意されている。
そんな中、シーズン2で登場した「トランスジェンダー」のキャラクターが議論を呼んでいる。本稿では、『イカゲーム』シーズン2におけるマイノリティの描き方、その意義や賛否の理由を紐解く。
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「トランス女性」が登場する『イカゲーム』シーズン2
『イカゲーム』の真骨頂といえば、大きなリスクのあるゲームに参加せざるを得ない人々の事情や、貧富の格差など、実際の社会にも共通点する問題や課題にある。シーズン2では、新たな「投票システム」によって、ゲームの参加者の倫理観や人間性が試されることになる。これは、政治的意見の分断による社会の縮図といえるだろう。
そして同様に注目されているのが、俳優パク・ソンフンの演じる、ボブヘアーの新たな登場人物、「120番」ことヒョンジュの存在だ。このキャラクターが登場することは、事前に予告編などで話題となっていた。この役柄が、「トランスジェンダー女性」なのである。

トランスジェンダーとは、出生時に医師により割り当てられた性別が、性同一性(ジェンダーアイデンティティ)と異なる人のことを言う。ヒョンジュは身体に男性の特徴がありながら、自身を女性として認識するに至った人物なのだ。
この役柄を、韓国で「国民の婿」と呼ばれる俳優パク・ソンフンが演じているという点は、話題を呼ぶこととなった。と同時に、それはある問題を指摘される事態へと発展する。それは、「当事者ではないと考えられる俳優が、性的マイノリティを演じている」という懸念である。もちろん、パク・ソンフンがカミングアウトしていないトランスジェンダーである可能性も存在するが、少なくとも現時点でそれは確認されていない。
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「当事者が演じるべきでは?」という批判の声
何故、これが懸念されるような事態になるというのか。それは、俳優がマイノリティを演じる場合、近年「当事者が演じること」が、複数の観点から重要なことだとされるようになってきているからだ。
もちろん、そもそも俳優という存在は、自分とは特徴の異なる、あらゆる役柄を演じる職業であることは確かなことだ。日本においても、歌舞伎の「女形」や、宝塚歌劇の「男役」など、俳優の自認する性別とは異なる役柄を演じるという枠組みが伝統的に存在し、映画やドラマでも、役柄の特徴を持たない俳優が、さまざまな役を務めてきたのも事実である。しかし性的マイノリティなど、さまざまな社会的少数者の役柄が、映像作品や舞台作品に導入されることが、以前と比較して増えてきた流れのなかで、この当事者問題が近年とくに持ち上がってきている。

当事者でない俳優が、その役を演じることで発生するのが、第一に雇用問題だと考えられている。例えばハリウッドでは、これまで長年、性的マイノリティや人種、障害などを持つマイノリティの役を、マジョリティが演じることが多かった。通常、マイノリティ当事者が活躍できる分野は、マジョリティの俳優のアドバイザーなどに限られてきたのである。もちろん、裏方の仕事も重要ではある。しかし、表舞台にマイノリティが出る機会が少ないという事実は、職業の機会を社会や業界が奪っていると見なされる場合がある。
逆にマイノリティーーとくにカミングアウトを経た性的マイノリティがマジョリティを演じるケースの少なさを考えれば、その不公平さは浮き彫りになるのではないか。役者はあらゆるものを演じる仕事ではあるが、そういった「芸術性」を言い訳にして、マイノリティが排除されてきた状況があることも、また事実だ。
それ以外にも、当事者が演じることで、マジョリティには想像できない領域のリアリティある表現が達成されたり、当事者が活躍することが、同じ特徴を持つ人たちに希望を与え、社会にはびこる偏見を改善する機会になることもある。これらの理由から、現在の不平等な社会状況のなかでは、できる限り「当事者が演じる」ことが望まれているという考えが浸透してきているのである。
例えば、イギリスの俳優ベネディクト・カンバーバッチは、『イミテーション・ゲーム/エニグマと数学者の秘密』(2014年)においてゲイ男性の役柄を演じたことをきっかけに、ゲイの権利のための社会運動に参加することとなった。しかし、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(2021年)で再びゲイ男性を演じた際には、彼は当事者性の問題から一部で批判にさらされ、インタビューで釈明することにもなったのだ。これは、およそ7年の間に、マイノリティについての考えが業界内や社会で一歩進んだことを意味しているだろう。

このような経緯を知れば、『イカゲーム』シーズン2において、パク・ソンフンがトランスジェンダーの役柄を演じたことに批判が集まっている状況を理解することもできる。パク・ソンフン自身がトランスジェンダーでない場合、製作者、および俳優の社会的な意識が足りてないとする指摘は、的を射ていると考えられる。
また、性的マイノリティの表象を用いて娯楽化することで、人間の属性、特徴を搾取しているのではないかという、懸念や指摘がなされることもある。例えば、作中でゲイではない男性同士による恋愛関係のように見える描写が、俳優のファンに好まれる場合があるが、これは「クィアベイティング」だと指摘され、批判を受ける場合がある。同性愛の仄めかしを利用することで、同性愛を期待する受け手の興味を惹きながら、同時にそれを確定させないことで、同性愛を嫌悪する受け手の心象を悪化させないという手法である。このような試みは、性的指向を都合よく利用する「道具化」と見なされかねない。
登場人物が性的マイノリティであることを明示している作品は、基本的にはその限りではない。しかし、当事者でない俳優が性的マイノリティを演じるという場合、その構図もまた、一種の「クィアベイティング」にあたる可能性が出てくる。美形俳優、人気俳優に性的マイノリティを演じさせることで、ファンの興味を煽り、当事者とは関係のないところで、性的指向を搾取してしまうという考え方だ。
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一方で、マイノリティの認知へポジティブな影響も
ただ、トランスジェンダーの役柄を、『イカゲーム』という世界で最も観られるドラマ作品のなかに登場させたこと自体は、評価すべき部分もある。何故ならメジャー作品であればあるほど、マイノリティのキャラクターが除外されるという現実があるからだ。業界の状況が改善を見せてきたとしても、現実の社会では、まだまだ性的マイノリティへの理解は進まず、とくにトランスジェンダー女性は、更衣室やトイレの使用時における事柄を理由に、排除や差別が激化しているなど、「当事者性」以前に、危機的なバックラッシュに遭っているのが現状なのだ。「トランスジェンダーのTをLGBTQ +の枠組みから外せ」などという、過激かつ攻撃的な意見も存在する。
『イカゲーム』シーズン2におけるヒョンジュというキャラクターは、残酷なゲームという極限状況に際し、周囲の人間から差別的な対応をされながらも、思いやりを持ってゲームのなかで組んだチームを引っ張っていくという、多くの視聴者が共感できる存在である。こういった人物を登場させ、感情移入させることは、そんな現実の社会の危機的な状況に対して、ポジティブな影響をもたらす面がある。
その観点から見れば、『イカゲーム』シーズン2の試みには好意的に受け取れる部分もあるといえるだろう。このようなチャレンジをすることで議論が活性化し、ここで挙げたようなさまざまな問題点が、より広い場所で顕在化することになったという考え方もできるのだ。
社会に差別や偏見が存在する以上、映画やドラマなどの表現の問題、雇用の問題もまた、まだまだ継続していくことが予想される。そんな社会の在り方に対抗する考え方は、一般的に「ポリティカルコレクトネス」、日本では「ポリコレ」と略して呼ばれる試みの一部である。しかし、そんな対策自体への偏見や誤解もあり、バックラッシュによる攻撃の的になるケースも多いのだから、マイノリティ当事者や、チャレンジをする作り手たちの立場は、依然として厳しいものがある。

だがいずれにせよ、いままで隠されて、無視されてきた問題が、こういう機会に認知されることは、前向きにとらえられる要素ではないか。「ポリコレ疲れ」などと揶揄されたり、被差別者がより攻撃されるケースも発生している現状はあるものの、従来の保守的な考え方がことさら抵抗をするのは、マイノリティについての意識が前進している証でもあるからだ。

文化的背景や、各人の個人的体験、イデオロギーの違いによって、この問題にはさまざまな反応があるはずだ。しかし、これらの考え方や課題を多くの人が知っていくということは、社会が変わっていく上で必ず通らなければならない道だといえる。そして、その際に最も重要なのは、被差別的な立場に立たされてきた人々をあくまで尊重する姿勢であり、尊重する態度をできる限り多くの人々に促していくことなのではないだろうか。
『イカゲーム』シーズン2

12月26日(木)世界独占配信
監督・脚本・製作総指揮:ファン・ドンヒョク 製作総指揮:キム・ジヨン
出演:イ・ジョンジェ、イ・ビョンホン、イム・シワン、カン・ハヌル、ウィ・ハジュン、パク・ギュヨン、イ・ジヌク、パク・ソンフン、ヤン・ドングン、カン・エシム、イ・デイヴィッド、チェ・スンヒョン、ノ・ジェウォン、チョ・ユリ、ウォン・ジアン / コン・ユ(特別出演)
Netflixシリーズ「イカゲーム」シーズン1~2:独占配信中、シーズン3:2025年独占配信
作品URL:https://www.netflix.com/title/81040344