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栗野宏文ロングインタビュー。現代ファッションにおけるオルタナティブな価値を探して

2024.8.20

#FASHION

コロナを経て、ファッション業界はどのように変わったのだろうか。社会全体でESG経営が加速し、業界内でも労働環境の改善や、気候変動などへの影響を配慮した環境負荷軽減の施策が本格化したことは確かだ。では、表現の領域だとどうだろう?

昨年より「クワイエット・ラグジュアリー」といったブームが起こってはいるが、正直なところ強力なトレンドはなく、個々人の趣味に合わせて好きなものを着る、という流れが継続しているのではないだろうか。それでも、シーンを追いかける一ファッション好きとしては、いつだって新たな美学を宿した鮮明なブランドに出会いたいのは変わらない。それらは業界を活気づけ、次の時代のムードを作っていくーー。

本稿ではそんな問いを、「現代ファッションにおけるオルタナティブ」というお題に含めて、業界の大先輩で国内外のファッション動向に精通した株式会社ユナイテッドアローズ 上級顧問の栗野宏文へ聞いてみた。聞き手はライターの原ちけい。この混沌とした時代に、栗野はどのようなブランドを「次の時代の光」として見出し、ファッション表現にどのような期待をしているのか。

前編では、注目するファッションブランドからはじまり、その表現方法の特異性から、ファッション表現の効果にまで及んだ。約10,000字もの含蓄に富んだインタビュー、ファッションの健やかなる未来の指針が、ここにはあると思う。

昨今のファッションブランドのオルタナティブな事例

―「現代ファッションにおけるオルタナティブ」をテーマにお話をお伺いできたらと思います。今日のファッションシーンにおけるオルタナティブな動向を一体どのように捉えていますか?

栗野:ファッションシーンを捉える視点によって見えてくる範囲はかなり異なってきますが、ファッションブランドにおいて大きく分けるとポストメジャーとオルタナティブの2つの路線があると思っています。実例を3つ挙げるとするなら、ポストメジャー路線ではSETCHUとWales Bonner、オルタナティブ路線ではLVMHプライズのファイナリストたちです。

https://www.instagram.com/reel/CuMwCxQIRx3

―SETCHUはどのような観点から注目されていますか?

栗野:2023年度のLVMHプライズでグランプリを獲得したSETCHUは、デザイナーの桑田悟史さんがテーラリングを学び、ラグジュアリーブランドで修行を積んで立ち上げたブランドです。彼の経歴はある意味オーソドックスともいえますが、そのスタイルは独自の路線を築いています。LVMHプライズ受賞後の最初のプレゼンテーションは10 Corso Como創業者が営むソッツァーニ財団の小さなギャラリーで行われ、桑田さんがテーマとする和洋折衷を表すような、畳の上に平置きにしたり、折り畳まれて箱に入れられた服を展示物として見せるスタイルでした。大型の会場を用いて多くの人々を呼ぶ従来のファッションショーとは一線を画す、ブランドのアイデンティティをうまく活かした形式で、まずそこにオルタナティブさを感じましたね。

栗野宏文(くりの ひろふみ)
1953年ニューヨーク生まれ。大学卒業後にファッション小売業界で販売員やブランド・ディレクターなどを経験し、1989年に重松理らと共にユナイテッドアローズを設立。常務取締役として販売促進部長、ディレクターなどを兼任後、チーフクリエイティブオフィサーに就任。1996〜2002年、2009年、2013年にベルギー王立アントワープ・アカデミーのファッション学部、卒業審査員を担当。2004年には英国王立美術学院より名誉フェローが授与され、BOF(ビジネス・オブ・ファッション)、ファッションの世界に影響を与える500人に選出される。2014年よりLVMHプライズ外部審査員。2023年『毎日ファッション大賞・鯨岡阿美子特別賞を受賞。

栗野:それから、彼の物作りは量産服ではあるけど大量生産を求めておらず、彼が修行を積んだサヴィル・ロウのテーラーや注文服に近い考え方を持っているのだと思います。今年5月には、サヴィル・ロウのテーラーがSETCHUのデザインを手仕事で形にするコラボレーションプロジェクトが、『ヴェネツィア・ビエンナーレ』と同時期に開催された『ビエンナーレ・アルテ』で発表されました。今まではレディメイドの服も手作り要素が強かったですが、同プロジェクトではさらにバイオーダー形式で一着一着仕立てるということがなされたそうです。そうした意味でも、SETCHUのクリエーションはファッションよりオーダーメイドという概念に近く、タイムレスで流行に左右されない、現代ファッションにおけるオルタナティブな存在でもあると感じましたね。

―クリエーションやプレゼンテーションの双方から独自のカルチャーを感じますね。

栗野:今年のLVMHプライズ2024のファイナリスト8人もまた、どの人も「今」を感じさせるクリエーションをしていました。その中でも僕が一番印象強いのは、ポーリーヌ・デュジャンクール(Pauline Dujancourt)というデザイナーです。フランス生まれでイギリスのセントラル・セント・マーチンズを卒業した彼女は、手編みのハンドニットを用いて特徴的なアプローチをしていました。今回ノミネートされた多くが、手編みや手縫いといったクラフトを主軸とするクリエーションをしていたのには驚きと感動を得ました。

https://www.instagram.com/p/C5Li34Qr7gX/

栗野:僕自身がLVMHプライズに審査員として第1回目から11年間参加してきて感じるのは、毎回何かしらの傾向が見えてくるということです。それは決してトレンドだからそこに存在している訳ではなくて、そういう人たちのクリエーションが同時に起きていることを示しているのでしょう。そのような、ある種通奏低音のように流れている特徴が、次の時代のファッションの大きなキーワードになるだろうと思っています。

既存の「ファッションの地図」を超越する表現

―各年毎に同時代の色が見られる点はとても興味深いですね。

栗野:オルタナティブなものは古典になり得ます。モーツァルトやベートーベン、The Beatlesにしても、かつてオルタナティブだったものが新しいクラシックになっていった。おそらくLVMHプライズの若手も近い将来、既存のメインストリームカルチャーの中で自身の居場所を築いていくのかもしれません。

ファッションはもとより、「きれいな服である」だとか「どれほどの月日をかけて作られたのだろう」というような、感動に対して人々がお金を払う文化を持っています。しかし近年は、ビジネスやマーケティングを優先したSNSやセレブリティカルチャーがメジャーになりすぎたあまり、誰が着ているから良いだとか限定版だから、などのギミック的な商法が増えてしまった。元来のファッションに回帰するならば、ここ数年のLVMHプライズに見られる傾向のほうが、個人的にはファッションを感じます。

―その他にも、栗野さんが気になるオルタナティブなアプローチを行っているブランドはありますか?

栗野:Wales Bonnerの発表形式自体はクラシックですが、テーマ選定やデザイナーの思想に強くカルチャーが宿っているのが大きな特徴だと思います。2019年にデザイナーのグレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)がロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで開催したキュレーション展『Grace Wales Bonner: A Time for New Dreams』は、アフリカンアメリカンやアフリカンブリティッシュの歴史を踏まえて、アフリカ系作家や女性作家に焦点を絞った内容でした。それから一昨年には、テート・モダンで『LIFE BETWEEN ISLANDS』と題した展覧会のキュレーションも行っています。この展覧会はタイトルが示すように、2つの島国、ジャマイカとイギリスに焦点を当て、かつてイギリスの植民地だった歴史を踏まえて、イギリスがジャマイカに与えた影響と、ジャマイカがイギリスに与えた影響を相互に探る企画でした。それらは彼女自身がジャマイカ系イギリス人のルーツを強く意識しているからこそ成された仕事だと思います。

https://www.instagram.com/p/BtGYXPhAz1k

栗野:従来のアフリカ人デザイナーは白人社会への同化や、移民として他国で生まれ育ち、他国に属するアイデンティティを捉えてきましたが、同ブランドの場合は自身の血筋やアイデンティティを生かし、ジャマイカとイギリスの両方のミックスカルチャーを源泉としたクリエーションを披露しています。グレース・ウェールズ・ボナーは、今までの「ファッションの地図」のような分布とは異なる立ち位置にいる、新しいデザイナー像ではないかと思いますね。

文化を伝える手段としてのファッション表現

―こうした表現のアプローチは、今までになかったファッション像を作っているのでしょうか?

栗野:Wales Bonnerは、2024年秋冬パリメンズコレクションで、アフリカ系アメリカ人のための大学として設立されたアメリカのハワード大学をテーマにしていました。同大学は、アメリカの名門大学にアフリカ系の人が人種差別によって入学が許されなかった時代に、アメリカ在住のアフリカにルーツを持つ人が誰でも学べる場所として創設されました。今ではアフリカ系の人以外も多く在籍しているそうですが、アフリカ系アメリカ人の歴史に関して多くを学べます。今でも非常にしっかりとしたアイデンティティがある大学です。人種カルチャーのルーツをテーマに取り入れること自体とてもポリティカルな問いですし、それを前に押し出していくグレース・ウェールズ・ボナーの姿勢は新しいと言えるでしょう。

https://www.instagram.com/p/C2RvQFnAvkr

―先ほどおっしゃられた「ファッションの地図」の更新は、地理学的なアイデンティティの結びつきを超えて、自身のルーツを紐解く群島的な姿勢とも言えそうですね。

栗野:彼女はアフリカ系イギリス人で、イギリス国籍を持つジャマイカ出身の女性であるなど、さまざまなレイヤーのある人物です。その多様なレイヤーは、50年前ならマイノリティとしてネガティブだったかもしれませんが、今日ではアイデンティティになり得ます。カリブ海周辺地域は、かつてイギリスやフランスの植民地から独自の文化が形成されていますが、そうしたカリブ文化を前面に出してアティチュードとして発信することで、新たな価値を見出すことができるでしょう。

―古来のファッションは神話や歴史をテーマに取り扱うことが伝統的に多かったように思いますが、グレース・ウェールズ・ボナーしかり、デザイナー自身の生い立ちや生活、趣味嗜好がファッションのイマジネーションソースとして機能してきていますよね。

栗野:従来のファッションはヴィクトリア朝や18世紀あたりの歴史的なテーマが多く扱われてきたわけですが、今後はインスピレーションソースとして文化を拾う方法がますます幅広くなっていく気がします。デザイナー自身にしか意味を持たないようなパーソナルなことでも、その人が表現することで多くの人々に響くようなあり方が生まれているように思います。ルーツへの言及は何かのきっかけがないと情報として人々に知られることはありませんが、いい意味でファッションはそのきっかけになり得ますよね。グレース・ウェールズ・ボナーは自身のクリエイションを通して、こうした文化的な側面を可視化できることを承知のうえで、活動しているような気がします。

視覚化することで、隠れていた歴史に光を当たる

―ファッションとアートの垣根を超えたあり方は、今後も増えていくと思いますか?

栗野:先ほどテート・モダンの話をしましたが、昨年1月にテート・ブリテンのほうで見た『HEW LOCKE: THE PROCESSION』というすばらしい展覧会を思い出しました。その展示で、グレース・ウェールズ・ボナーと同じくアフリカ生まれでカリブ育ち、イギリス在住のアイデンティティを持つヒュー・ロック(Hew Locke)というアーティストは、カリブ海のアフリカ系の人々によるコミュニティの文化と、それらが資本主義社会や白人社会の中で搾取されてきた歴史を描いていました。具体的には、カリブの伝統的な祝祭のパレードがテーマで、100mほどあるインスタレーションには、カリブ海文化や奴隷の歴史、植民地として統治した国側の文化が表れていました。なかには、彼らが白人社会の流入を経由したアフリカンカルチャーを表現するような、ブードゥー教的な要素とサトウキビ畑で働いている当事者の生活の苦しみも描かれていましたね。

https://www.youtube.com/watch?v=11d64_f-m6U

栗野:また、当時の手形や貨幣のデザインをグラフィックで引用し、白人にとっての1000ポンドの価値でも黒人には1ポンドであるというような露骨な差別が可視化されていました。当たり前のように差別が行われていた時代の記憶をアートに込めた、非常に良くできたインスタレーションとして仕上げていました。誤解を恐れずに言えばファッション的な視点から見ても、COMME des GARÇONSやMaison Margielaなどのインスタレーションじゃないかと思ってしまうくらい、斬新でクリエイティブでした。

―人類の歴史の捉え直しが、こうしたかたちで表現として伝えられるんですね。

栗野:そもそもテートは、砂糖の精製業で奴隷を働かせることによって莫大な富を築き上げた企業なので、アフリカ系の人々にとっては否定すべき存在なんですよね。その歴史を踏まえたうえで、自分たちの歴史の内省をエデュケーショナルなかたちで示して、カリブ文化やアフリカ文化について理解してもらおうという思いが込められた展覧会だったと思うんです。ウェールズ・ボナーもキュレーションに参加した『LIFE BETWEEN ISLANDS』と同じく、近年のテートが以前はあまり表にしてこなかったカリビアンアフリカンやUKアフリカの歴史を積極的にテーマ化することに、時代の潮流を感じます。

エデュケーションがエンターテイメントとなり、エンターテイメントの中にエデュケーションがあることは、海外ではきっとオルタナティブなことではないんだろうけども、おそらく日本はこのあたりが一番弱い部分で、オルタナティブと受け取れますよね。これからきっとこういったエディケーショナルなカルチャーは、世界的にますます増えていくと思います。単にBLM運動の一端だと一過性で終わりそうだけど、決してそういうことじゃないと感じますね。

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