コロナを経て、ファッション業界はどのように変わったのだろうか。社会全体でESG経営が加速し、業界内でも労働環境の改善や、気候変動などへの影響を配慮した環境負荷軽減の施策が本格化したことは確かだ。では、表現の領域だとどうだろう?
昨年より「クワイエット・ラグジュアリー」といったブームが起こってはいるが、正直なところ強力なトレンドはなく、個々人の趣味に合わせて好きなものを着る、という流れが継続しているのではないだろうか。それでも、シーンを追いかける一ファッション好きとしては、いつだって新たな美学を宿した鮮明なブランドに出会いたいのは変わらない。それらは業界を活気づけ、次の時代のムードを作っていくーー。
本稿ではそんな問いを、「現代ファッションにおけるオルタナティブ」というお題に含めて、業界の大先輩で国内外のファッション動向に精通した株式会社ユナイテッドアローズ 上級顧問の栗野宏文へ聞いてみた。聞き手はライターの原ちけい。この混沌とした時代に、栗野はどのようなブランドを「次の時代の光」として見出し、ファッション表現にどのような期待をしているのか。
前編では、注目するファッションブランドからはじまり、その表現方法の特異性から、ファッション表現の効果にまで及んだ。約10,000字もの含蓄に富んだインタビュー、ファッションの健やかなる未来の指針が、ここにはあると思う。
INDEX
昨今のファッションブランドのオルタナティブな事例
―「現代ファッションにおけるオルタナティブ」をテーマにお話をお伺いできたらと思います。今日のファッションシーンにおけるオルタナティブな動向を一体どのように捉えていますか?
栗野:ファッションシーンを捉える視点によって見えてくる範囲はかなり異なってきますが、ファッションブランドにおいて大きく分けるとポストメジャーとオルタナティブの2つの路線があると思っています。実例を3つ挙げるとするなら、ポストメジャー路線ではSETCHUとWales Bonner、オルタナティブ路線ではLVMHプライズのファイナリストたちです。
https://www.instagram.com/reel/CuMwCxQIRx3
―SETCHUはどのような観点から注目されていますか?
栗野:2023年度のLVMHプライズでグランプリを獲得したSETCHUは、デザイナーの桑田悟史さんがテーラリングを学び、ラグジュアリーブランドで修行を積んで立ち上げたブランドです。彼の経歴はある意味オーソドックスともいえますが、そのスタイルは独自の路線を築いています。LVMHプライズ受賞後の最初のプレゼンテーションは10 Corso Como創業者が営むソッツァーニ財団の小さなギャラリーで行われ、桑田さんがテーマとする和洋折衷を表すような、畳の上に平置きにしたり、折り畳まれて箱に入れられた服を展示物として見せるスタイルでした。大型の会場を用いて多くの人々を呼ぶ従来のファッションショーとは一線を画す、ブランドのアイデンティティをうまく活かした形式で、まずそこにオルタナティブさを感じましたね。
栗野:それから、彼の物作りは量産服ではあるけど大量生産を求めておらず、彼が修行を積んだサヴィル・ロウのテーラーや注文服に近い考え方を持っているのだと思います。今年5月には、サヴィル・ロウのテーラーがSETCHUのデザインを手仕事で形にするコラボレーションプロジェクトが、『ヴェネツィア・ビエンナーレ』と同時期に開催された『ビエンナーレ・アルテ』で発表されました。今まではレディメイドの服も手作り要素が強かったですが、同プロジェクトではさらにバイオーダー形式で一着一着仕立てるということがなされたそうです。そうした意味でも、SETCHUのクリエーションはファッションよりオーダーメイドという概念に近く、タイムレスで流行に左右されない、現代ファッションにおけるオルタナティブな存在でもあると感じましたね。
―クリエーションやプレゼンテーションの双方から独自のカルチャーを感じますね。
栗野:今年のLVMHプライズ2024のファイナリスト8人もまた、どの人も「今」を感じさせるクリエーションをしていました。その中でも僕が一番印象強いのは、ポーリーヌ・デュジャンクール(Pauline Dujancourt)というデザイナーです。フランス生まれでイギリスのセントラル・セント・マーチンズを卒業した彼女は、手編みのハンドニットを用いて特徴的なアプローチをしていました。今回ノミネートされた多くが、手編みや手縫いといったクラフトを主軸とするクリエーションをしていたのには驚きと感動を得ました。
https://www.instagram.com/p/C5Li34Qr7gX/
栗野:僕自身がLVMHプライズに審査員として第1回目から11年間参加してきて感じるのは、毎回何かしらの傾向が見えてくるということです。それは決してトレンドだからそこに存在している訳ではなくて、そういう人たちのクリエーションが同時に起きていることを示しているのでしょう。そのような、ある種通奏低音のように流れている特徴が、次の時代のファッションの大きなキーワードになるだろうと思っています。