多摩川の河川敷に、年に一度だけ出現する「理想郷」のような無料フェスがある。狛江市・和泉多摩川駅から歩いて5分の河川敷で、音楽ライブとマーケット、クラフトビールやフード、サップやカヌーの体験までを楽しめる『TAMARIBA』だ。2016年に地元有志が始め、入場無料を維持したまま10周年を迎えた。
今年の『TAMARIBA2026』は、10月31日(土)と11月1日(日)の2日間。優河、Rei、塩入冬湖(FINLANDS)、蔡忠浩ら全21組が出演を予定している。
大規模な宣伝を行わないにもかかわらず、来場者は初回から6倍の1万8000人へと増え、公的資金ゼロで運営を継続してきた同イベント。本稿では、地元の人々や参加者の口コミと愛着によって育まれ、10年続いてきた手作りフェスの「心地よさの理由」に迫る。
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河川敷を再び人が集まる場所に。有志の想いから生まれた『TAMARIBA』
『TAMARIBA』の初回は2016年10月、大雨で始まった。
会場である小田急線和泉多摩川駅から徒歩5分の多摩川河川敷は、午後に雨は止んだが足元はぬかるんだまま。そんな悪条件の中、まだ誰もいない会場にやって来た親子が、不安そうにスタッフへ「今日は開催しますか?」と尋ねてくれたのだという。
楽しみにしてくれている人がいる──そのささやかで確かな存在が、手探りだった運営メンバーの心を晴らし、背中を大きく押した。
手作り感とアットホームな雰囲気がよくわかる、初開催時の記録映像。
同イベントが生まれたきっかけは、2012年にさかのぼる。以前からゴミの放置や夜間の騒音が問題視されていたこの河川敷では、同年4月に「狛江市多摩川河川敷の環境を保全する条例」が施行され、バーベキューなど火気を使った調理が禁止された。その結果、河川敷はきれいになったが、これまでのような、人が集まる場所ではなくなってしまった。
その河川敷にもう一度多くの人に集まってもらうため、地元の有志が「多摩川で、買い物帰りの方もふらっと立ち寄れるフェスをつくりたい」という思いから立ち上がったのが『TAMARIBA』である。

初回の会場には、廃材を使った手作りのゲートとハンドメイドのベンチのほか、スラックラインやけん玉のブース、フィンランド式のサウナ、キャンピングトレーラーを使った図書館などが並び、飲食は地元のイタリアンバルやクラフトビールの店などが出店した。
大規模なプロモーションは一切行わなかったものの、その心地よさは口コミで徐々に広がり、初年度約3000人だった来場者は、翌2017年には約7000人、2018年には約1万2000人へと増加。台風やコロナ禍による中止を乗り越え、2022年に4年ぶりに再開を果たした。
昨年の会場では「小学生の頃から、毎年来ています」と声をかけてきた大学生がいたという。大雨でぬかるんだ会場の様子を見に来た親子や、小学生から通い続ける大学生。1万8000人という数字の内側には、こうして愛着を持ってくれている一人ひとりの存在がある。
主催者は10周年に寄せたメッセージに、「たくさんの人に支えられ、みんなで育ててきた10年。その時間の中で生まれた、多摩川での風景や記憶も、きっとそれぞれの中にあると思います。」と記した。
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寄付はトイレ増設に活用。演出よりも大事な、来場者の快適さ
『TAMARIBA』は入場無料で、運営費を賄うのは来場者からの寄付だ。公的資金ゼロ、大企業スポンサーなしで単独収支の黒字を実現しているフェスは珍しく、国土交通省の近畿地方整備局が作成したミズベリング(水辺の活用の推進)関連の事例資料でも例として取り上げられている。

来場者から集まる年間の寄付額は10万円、50万円と増え、2025年には100万円を超えた。主催者が挙げる使い道は、出演アーティストの招聘と、「仮設トイレを少し増やすこと」。入場無料の野外フェスは来場者数が読みにくく、トイレの行列は滞在時間に直結しやすい。
集まった寄付を、来場者の快適性を上げる設備に回す——そうした姿勢にもまた、『TAMARIBA』が支持されている理由が見て取れる。ステージのつくりや演出は簡素なものでも構わない。comaecolor代表・山本雅美が語ってきた「緩く・無料で・続けられるところまで」という方針は、こうした配分に表れている。今年からは会場の募金箱に加えて、スマートフォンからも寄付ができるとのこと。