『北とぴあ演劇祭』をご存知だろうか。北区・王子にある公共ホール「北とぴあ」を会場に毎年開催されている、アマチュア団体をメインとした演劇祭である。この記事では『北とぴあ演劇祭』の、知られざる「効用」について、実行委員長・菅野勇作氏へのインタビューも交えてご紹介したいと思う。
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演劇にちょっと屈託のあるライターが、『北とぴあ演劇祭』へ
まず前提として、筆者は子供の頃から演劇が好きだ。けれど十数年にわたる小劇場での俳優 / 劇団員活動を経て辞めた、いわゆる挫折組である。自分なりの気まずさもあって、往時より観劇の頻度はかなり下がってしまったこの頃だが、それでも舞台は死ぬまで好きだろうと思っている。ところが改めて振り返ってみても、これまでアマチュア劇団の公演を観たことは、ほとんど無い。市民ミュージカルならギリギリあるものの、自分が好きで憧れていた団体、もしくは親しい仲間の舞台以外には積極的に触れようとしてこなかった。
そんなライターが『北とぴあ演劇祭』に足を運んでみたら、ものの見え方が少しだけ変わった。これはそういう記事である。

『北とぴあ演劇祭』のキャッチフレーズは「みる・でる・つくる」。図書館や学校のように、街に当たり前に劇場があり、演劇を見たり、演じたり、学んだりすることができる「演劇のある生活」を目指しているという。舞台芸術を愛する区民たちによる手作りの演劇祭、と銘打たれている本イベントは、確かに『下北沢演劇祭』や『池袋演劇祭』と比べて圧倒的にアマチュア感が強く、アットホームな手触りがある。

しかし、この演劇祭は決してちょっとした思いつきで開催されているわけではない。その歴史は意外と長く、2000年の創始以来、今年で開催は27回目となる。31の参加団体の中にはどんなものがあるのか見ていくと、社会人劇団、中学高校の演劇部、そのOBOG、もっと年若いこどもたち集団、はたまたシニア集団……とかなりバラエティ豊かだ。一口にアマチュア団体と言っても、こんなに種類があったのかと驚かされる。北区にゆかりのあるメンバーを含むことがエントリー条件となってはいるが、各団体の「“北区濃度”」はまちまちだそうで、実際のところは区外にまで広く参加の門戸が開かれていると言えるだろう。
いつの世も、演劇に人生を懸ける(主に)若者たちがいるのはよく分かる。けれどそれは多くの場合「芝居で食いたい」人たちであり、アマチュアを自認する老若男女がこれほどの人数で、これほどの期間、持続的に情熱を燃やし続けているのはなかなかレアなことなのではないだろうか。
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劇団「はなまる」『ユーツ・ムーニ洋菓子店』を観劇
というわけで、やって来ました北とぴあ。観劇したのは劇団「はなまる」の公演、『ユーツ・ムーニ洋菓子店』だ。日曜マチネで、動員はキャパ400席のつつじホールの、およそ半分といったところ。ちなみにワンステージのみのこの公演は、完全無料である。
劇団「はなまる」は、都内の特別支援学級に通う子どもとその保護者が中心になって結成された劇団で、その歴史もまたかなり長い。来年2027年で結成30周年というから衝撃である。知的障害をもった俳優たちが演じる舞台も、観るのは初めて。いったいどんな舞台になるのだろうか……。
【ストーリー】
ユーツ・ムーニ洋菓子店は、お客様の願いに合わせた「唯一無二」のケーキを提供するお店。明るく元気な店員たちが働くお店には、今日も結婚を控えたカップルや、大人気アイドルグループなどが次々と訪れて、ケーキをオーダーしてゆく。果たして店員たちは、お客様を幸せにするケーキを完成させることができるのだろうか?

幕が上がってすぐにハッとした。俳優によって障害の程度はまちまちだが、想像していたより重い。それでいて、セリフの応酬があり、立ち位置の整理があり、時には魅せるダンス / 歌シーンがあり、舞台はしっかりと成立しているのである。このステージに至るまでに、どのような稽古があったのか。そして、この清々しさはなんなんだろうか……。
舞台上で進んでいく物語もそうなのだが、何よりも新鮮だったのは、客席と舞台上との関係性だ。客席は明確に俳優ひとりひとりを応援しており、笑い、拍手し、もはや客席全体がキャストの一部と言っていいくらいに物語の進行を手助けしていた。

時々、俳優が明らかにそっぽ向いちゃってる! とか、明らかにセリフが出てこなくなっちゃってる! という局面でも、誰も焦らない。一般的な舞台だったら場が凍りついて俳優は滝汗、終演後には反省会……となりそうなものだが、舞台上では別の俳優がゆっくりプロンプしてセリフを導いてやり、客席では全員が「ああ全然ゆっくりでいいよ」という空気でのんびり待っているのである。
自分がこれまでやってきた舞台鑑賞とは完全に違うお作法だ。けれど、俳優たちが誠心誠意演じてくれているのが分かるから、待てる。芝居が進むにつれて次第にその、俳優の一生懸命をゆる〜く受け止める、余白のある客席のノリというものに筆者も慣れていった。
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客席と一緒につくり上げる舞台
この劇団の見どころはきっと、ストーリーや演技の巧みさなどではなく、俳優たちのぶつけてくるエネルギーとか、必死に制御している身体とか、ダンスシーンで自然とほころんでゆく顔とか、そういった佇まいそのものなのだ。じっと見つめていると、客席からリアクションというエールを送って、彼らのやろうとしていることをなんとか増幅してやりたくなる。そこには舞台上の俳優と客席が互いを楽しませ合い、「調子に乗せ合う」明確なコミュニケーションがあった。強いていうなら、アイドルのライブのコールアンドレスポンスに近いかもしれない。
あれ? もしかしたら観客って、ただ「何を見せてくれるんだい?」とふんぞり返っているだけの存在じゃないのかもしれない……そう気づいてからは常に舞台から目が離せないまま、上演時間の30分はあっという間に過ぎていった。

カーテンコールでは俳優やスタッフがひとことずつコメントした上で、さらに質疑応答とアフタートークの時間が20分ほど設けられた。ずっと客席に向かって全員が整列したままトークするのは大変なんじゃないか、とやや心配になるけれど、この時間がまたとても良かった。微力ながら応援してきた俳優たちが「楽しくできた」「来てくれてありがとうございました」と胸いっぱいな様子で言葉にするのを聞くと、こちらまで泣きそうになってしまうのである。
マイクを渡された俳優の中には、きっと前もって練習してきたであろう気の利いたコメントをして、客席をドッと笑わせた人もいた。観客が笑顔になった瞬間の、その俳優の心底嬉しそうな笑顔がとても眩しくて、今も心に残っている。
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「脚本や演出はすごく大事だけど、それだけが演劇じゃない」(実行委員長)
『北とぴあ演劇祭』実行委員長の菅野勇作さんは、劇団「はなまる」のメンバーのひとりでもある。元々は福祉の仕事に携わっていたという菅野さんは、10年前に「はなまる」を観劇し感銘を受けて、演劇未経験の社会人なのに入団したらしい。今回の舞台でも、俳優たちをさりげなくサポートし、物語のアクセントとなる愉快なキャラクターを演じられていた。
俳優として、実行委員長として多忙な菅野さんに、お話を伺った。
—劇団「はなまる」に受けた衝撃について、少し教えてください。
菅野:お客さんとして初めて観た時に、いや〜面白いなぁと思って。アドリブなのか演出なのか、その時のノリなのかわからないですけど……障害を持った俳優が縦横無尽に駆け回っている姿、そしてそれをお客さんが受け入れている姿に、感銘を受けました。
—アドリブなのか演出なのか分からない、というと、ちょっと即興劇のような側面があるのでしょうか?
菅野:いえ、インプロとは違いますね。脚本演出に合わせて半年以上稽古を重ねて、彼らもそれに応えてくれるんですけれども……毎年、何かが起こる(笑)。 例えば、出番になっても楽屋にいる! とか、舞台上で本気で寝る! とか。そういうことが劇団30年の歴史の中ではあったそうです。
でも段取りでガチガチに縛ってしまうのではなく、逆に余白を作ってあげることで、彼らの持ち味が出ると思うんですよ。脚本や演出はすごく大事。大事だけど、それだけが演劇じゃないぞ、ということを伝えていきたいですね。

—実際に来てみて、『北とぴあ演劇祭』は特別な演劇祭だと実感したのですが、あらためてその魅力について教えてください。
菅野:「みる・でる・つくる」の 3つのキーワードの中でも、「つくる」が特徴的だなと個人的には思っています。演じるだけでなく、舞台美術、照明、脚本といった裏方のワークショップを開催したりしているんですよ。
あと、劇団としてのエントリーではなく、個人として「北区・演技塾」や「大衆演劇ワークショップ」というものに参加することで、そのお披露目公演を演劇祭の中でやれるというのも面白いところだなと思います。所属団体を持たない個人でも、表現する側になれるんです。
—なるほど。スタッフワークという意味でも、個人の参加者が表現を立ち上げるという意味でも、舞台を「つくる」ことができるんですね。
菅野:はい。そのワークショップで出会った人同士で劇団を旗揚げしました、という話もよく聞くんです。