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なぜOasisは再結成したのか。そのワケを語らずして描き出すドキュメンタリー
9月11日から2週間限定で劇場公開される『オアシス:ドント・ルック・バック・イン・アンガー』は、バンドの再結成ツアーを追いかけたライブドキュメンタリー映画だ。

監督を務めたのは、Blurの『No Distance Left To Run』(2010年)やLCD Soundsystemの『Shut Up And Play The Hits』(2012年)など音楽ドキュメンタリーの傑作で知られるディラン・サザンとウィル・ラブレースのコンビ。それまで撮ってきた作品と同様に本作でも、2人は心の動きに対する深い洞察をスクリーンに映し出している。
映画の導入は、Oasisの栄光と転落、そして2009年8月に起きたパリでの解散までを、わずか5分ほどで駆け抜けるフッテージ映像。そこから、「リアムとは15年間口をきかなかった」というノエルの言葉に導かれ、カメラはツアーのリハーサル初日へといきなり飛ぶ。
リハーサルの1日目はリアム不在。ノエルを中心にしたメンバーが演奏を重ねていく。さすがにメンバー間のやりとりは少しぎこちないが、距離感を掴みかねる中年男性たちの姿が微笑ましい。ところが2日目、リアムが登場すると一気に緊張感が高まる。ピリついた空気のなか、ノエルは“Slide Away”のアウトロでのボーカルリフレインについてリアムに指示を出す。
この爆弾が爆発したらどうなるか。メンバーのみならず、それを知っている鑑賞者の心拍数まで早くなる。ところがリアムはそれを素直に受け入れ、その後“Champagne Supernova”を歌い終えるやいなや、ボストンバッグを手にスタジオを後にする。残されたメンバーたちが、リアムがどうだったかを話し合っている。
まるでこのスタジオが15年ぶりの再会の場であったかのように撮られているが、それ以前に2人がどのようなやり取りを重ね、和解に至ったのかは本作ではまったく明かされない。なぜOasisが再結成したのか、その理由を説明する映画ではないのだ。ドナルド・トランプやイーロン・マスク、ウラージミル・プーチンらの映像にリアムの「Oasisの解散後、世界はクソになった」という発言が重ねられるが、それが再結成の背景だというほど単純な話ではないだろう。

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15年間の不在にもかかわらず、Oasisは一人ひとりの心に息づいていた
語られないことはやまほどある。ソロ活動を通じてシンガーとしてふたたび絶頂期に辿り着いていたリアムの素晴らしい歌唱、トリプルギター体制に新ドラマーのジョーイ・ワロンカーが加わった編成での新鮮なアンサンブルや音作り。ライブ映像もふんだんに使われている本作では、その圧倒的なステージングを追体験することもできるが、それを分析する言葉はほとんど用意されていない。ポップ音楽史におけるバンドの位置づけ、楽曲やアルバムの解説も同様である。
では、この映画は何をしようとしているのか。それは、人々にとってOasisとは何だったのか / 何なのか、そのいくつもの定義を示すことだ。ライブ映像、ノエルとリアムの再結成後初となったインタビューに挟まれるのは、世界各地のファンからの証言。演奏と観客のストーリーを交互に配置するこの手法は、1996年のネブワース公演を捉えた映画『オアシス:ネブワース1996』を踏襲したものだろう。
ただし、「ネブワース」がキャリアの頂点にいた瞬間のOasisを刻印したものだったのに対し、今回の作品はより広い範囲でこのバンドを包んでいる。いうなれば、それは「Oasis」という概念に向き合ったものだ。そして、これほど多様な意味が生まれたことには、15年もの不在の期間も関係しているように思う。みんな、Oasisがいない間ずっと、Oasisについて考えてきたのだ。
言語障がいのある息子を育てる母親、物心ついたときにはすでにOasisは解散していたという若者、2017年のマンチェスターでのテロに巻き込まれながらも、“Don’t Look Back In Anger”を聴いて救われたという女性――それぞれが自分にとってOasisの楽曲がどういう意味を持っているかを語る。
ある人にとっては他人と繋がる象徴であり、ある人にとっては前を向くように促してくれる声であり、ある人にとっては転んだときには一緒に転び、また一緒に立ち上がってくれる音楽だという。とりわけ印象的なのは、韓国の海女による発言だ。彼女は「Oasisの音楽は海女の日常と重なる」と話し、船の上で“Acquiesce”を仕事仲間と歌っている。<私たちはお互いに必要(Because we need each other)>――それは息のできない場所でお互いに助け合いながら仕事をする女たちの心と重なる言葉だった。
前向きでいよう。自分自身でいればいい。周りの人に優しくしよう。転んでもまた立ち上がろう。文字にすれば、陳腐でありふれた言葉だ。けれども、そのストレートな本質が、世界のあちこちで生きるための支えになっていた。大合唱の映像にファンの発言が挟まれることで、同じメロディーを歌う群衆が、異なる事情を抱えた一人ひとりとして見えてくる。
そして、私自身もそのひとりである。1996年、お年玉で『(What’s the Story) Morning Glory?』を買った14歳の筆者は、父の運転する車で何度も流し、“Roll With It”や“Cast No Shadow”を親子で一緒に歌っていた。だからOasisは、自分にとっても幸福な記憶と強く結びついた音楽である。劇中でノエルは、ステージから父親と息子が共にライブを楽しむ姿を見ると感極まり、何度も客席に背を向けたことを明かしていた。Oasisの音楽が世代を越えて受け継がれ、親と子の人生の一部になっていることを、ノエルはステージから目の当たりにしていたのだ。
