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「戦争は映画ではない」塚本晋也が、戦争を英雄でも、被害者でもない視点から描く理由

2026.9.11

#MOVIE

日本に暮らしていて、戦争の季節はいつかと問われれば、夏だと私たちは答えるかもしれない。しかし戦争はいつだって、同時代に偏在している。そのリアリティーを強烈なまでに伝えるのが、正式出品された『第83回ベネチア国際映画祭』コンペティション部門で好評を博し、2026年9月11日より公開の塚本晋也の最新映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』である。

1947年にニューヨークに生まれ、1966年にベトナム戦争に派兵された実在の人物、アレン・ネルソン。その戦場での目をそむけたくなるほどの経験と、帰国してからの後半生における葛藤と苦悩、やがて戦争体験を人に語りかけ、伝えるようになるまでの日々を、時代を超えて現在に突きつける作品だ。

全身が金属化する男が主人公の『鉄男』(1989年)から、フィリピン・レイテ島での戦争体験を描く『野火』(大岡昇平原作、2014年)などを経て、塚本監督が再び向き合う戦争。一見して感じられる作風の変化を貫くように、実はそれらの映画には、塚本のある問題意識が通底しているようにも思われる。しかも、真摯に、そして実直に映画に取り組む塚本は、ときにはYouTuberを参考にし、カメラとの完全な「一体化」を欲し、今でも研鑽をつづけているようなのだ。蠢く世界との格闘をやめない、現在の塚本から発せられる言葉は、正面から私たちの心を打つ。

英雄でも被害者でもない目線から「戦争」を描く大切さ

─夏は戦争に関する報道が多い季節でもあり、この8月も塚本さんは多くの取材を受けていらっしゃいましたね。改めて、本作をどんな映画だとお感じになっていますか。

塚本:戦争にまつわる小説や映画はだいたい、ヒロイズムを伴って描かれていたり、特に日本の場合は被害者の目線で描かれていたりしますよね。たとえば広島への原爆投下後の市民を描いた『黒い雨』(今村昌平監督、井伏鱒二原作、1989年)といった名作があるように。被害者の目線での創作はとても大切だと思っています。戦争の恐ろしさを十分に知ることができるので、次の世代まで引き継いでいくべきものが多くあると感じます。ただ、私たちが生きている今の時代を考えたとき、英雄的目線で戦争を描くことは、非常に危険ではないかと思っているんです。

塚本晋也(つかもと しんや)
1960年、東京生まれ。1987年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。1989年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、「ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ」受賞。以降、国際映画祭の常連となり、その作品は世界の各地で配給される。『野火』(2014)、『斬、』(2018)で「ベネチア国際映画祭コンペティション部門」出品。『ほかげ』(2023)はベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門へ出品。最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は第83回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に正式出品された。

─まさに英雄的目線によって進められている戦争が存在するがゆえ、ですね。

塚本:戦争映画で取られる視点というのは、おおよそ2つで、英雄的目線と被害者目線のいずれかです。お客さんが受けとめやすいという理由が一番大きいのではないかと想像するのですが、戦争では死んでしまうことも怖いですけれども、生き残った後も恐ろしいと思うんですね。兵士であれば戦争から生還できたらいいのかというと、全然そういうことではない。

帰ってきてからの恐ろしいトラウマがあって、それが元兵士個人の苦しみに限られるのでなく、周りの家族にも大変な影響を与えてしまい、その苦しみが連鎖していく。今作を撮影しながら、アレンさんの父親──アレンさんたち家族に暴力をふるう父が軍人であったことの意味にも、私自身ハッと気づいたところがありました。

あらすじ:貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。彼はベトナムの戦地で考えることを奪われ、何のためらいもなく殺戮を繰り広げた。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSD(戦争後遺症)だけ。帰国後、彼をフラッシュバックが何度も襲う。23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。

─世代も時代もまたいで、暴力が連鎖していく、と。

塚本:こうした戦争のリアリティーについて、私もこの10年くらいかけてやっと理解が進んできました。戦地の恐ろしさ、そして戦争から帰ってきてからの苦しみの両方を描く必要があると感じて作ったのが、この映画なんです。

─主人公であるアレン・ネルソンさんは実際、ベトナムの戦場で自分がしてしまったことに苦しめられました。そうした加害者としての自分に向き合えるのかどうかが映画の1つの焦点となりますが、ネルソンさんご本人はかつて「戦争は映画ではない」と発言されていたようですね。それでもなお塚本さんが劇映画として本作を撮られたのには、どんな思いがあったのでしょうか。

塚本:アレンさんの「戦争が映画ではない」という発言は、本当にその通りだと私も思っています。というのもアレンさんが語るところの「戦争映画」は、先ほど私が触れたようなヒロイズムとしての戦争映画、しかも基本的に、エンターテイメントの手法でもって戦争のダイナミズムを描いているものです。みんなで協力して敵を打ち負かすという、英雄的な行動によって主人公がヒーローになっていく。実際の戦争はそんな映画のようなものではない、というのがアレンさんの趣旨なんですね。

─そのように胸震わせるようなものではない、と。

塚本:戦争というものはもっとひどいものであり、ただひどい殺され方をするか、ひどい殺し方をする場所である。だから映画ではないのだ、ということです。私が今回作りたかったのも、アレンさんが非難したようなヒロイズムの映画ではありません。

ただ殺し、殺されてしまう戦場のリアリティーを、なるべくそのまま表現する。アレンさんが語ってきたことにできる限り忠実に、自分が何か新しく創作を加えようとはあまりせずに映画にする。そうすれば、アレンさんが遺したノンフィクションの再現ができるのでは、という観点で作りました。

肉親への取材などで増したリアリズム

─ベトコンの必死の抵抗に遭い、戦況は泥沼化。ロドニー・ヒックスさん演じる米軍兵士のアレン・ネルソンは凄惨な戦場を生き延びるなかで、ベトナムの人々を手にかけていきます。そうした戦場のリアリズムと、復員してからの日常の苦悩というリアリズムの両面がありますね。

塚本:最終的にはその両方を描くわけですが、やはり戦場のリアリズムをきちんと描くことがまずは大事だと考えていました。その部分はアレンさんによる原作のノンフィクション『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社文庫)で書かれていたことを、順序もなるべくそのままに展開しています。帰国してからの日々の映像も、そうした戦場のリアリズムの延長線上で、身に迫るものとして観てもらえればと思ったんです。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』場面写真 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

塚本:ジェフリー・ラッシュさんに演じていただいた心理学者ニール・ダニエルズが、ベトナムでの経験をアレン・ネルソンが言語化するのにひたすら耳を傾け、問いかけるという展開は、『戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言』(新日本出版社)という本を参考にしています。PTSDに悩まされるアレンさんの精神状況、ダニエルズ医師とのやりとり──何度も同じ質問をし、アレンさんが過去に向き合っていくという、一見非情にも思えて私も描くのを躊躇したほどの問答に関しては、こちらを下敷きにしているんです。

左から、アレン・ネルソン役(ロドニー・ヒックス)とニール・ダニエルズ役(ジェフリー・ラッシュ) / 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』場面写真 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

─なるほど、そうした立体的な構成になっているんですね。

塚本:私がオリジナルで足した部分としては、リリー・フランキーさんに演じていただいた黒井という役どころです。実在する人物を数人集約させたキャラクターになっています。

黒井役(リリー・フランキー)/ 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』場面写真 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

─後年、戦場での経験を人々に語りかけるようになったアレン・ネルソンさんをサポートする人物、という設定のキャラクターです。名前と共にモデルとなったおひとりは、「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」代表を務める黒井秋夫さんだそうですね。父親の慶次郎さんは中国の激戦地から復員後、後半生を無気力状態で過ごされることになったとか……。

塚本:アレンさんはベトナム戦争に向かう前に沖縄基地で訓練を受けていた人で、後年はその沖縄を中心に日本でも講演を通じて、戦争体験を幾度も語りました。そのアレンさんのドキュメンタリーを見た黒井秋夫さんが、まったく無反応になってしまった自分の父親もPTSDではなかったか、と気づいたんです。そこから他にも戦争後遺症の人がいるに違いないと活動を始められ、それまで焦点が当てられていなかった、戦中に従軍した元日本軍兵士たちのPTSDに人々が気づいていくという流れがあったんです。そうした問題にスポットを当てるべきと考え、原作にはいないキャラクターを、映画では加えていきました。

映画化にあたっては、さまざまな方々へのインタビューを行ったことも、本当に大切なことだったと実感しています。特に、アレンさんの肉親の方々ですね。当時のパートナーでいらしたリンダさん、息子のショーンさんと、娘のロビンさんにお話をうかがえたことによって、原作に書かれていることを映像にするうえでしっかりと肉付けをすることができました。

1人の体験を通じて描く、普遍的な戦争の悲惨さ
 

─この映画は国際的なマーケットでも広がっていく作品だと思いますが、まず日本の劇場で上映されていくというとき、ベトナム戦争と当事者意識に関してお考えになることはありますか。当時はベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)が米脱走兵を支援するといった活動もありましたが、1975年のベトナム戦争終戦から半世紀が経ち、この映画のテーマと私たちはどのように関係を結べるでしょうか。

塚本:思い返せば1955年にベトナム戦争が開始されてからしばらく後、1960年に私は生まれたのですが、物心ついてからも「今、ベトナム戦争が行われている」という意識を全然抱くことなく育ってしまったような人間なんです。ベトナム戦争に対する意識は、おそらく私より前の世代の人のほうが強かったと思うのですが、それにしても自分はそうした社会的な動きに本当に無頓着で、ボーっとしていて、よくわからなかったというのが正直なところなんですね。

今回の映画に関しても語弊を恐れずに言うなら、とにかくアレンさんを描きたいという思いが先にありました。そのアレンさんが向かったのがベトナム戦争です。つまり「アレンさんのベトナム戦争」を通じて普遍的な戦争そのものを描こうとした、というところがあります。もちろん史実であるベトナム戦争を表現するわけですから、可能な限り一生懸命、調べられることは調べて作っていきました。

─今作を作る経緯は、大岡昇平原作の映画『野火』(2014年)の制作過程が関係しているそうですね。

塚本:『野火』を映画化するにあたって、いろんな本を読んで勉強しなければと、歴史の本も戦争を体験した当事者の本も、さまざまなものに手を伸ばしたんです。そのなかで出会ったのが、アレン・ネルソンさんによる原作でした。

子どもたちに向けて戦争体験を語るものなので平易な文章なのですが、スラスラと読むことができるのに、そこに書かれている内容のあまりの凄惨さにびっくりしてしまったんです。戦場というのはこんな恐ろしいことをする場なのか、と。あまり他の本にはなかった加害者目線で、非常に赤裸々に戦場の様子が語られていたので、大きなインパクトを受けました。

と同時に、先ほどお伝えしたように、アレンさんそのものへの興味がわいたんです。こんなに真っ直ぐに戦争の話を……大勢の人を殺してしまったという話をしていますが、なかなかそんなに正直に語ることができるものではないと思います。そして、もしこの人が戦争にいくことがなかったのなら、という想像も膨らみました。多くの人に好かれる人格者であり、歌も好きで口ずさむような人で、というアレンさんの人となりが、本から匂いたってくるものがあった。そんないい人であっても、戦場に一度足を踏み入れてしまえば加害者になってしまうし、自身もここまで壊れてしまうのだ、ということなんですよね。

『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』書影 / アレン・ネルソン(著) 発行:講談社

─社会構造的に貧困に追い込まれている黒人の方たちがいて、そこからの脱出口として軍隊入りもベトナム戦争も存在するという構図も描かれていますし、その矛先となるベトナムの人たちも描かれます。日本社会に住む立場から監督するにあたり、気をつけたことはありましたか。

塚本:それぞれの国、地域の人から見て、「あんなのは嘘だ」と言われてしまうようなことは避けようと思いました。美術や衣装など、それぞれ専門家の方にお願いするわけですが、たとえば言葉に関しては、私が俳優として出演したマーティン・スコセッシ監督『沈黙 -サイレンス-』(2016年)にも携わられていたティム・モニッチさんにダイアローグコーチをお願いしました。

今回アレン・ネルソン役をロドニー・ヒックスさんに、青年期時代をマーク・マーフィーさんに演じていただいたわけですが、貧しい環境で育ち、ベトナム戦争に参加した黒人兵士たちが用いる言い回しやスラングを、撮影前にしっかり指導していただいたんです。

青年期のアレン・ネルソン役(マーク・マーフィー)/ 『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』場面写真 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

塚本:他にも美術に関しては佐々木尚さんという、私も気心の知れたスタッフがいます。彼が各撮影地の手練れの方たちと連携しながら、たとえば小道具が置かれる位置1つとっても時代を鑑みながら検証してもらっています。映画のどのパート、どんな要素にしても、不自然な点はなるべくつぶしていく、ということを心がけました。

─リアリズムで撮るための準備ですね。

塚本:ただ、時代や場所に照らし合わせた正確さという話とはすこしずれるのですが、ワンシーン、ニューヨークで撮影できなかったものがあるんです。それはウジ虫なんですね。ニューヨークでは、ウジ虫を1匹たりとも逃がすのであれば撮影ができない、という厳しい条件を課されたんです。

私は今までの映画で使った経験で、ウジ虫はすごい速足で逃げていくのを知っています。1匹たりともその場から逃がさないというのは不可能だとすぐ判断して、日本にそのシーンは持ち帰り、スタッフたちと腕によりをかけてウジ虫を撮りました(笑)。

─そうだったんですね……(笑)。しかしそれは、本作には必ず必要だからこそ日本に持ち帰ってまで撮ったということですよね。

塚本:アレンさんの強烈なフラッシュバック、凄まじい戦場の記憶が回帰するのは、大きな音ももちろんなのですが、匂いだったんですね。しかし映画では匂いを直接放つことはできませんから、それを想起させるものが欲しい。であれば腐ったものなのではないか、腐ったものといえばやはりウジ虫がついていないと、という発想なんですね。

YouTuberから学んだ、小型カメラ。その機動力がもたらした、戦争シーンのリアリティー

─さまざまなこだわりで映画を撮られるなかで興味深いのは、撮影も行われる塚本さんが使用するカメラです。「SONY FX3という機種だそうですが、今回テレビですこし放送されたメイキング映像を拝見しても、驚くほど小さいですよね。

塚本:私がもともと、カメラは小さければ小さいほどありがたいと思っているんです。私の映画は機動力が大事なので、フットワークよく撮影したいわけなんですよね。なかなか昔はそうはいかず、カメラの小型化と映像のクオリティーの両立が難しかったんですが、近年はカメラがどんどん小さくなりながらもハイクオリティーなものになっています。

塚本:私のなかでも、最近変化がありました。自分も撮影していると言いながら、実は以前は、ファインダーを覗いてフレームを切ってと本当に最後の撮影だけをしていて、セッティングはスタッフが一生懸命やってくれていたんです。お恥ずかしながら、餌を人につけてもらって殿様釣りをしているような状態でした……(笑)。でもコロナ禍の間、時間がぽっかりと空いたとき、もっと自分自身がカメラと一体化したくなったんですね。人に手助けをしてもらっての一体化ではなくて、もっと、完全に一体化したい、と。

─主人公の全身が金属化するご自身の映画『鉄男』(1989年)みたいですね……(笑)。

塚本:カメラが高性能なまま小型化しているので、YouTuberの方たちもフィルムライクな、相当にきれいな映像を撮っていますよね。機材の扱い方に関してもYouTuberの人たちが説明したり意見を発信したりしている動画が多くあり、私も露出やシャッタースピードから改めて全部、そうしたYouTuberさんたちの動画を見て「なるほど、そうか」と頷きながら覚えていったんです。

─なんと、そうだったんですね。

塚本:それで最終的に手に取ったのが、小型のフルセンサーサイズカメラなんです。光がたくさん入るので、暗い場所でもかなりきちっと撮れる。コロナ禍の後に作った『ほかげ』(2023年)はまさにそうした小さいカメラで撮った映画で、非常に狭いスペースでのシーンが多い作品だったのですが、俳優さんの演技が途絶えないよう、ワンカットでどんな場所にも入っていけるカメラだからこそ撮れたと思います。

最初に人にピントを合わせておけば、動いても合わせつづけてくれるんですよ。そう考えると、いつか映画を作る予算がなくなってしまったとき、私が主演で自撮りする作品を作る可能性さえ頭をよぎりますけれど……(笑)。

─それほど映画づくりの感覚が変わるものなんですね。

塚本:その感触が非常によかったので、今回の映画でも引き続き小型のカメラで撮っているんです。タイで戦場シーンを撮るため、暑い場所への対応という耐久性の問題があったので『ほかげ』より少し高性能のカメラにしていますが、それでも撮影地の1つであるニューヨークのみなさんはびっくりされていましたね。普通の映画だったら、メイキングなどのサブで使うようなカメラですから。

でも自分としては、本当にこれで十分と言いますか、これ以上のものは要らない。特に今回は、戦場のアクションシーンで機動力が生きたと思います。小さいカメラだと非常に軽快に撮っていける。時間も限られた撮影でしたが、重いカメラをみんなで移動させるのではなく、どんどん次にいけた、という感じですね。

─追われるように転戦していかねばならないベトナム戦争のリアリティーが、そうしたカメラを通じて捉えられていたように感じます。

塚本:生々しさ、俳優の方々のそのときそのときの息遣いのようなものを、取りこぼさないということですね。ドーンと構えた大きなカメラで、俳優さんに何度も同じ息遣いを再現してくださいとお願いするのではなく、とにかく1度やってもらったものは逃さない、カメラのほうが一生懸命追いかける、という感覚でいられるのが、小さなカメラなのだと思います。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』場面写真 ©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

─こうしてお話をうかがっていると、塚本さんのフィルモグラフィーに一貫して流れている何かを感じます。たとえばそれは、金属化する主人公から戦場での経験まで、「自分が自分でなくなってしまうこと」をめぐるポジティブ / ネガティブさまざまな表現なのではないか、という気もするのですが……。

塚本:自分では考えたことがなかったですが……そう言っていただいて思い出すのが、自分が毎回「新しいものを書こう」と取り組む脚本が、やっと調子が出てきたぞと終盤に至って見返すと、かなり似たような構造をもっているのに気づくということなんです。

登場人物が日常を生きていると、どこかからもう1人の自分と言いますか、自分を脅かす分身のようなものが現れる。それに対する嫌悪感や葛藤は、たとえばハリウッド大作映画だったら克服して大団円となるのかもしれませんが、私の場合は葛藤しているうちに、1つに混ざり合ってしまう。もう元の自分には戻らなくて、新しい何かになっている。

その新しい何かをどう捉えるかは、本当にお客さん次第だと思います。今作のアレンさんも、葛藤の末にたどり着いた境地があった。しかも行き着いたその地点で終わることなく、戦争の恐ろしさを人に伝えつづけるという、さらに終わらない旅へと進んでいったのかもしれません。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

9月11日(金)、kino cinéma新宿他にて公開
監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也(『野火』、『斬、』、『ほかげ』)
出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ
原作:「「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」」(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
参考文献:「戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言」(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)
2026年|日本|英語|116分|カラー|5.1ch|Dolby Atmos|ビスタサイズ|英題:Mr. Nelson, Did You Kill People?|PG12
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films
配給:キノフィルムズ 公式サイト:https://nelsonsan.jp/ 公式X:@nelsonsan_movie

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