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空間そのものが主役となる恐怖の正体。A24映画『バックルームズ』レビュー

2026.9.9

#MOVIE

匿名掲示板に貼られた黄色い部屋の写真とそこに添えられたテキスト。インターネット上の都市伝説、「バックルームズ」は、そんなひとつの投稿から誕生した。

2022年には、当時16歳だったケイン・パーソンズ監督がケイン・ピクセル名義で、YouTube短編動画『The Backrooms (Found Footage)』を投稿する。3DCG制作ツールで作られ、独自のコンセプトと斬新な演出でバックルームズの新たな世界を構築したこの動画によって、バックルームズの神話はさらなる広がりを見せていく。

その動画をもとに、パーソンズがA24とタッグを組んで長編映画として制作したのが本作、『バックルームズ』だ。

5月29日よりアメリカで公開されると初週全米1位を記録。世界興収ランキングでも1位を記録し、北米興収1位を獲得した映画監督として最年少記録(20歳)を打ち立てるなど、歴史的快挙となった。

本稿では『バックルームズ』の空間演出とその意義について見ていきたい。

※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承ください。

インターネット上で広がった「リミナルスペース」という概念

インターネット上で展開される都市伝説を題材にしたケイン・パーソンズのYouTube短編動画『The Backrooms (Found Footage)』。9月4日(金)に公開された『バックルームズ』は、その動画をケイン・パーソンズ自らの手で長編映画化したホラー作品だ。

本作について語る前に、この映画の土台となった「バックルームズ」、そして「リミナルスペース」という概念について整理しておきたい。

「バックルームズ」の始まりは、2019年に匿名掲示板「4chan」に投稿された1枚の画像。超常現象を語り合うスレッドに、黄色いカーペットと壁紙、青白い蛍光灯に照らされた誰もいない部屋の画像が貼られ、その画像には「現実からノークリップ(ゲームのバグのように壁をすり抜けること)をしてしまうと、バックルームに迷い込むことになる」といった文章が添えられていたのである。

この「バックルーム」という言葉はインターネットユーザーの想像力を刺激し、様々な物語が作られ、「バックルームズ」という神話として、いくつもの階層に広がっていった。それぞれの階層には、始まりとなった投稿と同様、淡々とした記述と共に、一見すると何の面白味もない「リミナルスペース」と呼ばれるような空間を写した画像が使われているのが特徴だ。

映画『バックルームズ』より
「リミナルスペース」は、地下鉄の通路や駅のコンコース、エレベーター、病室、空港のターミナルなど、普段は目を留めることのない日常的で、加えて人が不在だったときに懐かしさやメランコリーを感じさせる空間を指す。人がいなくなると、ノスタルジーと不気味さ、安心と不安の両方をもたらす、まるで宙吊りのような都市空間。そうした光景は我々の身の回りに多数潜んでおり、InstagramやXにも数えきれないほどの写真や動画が「#liminalspace」をつけて投稿されている。

「リミナルスペース」や「バックルームズ」は、インターネット上の運動として広がっただけでなく、様々な作品に影響を与えている。リミナルスペースの美学を探求したYouTuber・ALT236は、自身の著書『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』の中で、そうした特異な空間性を巧く取り入れた作品として、ジョーダン・ピール監督『アス』(2019年)やチャーリー・カウフマン監督『もう終わりにしよう。』(2020年)、ロルカン・フィネガン監督『ビバリウム』(2019年)。。また、スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』(1980年)などの過去作品にも「リミナル性」を見出せるとしている。

ポップミュージックの世界でもその美学を採用したものは多く、例えばK-POPグループ・ILLIT“Magnetic”のミュージックビデオでは、バックルームズに迷い込んだ描写が用いられているだけでなく、場面のほとんどがリミナルスペースで構成されている。

おどかし要素なし、恐怖の主役は「空間」自体

では、映画『バックルームズ』について見ていこう。

本作は、まるで行方不明者が遺した記録映像のように見せる手法「ファウンドフッテージ」を用いた、荒い画質の一人称視点から始まる。

ケイン・パーソンズ監督のYouTube短編動画『The Backrooms (Found Footage)』もその名の通り、「ファウンドフッテージ」のフォーマットを用いて作られた作品であり、原初的な黄色い部屋から、どこまでも続く迷宮を進んでいく。まさにもとになった短編動画を想起させる冒頭だが、異なるのは、その空間が3DCGではなく、3万平方フィートのセットでできていることだ。

この不穏な導入部を経て、主人公であるクラーク(キウェテル・イジョフォー)が登場し、自らが営む家具店の壁をすり抜けて黄色い部屋に迷い込む。クラークは、セラピストのメアリー・クライン(レナーテ・レインスヴェ)に黄色の空間について説明するも信じてもらえず、ビデオカメラを持って再びバックルームへと向かう。

この映画の特徴は、バックルームズの神話を突き詰めたかのように、恐怖の中心がその空間にあることだ。いわゆる「ジャンプスケア」と呼ばれる、観客を怖がらせるために突然出てくる物体や人物、怪物、急に鳴る大きな物音や音楽といった要素はかなり限定的になっている。

延々と続く黄色の空間、部屋に突き刺さった家具、いくつもの同じようなドア、そうした映像が繰り返されることで、不安が徐々に膨れ上がっていく。蛍光灯の音、ループするアナウンス、静かに鳴り響く音楽もそうした効果をより一層増幅させるのだ。空間内で起こる出来事ではなく、空間や音のループ、空間の雰囲気のようなものが、不安や恐怖の源泉になっているのである。

この不安は、「黄色い部屋」だけではなく、この映画のいたるところに見出せる。例えば、クラークの家具店は黄色い迷宮と違って、不規則ではなくシンメトリーな整っている空間だが、ノスタルジックであるとともに寂しげでどこか不安定だ。またメアリーの幼少期に住んでいた部屋から徐々に物が消えていく描写からも同様の感覚を覚える。それらもまさに「リミナルスペース」の宙吊りのような感覚に陥る演出になっている。

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