「自分みたいな人間は恋に落ちることはできないのだと思っていた」――。
世界的なトップスターとして第一線を走り続けるサム・スミスが、最新作『Hazel Eyes』で歌い上げたのは、そんな過去の自分へのアンサーであり、パートナーへ向けた限りなく深く無垢なラブソング。
幸せの絶頂に潜む「失うことへの恐れ」すらも包み込み、真の自己愛に辿り着いたという同作。メガヒットを記録した前作『Gloria』(2023年)から一転、わずか数人の仲間たちと部屋で楽器を鳴らしながら作り上げたという本作の制作秘話から、思わず笑ってしまう意外なタイトルの裏話まで、揺るぎない「誠実さ」を胸に新たな山を登り始めたサム・スミスの現在地に迫る。
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「好きな音楽を恥じる必要はない」。ポップスへの偏見に抗い、貫き通した「愛」と「誠実さ」

―2年前、デビューアルバム『In the Lonely Hour』の10周年記念盤のリリースしましたね。当時を振り返ってみて、改めてどんな想いでしたか?
サム・スミス:あのアルバムのおかげで人生が一変したわけで、1stアルバムとしては本当にぶっとんだ結果になったなと、改めて思いました(笑)。
あと、当時の作品と改めて向き合ってみたことで、いずれ迎える2ndアルバム『The Thrill of It All』(2017年)の10周年記念盤の制作が、今からすでに楽しみになっています。
過去の作品を聴き返して「ああ、ここはもっと違うやり方があったかも」とか「ここはあまり上手くできていないな」と感じることがあったとしても、あの10周年記念盤のリリースを通して、そういった部分も含めて楽しめるようになったんですよね。自分自身と自分の作った音楽にすごく誇りを持っているので。
―これまで、アルバムごとに多様なサウンドを取り入れ、アーティストとしての様々な側面を見せながら変化し続けてきましたが、逆に「ずっと変わっていない」と感じるのはどんなところでしょうか?
サム・スミス:私にとって揺るがないのは、「愛」だと思っています。私は「愛」を何よりも大切にしている人間ですし、常に「愛」にまつわる曲を書いてきました。もうひとつは「誠実さ」ですね。自分自身に対して嘘をつかず、常にありのままでいるということです。
音楽の世界には本当に色んなジャンルがありますが、私が学んだのは、自分が好きな音楽ジャンルとは別のジャンルの音楽に優劣をつけようとする風潮があるということ。私たちのようなポップアーティストも、他の界隈の人たちから常にジャッジされているような感覚があるんですよね。ここ3〜4年ほどは、そういう空気の中で、自分が聴いて育った音楽や自分を夢中にさせた音楽が何だったのか思い出して、それを「恥じる必要はない」と自分に言い聞かせていました。
そうやって周囲の風潮に対して自分の気持ちを何度も確かめながら、「愛」と「誠実さ」を持つこと、大好きなポップミュージックにこだわり続けてこられたということをうれしく思っています。
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表現の模索からの解放。大がかりなショーを経て辿り着いた、起伏のあるロマンティックな音像

―前作『Gloria』でのあなたは、完全に解放されて力強く自信を持った姿を提示しましたね。今作へと向かうにあたって、あのアルバムはどんな意味を持っていますか?
サム・スミス:私にとって『Gloria』は、アーティスト人生における「クレッシェンド」のようなアルバムです。
20代の頃は決まったスタイルのポップソングを作ることに専念してきましたが、『Love Goes』(2020年)から『Gloria』(2023年)にかけての期間は、“Unholy”のような楽曲を書くために、ずっと表現の模索を続けていたんだと思います。そこに到達することが、当時の私が一番目指していた場所でした。
“Unholy”がリリースされて、人々があの曲を受け止めてくれた時は、何かから自分を解き放ったみたいで。アーティストとして登りたいと思っていた山の頂を、ついに手にしたという手応えを得ました。
だから新作では、自分の魂をピュアに保ったまま、また新たな山に登っています。
―『Gloria』のツアーでは、フェス向けの特別なステージやレジデンシー公演など、ライブパフォーマーとして様々な実験をしていましたよね。その経験は、今作に何か影響を与えましたか?
サム・スミス:少しはあるのかもしれません。ただ、『Hazel Eyes』は余計な装飾を削ぎ落として作り上げたけれど、それとは対照的に『In the Lonely Hour』(2014年)と『The Thrill of It All』(2017年)といった初期のツアーは、非常に演劇的なライブだったと思います。
『Gloria』のツアーでも、演劇的な衣装やダンサーを迎えたし、今後も演劇的な要素は私のパフォーマンスに欠かせないものだと思います。それはもう私の一部ですし(笑)。
でも、『Gloria』は大がかりでカオスな感じで、『Hazel Eyes』はよりロマンティックなアルバムといったように、アルバムごとに異なる温度感は必要ですね。

―本当に素晴らしいアルバムが誕生しましたね。あなたのこれまでのキャリアは、今作を作るための準備期間だったのではないかとすら感じます。
サム・スミス:確かにそうですね。どのアルバムにも、そこに辿り着くまでの準備期間はあったのですが。
『In the Lonely Hour』のようなバラード主体のアルバムでスタートを切った私にとって、『Gloria』のようなポップな形で自分を表現するのは大きな挑戦だったので、今回の『Hazel Eyes』についても同じような「挑戦」という感覚があります。
私は以前から、一貫性を持った世界観のあるアルバムを作りたいと思っていました。田舎町の出身なので、小さな村で育ち、自然の中で音楽を聴くことが多く、そんな風に自然体でいられるアルバムを作りたかったんですよね。
例えば、スサンネ・ビア監督の映画『プラクティカル・マジック/魔女たちの秘密』(2026年)のサウンドトラックがまさにそうです。『Hazel Eyes』もあの作品と同じような起伏を持ったアルバムになっているので、ぜひ聴いてみてほしいですね。
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ラブソングを書けなかった20代を経て、いま歌い上げるリアルな愛
―今作の制作開始時はどんな心境だったのでしょうか?
サム・スミス:今回のアルバムを通して、私はアーティストとしてとても大きな変化を経験しました。
これまでのアルバムは、様々なソングライターやプロデューサーと色んな場所で作ってきたんです。でも今回は、『In the Lonely Hour』でも共作した親友のサイモン・アルドレッドと、ふたりきりで曲作りを始めて。そこから少しずつ他のコラボレーターにも参加してもらいましたが、それでも全部で5、6人という少人数でした。
そんな親密な環境のおかげで、私は今回初めて、制作の最初から最後まで楽曲の世界観の中にどっぷりと浸かり続けることができました。これらの曲を聴いていると安心します。「遠く離れた田舎にある川岸に座っている」みたいな。ヘッドホンで聴いているとそういう世界に連れて行ってくれるんです。
AIやテクノロジーが取り巻く中で、友人たちと部屋に集まり楽器を叩いて曲作りを続ける。そうやってピュアでリアルな時間を重ねた末に、自分自身の生々しい感情をそのまま歌にするというのは、まさに音楽の本質に触れるような、素晴らしい体験でしたね。今作は私自身にとって、すごく心安らぐ場所になりました。

―今作はあなたとパートナーとの関係を、時系列で描いていますよね。当初からそういうアルバムを目指していたんですか?
サム・スミス:自然とそうなっていきましたね。そもそも、恋愛関係は自分たちだけのものにしておきたいという葛藤もありました。
でも、彼自身や、彼からの愛、そして彼と過ごした時間にどうしても影響を受けてしまって。自分の最も暗い瞬間も、最も幸せな瞬間も聴き手と分かち合いたいけど、どこまで曲にして聴かせるのか、という線引きをする必要もあったり。
『Hazel Eyes』はパートナーへのラブレターであると共に、音楽そのものへのラブレターでもあるのかもしれません。
―1曲目の“Everlasting Love”の歌詞である、<sad night walker>は、パートナーと出会う前のあなたですか?
サム・スミス:その通りです。この曲は特に思い入れがあって、アルバムのために一番最初に書き始めました。
前半はパートナーと出会う前に書いたのですが、後半は、パートナーとの出会いから3年が経ってから書いたので、声も時間が経って変化していることが分かるはずです。
前半では、誰かとの出会いの前夜を描いていて、出会いを経て美しい音楽が湧き上がり、ホーンの音がハッピーな未来へと連れていってくれる。そして後半では、一夜限りの関係が永遠の愛へと変化を遂げるんです。
―失恋の苦しみを長年歌ってきた末に、こうしたラブソングを歌うのはどんな感覚ですか?
サム・スミス:あまりにも無垢過ぎたんです。でも今、私がパートナーに抱く愛は信じられないほどリアルで。
幸せな愛であっても、そこには切ない感情が含まれていると思うんですよね。愛を手に入れるまでに辛いことを克服しなければならなかったかもしれないし、その愛が脆くて、いつの日か失われてしまうのではないかと恐れているのかもしれないし。
だから、“My Guy”みたいに「彼は自分のもの」と歌うハッピーな曲であっても、聴いていると哀しい気持ちになるんです。この「あまりにも美しいもの」が、もしかしたらなくなってしまうのかもしれないと思うと、怖くて仕方なくて。
今作は、制作中に人生で最も多くの涙を流した気がします。でも、だからこそ、こうしたラブソングのアルバムを作るのを、今の年齢になるまで待って良かったなと思っています。今なら、愛が持つ「深み」をちゃんと歌にできますからね。
―「幸せな状態だと、良い曲は書けない」と言う人もいますよね。
サム・スミス:確かにそういう面もあるとは思いますが、私はすごく感情的な人間なので、幸せの絶頂であってもどこかに微かな哀しみや疑い、怖れ、あるいはうしろめたさのようなものを抱いていて。幸せになったからといって「良い曲」が書けない、という心配はありませんでした。むしろ幸せになった方がいいと思います。
でも以前は、恋をすることが怖かった。『In the Lonely Hour』と題された1stアルバムが大ヒットしたわけですからね(笑)。
今なら悲しい曲も、より深く表現できると思っています。