2022年から連載が開始された『あかね噺』(原作:末永裕樹・作画:馬上鷹将)は、落語というテーマで累計発行部数300万部を突破(2026年1月時点)し、令和の『週刊少年ジャンプ』を代表する大人気漫画となっている。物語のヒロインは、破門された父の芸を認めさせるために落語家となった桜咲朱音(おうさきあかね)。主人公の前に立ちはだかるラスボスのような重鎮、温かい師匠、個性豊かな兄弟子やライバル、挫折と成長、そして高座にかける熱い思い……芸道世界を『ジャンプ』にふさわしいエンターテインメントにインストールした物語は、手に汗握る王道の冒険譚、バトル漫画として完璧に成立している。
そして2026年春からはTVアニメが放送開始され、その注目度が一挙に加速。主題歌を桑田佳祐が手掛けるなど話題性も十分で、実際に落語の会に足を運ぶZ世代の若者も増加中と聞く。この記事では、朱音役をオーディションで勝ち取った永瀬アンナにインタビュー。真剣に落語を稽古し、悩み考えながら「声」を見つけ、朱音と一緒に成長する情熱をそのままお届けしよう。
※本記事にはアニメの内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
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『週刊少年ジャンプ』人気原作のアニメ化。稽古期間は1年以上
―このインタビューは、アニメ放送の第十席(第10話)が終わったタイミングでお話を伺っています。現在までの放送をご覧になっていかがですか?
永瀬:正直、当初は大人気原作の映像化作品で初座長・主役ということで、ものすごいプレッシャーを感じていたんです。でもいざ放送が始まってみると、アフレコが始まる前や放送開始前までに感じていた緊張感がふっと消えて、「視聴者の皆様と一緒に、こんなに純粋に楽しめるなんて……」と驚いてしまって。朱音と一緒に成長しながら、自分もどうにか歩み始められたのかな、という実感がありました。
番組URL:https://abema.tv/video/title/12-29
―落語の稽古は、アフレコが始まる約1年以上前からスタートしたと伺いました。
永瀬:落語監修の林家木久彦師匠にお稽古をつけていただきました。まずは目の前で師匠に一席演じていただき、その録音を自分で文字に書き起こし、覚えて師匠に見ていただく。それで合格をもらったら、次の話へ……という稽古を繰り返していった感じですね。
―本当の落語家さん同様の稽古方法だったわけですね。
永瀬:はい。私は学生時代ずっと演劇部だったので、暗記は得意だと思っていたのですが、最初は予想以上に大変でした。全ての登場人物をたった一人で演じるなんて初めての経験ですし、表情と所作を意識しながら語っていくことが本当に難しくて。最初の一席目はもう、ダメダメでした。動画で自分の演技を見返すと、目線が泳いでいたり、きちんと所作がついていなかったり、言葉も曖昧だったりと、本当に恥ずかしくなるぐらい「できていない……」と反省ばかりで。でもその悔しさをバネにしながら「次に生かすぞ」を繰り返し、少しずつブラッシュアップしていきました。

3月31日生まれ、東京都出身の声優。2022年の第17回声優アワードで新人声優賞を受賞、代表作に『サマータイムレンダ』の小舟潮役や『呪術廻戦 懐玉・玉折』の天内理子役、『あかね噺』の桜咲朱音役などがある。
―稽古を重ねるうちに「これなら、いけるかも」と思える瞬間はありましたか?
永瀬:『初天神』(縁日を歩く親子のやり取りを描いた演目)を演じた時、なぜかすっと覚えられたというか、身体に馴染むような感覚があったんですね。ただ暗記してしゃべっている時は、頭の中で文章をなぞっているだけだったのですが、この時は本当に言葉がサラサラと出て、噺が「肚(はら)に入った」感じがありました。師匠から繰り返し「肚(はら)に入れてしゃべってください」と言われていた意味が、身体でわかったような感覚があったんです。
―そしていざアフレコ。落語シーンはスタジオに高座を設えて録音されたとか。
永瀬:はい。少し上下(かみしも)も切る(顔の向きを変えて複数の登場人物を演じ分ける)ので、3本ぐらいマイクを立てていただいて、台本を持ちながら、正座で演じました。でも、練磨家からし役の江口拓也さんは立って演じたそうです。声優それぞれ演技に対する考え方も違えば、演じやすいスタイルも一人ひとり違う。現場がそれに合わせて柔軟に録音の体制を変えてくださったおかげで、各々の色が出る落語場面になったのかな、とも思います。
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朱音役で落語を演じるという「二重」の演技の難しさ
―お稽古の時はご自身の言葉で語っていたのが、アフレコになると「朱音」としてしゃべらないといけません。ここは、どう表現を変えていったのでしょう。
永瀬:木久彦師匠が「まず落語の基本を身体に入れてから、アフレコのことを考えましょう」という方針を立ててくださっていたんです。なのでアフレコに入ってから、音響監督の小沼則義さんと師匠と一緒に考えながら、みんなで少しずつ朱音をつくっていった感じで。
漫画では絵と文字を読んで読者の方が想像力で補っていた部分が、アニメで音をつけることによって、ある種の「正解」になってしまうわけですよね。落語の場面に関しては特に、「アニメ的なしゃべり方に寄せるのか、本来の落語の語りにするのか?」など、ワンシーンずつディスカッションしながら探りつつやらせていただきました。
―登場人物のドラマチックな表情、着物姿での所作の美しさや躍動、ふと差し込まれる風景描写に漂う詩情……絵と音と動き、アニメ化されることで膨らんだこだわりが画面にぎゅうぎゅうに詰まっていて、現場にいる方々の熱も伝わってくるアニメだと感じます。
永瀬:その熱に関しては、声優としてもビシバシ感じる現場ですね。通常のアフレコの収録って、大体朝の10時から15時、大体5時間ぐらいで録るものなんです。「ライブ感をもって録りましょう」という現場だったら、予定より早く終わることもあるぐらい。でも『あかね噺』に関しては、必ず15時いっぱいまで、なんならちょっとこぼれる時もあって、じっくり時間をかけて収録するんですよ。しかもメインキャラクターだけではなく、一言しか台詞がないキャラクターを含め、全ての役の演技プランをじっくり組み立てて録音しています。

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『寿限無(じゅげむ)』3回の演じ分けで苦戦。朱音さながらの修行の日々
―実際に落語会で使われている会場がリアルに描かれていたり、お囃子が印象的に使われたり、次回予告が高座返し(次の演者のために座布団をひっくり返すこと)になっていたりと、「お!」と思う遊び心が随所にあって、落語ファンも細部まで楽しんでいるアニメです。永瀬さんご自身が感じる、落語の魅力も教えてください。
永瀬:以前はやはり、伝統芸能という部分でハードルの高さを感じていました。でも実際に寄席に足を運んでみると、空間自体がすごく面白かったんですよ。クスクス笑いながら隣の人としゃべっている人もいれば、寝ている人も、ご飯を食べている人もいて、「みんながここをくつろぎの場にしているんだ」ということを知りました。
噺家さんもそれぞれ全く違う個性で、高座の15分まるまる漫談をする方もいれば、1本の映画のように人情噺を語る方もいる。客席も演者もとっても自由で、目からウロコというか……もっと知りたいという気持ちが自ずと湧いてきました。
『あかね噺』では毎回、ゲスト声優として落語家さんが参加されているのですが、それがまた、声優には絶対にできないようなアプローチなんです。ご自身のキャラクターそのままが反映されているように感じますし、声優も負けてられないぞ! と(笑)。
―1クールでのクライマックスは何と言っても、ジャンプらしい「バトル」が繰り広げられる、学生落語の全国大会『可楽杯』でした。師匠である志ぐまから朱音が出された条件は、誰もが知っている滑稽噺『寿限無』(子どもの幸せを願う親がつけた、名前の長さをめぐるドタバタを描いた演目)で勝つことでした。
永瀬さんの朱音は、高速の言い立てで観客を驚かせた予選、プロの稽古を積んだ実力を見せつけた本戦、見事に語り方の違う『寿限無』を演じわけられました。でもメイキング映像を拝見すると、苦戦されたネタだったようですね。
永瀬:個人的には前半の、名前を考えるくだりのやりとりで苦戦してしまったんです。稽古で初めて披露した時は上っ面で追ってしまった反省があり、木久彦師匠からも「一旦忘れてみよう」と言われて、2、3カ月ぐらい保留したぐらいで。アニメでは『可楽杯』が始まる直前、兄弟子のこぐま兄さんに助言を求めて、公園で演じてみせる場面もあるので、全部で計3回『寿限無』をやらないといけないのに。
―『寿限無』は1クールで一番重要な噺かもしれません。ここでつまずいてしまうのは、焦ったでしょうね。
永瀬:そうなんです。でもいざアフレコの段階となって公園の場面を演じてみたら、どうしてかはわからないけれど、割とスラスラやれてしまって。音響監督に「もう少し無邪気にやりましょうか」と言われました。
―おお、可楽杯の最後で「完璧な寿限無」をやるべきなのに、稽古場面ですでにうまくできてしまった。
永瀬:そうなんです。「追い越しちゃったから、(後半のために)もうちょっと下げよう」みたいなことを言われて「え〜!」と驚きました。でもそれこそ、朱音がこぐま兄さんから「君、不勉強だね」と言われていろいろなことを勉強したように、私自身いろいろな落語家さんの音源を聴いてみたり、「こんなアプローチがあるんだ」と学んだり、さまざまな積み重ねをした成果が、少しは出せたのかもしれない、とは思っています。

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男性中心だった落語を、女性として演じる難しさと工夫
―『子ほめ』(習った通りに子どもを褒める男の失敗を描いた演目)も、客席の空気を掴みきれないバージョン、気働き(※)を学んで成長して語るバージョンと、2度語る場面がありました。変化を乗せて語らないといけないご苦労があったかと。
※気働き:相手(師匠、先輩、観客など)が喜ぶことを考え、先へ先へと気を回して自ら動く機転のこと。
永瀬:話の流れを見ながら、高座での朱音の気持ちをくみ取りつつ演じてみたら、自然と違いが出たのかな? と思います。もちろん2回目は、客席の空気に合わせて語っているわけですが、ここでも最終的に朱音は、段々と自分のやりたい方向性にお客さんを引っ張っていくんですよね。
この彼女のこだわりがめちゃくちゃ面白いなと思いましたし、漫画で読んでいても魅力的だと感じたエピソードだったので、「ナチュラルに出力できそうだぞ」とは思っていたんですよ。
―意識せずとも、自然と演じ分けていた……朱音同様、天才ですね(笑)。落語は長らく男性中心で演じられてきた芸能ですから、そのまま永瀬さんが演じるのには難しさを感じる場面もあったかと。女性の落語家さんたちの演技を参考にすることもありましたか?
永瀬:ありました。どうしても私は声優なので、落語の中に男性が出てきたら「さあ男の人をやるぞ!」となって、無理に声を太くしたくなってしまうんです。
でも落語ってそんなに声色を変えて演じるものではなくて。「女性落語家さんは、このさりげない演じ分けをどうやっているんだろう?」と気になって、林家あんこさんをはじめ、数席は女性の方につけていただきました。アプローチの違いや演技の工夫はかなり参考にさせていただきましたね。