岡山出身の山田京侍と北海道出身の片岡智哉からなる新鋭バンド・Gingersamm。USインディーやヒップホップなどを吸収し、懐かしくもモダンなサウンドを鳴らす彼らが、5月20日に1st EP『名前』をリリースした。プロデュースを手がけたのは、彼らが敬愛してやまないミツメの川辺素。
「自分たちだけのやり方じゃ無理だ」と壁にぶつかっていた彼らに、川辺はどう向き合い、そのイマジネーションを音像へと翻訳していったのか。本作の制作プロセスは、Gingersammが受け継がれるミツメの美学を必死に学んでいく過程であると同時に、川辺自身にとっても、プロデューサーとしての役割を実直に深めていく学びの過程でもあった。
新宿で5時間にも及んだという熱い作詞論から、互いの価値観のすり合わせまで。二つの世代が互いに刺激を与え合い、手探りで新たなインディーポップを導き出した二人三脚の裏側に迫る。
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Gingersammとプロデューサー・川辺素の出会い
—まず、GingersammがRallye Labelに所属して、川辺さんにプロデュースをお願いすることになった経緯を聞かせてもらえますか?
山田:最初のきっかけは2025年の夏ごろ、ミュージックビデオをRallye Label代表の近越(文紀)さんに見てもらって、「一緒にやりませんか?」という連絡をいただいたんです。ちょうどその時期、「レーベルに入らないと音楽を続けられないかも……」という状況だったので、すぐ所属することに決めました。

Gingersamm(ジンジャーサム)
2024年9月に結成されたGingersammは、岡山県出身の山田京侍(Vo / Gt)と、北海道出身の片岡智哉(Dr)からなる2人組。ジョニ・ミッチェルやエリオット・スミスといったUSのフォークミュージックをルーツに持つソングライター・山田が紡ぐ繊細な心の機微を捉えた歌詞と、囁きにも似た歌声、R&Bやソウル、ヒップホップからプレイの影響を受けたドラム・片岡の2人が生み出す懐かしくもモダンなサウンドを特徴としている。1st EP『名前』を2026年5月20日にリリース。
山田:その時、近越さんから「どういう音楽に影響を受けたか知りたい」という趣旨のメールが届いて。中村一義さんとか、エリオット・スミス、くるりなどを入れた中にミツメを挙げたんです。
僕は川辺さんの作る音楽が好きで、高校生の頃に信じられないくらいミツメの曲を聴いていたので、「次の作品は川辺さんプロデュースでどうかな?」と提案されて「やりたいです」と即答しました。
—ミツメを好きになったきっかけはなんだったんですか?
山田:高校の時に『Sonny Boy』というアニメを見ていて、劇中歌でミツメの“スペア”が流れるんですが、その曲が信じられないくらい良くて。そもそもアニメ自体が好きなので、ストーリーと相まってより好きになりました。自分が当時、高校生だったのもあって余計に刺さったんです。
川辺:そんなミツメの話はいいって(笑)。
—Gingersammの音楽もミツメと通じる部分があると感じていて。温度が低めな部分がありつつも余白を大事にして、その中で感情が滲んでいる。アレンジ面でも影響を受けていますか?
山田:そうですね、影響は絶対に受けています。特に“火花”という曲を出したあたりから、「川辺さんはどうやって曲を作っているんだろう」と考えながら作る機会が増えて。「もっと真似できないかな」と思ったりしていました。
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「今の若い世代は自然に、造詣が深い人が出てきている」(川辺)
—川辺さんはGingersammのプロデュースの話が来た時は率直にどう思いましたか?
川辺:率直にですか……近越さんからの連絡は結構ラフな感じだったんですよ。「新しくレーベルに入る人がいるから、ちょっと面倒見てくれない?」くらいのノリだったんですけど、いざやってみたら「すごい量だぞ」って思って。
タイミングとしては、やまもとはるとくんや、UNFAIR RULEとか、20代前半のアーティストのプロデュースをやることが続いていたので、「そういう時期なのかな」と思っていました。自分のプロジェクトを進めるというよりかは、他の人の手伝いができたらいいな、というタイミングではありましたね。

1987年生まれ。バンド・ミツメのボーカル、ギターを担当。2024年、ミツメの活動休止以降ソロ活動を本格化し、2026年6月17日に1stソロアルバムをリリース予定。プロデューサーとしてもあいみょん、Gingersamm、やまもとはると、UNFAIR RULEなどのアーティストの制作に数多く携わっている。
—Gingersammの最初のデモを聴いて、どういう印象を抱きましたか?
川辺:やりたいことはたくさんあるのを感じるけれど、レコーディングという過程に落とし込むには、アンバランスでやっぱりまだ準備が必要だなと思いました。ただ、曲自体はすごくユニークだったので、何か手助けできればとは思ったんですけど、その反面「俺でいいのか?」という気持ちもずっとあったというか。
—どうしてそう感じますか?
川辺:Gingersammの楽曲は割と緻密な作りだし、僕はどちらかというとバンド畑の人間なので。コード進行の構成を考えることはできるけれど、それのスペシャリストというわけではない。オーケストレーション的な部分もやるとなると1人では心もとなかったんですけど、本人が僕の音楽を「好きだ」と言ってくれるなら、できる限り頑張らせてもらいます、という気持ちでしたね。

—川辺さんが初めてプロデュースした“姿”のリリースコメントで、「独特なコード感覚と繊細なメロディーが自分の世代にないもので、新しい才能が次々出てくるんだなとデモを聴かせてもらって思った」と書かれています。独特なコード感覚と繊細なメロディーは、川辺さんの世代にはないものでしたか?
川辺:今の若い世代特有の感覚があるというか、そもそも僕より下の世代に音楽的に「高学歴」な人たちが多いなと思ってて。そこを経過したサウンドだと感じました。僕らの世代のバンド周辺でそういう高度なニュアンスを持ち込んでいたのって、スカートの澤部(渡)くんくらいだったから。今の若い世代は自然にそういうことができるというか、造詣が深い人が出てきているんだなと思いましたね。
—山田さんからして、その“姿”における独特なコード感覚というのは、自分でも意識している部分はありますか?
山田:そもそも、当時は曲の作り方のバリエーションが全然なくて、コード進行があり、メロディーがあるという「ソングライティングの基本」のようなすごくシンプルな形でしか曲を成立させられなかったんです。これまでリリースした3曲もそうで、レーベルに入るまで編曲でかなり苦戦していました。なので、コードの感覚は良くも悪くも「自分がこうしたいから」というより、「これしかわからないからこうなっていた」というのが正直なところです。

—では、今回のEP『名前』はとくにアレンジを学んでいく過程だったということですね。
山田:最初の“姿”を録った段階から次の曲を録るまでの間で、「このままのやり方じゃ、これ以上は無理だ」と思い知らされていたので、川辺さんと一緒にやれることの価値をすごく感じていました。
川辺:そうなんですかね? でも確かに、これまでの楽曲は「歌とコードで作っている感じ」が前面にあったけど、1つの方向性としてすごく上手くいっていたと思うんです。ただ、別の出し方もできるようになった方がバンドの方向性的にいいよね、というアドバイスはした気がしますね。

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エリオット・スミスからサザンまで。混ざり合う音楽的ルーツ
—2人の音楽性のルーツを聞きたいです。山田さんから教えてください。
山田:両親がくるりをすごく好きで。その影響で、中学生の頃に車の中でガンガン流れていたフジファブリックやスーパーカーなど、2000年初頭の日本のオルタナティブロックをまず好きになりました。
あと、エリオット・スミスに影響を受けていて。当時の精神状態もあったのかもしれませんが、高校生の時に“Say Yes”を聴いて泣きました。深いところで言えば、その2つがルーツですね。
—ある意味、川辺さんが若い頃に聴いていた音楽と通じる部分があるんですかね。
川辺:そうですね。でも、そういうUSインディー的な感覚は最初に聴いたデモの中ではそこまで感じなかったんです。話していくうちに「僕が呼ばれた理由」が少しずつ分かってきたというか。ギターのコード進行だけを聴いていると「アカデミックなことをやろうとしているのかな」と思ったんですが、そうではなくて、本人がそういうものに影響されつつ自分自身の感性でやっているからこういう形になっているんだな、と後から話を聞いて合点がいきました。

—一方で片岡さんは、プロフィールに「R&B、ソウル、ヒップホップからの影響を受けたドラム」と書いてありますね。
片岡:ルーツとしては、父親がファンクラブに入っていたサザン(オールスターズ)が、ずっと車で流れていたのもあって歌モノが好きで。だから、結成前に彼のデモを聴いたときも歌やメロディーに惹かれて、一緒にやりたいと思ったんです。
ドラムでいうと、ヒップホップを好きになるまではJ-POPのサポートをやられている村石雅行さんとか、カースケさん(河村智康)のドラムを参考にしていました。
—すごくわかる顔ぶれですね。初期の“eye”はヒップホップっぽい打ち込みだけど、基本的には歌に寄り添うドラムって感じがします。今挙げてくれた人たちは、歌に応じて自分の叩くリズムをいい感じに添えていくのが絶妙にうまい人たちですよね。自分ではどういう意識がありますか?
片岡:もともとは変なビートを作ることが楽しかったんですよ。でも、Gingersammはメロディーがすごく立つ曲が多いので、「いかに2人でよく聴かせられるか」という制作上のすり合わせが必要になったんです。お互い探り探りのチューニング期間を経て、少しずつドラムの立ち位置がわかった気がします。京侍くんは作曲で成長しつつ、僕はドラムのアプローチを成長させていった感覚ですね。
—川辺さんは、リズムの進化についてはどう見ていますか?
川辺:やっぱり歌とコード進行が、ある程度リズムの骨格を決めるんですよね。「この歌とコード進行に対して、こういうものがないと曲としてのバランスが悪くなる」というセオリーがある。ただ、そこをどう外していくかで人を惹きつけるものになったりするから、最初の時期は片岡くんが持ってきたビートをそのまま曲に残すアプローチを採っていました。
ただ途中からは、ポップスとして間口の広いものを作ろうと、セオリーを意識して組み立てる提案もして。みんなで意思疎通を重ねるうちに、制作の後半ではお互いのいい塩梅を共有できるようになっていたと思います。
