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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

新鋭バンドGingersammとプロデューサー・川辺素が対談 受け継がれるミツメの美学

2026.5.22

Gingersamm『名前』

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岡山出身の山田京侍と北海道出身の片岡智哉からなる新鋭バンド・Gingersamm。USインディーやヒップホップなどを吸収し、懐かしくもモダンなサウンドを鳴らす彼らが、5月20日に1st EP『名前』をリリースした。プロデュースを手がけたのは、彼らが敬愛してやまないミツメの川辺素。

「自分たちだけのやり方じゃ無理だ」と壁にぶつかっていた彼らに、川辺はどう向き合い、そのイマジネーションを音像へと翻訳していったのか。本作の制作プロセスは、Gingersammが受け継がれるミツメの美学を必死に学んでいく過程であると同時に、川辺自身にとっても、プロデューサーとしての役割を実直に深めていく学びの過程でもあった。

新宿で5時間にも及んだという熱い作詞論から、互いの価値観のすり合わせまで。二つの世代が互いに刺激を与え合い、手探りで新たなインディーポップを導き出した二人三脚の裏側に迫る。

Gingersammとプロデューサー・川辺素の出会い

—まず、GingersammがRallye Labelに所属して、川辺さんにプロデュースをお願いすることになった経緯を聞かせてもらえますか?

山田:最初のきっかけは2025年の夏ごろ、ミュージックビデオをRallye Label代表の近越(文紀)さんに見てもらって、「一緒にやりませんか?」という連絡をいただいたんです。ちょうどその時期、「レーベルに入らないと音楽を続けられないかも……」という状況だったので、すぐ所属することに決めました。

(左から)山田京侍(Vo / Gt)、片岡智哉(Dr)
Gingersamm(ジンジャーサム)
2024年9月に結成されたGingersammは、岡山県出身の山田京侍(Vo / Gt)と、北海道出身の片岡智哉(Dr)からなる2人組。ジョニ・ミッチェルやエリオット・スミスといったUSのフォークミュージックをルーツに持つソングライター・山田が紡ぐ繊細な心の機微を捉えた歌詞と、囁きにも似た歌声、R&Bやソウル、ヒップホップからプレイの影響を受けたドラム・片岡の2人が生み出す懐かしくもモダンなサウンドを特徴としている。1st EP『名前』を2026年5月20日にリリース。

山田:その時、近越さんから「どういう音楽に影響を受けたか知りたい」という趣旨のメールが届いて。中村一義さんとか、エリオット・スミス、くるりなどを入れた中にミツメを挙げたんです。

僕は川辺さんの作る音楽が好きで、高校生の頃に信じられないくらいミツメの曲を聴いていたので、「次の作品は川辺さんプロデュースでどうかな?」と提案されて「やりたいです」と即答しました。

—ミツメを好きになったきっかけはなんだったんですか?

山田:高校の時に『Sonny Boy』というアニメを見ていて、劇中歌でミツメの“スペア”が流れるんですが、その曲が信じられないくらい良くて。そもそもアニメ自体が好きなので、ストーリーと相まってより好きになりました。自分が当時、高校生だったのもあって余計に刺さったんです。

川辺:そんなミツメの話はいいって(笑)。

—Gingersammの音楽もミツメと通じる部分があると感じていて。温度が低めな部分がありつつも余白を大事にして、その中で感情が滲んでいる。アレンジ面でも影響を受けていますか?

山田:そうですね、影響は絶対に受けています。特に“火花”という曲を出したあたりから、「川辺さんはどうやって曲を作っているんだろう」と考えながら作る機会が増えて。「もっと真似できないかな」と思ったりしていました。

「今の若い世代は自然に、造詣が深い人が出てきている」(川辺)

—川辺さんはGingersammのプロデュースの話が来た時は率直にどう思いましたか?

川辺:率直にですか……近越さんからの連絡は結構ラフな感じだったんですよ。「新しくレーベルに入る人がいるから、ちょっと面倒見てくれない?」くらいのノリだったんですけど、いざやってみたら「すごい量だぞ」って思って。

タイミングとしては、やまもとはるとくんや、UNFAIR RULEとか、20代前半のアーティストのプロデュースをやることが続いていたので、「そういう時期なのかな」と思っていました。自分のプロジェクトを進めるというよりかは、他の人の手伝いができたらいいな、というタイミングではありましたね。

川辺素(かわべ もと)
1987年生まれ。バンド・ミツメのボーカル、ギターを担当。2024年、ミツメの活動休止以降ソロ活動を本格化し、2026年6月17日に1stソロアルバムをリリース予定。プロデューサーとしてもあいみょん、Gingersamm、やまもとはると、UNFAIR RULEなどのアーティストの制作に数多く携わっている。

—Gingersammの最初のデモを聴いて、どういう印象を抱きましたか?

川辺:やりたいことはたくさんあるのを感じるけれど、レコーディングという過程に落とし込むには、アンバランスでやっぱりまだ準備が必要だなと思いました。ただ、曲自体はすごくユニークだったので、何か手助けできればとは思ったんですけど、その反面「俺でいいのか?」という気持ちもずっとあったというか。

—どうしてそう感じますか?

川辺:Gingersammの楽曲は割と緻密な作りだし、僕はどちらかというとバンド畑の人間なので。コード進行の構成を考えることはできるけれど、それのスペシャリストというわけではない。オーケストレーション的な部分もやるとなると1人では心もとなかったんですけど、本人が僕の音楽を「好きだ」と言ってくれるなら、できる限り頑張らせてもらいます、という気持ちでしたね。

川辺素

—川辺さんが初めてプロデュースした“姿”のリリースコメントで、「独特なコード感覚と繊細なメロディーが自分の世代にないもので、新しい才能が次々出てくるんだなとデモを聴かせてもらって思った」と書かれています。独特なコード感覚と繊細なメロディーは、川辺さんの世代にはないものでしたか?

川辺:今の若い世代特有の感覚があるというか、そもそも僕より下の世代に音楽的に「高学歴」な人たちが多いなと思ってて。そこを経過したサウンドだと感じました。僕らの世代のバンド周辺でそういう高度なニュアンスを持ち込んでいたのって、スカートの澤部(渡)くんくらいだったから。今の若い世代は自然にそういうことができるというか、造詣が深い人が出てきているんだなと思いましたね。

—山田さんからして、その“姿”における独特なコード感覚というのは、自分でも意識している部分はありますか?

山田:そもそも、当時は曲の作り方のバリエーションが全然なくて、コード進行があり、メロディーがあるという「ソングライティングの基本」のようなすごくシンプルな形でしか曲を成立させられなかったんです。これまでリリースした3曲もそうで、レーベルに入るまで編曲でかなり苦戦していました。なので、コードの感覚は良くも悪くも「自分がこうしたいから」というより、「これしかわからないからこうなっていた」というのが正直なところです。

(左から)片岡智哉(Dr)、山田京侍(Vo / Gt)

—では、今回のEP『名前』はとくにアレンジを学んでいく過程だったということですね。

山田:最初の“姿”を録った段階から次の曲を録るまでの間で、「このままのやり方じゃ、これ以上は無理だ」と思い知らされていたので、川辺さんと一緒にやれることの価値をすごく感じていました。

川辺:そうなんですかね? でも確かに、これまでの楽曲は「歌とコードで作っている感じ」が前面にあったけど、1つの方向性としてすごく上手くいっていたと思うんです。ただ、別の出し方もできるようになった方がバンドの方向性的にいいよね、というアドバイスはした気がしますね。

エリオット・スミスからサザンまで。混ざり合う音楽的ルーツ

—2人の音楽性のルーツを聞きたいです。山田さんから教えてください。

山田:両親がくるりをすごく好きで。その影響で、中学生の頃に車の中でガンガン流れていたフジファブリックやスーパーカーなど、2000年初頭の日本のオルタナティブロックをまず好きになりました。

あと、エリオット・スミスに影響を受けていて。当時の精神状態もあったのかもしれませんが、高校生の時に“Say Yes”を聴いて泣きました。深いところで言えば、その2つがルーツですね。

https://youtu.be/8bxmk09lCzk?si=hrZ58nPKnjsfuPu6

—ある意味、川辺さんが若い頃に聴いていた音楽と通じる部分があるんですかね。

川辺:そうですね。でも、そういうUSインディー的な感覚は最初に聴いたデモの中ではそこまで感じなかったんです。話していくうちに「僕が呼ばれた理由」が少しずつ分かってきたというか。ギターのコード進行だけを聴いていると「アカデミックなことをやろうとしているのかな」と思ったんですが、そうではなくて、本人がそういうものに影響されつつ自分自身の感性でやっているからこういう形になっているんだな、と後から話を聞いて合点がいきました。

—一方で片岡さんは、プロフィールに「R&B、ソウル、ヒップホップからの影響を受けたドラム」と書いてありますね。

片岡:ルーツとしては、父親がファンクラブに入っていたサザン(オールスターズ)が、ずっと車で流れていたのもあって歌モノが好きで。だから、結成前に彼のデモを聴いたときも歌やメロディーに惹かれて、一緒にやりたいと思ったんです。

ドラムでいうと、ヒップホップを好きになるまではJ-POPのサポートをやられている村石雅行さんとか、カースケさん(河村智康)のドラムを参考にしていました。

—すごくわかる顔ぶれですね。初期の“eye”はヒップホップっぽい打ち込みだけど、基本的には歌に寄り添うドラムって感じがします。今挙げてくれた人たちは、歌に応じて自分の叩くリズムをいい感じに添えていくのが絶妙にうまい人たちですよね。自分ではどういう意識がありますか?

片岡:もともとは変なビートを作ることが楽しかったんですよ。でも、Gingersammはメロディーがすごく立つ曲が多いので、「いかに2人でよく聴かせられるか」という制作上のすり合わせが必要になったんです。お互い探り探りのチューニング期間を経て、少しずつドラムの立ち位置がわかった気がします。京侍くんは作曲で成長しつつ、僕はドラムのアプローチを成長させていった感覚ですね。

https://youtu.be/u5Xg5w4TOdE?si=73-gYMkCLTicU0S5

—川辺さんは、リズムの進化についてはどう見ていますか?

川辺:やっぱり歌とコード進行が、ある程度リズムの骨格を決めるんですよね。「この歌とコード進行に対して、こういうものがないと曲としてのバランスが悪くなる」というセオリーがある。ただ、そこをどう外していくかで人を惹きつけるものになったりするから、最初の時期は片岡くんが持ってきたビートをそのまま曲に残すアプローチを採っていました。

ただ途中からは、ポップスとして間口の広いものを作ろうと、セオリーを意識して組み立てる提案もして。みんなで意思疎通を重ねるうちに、制作の後半ではお互いのいい塩梅を共有できるようになっていたと思います。

現場で学んだ、プロデューサーとしての役割

—今の話を聞きながらの素朴な疑問なのですが、川辺さんもずっとバンドで活動されてきて、プロデューサーを立てることはなかったですよね。そうした客観的な視点は、どの過程で身につけたのでしょうか。ミツメの時も考えていたのですか?

川辺:元々は考えていなかったです。ただ、いろんな音楽を聴きながら「こういう音像になると思ってたのに、なぜ自分が作ったものはそうならないんだろう」とはずっと考えていて。2021年にあいみょんの“ミニスカートとハイライト”で初めてプロデュースを任せてもらった時、なんとか形にはしたものの「まぐれだな」と感じたんですよね。だから、ちゃんと底力をつけないとやっていけないと思い、プロデュース業をやっている人に質問したりしながら学んでいきました。

サウンドプロデューサーの仕事って、クリエイティブなことを考えるのがすべてではないんです。制作している現場に対して、一番いいと思えるアウトプットを出すのが役割だから、かけられる予算や時間といったパラメーターが別にあって。特にあいみょんの現場は本人がものすごく多忙なこともあり、「この日に合わせて、そこまでにどれだけ準備してやるか」が重要になる。段取りやミスらないための事前準備など、そういう部分をすごく学ばせてもらいました。

—これまでの話を聞いてると、Gingersammが学んでいく過程であると同時に、川辺さん自身が学んできた過程の話でもあるのかなと思いました。Gingersammの2人のひらめきがテクニカルな用語ではなく、想像力に基づくものだったから、自分の中で「翻訳」が必要だったと表現されていましたね。

川辺:「レイヤードされた構築的な楽曲を作りたい」と言われた時、デモのコード感からその意図は伝わったんです。でも、1本のギターでジャランって弾いちゃうと、他の音が入る空間が全部埋まってしまうから、「この楽器にコードを担わせて、ギターは上の方でリフを弾く。そうしないとこのサウンドは作れないんだよ」と、楽曲がミルフィーユみたいに層になっているということを、うちでスピーカーで鳴らしながら説明しました。やりたいことのイマジネーションと、実際の録音物との間を分解して話す必要が、最初はありましたね。

—プロデューサーとしての川辺さんの印象はどうですか。

山田:さっき言った「編曲に対してバンドに大きい課題がある」という話の地続きなんですが、言ってしまえば「矯正」ですね。最初のデモ音源から完成までを俯瞰で見れていなかった状態から、「ここをこうするとミックスでこうなる」「最終のマスタリングでこうなる」という0から100までの過程を教えてもらって。実際にスタジオへ行ってマスタリングの作業を見るなど、今までなかった機会もいただきました。

「完璧主義的な人が多い中で、“完璧を目指す過程”で見えてくるものに目を向けたい」(山田)

—そうやって二人三脚を経て完成したEPですが、『名前』というタイトルが付いています。全体としてどんな作品になったか、改めて教えてください。

山田:サウンドにしても歌詞にしても、嘘をつかないでやりたいという思いがありました。作品群として仕上げる上で、その時に思ったことや、やりたかったことを忠実に形にする。できるだけ嘘をつかないことは意識していました。だからタイトルは、「人肌」を感じさせるものにしたかったんです。

—人肌、ですか。

山田:「名前」って一見クリーンで確定的な響きがある言葉じゃないですか。でも、EPを一回通して聴いてもらえれば、そこにある「濁り」やもどかしい感じがわかると思うんです。そのクリーンなタイトルとのズレが、逆に一番リアルなんじゃないかと思ってつけました。

https://open.spotify.com/intl-ja/album/0Hmk6cRltRpTHUZ1vQ37Ni?si=iquUNL4eQWaIc_KcFWUoZA

—人間臭さというか、そういう「ズレ」みたいなものへの執着が自分の中にあるんでしょうか。

山田:そうですね。歌詞でも、できるだけ装飾を省いて、難しい言葉を使わずに思っていることを書こうとしています。せっかく歌にするなら、そういうことを書きたいなと。

—歌詞の話が出たので聞きますが、どの曲もある意味で同じテーマを言葉を変えて歌っている印象があります。“Satellite”の<君がため息つけば、僕も変われそう>や、“火花”の<いつまで僕を覚えていてくれるかなんて考える>など。ある意味「ダメな自分」とか「変わりようがない自分」について歌っている曲が多いと感じたのですが、そういう見方はピンときますか?

山田:はい、全くその通りです。自分の中にある「人への接し方」をすごく疑ったものを書こうとしていました。自分の持っている優しさをストレートに出すだけなら、当たり障りのないものになってしまう。だから、自分の内面を疑って書くんです。

—持っているものを疑う。

山田:相手に親切にした直後に「この優しさって何なんだろう?」と口に出して自分自身の感情を疑い出したら、現実世界だとただの変なやつですよね。でも、歌にはそういうめんどくさい屈折した感情をのせてもいい余白がある。現実のコミュニケーションでは出せない思いも、歌にのせるとスッと伝える価値のある言葉になるんじゃないかと思っています。

—「変わりようがない自分」を歌っているけど、世の中はどんどん変わっていくものじゃないですか。今、東京とかに住んでると、とくに感じることだと思うし、世の中の政治状況もそうだけど。でも、そういう変わっていく中で、うまく馴染めない居心地の悪さに対して、「それでもいいんだよ」という肯定にも聞こえます。そういう感情はどこから湧いてくるんでしょう。

山田:まず自分がそういう人間なんだろうなとは思うんですが……。完璧主義的な人が多い中で、「完璧を目指す過程」で見えてくるものに対して、しっかり目を向けたいんです。完璧であることだけがすべてじゃないということを書きたかったのはありますね。

—川辺さんはプロデューサーとして山田さんの歌詞をどう見てますか?

川辺:「京侍くんらしさを見つけていこう」というのは、制作中ずっと考えていました。「自分が思う自分らしさと、客観的な自分らしさは違うよ」といった話を重ねて。

その中でコツコツと面白い表現を拾い上げていくうちに、どんどん京侍くんらしい独特な歌詞になっていきました。京侍くんのリズムで発するからこそいい歌詞になる、という部分が散りばめられていて、いいなと思って見ています。

—完璧じゃない自分をそのまま出すような赤裸々な歌。思い返せばミツメもそうだった気がしますが、川辺さんはどう思いますか?

川辺:たしかに。自分でも気づいていない自分にたどり着くための手段として、歌詞を見ていた時期がありました。自分の考えの1個先にある言葉に教えてもらえる境地に達したら完成、みたいな。

—川辺さんは作詞もやっているから、プロデューサーとして歌詞にまで踏み込めるのは珍しいですよね。

山田:新宿で5時間くらい川辺さんと歌詞について喋り倒したんです。ミツメの歌詞を教科書にして(笑)。

川辺:普段はそこまで話さないですよ。僕としてもGingersammに活躍してもらわなきゃ困るので(笑)。

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