第二次世界大戦中の1942年に初演されたバレエ『アレコ』は、ロシアの音楽家・チャイコフスキーの楽曲と、マルク・シャガールの舞台美術が美しいモダンバレエだ。貴族に向けられた高貴な芸術だったバレエを市民に開いた作品で、シャガールはナチス・ドイツの迫害から逃れるため、アメリカに亡命していた時に4枚の巨大な舞台背景画を描いた。
シャガールの背景画は現在、青森県立美術館「アレコホール」で4枚揃って展示され(2027年3月までの予定)、2024年には同ホールで約50年ぶりに宝満直也による新演出の『アレコ』が上演された。全6公演のチケットが即完売するなど大きな反響を呼んだ本作の再演が、TAKANAWA GATEWAY CITYに開館した複合型ミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives」の開館記念プログラムとして2026年5月29日(金)から上演される。
バレエは「敷居が高い」「貴族の芸術」というイメージを持たれがちだが、実は時代とともに大きく変化してきた総合芸術。入門にもうってつけの本作について、振付 / 演出を担う宝満直也に話を聞いた。
INDEX
バレエの「お約束」に頼らない、現代の感覚での演出にこだわる
─2024年の青森、そして今回と、いまこの時代に『アレコ』を上演するにあたり、宝満さんはどのようにストーリーを解釈し、演出していったのでしょうか。
宝満:バレエは言葉がない分、「なぜこのキャラクターはこう動くのか」という理由をロジカルに突き詰めて表現しないと、作品の「ほころび」になってしまうと思うんです。なので、登場人物たちの人物造形を深めることが重要だと考えました。

神奈川県出身のダンサー / 振付家。新国立劇場バレエ団、NBA バレエ団で活躍後、フリーに。ダンサーとして強い個性を発揮する一方、振付家としても才能を発揮し、全幕バレエ『海賊』や『白鳥の湖』などを手がける。令和6 年度文化庁新進芸術家海外研修生として9ヶ月間ドイツにて研修。
宝満:例えばヒロインのゼンフィラが、主人公の青年・アレコと、ロマ(ジプシー)である新しい恋人との間で揺れ動く様子を、単に「浮気がちな女性」として描くのではなく、ダンサーとも話し合いながら、原作に書かれていない行間や描写、心情を想像して、観客にも伝わるような動きや表現へと深めていくことを大切にしていますね。
バレエにはそういった登場人物の気持ちや状況を、決まったジェスチャーで説明する「マイム」とよばれる動きがあります。『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』といった古典の演目における様式美とも言えますが、その「お約束」にあぐらをかいてしまっては、自分が新たに演出する意味がないとも思っていて。
ダンサーには表情や指先の表現、相手役と近づき離れるタイミングなどの一つひとつに、登場人物の感情に寄り添った表現をするように演出しています。それはもしかすると、現代を生きる自分の感覚で演出する、ということにもつながっているかもしれません。

物語のあらすじ:文明社会に嫌気がさしたロシア貴族の青年、アレコは自由を求めてロマ(ジプシー)の一団に加わり、そこで首長の娘ゼンフィラと恋に落ちる。しかしほどなく、自由奔放なゼンフィラは別のジプシーの若者に心を移す。それを知ったアレコは、怒りのあまりゼンフィラとその愛人を刺し殺してしまうという、嫉妬と所有欲から起こった悲劇。自由と所有、文明と自然、愛と支配といった普遍的なテーマを内包する作品として、現在も高い評価を受けています。
─今回はわかりやすくするため、『アレコ』の冒頭に「プロローグ」を新たに加えていると伺いました。
宝満:そうですね、1942年の初演時や原作の詩では、アレコがすでにロマの一団に加わった状態から物語が始まりますが、僕はアレコが生まれ育った貴族社会がどんな空気感だったのか、何が嫌でロマに加わったのか、を伝えるシーンを新たに加えました。
『アレコ』は、シャガールの背景画の存在も大きいですが、やっぱりチャイコフスキーの音楽の世界観も大きいです。本作では“ピアノ三重奏曲イ短調”をオーケストラ用に編曲したものが用いられていますが、物語が始まる前に、その世界観を提示するような流れを楽曲から感じました。なので「貴族」という役を新しく作り、彼らの世界を表現しています。
そもそも原作には、アレコが貴族社会に嫌気がさすまでの細かな経緯は描写されていません。でも貴族としての人生の全てを捨て、全く縁のなかったロマの世界に飛び込むって、実は簡単なことではないですよね。アレコは大変な思いをして飛び出してきてゼンフィラと出会い、彼女を愛したのに裏切られてしまった。そんな背景を丁寧に描くことで、悲劇的な結末に至ってしまう彼の絶望や憎悪、執着が、観客により伝わったり、気持ちを想像してもらいやすかったりするのでは、と。

─貴族社会で育ったアレコと対照的に描かれるのが、ロマの世界で育ったゼンフィラですね。
宝満:本作に限らず、『ドン・キホーテ』などのバレエの演目には、ロマ、つまりジプシーがよく登場します。彼らは 「自由の象徴」として描かれていることが多いのですが、彼らの中には戸籍も人権もなく各地を転々とし、差別や迫害を受けても救済されず、ジプシーとして生き延びるしか選択肢がなかった様な人々もいて、社会から孤立した存在です。
ゼンフィラにとってロマの若者は、幼い頃から同じ境遇で共に育ってきた家族のように、絶対的な安心感を持つ存在です。一方で、いわば異世界からやって来たアレコは、一瞬の火花のような刺激的な出会いだったのでしょう。彼女がアレコを捨ててロマの若者のもとへ行ったのは、束の間の情熱的な関係より、深い愛や絆を求めた結果、という人間としての必然性みたいなものだと思います。
