おはようからおやすみまで、玉置周啓と加藤成順の2人=MIZが同じ釜の飯を食べながら生活を営んだ末にアルバム『轉角民宿』は生まれた。舞台は台湾の東海岸に位置する台東地区の民宿。東京での喧騒やMONO NO AWAREというプロジェクトから離れ、あくまで「余暇」の顔をして、陽光の当たるテラスで汗をかきながら録音したという本作には、輪郭の濃いメッセージが見当たらない。
街角の微かな雑踏とギターを抱えてマイクへと向かうフリーなマインドという、2つの「生活音」だけがそこにある。情報過多な現代において、彼らがあえて「意味」を手放し、必要に駆られたミニマルな生活の中で見つけたものとは何だったのか。
1stアルバム『Ninh Binh Brother’s Homestay』をベトナムで、2ndアルバム『Sundance Ranch』を北海道でそれぞれ録音したMIZ。以下に続くインタビューでは、台東での記憶から現在の2人のマインドセットに至るまで、過去の旅の記憶とも絡めながらゆったりと訊いた。2025年の夏の思い出を懐古するMIZの2人と共に、そのひたすらに心地いいムードへ肩まで浸かってほしい。それがどうとか、今だけは考えないで。
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「プランの下請け」になってしまった前作からの反省。原点回帰の台湾レコーディング
─これまでのアルバムの中でも『轉角民宿』は特に匂いが強いというか、MIZのコンセプトと最も密接なアルバムという印象を受けました。まずは「なぜ台湾に行ったんですか?」というベタな質問から始めさせてください。
加藤:前回のアルバム『Sundance Ranch』はコロナ禍だったので、国内でキャンピングカーを借りて、東京からスタジオのある北海道まで、往復で2000kmくらい移動しながら制作したんですけど、それがハードすぎて(笑)。だから「1つの拠点を作ってリラックスする」っていう以前までのやり方に戻したかったんですよね。周啓、あとなんかある?
玉置:それと、前からお世話になっていた台北のライブハウス、月見ル君想フが2025年に閉店しちゃったんですよ。その閉店記念イベントにちょうど呼んでもらったので、「それなら台湾で録音しちゃう?」って流れになったんです。

MONO NO AWAREの八丈島出身、玉置周啓(Vo.)と加藤成順(Gt.)によるアコースティックユニット。聞き手のある場所の思い出、匂い、音にリンクするような楽曲をコンセプトに制作している。2020年発表の1st Album『Ninh Binh Brother’s Homestay』ではベトナムでフィールドレコーディングを敢行。2022年の『Sundance Ranch』ではキャンピングカーで北海道まで旅をしながら、各地で音と映像を記録した。2026年4月8日には、台湾・台東地区北東端の長浜(ちょうひん)にある民宿でレコーディングが行われた、約4年ぶりとなるニューアルバム『轉角民宿』をリリース。
─前作の『Sundance Ranch』のドキュメンタリーを拝見しましたが、とにかく大変そうでしたよね。
玉置:北海道への旅、なんであんなに辛かったんだろう(笑)。
加藤:当時は盛り上がったんだよね。ただ実際やってみたら大変で、まぁ音源は作りましたけど……。
─「作りましたけど」って言い方になっちゃいますよね。
加藤:いっぱいいっぱいだったんだよね(笑)。
玉置:そう、下請けみたいになっちゃった。プランを立てた俺たちの下請けで俺たちが体を動かしてる、みたいな。
加藤:なんか頭使いすぎちゃったんだよね。最初のアルバム『Ninh Binh Brother’s Homestay』は何も考えずにベトナムまで行って、良い宿を偶然取れて、そこでリフレッシュしながら音源とMVを作れたんですよ。今回のアルバムでは、それをもう一度やりたくて。
玉置:録音の完成度は関係ないんですよ、これって。『Sundance Ranch』を録音した北海道の芸森スタジオも本当に綺麗で最高の場所だった。ただ、今回はリハビリも兼ねて、「良い心の環境で良い音源を録る」っていう目標を立てて、それをブッタさん(寺尾ブッタ・BIG ROMANTIC ENTERTAINMENT代表)と一緒に進めました。

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「どれだけ努力しても東京の自宅では手にできなかった生活ができたんです」(玉置)
─今作のレコーディングを進めたのは台東の長浜(チョウヒン)ですよね。どんな場所なんですか?
加藤:とにかく山と海が綺麗なんです。
玉置:ブッタさんとか台北のミュージシャンと喋ってると「台東が一番バイブスいいよね」って話題によくなるんですよ。MONO NO AWAREのライブで出会ったDSPSとかイルカポリス 海豚刑警のメンバーにも「インスピレーションが湧く場所だから行った方がいい」と言われたりして。それで「台東しかねぇな」っていう空気感が作られていったという。
加藤:そう。実際に行ったら、店もすぐに閉まるしね。

─それは良いことなんですか(笑)。
加藤:めっちゃ良いんですよ。おかげで朝8時に起きて、みんなでご飯食べて、そのあとレコーディングして寝るっていう……そういうルーティンで過ごせたんです。しかも台湾の人たちとの関係値もあるから、落ち着いてレコーディングできたし、「生活の一部でレコーディングをする」っていう感触が良かったですね。
玉置:うん、一番の収穫は生活リズムの復権(笑)。普通に朝起きて仕事して飯食って寝るのが一番良い。どれだけ努力しても東京の自宅では手にできなかった生活ができたんです。洗濯も手洗いして、それを物干し竿に干すみたいな、もうそれしかないんですよ。お遊びで「ていねいな暮らし」をやるんじゃなくて、必要に駆られたミニマルな生活になったのが良かったなって。
加藤:向こうの気温は体感で35度くらいだし、ちょっと作業したらすぐにシャワーを浴びてね。そのままほぼ上半身裸で録るっていう。


─最終的に出来た作品よりも、あくまで作品を作っている時の自分たちの生活が優先事項なんですね。
玉置:例えば、デジタル環境で制作を進めたら好きにやり直しできるから、音源が自分の想像通りになるかどうかが勝負の全てになるんです。ただ、アコースティックで、声もごまかしが効かないロートーンの歌唱法となると、生活がそのまま歌に出る。ギターの演奏でも筋肉の使い方とかに影響が出てくるんです。だからアレンジとかレコーディング中は健康にしよう、っていう感じでしたね。
─今作は環境音やギターのフィンガーノイズが音源にもちゃんと記録されていますよね。録音をした環境やエンジニアとコミュニケーションする段階で、そういった要素を残すことはどの程度意識したんですか?
加藤:今回は野外のテラスでアンプを使って録音したんですよ。だから弦の鳴りがちゃんと聴こえているんだと思います。

玉置:それと個人的な反省点として、ベトナムの時の録音は、音楽であること以前に「アヒルの鳴き声を聞きたくて聞いてる」可能性があるな……っていう。アンビエントすぎるというか、単にベトナムへ行ってマイクを立てただけでも作品としては同じような評価になっちゃうなって思ったんです。
『Ninh Binh Brother’s Homestay』はドキュメントでもあるんで、それはそれで別に良いんですけど、「だったら曲を作る意味ってなんなんだろうな」って。なので今回はギターと歌をもっと近い音像にした方が、わざわざ国外に行って仮の生活をしながら録音する意味が生まれると思ったんです。それをエンジニアの奥田(泰次)さんと相談してアンプを使うことにしました。
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「土地が影響してるのは曲じゃなくて曲を演奏する俺たちの身体なんです」(玉置)
─「音源を録りに他の国や地域に行く」というのはある意味で観光の延長になりがちじゃないですか。でもMIZは、生活の枠組みの中にレコーディングという行為を組み込んでいますよね。外から訪れる旅人としての目線と、内側で営まれる日常の目線。その2つの塩梅はどのように意識しているんですか?
玉置:うわ、めっちゃ俺好きそうな質問! でも頭破裂しそう……成順はなんかある? 結構ソリッドに考えてそうじゃん。
加藤:そうだね、俺はあんま意識してない。例えばさ、前から一人旅をする人の考えていることがあんまわかんないんだよね。
玉置:自分探しの旅に出ますみたいなこと?
加藤:そうそう(笑)。「探しに行こう!」ってなると変なことを余計に考えちゃうし、そういう目的の旅って多分5年後とかに活きてない気がする。一人旅を楽しめる人は凄いと思うけど、自分にとってはそれが真意じゃないというか。

玉置:旅の目的が間違っちゃってる可能性すらあるっていうか、気楽に行った結果として見つかるならいいけど、最初から探すっていうのはね。
ただ、MIZってそのリスクがあるとは思っていて、企画が強くなればなるほど面白くなくなることを警戒しているんですよ。今回も台東のアーティストと計画的にコラボするアイデアがあったんですけど、それで急に台東の民族音楽を聴いて準備するのは違うなって。それより「できるもんでやるしかないっしょ」みたいなノリを優先したんです。なので「旅に行くことの意味」とか、そういうのは避けましたね。
─とてもわかります。MIZの音楽って、旅先で録音こそしているけど「旅」が主題とは思えないんですよね。
玉置:あまりに旅感を強くすると、どっかで嘘をつく羽目になると思うんです。いかにも「台湾の空気を吸いながら作った音楽です」みたいな感じになっちゃう。ただ、そもそも台東ではDSPSのエイミー(Ami Tseng)と作った“轉角”くらいしか曲は書いてないですからね。あとは東京で集まって考えた内容というか。
─それでも旅に出るんですね。
玉置:そう、土地が影響してるのは曲じゃなくて曲を演奏する俺たちの身体なんです。同じような作業工程を代々木のスタジオで進めても、やっぱり別のものになっちゃう。演奏する俺らの心持ちが景色とか食べ物によって全部変わっちゃうから、MIZは外に出ていく意味があるんだろうなって思います。
加藤:そのための準備は頑張ったよね。自分たちが台東でゆっくり楽しくレコーディングできるかどうか、それしか考えてなかったかもしれない。

玉置:忘れずに水着を持っていく、とかね(笑)。最早そっちの方が大事なんじゃないかな? 「海で泳ぐ」っていう目的よりも「旅の準備が楽しみでヤバい!」とか、そういうマインドセット自体が重要な気がする。
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「楽しそうに生きていることの方が、時代に効くと今は思ってる」(玉置)
─それはMONO NO AWAREでの活動とは異なったマインドセットですか?
玉置:MONO NO AWAREは……緊張感があります(笑)。もちろん良い意味での緊張なんですけど、時間もかかるし体力勝負でもある。それに「この音楽が世間に必要な意味は?」みたいな自意識についても考えたりしてて。俺ってそういう性格なんですよ、本来は。
ただ、MIZはその休暇がてら始めたプロジェクトなので、制作中の曲が前に聴いたことのあるような曲でも「まぁ、ええか」みたいな感じで、突き止める前に胸にしまっておく(笑)。
「こういう曲だからこういうアレンジを考えました」とか、そういう話になること自体がつまらないというか、疲れちゃうじゃないですか。それよりは自分たちが気持ち良いって思えるものを作るっていう。なので、もしかしたらインタビューのやり甲斐がないのかも。

─そんなことないです(笑)。歌詞にもそのマインドは表れているというか、『轉角民宿』では“山道”や“暑中見舞い”のように、目的が示されずにただ移動していくだけの曲が収録されています。
玉置:確かに。ただどこかに行ってるだけ、みたいな。
─「何を言ってるかわからない歌詞」ってあるじゃないですか。MIZは最早そういうことですらないっていうか、目的がない歌詞だなって思います。
玉置:いや、失礼だな! でも……仰る通りですね。MIZの歌詞って推敲しないんです。音が先にハマってる時に意味を入れようとすると、子音の使い方が変わったりして最初の音像から離れていくんですよ。それを避けるために、思いついた響きに似た言葉を無理矢理使ってます。“Yaku-Yaku Buscemi”とかね、成順が言ってて。
加藤:いや、周啓じゃない?
玉置:俺が言ったの? あー……ですって(笑)。
加藤:そうそう、響きで決めたんだよ(笑)。たしか『ゴーストワールド』(※)の話をしてて、流れで(スティーブ・)ブシェミがハマったんだよ。それをそのまま使ったんだよね、めっちゃ良いと思った。
※ゴーストワールド:同名コミックを原作とした、青春ブラックコメディの映画。スティーブ・ブシェミは、寂しい中年男性のシーモア役を演じた。
玉置:俺はバンドの音楽を作ってるから、基本的に自意識とか社会批評とかに塗れてて、「え? ブシェミってどんなキャラだっけ?」みたいなことを考えちゃうんですよね。だから「Bメロでオジサンの哀愁とか歌っちゃう?」くらいのスタンスなのに成順が「ヤクヤクブシェミだけでいいっしょ」みたいな。「え、ヤクヤクって何?」って聞いたら、「わかんない」って言われちゃって(笑)。でも、まあ、いっかみたいな。
─すごい、とにかくノリとフィーリングですね。
加藤:自分が音楽を聴く時は、歌詞の意味を考えないで音として全部聴いてるんです。そういうのを極端にやりたかったんですよね。
─加藤さんが作詞した楽曲にも近いノリがありますよね。例えば“恋の味”は言葉数こそ少ないですけど、口にすると気持ち良いというか。
加藤:“恋の味”は神奈川県の真鶴に、真鶴出版っていう「泊まれる出版社」があって。そこの人たちにぜひ泊まってくださいって誘ってもらって、せっかくだしそこで曲を作ろうとしたんです。ただ全然進まなくて。
それで周啓が1時間ぐらい横になって休んでる間に、「周啓、起きてるかな」と思って出てきたのが“恋の味”の<起きているかな>っていうフレーズなんです。
玉置:真鶴出版に泊まった時の日記なんだよね、“恋の味”って。
─“ビーバー”は以前スタジオ録音した曲を再度録り直す形でアルバムに収録されています。制作時期は遡りますけど、他の曲ともノリを共有している感触がありますね。
加藤:工事現場で働いている人とビーバーを比較して歌詞を書いてもらうように周啓にお願いしたんです。だから<掘る掘る>とか<積む積む>とか、そういう言葉遣いになってるんですよ。ビーバーって人間以外の動物で唯一自分の家を建設するんですけど、それによって環境破壊もしちゃうっていう、そこまで人間と同じで。
─なるほど。
玉置:ただ、歌詞の中ではあんまり皮肉に聴こえないようにしました。当時の俺はキャパオーバーの状態だったので、「あー、いやになっちゃうよー」みたいなことを言ってみたかったんです。
─そこで社会風刺にしないのがMIZらしいですよね。
玉置:そう、風刺って今の時代はもう厳しいっていうか……。ちょっと賢い人だったら誰でも風刺できちゃう気もしていて。それよりは楽しそうに生きていることの方が時代に効くと今は思ってるんです。
1つの強いメッセージだけがあると、そのメッセージを言ってるだけの曲になっちゃうと思うし。愛の歌は愛の歌が聴きたい時にしか聴かなくなっちゃうというか。僕らはもっと多様なタイミングで聴かれたいんです。
