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NEWS EVENT SPECIAL SERIES

松尾潔に聞く。なぜ日本の音楽は政治を語らないのか?

2026.4.28

#BOOK

戦争、差別、デマ、ジェンダー不平等、貧困、環境問題――私たちが生きる世界は、さまざまな課題に直面している。問題の存在は多くの人々に共有されているにもかかわらず、日本では、それらに対する声が少ない。この傾向は、「表現」を生業とする音楽業界においても例外ではなく、そうした状況に抗い、積極的にアクションを起こしているのが、音楽プロデューサーの松尾潔だ。

SNSでは政治や社会問題について継続的に発信し、2025年から始まったソーシャルアクション「デマと差別が蔓延する社会を許しません」では呼びかけ人の一人として名を連ね、街宣活動でマイクを握る。その姿勢は、日本の音楽業界において異質な存在だ。

タブーを恐れず正面から問題に向き合う松尾に対し、「彼は特別だから」と距離を取るのは簡単だ。また、「声を挙げることはコスパが悪い」と冷笑すれば、自らの立場に一時的な安堵を見出すこともできるだろう。ただ、そうした態度は社会にとって有益なのだろうか。そもそも、自分の心を満たすことになるのだろうか。

何をすべきか、何が正しいのか――そうした難問は、ひとまず脇に置こう。まずは、この時代、この世界に生きる一人として、どのように社会へと一歩を踏み出すことができるのか。その手がかりを探るために、松尾潔に話を聞いた。

現在の音楽業界の現状「なぜ社会的な発言が少ないのか」

―日本のアーティストは社会や政治に対してのアクションが少ないと言われています。

松尾:外から見ると、一部の特定のアーティストを除いて発言はほとんど見えてこない。やらなさすぎる、という印象です。今の状況はどうなのか、と思いますよ。これだけ黙っていたらゼロ。ゼロに何を掛けてもゼロのままなんです。確かに日本では「以心伝心」という言葉もありますが、僕はそれを過信していません。あとアーティストが「作品に(メッセージを)込めました」と言われても、正直、伝わってこないと感じることがある。もう少し手がかりがほしい、というのが本音です。もちろん、すべてをストレートに言葉にする必要はないと思います。ただアワードの場で何かを語るくらいはあってもいいんじゃないか。でも仮にそうなったら、多くの人が欠席するかもしれませんが(笑)。

松尾潔(まつお きよし)
1968(昭和43)年、福岡市生まれ。早稲田大学卒業。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。平井堅、CHEMISTRY、東方神起、SMAP等に提供した楽曲の累計セールスは3000万枚を超す。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で日本レコード大賞「大賞」、天童よしみ「帰郷」で日本作詩大賞、JUJU『DELICIOUS 2』(アルバムプロデュース)で日本ゴールドディスク大賞〈ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー〉を受賞するなど、ヒット曲・受賞歴多数。著書に小説『永遠の仮眠』(新潮社)、社会時評集『おれの歌を止めるな』(講談社)、ライナーノーツ集『松尾潔のメロウなライナーノーツ』(リットーミュージック)など。2026年3月に新著『すべては歌からはじまる』(平凡社)を上梓。

―日本のアーティストの社会的な発言が少ない原因は何だと考えますか?

松尾:この国の風土、という言い方になるのかもしれませんが、沈黙を美徳とする価値観がいまだに強く残っていると思います。とくに権力に近い側にいる人ほど、その傾向が強いように見える。もちろん、そういうスタンスの人がいてもいい。ただ、パターナリズムやミソジニーが色濃く残る社会で、上の層にいる人たちが黙っていたら、下の側はさらに声を上げにくくなる。そもそも「男」と「女」という単純な分け方自体が問い直されている時代ですし、事情があって立場を明確にしづらい人ほど、発言の機会を奪われやすい。この構造はやはりあると思います。 
いわゆる「ボーイズクラブ」的な構造ですよね。上が黙っていれば、下も黙るしかなくなる。年齢の面でも同じで、年長者が沈黙していれば、「若い者は黙っていろ」という空気が生まれる。会社でもそうでしょう。ベテランや管理職が「こういうときは黙っておけばいい」と振る舞えば、若い人は発言しづらくなる。もちろん、あえてその空気に抗うタイプ――自分もそうですが――が紛れ込むことはある。ただ、そういう存在は往々にして排除されがちです。

―日本社会の縮図が音楽業界にも現れていると……。

松尾:おっしゃる通りです。若い頃の僕は、音楽業界はそうではないはずだと、どこかで信じていたんですよ。特にロック以降の世代には、社会に対して物申す人たちが集まっているんじゃないかと思っていた。今振り返ると、その頃の純情な自分を抱きしめてあげたくなりますが(笑)。もちろん、物申す方々もいましたよ。ただ実際には、そちらはかなり少数派でした。

予想される批判を引き受けて、理想を語った坂本龍一

―少数ながらも、日本の音楽業界の中で、社会的、政治的なことを語っていた方として、名前を挙げるならば、どんな方になるでしょうか。

松尾:その存在の大きさという点で言えば、僕の世代にとっては坂本龍一さんと忌野清志郎さんですよね。仕立てたスーツ姿の政治家ではなくて、Tシャツにデニム姿でエッジの効いたかっこよさを持ったアーティストが声を挙げることで、人の心が動くこともあると思うんです。

坂本さんのすごさは、矛盾や、あらかじめ予想される批判を引き受けた上で、それでも理想をきちんと言葉にできたことです。これはとても勇気のあることだと思います。声の上げ方という意味では、学ぶべき点が非常に多い方だったのではないでしょうか。ただ忘れてはいけないのは、坂本さんは「世界の坂本」と称されたように、本業の音楽において、誰もが認める圧倒的で分かりやすい功績があった。それが担保になって、「『世界の坂本』が言うのなら」と人々が耳を傾ける土壌があったんです。だから、あのあり方をそのまま真似することは危険だし、簡単ではないと思います。

―松尾さんは2025年から新宿駅前で街宣活動を行っているそうですね。

松尾:はい。昨年の夏、弁護士の太田啓子さん、作家の村山由佳さん、中島京子さん、ピースボート共同代表の畠山澄子さんたちと「デマと差別が蔓延する社会を許しません」というアピールを始め、これまで新宿駅東南口で街宣活動を3回行いました。アピール呼びかけ人には出自が音楽である僕と沖野修也さんがいるので、何か特色を出したいと考えて、街宣では必ずライブを組み込んでいます。1回目は春ねむり、2回目はDANNY JIN、3回目はダースレイダー。結果的に3人ともラップの表現者になりましたが、これは偶然ではない気もします。ラップは歌ものに比べてリリックの情報量が3倍から5倍とも言われますし、より口語に近い形でメッセージを伝えやすい。そうした特性が、いまの状況と相性がいいのかもしれません。

この種のソーシャルアクションは「リベラル総結集」という性格を帯びるものです。実際、リベラル寄りの国会議員の多くが初回から賛同を示し、複数の野党議員が登壇してくださいました。そのことにはもちろん敬意を示したいけれど、僕には「反差別や反レイシズムなんて、本来はイデオロギーよりもっと手前のことでしょ」という意識がある。ですから、現役の自民党議にも参加してほしいと最初から考えていました。3回目の街宣では、以前から個人的な付き合いもあった石破茂元首相にメッセージを寄せていただきました。首相経験のある現役議員で、彼ほど社会的公正に自覚的な人はいませんから。

アーティストではSIRUPやRHYMESTERの宇多丸が街宣にメッセージを寄せてくれました。面白いのは、宇多丸はリベラルなイメージがある一方で、同じRHYMESTERのMummy-Dは安倍晋三元首相の死後すぐに自分が献花した写真をSNSにアップして「涙が止まらなかった」と記していた。グループ内の多様性といえばいいのかな。興味深いですよね。

メジャーシーンでの社会的アクションは「分かりづらくてジェスチャーゲームのよう」

―若いアーティストとして、4人組ロックバンド・GEZANに注目をしているそうですね。反戦デモを主催するなど、社会的なアクションを取ることで知られているバンドですね。

松尾:3月に開催された初の日本武道館公演『独炎』を観に行きました。ボーカルのマヒトゥ・ザ・ピーポーは、いま最もストレートに社会に声を上げるミュージシャンのひとりですよね。政治やイデオロギーについても躊躇なく言及する。客席には同業者も多く来ていたようです。そう考えると、まだ声を上げている人はいるし、その一歩手前にいる人も相当数いるのではないかと希望をもつことができました。そこにいるということ自体が、一種の賛同の表明なのかもしれません。

―GEZANは、これまでの音楽業界の常識とは別の方法を取りながら武道館公演をソールドアウトさせましたよね。

松尾:産直野菜的な発想というのかな。自分たちでマネジメントをして、自分たちの世界を曲げることなく武道館にたどり着いた。すごいことです。昔より今はやり方ってたくさんありますから、ミュージシャンが本当にやりたいことを実現できる土壌はあると思うんです。インディペンデントのままで世界に発信できる状況が整っていますから。でもね、GEZANのようにもっといろんなことに挑戦をするミュージシャンが出てくるかなと思ったら、想像よりも全然少ない。

―他にも若いアーティストで、社会的な発言に積極的だと見ている方がいたら教えてください。

松尾:最近、音楽雑誌『ele-king』の別冊で「音楽が世界を変える――プロテスト・ミュージックスペシャル」が組まれ、マヒト、ダースレイダー、春ねむり、DANNY JINの4人が登場していました。さらに寺尾紗穂、Mars89+篠田ミルなど。彼らはいま実際に声を上げているアーティストと言っていいのではないでしょうか。

その特集にも登場したジャーナリストの津田大介さんと、「反差別フェス」やりたいねって話をよくするんです。先日は彼と、フェスに出演してほしい若いアーティストのラインナップを出し合いました。先ほどから名前を挙げてきた人たちに加えて、まだ40代ながらキャリアも長い七尾旅人の存在感は破格だと思うし、DANNY JINとの共演曲もあるMOMENT JOONとなみちえは、移民・ミックスルーツのヒップホップアーティストとして目が離せません。あっこゴリラ、折坂悠太、奇妙礼太郎、浜野謙太、ERONE、高橋一(思い出野郎Aチーム)といったみなさんの発信にも勇気づけられています。

自分に近いところだと、昨年「音楽は超えてゆく」というトークイベントを一緒に催した仲間である沖野修也と中田亮(オーサカ=モノレール)、Ellie、小泉今日子、宇多丸、SIRUP、Small Circle of Friends、柴田淳……そして加藤登紀子、沢田研二、佐野元春、井上鑑、うじきつよし、高橋まこと、こだま和文、Dub Master X、いとうせいこう、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、吉川晃司、中川敬、SUGIZO、SILENT POETS(下田法晴)、UA、the LOW-ATUS(細美武士×TOSHI-LOW)、Gotch(後藤正文)、坂本美雨、蔡忠浩(元bonobos、現Tanka Water)……こういった、ずっと声を上げ続けてきたアーティストたちは、僕にとって本当に頼もしい存在です。

右も左もなく言うならば、キングギドラのKダブシャインもトランプ支持者としてかなり踏み込んだ発言をしますよね。もちろん、昨夏の参院選に無所属で出馬した際に「歌だけ歌っていろ、は職業差別だ」と発言し、つい最近は自民党大会で熱唱した世良公則も、社会的な発言を厭わないひとりといえるでしょう。他のアーティスト同様、賛否両論はあると思いますが。

ざっと思いつくまま名前を挙げていくだけでも、社会的な発言に積極的なアーティストはこんなにいる。まだまだいるはずです。ただ――冷静に見ると、今メジャーのど真ん中にいて、国民的な規模での発言力を備えたアーティストとなると、一体どれほどいるのかというのが現実でもあります。やはりメジャーの世界では、何らかの自粛が働くのではないかな。メジャーの中でも発信しようとしている人がまったくいないとは言いませんが、わかりづらくてジェスチャーゲームのように見えてしまう。「本当にそれでいいの」という疑問はどうしても残ります。

日本の音楽業界に根付くコマーシャリズムと力関係

―松尾さんはブラックミュージックの研究家として海外の事例にも詳しいと思います。

松尾:ヒップホップの登場以降、アーティストが政治とか社会のことを話すときは割とストレートに言うことが多くなりました。ヒップホップって、メッセージが直接的でなければ説得力は劣るという作法があって、それを身につけているミュージシャンが多いんです。今のミュージシャンは、例えばケンドリック・ラマーにしてもそうですけど、固有名詞を駆使して率直に言及しますよね。怒りを表現するツールとしてヒップホップはすごく優れている。怒りを察してくれっていうんじゃなくて、もうストレートに言わなきゃいけないっていうところに「時代の要請」があるとも感じています。

―日本の音楽業界も、「時代の要請」があれば、アクションを起こすミュージシャンも増えるのではと期待をされますか。

松尾:アメリカでも、すべてのヒップホップが体制への抵抗として機能しているわけではありません。純粋に楽しさを追求したもの、いわゆるパーティーラップも昔からありますし、現在もあります。いわゆるラブソング的なラップも当然ある。ロックにしても、「産業ロック」と揶揄されるようなものが数多く存在してきました。だから、どの国でも多様性はあるんです。ただね、日本の場合は、ストレートな政治批判や社会批判を丁寧に回避することに余念がないミュージシャンが圧倒的に多いと感じます。

―その原因はどんなところにあると考えますか?

松尾:日本のポップミュージックは、コマーシャリズムに飲み込まれるのがとても速い。著作権などの権利を所有する音楽出版会社は主に放送局系、レコード会社系、芸能プロダクション系の3つの勢力に分かれますが、キー局(大手テレビ局)系の会社は非常に大きな影響力を持ってきました。なぜなら歌番組やドラマ、CMなどでの楽曲使用を通じた強力な宣伝力を持ち、著作権印税を効率的に確保できる構造、いわゆる放送利権にあるためです。だからむしろ、最初からキー局や大手広告代理店が主導するコマーシャリズムを前提に成り立っているように見えることもある。

僕自身もその現場に長くいますが、最終的な決定権が制作者にない場面は多い。理解し合っていると言うこともできるけれど、実際には、折り合いをつけているという感覚のほうが近い。たとえば、小田和正や山下達郎のようなレジェンド級から、米津玄師やMrs. GREEN APPLEといった最前線のアーティストの楽曲に対しても、タイアップ元からはテンポ変更から曲の書き直しまでさまざまな要望が出ることがある。タイアップとはそういうものだと。それでも違和感は残るんですよね。あのクラスの人たちに対してまで、その力関係が働いてしまうのか、と。

もちろん、それ自体が悪いと言い切るつもりはありません。ただ、そうした構造のなかで、どこまで主体的に表現を貫けるのか――難しさを感じる場面は多いんです。そういう環境で、歌詞に直接的な社会的メッセージを込めるのは、現実的にはかなりハードルが高いと思います。

―それは少し残念ですね。何か日本的な原因があるのでしょうか。

松尾:イギリスで14世紀から続いてきた、爵位を世襲する者が自動的に上院議員(世襲貴族議員)になる制度が、この5月にも完全撤廃されると話題になっています。日本はどうか。日本だって、小泉純一郎が引退したら、息子の進次郎が国会議員になる国です。そして、そのことを無抵抗に受け入れる「空気」がある。「そろそろ私も後進に譲る時が来たね」なんて言いながら、公然と世襲が遂行される。そんなね、社員5人の家族企業じゃないんだからって思いますよ。法制化もされていない慣習が、たいした抵抗もなく「そういうものだから」と踏襲されることのほうが、僕にはすごく恐ろしい。音楽業界でも似たようなことが起きていると思うんです。

―今の時代、音楽はもっと自由になれるはずなのに、政治の世界の「世襲」のように、何の疑問を感じずに、これまでの慣習に従ってしまう。まさに日本社会の縮図ですね。

松尾:本当にそう。先回りして「空気」を読んじゃいますよね。

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