戦争、差別、デマ、ジェンダー不平等、貧困、環境問題――私たちが生きる世界は、さまざまな課題に直面している。問題の存在は多くの人々に共有されているにもかかわらず、日本では、それらに対する声が少ない。この傾向は、「表現」を生業とする音楽業界においても例外ではなく、そうした状況に抗い、積極的にアクションを起こしているのが、音楽プロデューサーの松尾潔だ。
SNSでは政治や社会問題について継続的に発信し、2025年から始まったソーシャルアクション「デマと差別が蔓延する社会を許しません」では呼びかけ人の一人として名を連ね、街宣活動でマイクを握る。その姿勢は、日本の音楽業界において異質な存在だ。
タブーを恐れず正面から問題に向き合う松尾に対し、「彼は特別だから」と距離を取るのは簡単だ。また、「声を挙げることはコスパが悪い」と冷笑すれば、自らの立場に一時的な安堵を見出すこともできるだろう。ただ、そうした態度は社会にとって有益なのだろうか。そもそも、自分の心を満たすことになるのだろうか。
何をすべきか、何が正しいのか――そうした難問は、ひとまず脇に置こう。まずは、この時代、この世界に生きる一人として、どのように社会へと一歩を踏み出すことができるのか。その手がかりを探るために、松尾潔に話を聞いた。
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現在の音楽業界の現状「なぜ社会的な発言が少ないのか」
―日本のアーティストは社会や政治に対してのアクションが少ないと言われています。
松尾:外から見ると、一部の特定のアーティストを除いて発言はほとんど見えてこない。やらなさすぎる、という印象です。今の状況はどうなのか、と思いますよ。これだけ黙っていたらゼロ。ゼロに何を掛けてもゼロのままなんです。確かに日本では「以心伝心」という言葉もありますが、僕はそれを過信していません。あとアーティストが「作品に(メッセージを)込めました」と言われても、正直、伝わってこないと感じることがある。もう少し手がかりがほしい、というのが本音です。もちろん、すべてをストレートに言葉にする必要はないと思います。ただアワードの場で何かを語るくらいはあってもいいんじゃないか。でも仮にそうなったら、多くの人が欠席するかもしれませんが(笑)。

1968(昭和43)年、福岡市生まれ。早稲田大学卒業。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。平井堅、CHEMISTRY、東方神起、SMAP等に提供した楽曲の累計セールスは3000万枚を超す。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で日本レコード大賞「大賞」、天童よしみ「帰郷」で日本作詩大賞、JUJU『DELICIOUS 2』(アルバムプロデュース)で日本ゴールドディスク大賞〈ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー〉を受賞するなど、ヒット曲・受賞歴多数。著書に小説『永遠の仮眠』(新潮社)、社会時評集『おれの歌を止めるな』(講談社)、ライナーノーツ集『松尾潔のメロウなライナーノーツ』(リットーミュージック)など。2026年3月に新著『すべては歌からはじまる』(平凡社)を上梓。
―日本のアーティストの社会的な発言が少ない原因は何だと考えますか?
松尾:この国の風土、という言い方になるのかもしれませんが、沈黙を美徳とする価値観がいまだに強く残っていると思います。とくに権力に近い側にいる人ほど、その傾向が強いように見える。もちろん、そういうスタンスの人がいてもいい。ただ、パターナリズムやミソジニーが色濃く残る社会で、上の層にいる人たちが黙っていたら、下の側はさらに声を上げにくくなる。そもそも「男」と「女」という単純な分け方自体が問い直されている時代ですし、事情があって立場を明確にしづらい人ほど、発言の機会を奪われやすい。この構造はやはりあると思います。
いわゆる「ボーイズクラブ」的な構造ですよね。上が黙っていれば、下も黙るしかなくなる。年齢の面でも同じで、年長者が沈黙していれば、「若い者は黙っていろ」という空気が生まれる。会社でもそうでしょう。ベテランや管理職が「こういうときは黙っておけばいい」と振る舞えば、若い人は発言しづらくなる。もちろん、あえてその空気に抗うタイプ――自分もそうですが――が紛れ込むことはある。ただ、そういう存在は往々にして排除されがちです。
―日本社会の縮図が音楽業界にも現れていると……。
松尾:おっしゃる通りです。若い頃の僕は、音楽業界はそうではないはずだと、どこかで信じていたんですよ。特にロック以降の世代には、社会に対して物申す人たちが集まっているんじゃないかと思っていた。今振り返ると、その頃の純情な自分を抱きしめてあげたくなりますが(笑)。もちろん、物申す方々もいましたよ。ただ実際には、そちらはかなり少数派でした。

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予想される批判を引き受けて、理想を語った坂本龍一
―少数ながらも、日本の音楽業界の中で、社会的、政治的なことを語っていた方として、名前を挙げるならば、どんな方になるでしょうか。
松尾:その存在の大きさという点で言えば、僕の世代にとっては坂本龍一さんと忌野清志郎さんですよね。仕立てたスーツ姿の政治家ではなくて、Tシャツにデニム姿でエッジの効いたかっこよさを持ったアーティストが声を挙げることで、人の心が動くこともあると思うんです。
坂本さんのすごさは、矛盾や、あらかじめ予想される批判を引き受けた上で、それでも理想をきちんと言葉にできたことです。これはとても勇気のあることだと思います。声の上げ方という意味では、学ぶべき点が非常に多い方だったのではないでしょうか。ただ忘れてはいけないのは、坂本さんは「世界の坂本」と称されたように、本業の音楽において、誰もが認める圧倒的で分かりやすい功績があった。それが担保になって、「『世界の坂本』が言うのなら」と人々が耳を傾ける土壌があったんです。だから、あのあり方をそのまま真似することは危険だし、簡単ではないと思います。
―松尾さんは2025年から新宿駅前で街宣活動を行っているそうですね。
松尾:はい。昨年の夏、弁護士の太田啓子さん、作家の村山由佳さん、中島京子さん、ピースボート共同代表の畠山澄子さんたちと「デマと差別が蔓延する社会を許しません」というアピールを始め、これまで新宿駅東南口で街宣活動を3回行いました。アピール呼びかけ人には出自が音楽である僕と沖野修也さんがいるので、何か特色を出したいと考えて、街宣では必ずライブを組み込んでいます。1回目は春ねむり、2回目はDANNY JIN、3回目はダースレイダー。結果的に3人ともラップの表現者になりましたが、これは偶然ではない気もします。ラップは歌ものに比べてリリックの情報量が3倍から5倍とも言われますし、より口語に近い形でメッセージを伝えやすい。そうした特性が、いまの状況と相性がいいのかもしれません。
この種のソーシャルアクションは「リベラル総結集」という性格を帯びるものです。実際、リベラル寄りの国会議員の多くが初回から賛同を示し、複数の野党議員が登壇してくださいました。そのことにはもちろん敬意を示したいけれど、僕には「反差別や反レイシズムなんて、本来はイデオロギーよりもっと手前のことでしょ」という意識がある。ですから、現役の自民党議にも参加してほしいと最初から考えていました。3回目の街宣では、以前から個人的な付き合いもあった石破茂元首相にメッセージを寄せていただきました。首相経験のある現役議員で、彼ほど社会的公正に自覚的な人はいませんから。
アーティストではSIRUPやRHYMESTERの宇多丸が街宣にメッセージを寄せてくれました。面白いのは、宇多丸はリベラルなイメージがある一方で、同じRHYMESTERのMummy-Dは安倍晋三元首相の死後すぐに自分が献花した写真をSNSにアップして「涙が止まらなかった」と記していた。グループ内の多様性といえばいいのかな。興味深いですよね。